室町以降の文献には、いくつもの猩々の記事があげられるが、特に能の曲中には、多くの猩々の登場が認められるのである。(8)


・スパイ活動、諜報機関といいますと、公安調査庁の前部長によると「日本は諜報機関のない珍しい国だ」そうです。敗戦後、米国により諜報機関を持つことが禁止されたので、本格的な諜報機関を持てと主張するマスコミや新聞社や政治家は現在でもいないようです。拉致事件のように諜報機関がなければ国民の生命や安全も守れないそうです。諜報機関の必要性を説く者は少数のようです。タブーに触れたくないというのが、サラリーマンの本脳なのでしょうか。残念ながら「しっかりとした諜報機関を持て」という新聞社の社説を自分は見たことはありません。現在、北朝鮮との拉致事件の交渉が止まっているそうです。日本が諜報機関を持っておれば、北朝鮮の拉致事件は起こらなかったそうです。「諜報機関のない国は拉致事件にも無力だった」ともいわれます。抑止力のない高価な通常兵器を少数そろえる日本の防衛政策では、拉致事件にも抑止力がなかったそうです。
 しっかりとした警察があれば、拉致事件は起こらなかったともいわれています。公安の大黒星でしょうが、公安の人数が少なすぎたそうです。予算の使い方が間違っているのでしょうか。北朝鮮に拉致事件を起こされたのは、日本に泣く子も黙る諜報機関がなかったのが原因だったそうです。英国では「殺人許可証を持つ女王陛下の秘密諜報員」が活躍しており、防諜壁になっているそうです。

・スパイ天国の日本でも殺人許可証を持つ「天皇陛下の秘密諜報員」がいれば北朝鮮の拉致事件は起こらなかったそうです。これでは英国情報部に笑われるかもしれません。反官僚の世相・風潮もあり、官僚と政治家には摩擦があるといわれていますが、「摩擦は必要」のようです。テレビを見て、汚職に関する不思議な県議にビックリして笑いましたが「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで、しっかりと拉致事件には、対応していかなければならないでしょう。官僚制度も時代の流れに適応できないのかもしれません。
 それにしても知能犯罪に対抗する警察幹部の人数が少ないのではないのでしょうか。振り込め詐欺をみても、犯罪率も上がり、検挙率も下がり、常識の「世界的に安全な国」とは必ずしもいえないそうです。振り込め詐欺も被害者が高齢ですし、被害金額も巨額で、警察の犯罪捜査能力の低さが窺われます。なぜ犯人グループを一網打尽にできないのでしょうか不思議です。地方議員の実態を調査して「政務調査費」の予算を減額してでも、その分警察予算を増額すべきでしょうか。警察官や刑事の要員が不足しているそうですが、当局に非難が殺到しない日本的な状況のようです。「高等警察が劣化している」ともいわれます。最近でも南アフリカの銀行の関係するクレジットカードの大規模なサイバー犯罪があったようです。近未来には、サイバー犯罪が激増するともいわれます。このサイバー犯罪に対する警察の対策はすすんでいるのでしょうか。

・「日本は先進国だろうか」という街の声が増えているそうです。そして「失われた日本の20年」といわれます。社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。改革の速度も大変遅いようです。本当に優れた官僚や政治家が登用されてきたのでしょうか。女性の登用も先進国とはいえません。女性の眼から見ると「政治や経済の後進性」を痛切に感じることでしょうか。いつまでも「政治が遅れている」ということでは複雑化する社会問題に対応できないでしょう。困っている人も増えており、単に政治の貧困としては片づけられないそうです。「昔から政治が一番遅れている。票の請負業のようなもの」といわれます。この停滞はなぜでしょうか。「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」ということでしょう。政治家や官僚のスキャンダルや失政の報道は、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。
 戦後70年の現在でも本格的な大規模な諜報機関は持てないようです。諜報機関を持てない、甘い国際感覚で、国益を大きく損なうことは許せません。優れた官僚や政治家たちが諜報機関の設立を主張しないのは大きな謎だそうです。そのために拉致事件のような問題の解決に数十年も経っているようです。この程度の問題に数十年もかかっているようでは政治家の非力が窺われます。オリンピックを呼び込むより諜報機関の設立を急ぐべきだったそうです。先進国のように諜報機関が政治を引っ張るようにならなければならないそうです。ところでオリンピックの準備も大事ですが、地震津波対策も必須のようです。

・ハリウッド映画『女王陛下の007』で全世界に知られる英国のMI6のような諜報機関があれば、拉致事件のようなことは起こらなかったそうです。諜報機関がないために国益を大きく損ねているそうです。なぜか、真面目な官僚や政治家にその動きがないのは不思議な話だそうです。ちなみに、戦勝国の英国だから「殺人許可証を持つ女王陛下の秘密諜報員」を持てたそうです。
 「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」ということで、私たち一般人は、政治意識を高めていかなければならないようです。はたして拉致事件はどうなるのでしょうか。財源の裏付けのない政策は実現できないといわれますが、諜報機関の設立維持の財源は出るでしょう。
 「イスラエル政府と契約の宇宙の商人」は、シリウス星人ですが、この種族とコンタクトができれば、非物質的な種族とつながりができることでしょう。日本も「宇宙の商人」と通商協定を結ぶべきでしょう。やはりイスラエルも諜報機関「モサド」がしっかりとしているからでしょうか。

・天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人については、ニルヴァーナ(涅槃・天国)にいる元地球人からの米国のチャネラーによって、情報が得られています。シリウス星人も米国政府と宇宙連合を通じてコンタクトしているのでしょう。
 ゲイ(LGBT等)の現象とかさまざまな不思議な地球上の現象も宇宙人が関与しているといわれています。ゲイは異次元に宇宙人が多い地域に多く、ゲイは宇宙人の人格転換だとも言われています。宇宙人には「人間の魂を交換できる能力」を持った種族もいるようです。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。
 ロシアやイスラエルなど他の国々も異星人とコンタクトしているようですが、国家的な危機感からか、エイリアンの超テクノロジーを喉から手が出るほど欲しい国が多いのでしょう。ロシアには昔から奇怪な宇宙人の話も多いそうです。ロシアもタウ星人からコンタクト相手をレプティリアンに変更したという説もあるそうです。「エイリアン・エンジニアリング」は米国の一人勝ちともいわれます。

・日本に関係する異星人、神々とのコンタクトもあるようなのですが、マスコミも公開して、国家機関の総力をあげてエイリアンの超テクノロジーを獲得すべきでしょうか。ちなみに日本にも、昔から異星人が飛来している話が多いのですが、社会に同化し溶け込んでいるのかもしれません。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」ともいわれ、人間と宇宙人の区別ができない時代です。「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という『遠野物語』の異人たちも、その後人間化して社会に溶け込んだのかもしれません。

・宇宙人の情報は、メイジャーなものにしていかなければならないでしょう。「何も知らせるな」というような、いつまでも核兵器などの国家安全保障上の最高機密(トップシークレット)を数段階上回る『厳秘』扱いにしておいては、拉致事件のように多数の犠牲者がでてしまうのかもしれません。諜報機関の設立に関する議論もないそうで、不思議です。「日本はUFO後進国だ」そうです。

・そもそも「竜神」についての神話は多いようです。「透明人」とシリウスA星人が創造し、りゅう座(ドラコ)に配置した爬虫類人だそうです。「シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である」そうです。上には上の異星人がおり、神々も多くのランクがあるようなのです。「レプティリアンも人間タイプは知性的な顔をしている」そうです。異類異形の異星人には驚かされますが、多くは「人間化」しているようです。広い宇宙には動物タイプは3割存在しているようです。ハリウッド映画の「宇宙人」のように顔形を自由自在に変化できるのかもしれません。変身できるのも神々の特色のようです。国津神と天津神のように神々も2種類の区分できるようです。金星蛇人とは、レプティリアンの系列のようです。

・「二派の対立とは火星由来のアーリア人に対するアヌンナキ・レプティリアン(爬虫類人)の争い、戦争」であったようです。そして「レプティリアンは低層4次元にいる」ともいわれます。「ネガティブ・グループのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうです。アヌンナキは「竜神」クラスの最高神なのかもしれません。“天女”の宇宙人との異類婚姻譚も世界中に多くあるようですので、「異類混血」が窺われます。神々と造物主の区分も不明です。スター・ウォーズでは「牛神」が「龍神」をテクノロジーの面で圧倒し、「レプティリアンを低層4次元に追いやったそうです。

・「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」ともいわれます。米国には、シリウス星人がウォーク・イン(憑依・人格転換)やワンダラー(転生)の形態で飛来しており、その数は、多いともいわれています。「はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。また「宇宙人と普通の人間を区別できなくなっている」時代だそうです。
 人類型異星人の起源は、琴座周辺からやって来た異星人ですが、ほかにプレアデス星団やアルデバランの生物も混ざっていたようです。さまざまな異星人のDNAが人類に混ざっているようです。異星人が人類を創ったという説が有力になりつつあるようです。「シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いている。奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」ともいわれます。

・「太古、地球には「龍神」と「牛神」の2種類の神が来て、人間を創った」そうです。旧約聖書の神が「龍神」で、新約聖書の神が「牛神」といわれます。牛神がテクノロジーで龍神を圧倒し「低層4次元」に追い払ったともいわれていますが、今も生きているようなのです。竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を管理しているそうです。「イルミナティなどのフリーメーソンに入ると『神』に会える」という与太話もあるそうです。「神々は憑依などで市井のひととなり普通の生活をしているので誰も識別できない」ともいわれます。「イルミナティ・エージェントが第三次世界大戦を引き起こす」という不気味な予言もあるようです。

・「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)」がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。宇宙人「グレイ」の故郷もベテルギウス(オリオン座の恒星)周辺なのだそうです。メン・イン・ブラックの超能力は凄まじく、オリオン星人ともいわれています。
 オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。一万年以上前のベテルギウス(オリオン座の恒星)星人の容姿は現在の「エンジェル」とほぼ同じであったらしいといわれます。彼らは、背が高く金髪碧眼であったそうです。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。星の系列では、オリオン星人とシリウス星人の系統の争いになるそうです。異説では、リラ星人とシリウス星人との争いとも言われていますが、詳細は分かりません。

・聖徳太子のイメージは、旧1万円札で、日本人の目には焼きついてますが、実際はそうでもないという説もあるそうです。聖徳太子は「鬼の一族」ともいわれます。聖徳太子は異星人との末裔の混血だったのでしょうか。聖徳太子は専門家でもいろいろと異説が多い歴史上、謎の人物のようです。
 聖徳太子は、夢殿でテレポーテーションできる神人か異星人と交流していたのでしょうか。『先代旧事本記(せんだいくじほんぎ)』に見られる聖徳太子と神人の関係は、どうだったのでしょうか。「夢の中でアストラル・トリップをしてクリスタル・シティでキリストに会った」という欧米のチャネラーが多いそうです。太古の天皇の正体もいろいろと説があるようです。「レプティリアン」系列だったという説もあるようです。

・サタン(悪魔)といわれる琴座のリラ星人系列と天使的なシリウス星人系列が、宇宙を2分して大戦争をしたというスター・ウォーズの物語。堕天使ルシファーが、天使団の3分の1を率いて神に反乱を起こした「天の戦争」の物語。こうした争いやスター・ウォーズの神話が多いようです。「オリオン大戦」やスター・ウォーズの原因や結果も詳しくは分からないそうです。「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか」(旧約聖書、ヨブ記38章31節)という謎の言葉が残っているようです。

・「実験室で人間を創った」というリラ星人と「遺伝子操作か思念で人間を創った(?)」といわれるシリウス星人の対立の構図は、複雑な様相を示しているそうですが、現在では、大規模なスター・ウォーズは、互いに起こさないようにしているらしいのです。リラ星人は人類に3万年進化しているそうです。リラ星人は人類に3万年進化しているそうです。リラ星人も人類の源流ともいわれ謎の多い宇宙人種族のようです。「現代風にいうと、ルシファーやサタン(悪魔)というのは遺伝子科学者の一団の名前だ」そうです。
 天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人は、「世界中で奇跡を演出している」ともいわれていましたが、詳しいことは分からないようです。「シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である」そうです。「透明人」とシリウスA星人が創造し、りゅう座(ドラコ)に配置した爬虫類人が、とてつもなく進化したようなのです。「ネガティブ・グループのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。私たち一般人には、訳の分からない奇説だそうです。

・「プレアデス人は、ローブを着た白い姿で現れる非物質的存在が率いる最高評議会の指揮下にある」そうですが、この評議会と各国政府、国際連合とのコンタクトがあったのかもしれません。準マスター(大師)クラスが、人間の姿を装い、地上に出てきているともいわれているそうですが。マスター(大師)・クラスや日本に関係する神々も超能力を隠して密かに来ているのかもしれません。「竜神」の上のクラスでは、神々も人間の精神体に憑依したり、幽霊の形態で、この世に関与するのかもしれません。キリストの出身星はアプ星だったそうですが、アプ星人は国際連合の設立に尽力したという話もあるようです。アルデバラン星人は「幽霊」のように現れたり消えたりするようです。

・シリウス星系(龍)対オリオン星系(牡牛)の対立、戦争があったようです。スター・ウォーズでは「牛神」が「龍神」をテクノロジーの面で圧倒し、「レプティリアンを低層4次元に追いやったようです。彼らは、「驚嘆すべき牡牛なす双神」と表現され、発進母星は65光年先の牡牛座(地球から観測する最も明るく輝く恒星アルデバラン)のようです。金髪碧眼の「神」の種族なのかもしれません。「地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にある」そうです。ヒトラーナチスが崇拝した金髪碧眼のアルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。
 「私達の銀河は直径が10万光年あり、その意味では龍神の発進母星シリウス、牛神のオリオンはお隣の星、隣接する恒星といってよい」そうです。龍神も牛神も人間化して、アストラル界やエーテル界で「神々の世界」を構築しているようです。「理論的には神々は『不死』で、時空を超えており、何でもできる」そうですので、現代の神話も多いはずですが、マスコミも理解不能で、一般人にも分からないようです。現在では、金星と火星の異次元(アストラル界)には、壮大な都市文明が存在しているそうです。
 「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を支配している」ともいわれます。「イルミナティは宇宙人の集団なので強力なのだ」ともいわれます。「イルミナティなどのフリーメーソンに入ると『神』に会える」という与太話もあるそうです。
 「アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成している」といわれます。「人々がアストラル界で過ごす期間は、数週間から何百年にもわたる」そうです。「アストラル界はとても巨大です。ここに存在する全ての世界からおよそ600億人の人間タイプの生物が集まっている」といわれます。

・スター・ウォーズもめぐりめぐって、「異類混血」などの結果、元来、人間は完全なものだったのですが、「人間の子供に障害児が生まれる原因」になっているという話もあり、事は重大です。障害児は困りますね。さまざまな理由から子供を生みたくないという女性も増えているそうです。また「魔神が障害児をつくる」という奇説もあるそうです。さすがに神々も障害児が生まれるのを防ぐことができないようです。人類の歴史はネガティブなことが多いようです。「人類の歴史は戦争の時代が平和の時代よりも長かった」そうです。
 イスラエルのようにエイリアンの超テクノロジーなどの異星文明を国家戦略として、国家機関の総力をあげて導入すべき時代なのですが、その歴史的な経緯から日本的な対応が現界だそうです。プレアデス語を研究したり「エイリアン・エンジニアリング」を研究したりすべきでしょうが、妨害勢力の方が強力なのでしょうか。それで「日本はUFO後進国だ」そうです。「エイリアン・エンジニアリング」の分野では、アメリカ合衆国がエリア51等の秘密基地で研究しており、一人勝ちになるといわれております。

・秦一族は、太古からの異星人の繋がりがあった一族なのかもしれません。「実際のところ、秦氏の末裔は、日本中にくまなく存在しているのである」といわれます。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれます。古代の王様は「異類異形の王」が多かったようです。「フランスの『美女と野獣』の話は、異類婚姻譚だ」そうです。異類婚姻譚の伝承も世界各地に昔からあります。「彼ら蛇人はすでにロシア共産主義勢力としてやってきており、マルクスとレーニンはその勢力のいわば幹部たちだった」という説もあり、共産主義思想もマルクス以前に遡れるのかもしれません。
 米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるともいわれます。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。

・ディクホフの『アガルタ(虹の都)』という書籍は、アガルタ関連の本では、特異な内容を持つといわれているようです。原著は、1951年に出版されました。火星霊人や金髪蛇人も異次元でそれぞれ一層、格段に進化していったようです。異星人は進化の速度が早いようなのです。またそれぞれ人間化しており、異次元から人類を操作・管理しているともいわれています。アヌンナキとかサナンダといわれる金星のマスター(長老)が活動の中心ともいわれます。とにかく異星人は宇宙連合としてまとまって動いているようです。火星や金星の異次元に壮大な文明の都市があるそうです。「キリストの転生歴を持つ金星のマスター(長老)、サナンダと宇宙母船上で会見したという日本人がいた」そうで驚きです。「アシュター・コマンドというのは、現在、地球周辺の宇宙空間に滞空しているUFO艦隊の司令官アシュターならびに、主サナンダ・クマラという霊的な導きの下に存在する“光の偉大なる聖職者団”の空挺部隊である」ともいわれます。サナンダは神智学ではサナト・クマーラより上位の存在として「沈黙の監視者」と呼ばれています。様々な現象の中心に宇宙人がいるといわれます。

・「火星人」と「金星人」という名前は昔から馴染みがありますが、近年では、シリウス星人とかオリオン星人とかの具体的な星座や惑星の名前に変ったようです。空飛ぶ円盤で目に見える形で異星人が来るケースと、目に見えない霊体や幽霊の形で異次元から観察しているケースがあるようです。幽霊や霊人は昔から存在するようですが、誰も認識できないそうです。
 「火星霊人と金星蛇人の対立・戦争があった」ともいわれています。常に対立する二種類の宇宙人が存在し、それが進化を促すというルシファーの論理でしょうか。「ネガティブな宇宙人」と「ポジティブな宇宙人」の存在と対立があり、常に競争によって進化がすすむようです。ディクホフは、この本をある隠れた啓示に従って書いたそうですが、その内容はかなり破天荒で、SF風な印象を与えるようです。

・金星蛇人とは、SF的なようですが、レプティリアンがかなり進化しているようです。最近では、火星霊人とか金星蛇人とかの言葉は使わなくなったようです。レプティリアンも人間化してイタリアのクラリオン星人のコンタクティ、マオリッツオ・カヴァーロによると「人間タイプは知性的な顔をしている」そうです。レプティリアンの地球人化しているイルミナティが地球の管理をしているともいわれております。また「イルミナティ・エージェントが第三次世界大戦を引き起こす」という不気味な予言もあるようです。

・まるで以前に日本でも放映された米国の連続テレビ映画「ビクター」のような内容です。「ビクター」という映画は、レプティリアンの人間化したものを描いていました。善神と魔神の対立抗争は、宇宙戦争の中心テーマで、伝説、神話などで記録されております。人肉食の鬼、宇宙人の話もあったようです。ヨーロッパでも人肉食の異星人の話もあります。
 青色人の伝承は、インドの絵図に見られる青色の肌の神々と関連するのでしょうか。白人、黄人、青人、赤人、黒人という超太古には5色人と呼ばれた種族が存在したようです。シャンバラというのは異次元に突入した都市型の超大型母船のようです。「地下都市」というのは低層4次元とかアストラル界の異次元にあるイメージのようです。虚空にシャンデリアのように輝く都市規模の宇宙母船を見たとカナダのコンタクティが報告しているそうです。そのクリスタル宇宙船は、現在「地上の平和」号と命名されていて、我々の太陽系の惑星間のヒエラルキーの最高の旗艦だそうです。

・国内のUFO研究家、研究グループも多いようです。が、詳しくは調べておりませんが、さまざまな活動をしているようです。米国の連続テレビ映画「スタートレック」は、SF映画ですが、「全部が空想の産物」とはいえない番組だそうで、リアルな話もあるそうです。膨大な数のUFO関連の洋書を読むとかなりのことがわかるそうですが、私たち一般人は、時間がありません。ちなみに、amazonの「洋書」に「UFO」といれますと8199件の洋書がわかります。
 第2次世界大戦後、米国に飛来した金髪碧眼のノルディックと小柄なグレイは、金髪碧眼のアーリア支配種と遺伝子的に劣化した、いく種かの亜人類でしょうか。リークされた情報によると金髪碧眼のノルディックはプレアデス星人だそうですが、いろいろと説があるようです。ノルディックとオレンジという異星人は、両方ともプレアデス星座の“アルテア4・5”から来ているといわれています。金髪碧眼のノルディックと金髪碧眼のアルデバラン星人がよく混同されるそうです。
 『厳秘』(アバブ・トップシークレット)扱いのため、人間タイプの宇宙人の情報は、米国のマスコミでもつかめないようです。人間タイプの異星人は、本やテレビ映画のように昔から米軍関係者に交じっていたという話もあるそうです。

・グレイにはいろいろと種類があるようです。「1、(ビーガン)と呼ばれるシリウスA人の遺伝子から作られたグレイ。2、(ゼータ・レティクリ1)地球人監視のためにリゲル人が作ったグレイ。3、(ゼータ・レティクリ2)このグレイは遺伝子操作で作られた爬虫類人への奉仕階級のメンバー」等です。遺伝子操作などでバイオ・ロボットを作れる超テクノロジーを持っているようです。アバブ・トップシークレットのため、詳しいことは分かりません。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」そうです。グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニはオリオンの方向にあります。
 フランスのリラ星人のコンタクティ、クロード・ボリロン・ラエルによると「リラ星人のエロヒムが実験室で人間を創った」そうです。リラ星人は人類に3万年進化しているそうです。リラ星人も人類の源流ともいわれ謎の多い宇宙人種族のようです。
 昔話は、当時の表現で書いてあるので、ナンフィクションとフィクションの区別がわからないことが多いようです。私たち一般人は、学者ではないので『御伽草子』の『梵天国』のことは詳しくは分かりません。この物語でも「三千里走る車」というものがでてきます。これも「光輪車」と同じように「空飛ぶ円盤」であることが窺われます。「梵天国」も「羅刹国」もどこの異星なのか分かりませんが、異界の話のようです。「異人」の話なのかもしれません。昔話には異星人と思われる者の伝承があるように窺われます。たとえば、「鬼や河童や天狗は宇宙人だった」と理解すれば、説明できることが多いようです。河童も動物タイプとかグレイタイプとか、いろいろと種類が多かったようです。

・「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれます。『遠野物語』の「異人」もオリオン星人だったそうです。『遠野物語』は農民の「作り話」ではなく「事実」と柳田国男は主張しているようです。この「異人」も社会に同化したのかもしれません。またウンモ星人は金髪碧眼で、ヨーロッパにその末裔が多く住んでいるともいわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか」(旧約聖書、ヨブ記38章31節)という文がありますが、詳しい解釈は分かりません。対立したスター・ウォーズのことかも知れません。とにかく、進化の程度が想像を絶するようです。「家の中からテレポート(瞬間移動)して異界に移動できる」ともいわれます。
 記紀等の古書には“天磐船(あめのいわふね)”という表現がでてきます。『竹内文書』でも超太古、日本は世界の中心であり、天皇が天磐船(あめのいわふね)に乗って世界中を巡行したそうです。超太古には「五色人」がいたそうです。“空飛ぶ円盤”や宇宙人の時代から、「遥かに進化した高次元の高等知性体・異星人は、人間の肉体や精神体に憑依するので誰も識別できない」時代になりつつあるようです。また「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」ともいわれます。

・昔話でも「夢の中で高僧や神や天使のようなものに会ったり、不思議な体験をする」話が多いようです。気づいたら「夢」だったという明晰夢の話です。夢の中で、アストラル界やエーテル界とコンタクトできるようなのです。異星人体験をした人々も、気づいたら「夢のよう」だったという話が少なくないようです。退行催眠をして、忘れた経験を思い出させることもあるようです。グレイのような宇宙人が空飛ぶ円盤上の生体検査の後で、アブダクション(誘拐)の被験者の記憶を消すそうです。

・高次元の存在には、イルージョンや幻覚や夢の中でコンタクトする意外に方法はないのかもしれません。人間にとって、手っ取り早い異次元世界は「夢の中」のようです。明晰夢とか正夢とか、夢もいろいろと種類があるようです。夢の中で高等知性体からアイデアやインスピレーションを受けて、新発明をしたり、小説を書いたりすることもあるようです。アセンション(次元上昇)の時代ですので、チャネラーも増えてきているのかもしれません。
 「見えない霊界ははるか遠いところにあるのではなく地上1メートルのところにある」そうです。「神」は時空を超えているので「神」というのだそうですが、「この世」にも多大な影響を与えているのかもしれません。「この世」から「あの世」は、認識できませんが、逆では、容易に分かるようです。「世界は神々の描くシナリオ通りに動いている」ともいわれます。
 日本人とユダヤのつながりに関しては多くの書籍があるようです。しかし、私たち一般人には、訳の分からない奇説なのかもしれません。


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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ
日本は津波による大きな被害をうけるだろう
・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・
「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」
「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」
「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」
「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」
「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」
「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」「フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのだろうか」
「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」
「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」
「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

グーグルのブロガーにも書いています→UFOパラレル・ワールド





室町以降の文献には、いくつもの猩々の記事があげられるが、特に能の曲中には、多くの猩々の登場が認められるのである。(7)


・日本にも「獣人」が来ていたようです。全国には狒々に似た「獣人」や猩々、大猿や猿神の「獣人」伝説とそれの「人身御供」の伝説があったようです。これらの「獣人」を連れてきていたのは、オリオン星人だったようです。現代でも1970年代には、広島県庄原市西城町で「ヒバゴン」という「獣人」騒ぎがありました。当時も現地では「空飛ぶ円盤」目撃の多発地帯で、「ヒバゴン」を「空飛ぶ円盤」から降ろしたのではないかという話もあったようです。現代でも北米では、サスカッチやビッグフットのような「獣人」を空飛ぶ円盤から降ろしているのを目撃したという話もあるようです。

・ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われているそうです。シリウス星人が遺伝子操作等でモンスター・タイプの生物を創り神に嫌われたといわれます。これらの「獣人」は、純然たるUMA(未確認動物)というよりも、知能を備えていたり、「覚(さとり)」のように人間の心が読める妖怪もいたようなのです。「獣人」もグレイのように「異次元移動」ができる異星人種族が近くにいたのかもしれません。昔の獣人は、女を人身御供で要求したようなのです。「山姥」や「山女郎」等もオリオン星人の眷属だったのかもしれません。いずれもテレポーテーションや「異次元移動」ができたのかもしれません。「テレポート(瞬間移動)は、人間にとり奇跡ですが、宇宙人にとっては、それほど難しくないテクノロジーだ」と指摘されています。「隠れ里」の伝説も当時のパラレル・ユニバース(並行宇宙)に「幽体」として入った人間の伝承だったのかもしれません。全てを農民たちの「作り話」として扱うことは無理があるようです。
人間死後の幽界や、霊界、パラレル・ユニバース(並行宇宙)には、天使や神のような異星人が存在しているといわれます。

・『暮らしのなかの妖怪たち』(岩井宏實 慶友社 2012/10)から、
「<覚(さとり)>
・山の中、ことに北国の山中にいる獣の姿をした妖怪に「覚(さとり)」がある。飛騨や美濃(岐阜県)の山中によく現れ、その姿は狒々(ヒヒ)に似ていて、よく人の心を見抜くという。富士山麓の地方ではこの化け物を「思い」といった」とのこと。「さとり」は、「獣人」の一種だったようです。

・「獣人」を異次元移動させたり、空飛ぶ円盤から現地に降ろしていたのは「イルージョン」もできるオリオン星人だったようです。当時はイルージョン現象を「狐」「ムジナ」「狸」等に化かされたとしていたようです。オリオンETグループが異次元のモンスター・タイプの生物を創り、人間と異種交配・混淆させ、生体実験で「人間化」させようとしていたのかもしれません。オリオン人は、地球と直接的なつながりを持つといわれます。天狗もゲイ(LGBT等)であったといわれます。しかしながら、「天狗」の性生活はよく分かっていないようです。天狗も「人間が子分にしてもらいたい」ような性格の種族ではなかったといわれます。当時の人間の常識や非常識からはるかに離れたようなキャラクターだったようです。しかしながら、天狗には人間タイプもおり、その超能力は想像を絶する程度だったようです。天狗の民話は、河童のように全国にあるようです。どうやら人間の幽体や霊体を自由に操作できる宇宙人種族だったのかもしれません。「異人の不条理」といわれますが、人間とはかけはなれていたようです。天狗や異人は、オリオン星人だったようです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も利用しているそうです。セム系民族はエンキの北極星、北斗七星信仰、ハム系民族はエンリルのオリオン信仰であったといわれます。

・我が国の神社の大半がスサノオやニギハヤヒ、つまりバールやミトラを祭祀し、その系列神を祭神とした物部氏の神社で、オリオン信仰といわれます。神々もインド神話では姿形を自由に変化できるといわれます。また、神々はそのサイズも異次元世界では自由に変化できるようです。
 昔の異人や天狗、「山の神」等は幽体でパラレル・ユニバース(並行宇宙)から来ていたのかもしれません。現代ではパラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だといわれます。「すぐそこ、あなた方の真下には、まるまるひとつの世界“パラレル・ワールド”が存在している」そうです。パラレル・ユニバース(並行宇宙)は、目に見えないが、この世のすぐ隣にあるといわれます。パラレル・ユニバース(並行宇宙)は「幽界」のように「この世」に似ている世界ですが非常に大きく違うアストラル界のような世界だと指摘されています。
多次元宇宙の内のパラレル・ユニバース(並行宇宙)から異次元を旅して地球にやってきた意識を持った存在は、あなたと一緒に、意識に憑依できるともいわれます。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。 「グレイ」は人間の無意識の中に入ってくるといわれます。

・オリオンETグループは、太古から人類を生体実験の材料に使ってきた堕天使グループで、いわゆる「宇宙連合」に所属していないルシファーの堕天使グループなのかもしれません。昔からアブダクション(誘拐)を繰り返していたのかもしれません。被害者たちはどうなったのでしょうか?いわば「闇の勢力」「悪の結社」として、人類の進化を阻止している宇宙人グループが存在するといわれます。「ルシフェリアンはニムロード思想を信奉する人々、もしくはその悪魔教の信者なのである」といわれます。「第2次世界大戦は堕天使ルシファーと大天使ミカエルの代理戦争だった」という奇説もあったといわれます。「ニムロードは堕天使すなわちルシファーの子孫であり、強大な力を手にした。神への反逆者ということだ」と指摘されています。

・『全国妖怪事典』は全国の妖怪話を集めたものですが、非常に多くの妖怪を大衆が体験しているのには驚きます。たとえば、河童の伝承も全国に存在します。現代では、河童はUMA(未確認動物)に分類されることが多いようです。しかし、「カッパ=小柄なグレイのような宇宙人説」も増えてきているようです。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」そうです。人間の死後世界の幽界や霊界と似た異次元世界のアストラル界からの現象なのかもしれません。常にこの世の人間とコンタクトを取ろうとする妖怪(宇宙人)がいるようなのです。妖怪現象も宇宙人現象の一種なのかもしれません。「アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成している」そうです。「アストラル界はとても巨大です。ここに存在する全ての世界からおよそ600億人の人間タイプの生物が集まっている」といわれます 人々がアストラル界で過ごす期間は、数週間から何百年にもわたるそうです。「アストラル界下層にいる霊たちの多くは、地球上の種々の問題を引き起こす原因となります。彼らはテレパシーで地球上の人間と交信する」といわれます。人間の死後の世界、「あの世」、幽界や霊界、宇宙人のアストラル界やエーテル界も似ている世界ですが、私たち一般人は、当然認識できません。「アストラル界の住人が地上にも出てくることは秘密結社の最高機密だ」そうです。

・その昔「猿神」とか「猿鬼」とか「狒々」といわれていたものは、猿の神様(ケンタウルス座α星人)のことではないのでしょうか。ハリウッド映画の「猿の惑星」のような進化した猿顔の宇宙人が存在しており、数百年前まで異次元から人間を脅して、アブダクション(誘拐)等をしていたようです。「猿神」や「猿鬼」は異次元移動ができたので、農民たちから恐れられたのかもしれません。人肉食の鬼(宇宙人)もいたのかもしれません。生贄や人身御供による宇宙人のアブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)が大昔から連綿として、山奥の村々で習俗としてあったのかもしれません。『今昔物語集』ができたのは12世紀の平安時代の末期の頃のようです。猿田彦神も天狗の容貌とか猿のような容貌とかといわれています。
 「ケンタウルス座α星の私たちの恒星系は7つの惑星から構成されています」というケンタウルス座メトン星の【宇宙人エイコン】という人間タイプの金星人の末裔の異星人も地球に来ているといわれます。ケンタウルス座アルファ星(アルファ・ケンタウリ)からは、人間タイプの金星人の末裔がきているそうですが、猿の神様(ケンタウルス座α星人)も同じ星座からきているようなので、ケンタウルス座にも、様々な宇宙人が棲息しているようです。

・現在のアブダクション(誘拐)は、グレイタイプが犯人といわれます。しかし、グレイの「空飛ぶ円盤」に同乗していた「ナチス」とも言われている金髪碧眼のノルディックは、プレアデス星人といわれていました。アブダクション(誘拐)によって生体検査や生体実験をしていたようです。空飛ぶ円盤の中で生体検査をしているグレイの横に、人間タイプの異星人がいたといわれます。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。米政府は、密約によって人間のアブダクション(誘拐)を黙認したともいわれます。インプラントされた米国人もかなりの数に上るともいわれます。しかし、アブダクション(誘拐)の体験の記憶を宇宙人は消してしまう超テクノロジーをもっているようで、退行催眠で記憶を蘇らせるそうです。「蛇」や「龍」もよく伝説にでてきますが、レプティリアン(爬虫類人)だったようです。異類混血で「人間化」してきているそうです。アブダクション(誘拐)のときの人間の肉体か幽体を、家の中から空高く引き上げ、空飛ぶ円盤の中に引き入れ、生体検査をして元のベッドに戻す超テクノロジーは、科学者の誰も理解できないようです。

・日本に昔に会った人身御供の伝承は、猿の神様(ケンタウルス座α星人)が関係していたのかもしれません。昔のチャンバラ映画にでも「巨大な狒々の人身御供」の映画もあったそうです。米国のキャトルミューテレーション(動物虐殺)もグレイの仕業だと言われます。内蔵の液体をグレイの栄養物にするともいわれています。しかもグレイの皮膚から吸収するともいわれます。グレイはバイオロボットであり、消化器官や排泄器官がないともいわれます。アブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)の事件の時は、当時の米国のマスコミは大いに騒いだようです。現在は米国政府に協力して、沈黙しているようです。日本の河童も人間や馬の内臓を取り出すといわれています。なにか、キャトルミューテレーション(動物虐殺)と似ているところがあります。

・宇宙人で動物タイプは3割ほどいるといわれます。「レプティリアンも人間タイプは知性的な顔をしている」ともいわれます。グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニはオリオンの方向にあります。「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが人類を管理している」ともいわれます。「フランスの『美女と野獣』の話は、異類婚姻譚だ」そうです。動物タイプとの異類婚姻譚や異類混血の伝承は豊富にあるようです。異類混血がスター・ウォーズの原因だともいわれます。「タウ人の遺伝子を使ってグレイを作るために主に子供を標的にして誘拐し、殺して細胞とホルモンを取りだしたのでタウ人がグレイを殺そうとしている」といわれます。ロシアはタウ星人と当初コンタクトがあったそうです。「ロシア人はタウ人との協定を破棄し、同じ協定をリュウ座人の前衛部隊と交わしてタウ人を追い払ったと考えられている」とも伝えられ複雑な問題のようです。「くじら座タウ人は、イプシロンのエラダナス星系で大きなコロニーを保持している」といわれます。遥か昔にリゲル人がくじら座タウ星系の侵略準備を整えようとしていたそうです。

・進化した異星人は、人間の精神体に自由に憑依したりしますので、誰も識別できないようです。ウォークイン(憑依)やワンダラー(転生)や、様々な形態で、人間社会にでてきますので、宇宙人と人間の区別ができないようです。空飛ぶ円盤から出てきた異星人という話は、昔の話になるのかもしれません。異星人は高次元のアストラル界やエーテル界に都市を創り壮大な文明を営んでいるようです。「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」ともいわれます。「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」そうです。

・4次元以上の目に見えない世界ですから、進化した異星人、天使や神々の生態は私たち一般人には、想像もつきません。昔から異界に行って様々な体験をしたけれど、気付いたら夢だったという話も多いようです。アダムスキーも当時も現代でも「詐欺師」扱いをする人々もいるそうです。やはり「異次元の金星や火星」という概念が理解できないようです。現代になって探査衛星が飛び出してから「異次元にある見えない金星」という概念が強調されだしました。
 岡山の安井清隆さんの話は、当時、新聞社でも注目を浴びたそうです。当時は新聞社もUFOには熱くなっていたそうです。「安井清隆」と言う名前は「仮名」のようですが、金髪の長身のヨーロッパ系の宇宙人に日本語で話しかけられたという点でも注目されます。母船の巨大さから見ても、とてつもなく進化した異星人と窺われます。第2のチュェレイ人とのコンタクティがでないものでしょうか。岡山県は鬼の伝承など、宇宙人の伝説が昔から多いようです。

・コンタクト・ストーリーばかりでなく、現実にチュェレイ星と往復して、その超科学や超テクノロジーを日本のものにしたいものです。アメリカを始めどこの国でも異星人は諜報機関によりコンタクトが継続されているそうです。日本でもネットワークがあるのかもしれません。2メートル40センチの長身の人骨化石がアメリカで発見されたこともあったようです。異星人情報は、厳秘(アバブ・トップシークレット)扱いですから、異星人が社会に溶け込んでいる現代では何もわからないそうです。「トールホワイト」とよばれる2メートルから3メートルの白人種のオリオン星人も報告されているようです。トールホワイトと米政府はコンタクトがあるようです。3メートルの巨人タイプの宇宙人のコンピュータが最も速いそうです。

・公安調査庁の元部長によれば「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」そうですが、それから様々なことがいわれているそうです。曰く「諜報機関がないためにスパイ天国となり外国人からバカにされ、物笑いの種にされている」、「諜報機関のない国は国とは言えない」、「諜報機関のない国は国家競争から脱落する」、「諜報機関のない国は抑止力も弱く、拉致事件にも無力だった」、「諜報機関のない国は始めから負けている」、「諜報機関のない国は既に国益を大きく損ねている」、「諜報機関は国家にとって最も重要な死活の国家組織だ」そうです。被害者もその家族も高齢化しており、拉致事件はどうなるのでしょうか。この程度の問題に数十年もかかっているようでは政治家の非力が窺われます。「国家機関の欠陥」の結果なのでしょうか。

・イアルガの異星人は「馬頭観音」を連想させます。馬面の異星人も昔から日本にも来ていたそうです。異類混血なども遺伝子操作などで進んでおり、かなり人間化しているのかもしれません。容貌が人間と違いますし、指でも6本の宇宙人もいるようです。また『ガリヴァー旅行記』の馬の国『フウイヌム国渡航記』を連想させます。「フウイヌムは彼らを悩ませているヤフーと呼ばれる邪悪で汚らしい毛深い生物と対比される」と言う具合に、人間との異類混血もいたのかもしれません。ところでまた「獣の数字」というものが思い出されます。「獣の数字」は、『新約聖書』の『ヨハネの黙示録』に記述されています。以下に引用すると、「ここに知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は666である」(13章18節)。この意味は後世に色々な解釈があるようです。「獣の666」は「反キリスト」で、異類混血で創られたヒューマノイドなのかもしれません。ナチスのヒトラーのように歴史上、重大な役割を果たすといわれております。

・『ガリヴァー旅行記』には当時は誰も知らない火星の2つの衛星の正確な描写があり、「宇宙旅行記」ではないのかという説もあるようです。広い宇宙には動物タイプの異星人が2~3割位いるともいわれております。コンタクト・ストーリーから様々な情報が流れてくるようです。アンドロメダ星雲からも様々な宇宙人が飛来しているようです。まるでハリウッド映画『スター・ウォーズ』の世界のようです。

・「オリオン星人は非常に階級意識の強い宇宙人だ」そうです。世界中の神々は各国では名前が違うけれども、ランク別には同一の存在らしいのです。神々は理論的にも不死で時空を超えている理由で神様というのですから、「女神イシスの降臨」といっても不思議なことではないそうです。チャネラーやコンタクティの密度が高まりますと、新興宗教の教祖ということになるそうです。「スサノオ命は絶対神ヤハウェにほかならない」という奇説もあります。
 「ケンタウルス座α星人の中には、映画『猿の惑星』に出てくる、猿が人間になったような外見の者もいる」そうです。インドの神話でも猿の神様が出てくるようです。インドの神話は、神々の世界や超能力を割と正確に伝えているのではないかという説もあるそうです。「アストラル界やエーテル界に『猿異星人』がはいると、人間の遺伝子的に非常にまずい状況になる」という説もあるそうです。
 ハリウッド映画『猿の惑星』は、シリーズで7本も作られましたが2014年には、新作『猿の惑星 新世紀』が上映されました。「猿の異星人」は昔から、人間タイプの宇宙人に固執するグループを悩ませているそうです。また「異類混血がスター・ウォーズの原因」ともいわれているそうです。

・人間は、超太古には完全なものであって長寿だったそうですが、その後、病気になったり、障害児が生まれるという現象もあり、遺伝子的に問題が出てきたそうなのです。ゲイ(LGBT等)の原因も障害児が生まれる原因も現代医学では完全に把握していないそうです。障害児が生まれると困りますよね。人間が困ることは異次元の宇宙人にその原因を求める説もあるようです。現代医学で不明なことは、異次元の高等知性体には分かることばかりでしょうか。「魔神が障害児を創る」という不気味な説もあるそうです。病原菌をばら蒔く堕天使もいるそうで、地上地獄化なのかもしれません。かつての善神が魔神になるというまるでファンタジー物語のようです。
 「ネガティブなシリウス星人が遺伝子操作などで人間がぞっとするモンスターのような生物を創り神に嫌われて、それらの生物は天変地異の洪水などで絶滅された」という神話があるそうです。また、天使団の3分の1を率いて神に反乱を起こしたという堕天使ルシファーやサタン(悪魔)の名前は、現代のリラ星人のコンタクティによると「遺伝子科学者の一集団の名前」だそうです。

・それで、リラ星人とシリウス星人の争いは「悪魔と天使」の争いとして、異次元でも続いているし時代を超えて、地球上にも深刻な影響がでてくるようです。「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれ、シリウス星人のネガティブ・グループも“暗黒の勢力”を形成しているのでしょうか。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。ネガティブなオリオン・グループも“闇の勢力”を形成しているのでしょうか。
 皇祖神の天照大御神(あまてらすおおみかみ)についても膨大な情報や資料・研究があるようですが、私たち一般人には、詳しく勉強する機会がないようです。アマテラスは、個人的には、昔は確か、男神のイメージだったと思うのですが、女神説の話も近年、増えてきて主流になったようですが、勉強不足で、訳の分からない話です。

・ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると「神仏混淆と天照大神男神説」「中世の神仏混淆で本地垂迹説が広まると、インドの仏が神の姿をとって日本に出現したとする考えが広く浸透した。はじめ天照大神には観音菩薩(十一面観音菩薩)が当てられたが、やがて大日如来となり、両部神道が登場すると天照大神は宇宙神である大日如来と同一視されるようになる。平安末期の武士の台頭や神仏混淆による男系社会が強まると、一部に天照大神を男神とする説が広まり、中世神話などに姿を残した」そうです。また、「一般に、大和絵や宗教、日本人が最初に神代の時代を知る小中学校の社会科などでも女神であるとされるのが主流である」ということです。

・米国に登場したメン・イン・ブラックはオリオン星人だそうですが、「オリオン星人は階級意識の強い宇宙人種族」のようです。グレイのようなバイオロボットを召使・部下に使っているのかもしれません。天狗もさまざまな階級があったようです。メン・イン・ブラック(黒衣の男たち)は、「この世のものとは思われない美男子」ではなく容貌魁偉か人間とは少し違った奇怪な容貌だったそうで、UFO研究者を脅す悪者のイメージでした。しかし、ハリウッド映画の「MIB・メン・イン・ブラック」では、宇宙警察のイメージでした。

・オリオン星人のトップは、いわゆる神々なのかもしれません。神々といっても魔神なのかもしれません。魔神の存在が「人間が障害者の子どもを持つ原因だ」という説もあるそうです。「河童=宇宙人」説が出始めてきておりますが、「異人=宇宙人」説はまだのようです。そもそもアバブ・トップシークレットのためか、「宇宙人やUFOの存在を主張する学者」はまだ少ないようです。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」という話もあるようです。「オリオン大戦」やスター・ウォーズの原因や結果も詳しくは分からないそうです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。

・米国のように国家の総力を挙げて異星人文明や超テクノロジーを入手すべきでしょうか。日本でもプレアデス星人とのコンタクト話があるようですが、国家の総力を挙げて「プレアデス星人の文明や恒星間飛行技術の「超テクノロジー」を入手すべきだと思いますが。宇宙連合とコンタクトすれば神々ともコンタクトできるらしいのですが、アバブ・トップシークレットのためその存在も否定されているようです。ちなみにハリウッド映画「猿の惑星」のような顔が猿の宇宙人(神)も存在するそうで、インド神話でも猿の神様(ケンタウルス座α星人)の神話があるようです。昔は猿の神様(ケンタウルス座α星人)との異類混血が恐怖であり、「人身御供」とされたのでしょうか。

・私たち一般人は、学者ではないので日本におけるさまざまな「神」についても詳しくは知りません。ウィキペディア(フリー百科事典)によると
「山王信仰(さんのうしんこう)とは、比叡山麓の日吉大社(滋賀県大津市)より生じた神道の信仰である。日吉神社・日枝神社(ひよしじんじゃ、ひえじんじゃ)あるいは山王神社などという社名の神社は山王信仰に基づいて日吉大社より勧請を受けた神社で、大山咋神と大物主神(または大国主神)を祭神とし、日本全国に約3,800社ある。神仏習合期には山王(さんのう。山王権現、日吉山王など)と称され、今日でも山王さんの愛称で親しまれている。猿を神使とする」とのこと。

・「異人」の正体が解らないのは、ウォークイン(異星人の憑依、人格転換された人間)やワンダラー(転生)のような人が分からないのと同じではないでしょうか。フリーメーソンのようにその実体は不明で手法は巧妙なようです。フリーメイソンリーは発祥がシリウス星人とも関係があったといわれ、現在では表向きは秘密結社ではなく、一般に公開されていますが、その根本的なところは秘密のままだそうです。「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた」といわれます。「神は最初のフリーメーソンだ」そうです。

・「山の神」や「天狗」、「異人」は、全国に伝承があるようです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」という説からは、東北地方の異人は、オリオン星人だったのかもしれません。「天狗」も全国に伝説があり、オリオン星人系列のようです。羽のはえた天狗(烏天狗)はオリオン星人のドラコ人だったのかもしれません。オリオン星人はモンスタータイプばかりでもなく異類混血などで人間化しているようです。天狗の高い鼻も異類混血などで低くなったのかもしれません。赤い顔の遺伝子は現代人にも残っているようです。またオリオン星人はいろいろと種類があり、白人種の支配人種が生まれた星座ともいわれております。オリオン星人は階級意識が非常に強く、羽の生えた天狗やバイオ・ロボットのグレイは最下層だそうです。

・オリオン星人というのは、プレアデス星人に較べて、その正体がよくわかりません。コンタクティの話は非常に少ないようです。オリオン星人のなかのリゲル人は、グレイの人間タイプで身長も高く、高度な文明を持っているともいわれます。リゲル人が龍神の末裔で、天使長ミカエルの系列なのかもしれません。米国はリゲル人と秘密協定を結んでいるともいわれております。昔は「金星蛇人と火星霊人と対立・戦争」と言われていましたが、人間化しており、金星のマスター(大師)が神に近い系列の種族で、コンタクティも多いらしいのです。オリオン星人もいろいろと種類が多いようです。猿の神様(ケンタウルス座α星人)も知られていますが、昔インドにも猿顔の異星人が現れたようです。遥かに進化した異星人は人間の精神体に憑依するともいわれます。信じられないくらい同時に多数に憑依可能なようです。それで「神」といわれる所以なのかもしれません。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった。シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いている」ともいわれ複雑怪奇な話です。

・「火星霊人と金星蛇人の対立・戦争」は、神と天使長ミカエルと堕天使ルシファーの「天の戦争」、スター・ウォーズだったようです。堕天使ルシファーに従ったのは天使団の3分の1だったともいわれているようです。現代でも宇宙連合は2種類以上あるようです。その昔、インドで阿修羅と帝釈天が戦争をしたとき、阿修羅が崇拝したのが金星の大師だったそうです。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると、「レプティリアンも人間化しており、知性的な顔をしている」そうです。「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。

・アシュター(銀河連合の総司令官と呼ばれる存在)という存在がよく米国のスピリチュアルな本で言及されます。アシュター・コマンドというのは、現在、地球周辺の宇宙空間に滞空しているUFO艦隊の司令官アシュターならびに、主サナンダ・クマラという霊的な導きの下に存在する「光の偉大なる聖職者団(グレート・ブラザー/シスターフッド)の空挺部隊のことだそうです。サナンダは神智学では サナト・クマーラより上位の存在として「沈黙の監視者」と呼ばれています。かってイエスであった存在は現在「サナンダ」と名乗っており、アシュタールとともに彼の宇宙船に住んでいるともいわれます。キリストの出身星はアプ星だったそうですが、アプ星人は国際連合の設立に尽力したという話もあるようです。アプ星人は現代では南米にも飛来しているようです。アヌンナキとかサナンダといわれる金星のマスター(長老)が活動の中心ともいわれます。

・その昔、「オリオン大戦」というスター・ウォーズがあったことでも知られているようです。また、戦後米国に現れたメン・イン・ブラック(黒衣の男たち)は、オリオン星人であったともいわれています。テレポート(瞬間移動)や幽体離脱が自由にできるようなのです。大昔から異星人は、異次元移動をしていたようです。テレポート(瞬間移動)の技術は、人間には奇跡ですが、異星人にとっては「それほど難しくないテクノロジーだ」そうです。異人はアストラル界や異界を出入りしていたようなのです。そこに人間を引き込んだのかもしれません。昔の「人さらい」や「神隠し」は謎の多い不思議な現象だったようです。
 遠い昔の「人身御供」の伝承も種々あったようです。「ツチグモ」についても昔からいろいろと伝承があるようですが、北海道のコロポックルよりも小さい「グレイ・タイプ」の種族がアメリカのコンタクティの話にあるそうです。またオリオン星人は階級意識が非常に強く、「邪体霊」ともいわれ、宇宙の悪役のように描かれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているともいわれ、プレアデス星人が6千年人類に進化しているともいわれています。シリウス星人のネガティブ・グループがオリオン星人と関係があるのかもしれません。米国の「エイリアン・エンジニアリング」の対象が、オリオン星人の超テクノロジーのようです。

・「遠野郷の民家の子女にして、「異人」にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝承がありますが、「人さらい」や「神隠し」は“異人”や天狗の仕業だったのかもしれません。その現象は全国的だったようです。異界に棲んでいた天狗もテレポート(瞬間移動)や幽体離脱が自由にできたようなのです。
 オリオン星人が「異類混血」をすすめていた可能性があります。秘密主義がその背景にあったそうです。人間に最も近いプレアデス星人は、人間に好ましいイメージがありましたが、「ナチスのユダヤ人虐殺の黒幕だった」という奇説もあるようです、プレアデス星人の中にはネガティブ・グループが存在するのかもしれません。またプレアデス星人は宇宙連合を通じて、ニルヴァーナ(涅槃・天国)評議会とコンタクトがあるようです。ヒトラーのナチスは金髪碧眼のアルデバランの宇宙人とコンタクトがあったようです。ゲルマンの神々の「超人」たちは、幽霊のような形態で人とコンタクトしていたようです。

・世界的不況で困難に直面している産業界が渇望している宇宙連合の超テクノロジーは「エリア51」などで、米国は国家機関の総力をあげて取り組んでいるそうです。『ペンタゴンの陰謀』という本によれば、エイリアンの超テクノロジーが現在までかなり新兵器などに応用されたということです。リバース・エンジニアリング(逆工学)で、エイリアンの超テクノロジーのおかげで、米国の科学者のノーベル賞受賞者が増えているともいわれております。「エイリアン・エンジニアリング」に関しては、日本もNASAに資金を出しており、何らかの情報があるのかもしれません。NASAも人間タイプの異星人には驚いているそうです。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」そうです。クイントニアに住む異星人もグレイタイプのようです。エリア51で白鳥座61番星の異星人とコンタクトしていた日本人科学者もいたといわれます。
 エイリアンの超テクノロジーの導入(「エイリアン・エンジニアリング」)は、国家プロジェクトとして、取りかからねば、超テクノロジーのコストという面で、遥かに遅れることになるのでしょうか。この方面では米国の1人勝ちだそうです。どうもこの面についても日本的な対応が限界のようです。

・『平成維新』として、江戸時代の「鎖国」から「開国」のように、プレアデス星人の宇宙連合との「開国」を主張する者も少数説となりましょうか。「地球は遥かに遅れていて宇宙連合に参加できない」とかっては、いわれていたそうですが「開国」の声は小さいようです。アメリカの「エイリアン・エンジニアリング」は、今後どのように展開するのでしょうか。地球製の「空飛ぶ円盤」も具体化しているという情報もあるようです。昔は、「宇宙人は人類の進化に関与できない」という宇宙法があったともいわれていたそうです。地球人と同じ進化レベルの異星人でも「恒星間飛行技術」を入手して宇宙旅行をしているともいわれます。
 日本にも「沈黙のコンタクティ」が多いそうです。日本も太古からプレアデス星人と関係が深いそうで、コンタクトは当然のことなのでしょう。『プレアデス星訪問記』のようにプレアデス星人と東北の住人とのコンタクト話もあったようです。ほかにもコンタクト話はあるそうで、「エイリアン・エンジニアリング」も進めたらいいと思いますが。

・東北の田舎や全国の山間部には、昔は『異人』が俳徊していたといわれます。異類異形の異人ばかりではなかったようです。異星人のアブダクション(誘拐)の被害者や交配実験の被験者を地上で見た伝承が多かったようです。アブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)もいろいろな形態があったようです。宇宙人による人間の虐殺もあったのでしょうか。それでコンタクト・ストーリーは豊富なようですし、その後、異人たちもさまざまな方法で社会に浸透しているのかもしれません。また、全国的に社会に同化した異人は、誰にも分からないそうです。「遥かに進化した高次元の高等知性体・異星人は、人間の肉体や精神体に憑依するので誰も識別できない」そうです。はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。「宇宙人と普通の人間を区別できなくなっている」時代のようです。宇宙人も街中の雑踏に混じると識別できないそうです。地球上にはかなり多くの宇宙人が「同化」して住んでいるともいわれます。「何とか苦労して宇宙人といわれる人に会ったが、そこらへんにいるオッサンと変わりなかったので驚いた」という話もあるそうです。ウォークイン(憑依・人格転換)やワンダラー(転生)等の様々な手法で、地球人として同化しているといわれます。

・江戸時代には『火事喧嘩 伊勢屋 稲荷に犬の糞』といわれたほど、稲荷(神社)は多かったようです。背景にある「霊的なもの」に民衆が興味をもち、「ご利益」を願って稲荷信仰や他の神社信仰が盛んになったそうです。「霊的なもの」が強烈ですと急に信者が増えるようです。神智学でいうアストラル界やエーテル界からさまざまな異星人が、「霊的なもの」として「憑きもの憑き」として人間界に現れてくるのでしょうか。人間の死後の世界である幽界や霊界の存在かもしれない幽霊なども、時々人間の目に移ることもあるようです。神々(高次元の宇宙人)が教祖に憑依して新興宗教も世界中にたくさんカルトができるようです。より高次元の宇宙人が「霊的なもの」に関係しているようです。現代でも「こっくりさん」の現象があるようです。
 さまざまな高級神霊や低級神霊、あるいは動物霊などが人間に憑依して「神がかり」現象を起こすようです。悪霊が憑依すると「悪魔祓い」が必要になるそうです。エクソシスト(祈祷師)が、悪魔祓いをする習慣が世界中にまだ残っているようです。悪魔、悪霊、悪神、魔神、偽りの神と人間に災いとなる魔物は多いそうですが、「神々や天使は、背後霊や守護霊となり人間に憑依している」ともいわれます。

・私たち一般人は、宗教学者でも研究者でもないので、宗教は詳しくは分かりません。ちなみに、『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』(島田裕己、幻冬舎新書、2014/2/5)によると、「その数ダントツの7817社を誇る謎多き八幡神社、2位は伊勢4425社、3位は天神3953社」「最強11神社、八幡、天神、稲荷、伊勢、出雲、春日、熊野、祇園、諏訪、白山、住吉の信仰系統」ということで研究者により、数字や内容、説が変わってくるようです。アマゾンに「稲荷」と検索しますと561件の検索結果がでてきて、日本人の関心の高さが窺われます。多くの神社があり、背後には、たくさんの「霊的なもの」「神々(異星人・宇宙人)」の話があるようです。
 「異次元のパラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」と言う説もあるようです。シリウス星人はネガティブ・グループとポジティブ・グループがあり、「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」と言う説もあるそうです。また「人は皆、記憶喪失の異星人だ」、「神々は憑依などで市井のひととなり普通の生活をしているので誰も識別できない」とかの与太話があるそうです。

・シリウス星人のグループには、ネガティブなグループとポジティブなグループがあるそうで、“暗黒勢力”と“光明勢力”の対立を生んだと言われているようです。ハリウッド映画にもなった“メン・イン・ブラック”は、邪悪なオリオン星人ともいわれますが、その後、消息はどのようになったのでしょうか。メン・イン・ブラックの超能力も凄まじいものがあったようです。宇宙連合も2種類あるようで、『深宇宙探訪記』に詳しいようです。「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうです。「シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である」ともいわれます。

・物部氏の祖といわれるニギハヤヒ命については歴史学者などには、いろいろと説が多いそうです。ニギハヤヒ命は天の磐船で天から降臨して、河内や大和あたりを支配していたらしいそうです。九州から東征してきた神武が、大和平定の最後に戦ったのが、ニギハヤヒ命らしいのです。ニギハヤヒ命は大和朝廷の成立以前に、日本を支配していた王ではないかという説もあるようです。「天の磐船」は『竹内文書』にもでてくる「宇宙船」だったようです。つまり、空飛ぶ円盤で飛来したニギハヤヒ命は、別の惑星から飛来した異星人であったということでしょうか。安倍晴明も異類婚姻譚に関係があったようです。

・「欧米の格言によれば、スパイ活動は世界で2番目に古い職業であると評言される。ちなみに、最も古い職業はセクシャリティを売ること、すなわち売春である」とのことですが、売春については、私たち一般人は、昔からの実情については詳しく知りません。堕天使が関わっていたという説もあるそうです。堕天使の性的な能力は非常に高いともいわれます。スパイ活動については、昔から部族間の殺し合い、紛争・戦争は非常に頻繁にあったようです。部族間の殺し合いにもスパイ活動が必要だったようです。「人類の歴史は平和な時代よりも戦争の時代が長かった」ともいわれます。現代でも、どこかで常に衝突や殺し合い、陰惨な紛争や虐殺、戦争が起こっております。「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。

・「人間が互いに殺しあうのは、異星人が人間を創った時にDNA、本能に“殺こう”という“殺し合い”の遺伝子を埋め込んだからだ」そうです。また「天使は神の秘密諜報員である」ともいわれます。原初の時代からスパイ活動があったようです。ニギハヤヒ命の家来に「ナガスネヒコ」がいましたが、「ナガスネヒコ」がスパイ活動をしていたのかもしれません。物部氏も本書のように研究書が多いようですが、異星人の末裔ということでしょうか。

・「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれますので、歴史は謎ばかりのようです。イルミナティ・エージェントのように歴史のシナリオを描いてきた人間タイプの宇宙人種族もいるようなのです。オリオン星人もいろいろあり、昔は人間タイプだったのですが、核戦争を繰り返して、グレイのような小人に退化しつつある種族もいるそうです。メン・イン・ブラックもオリオン星人ということで、米国でも悪い印象を与えていました。しかし、ハリウッド映画『メン・イン・ブラック・MIB』では、宇宙警察のイメージでした。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。

室町以降の文献には、いくつもの猩々の記事があげられるが、特に能の曲中には、多くの猩々の登場が認められるのである。(6)


『地球を支配するブルーブラッド 爬虫類人DNAの系譜』
スチュアート・A・スワードロー   徳間書店 2010/6/18



<エイリアン集団紳士録>
<アルデバラン   ゲルマン人とバイキングを創作・管理>
・典型的なアーリアン型で金髪で青い目を持つ。薄い茶色か中ぐらいの茶色の髪で、目がヘーゼル(はしばみ)色の人もいる。この集団は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当した。強い関心を持って、こと座文明の再創造を支援している。よくノルディック人と混同されることがあるが、ノルディック人は、もっと背が高く傲慢である。

<アルクトゥルス  ローマ帝国建設を手伝った精神性の高い種>
・非常に精神性の高い種である。原始的な形態の宇宙旅行技術(地球より発達しているが、シリウス人ほどハイテクではない)を保有している。白いローブを着た聖職者層が支配している。

<りゅう座人(ドラコ) このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナィ>
・地球の月は、永劫の昔、レムリア大陸への入植の時代に、軌道上に設置されたりゅう座人の宇宙船である。分断して征服することを画策する彼らは、リゲルとともに海を沸騰させたり、大地を焼き焦がしたりしたように、暴虐さで有名である。
りゅう座人は、地球に巨大な地下基地、金星にコロニーを持っている。地球には二番目の月が配置されている。1997年にヘール・ボップ彗星に隠れて到達した。そこにいるのは、純血爬虫類人である。交配人種であるイルミナティは地球の支配を行っている。

<プレアデス  こと座からの避難民、長身金髪のノルディック>
・ノルディック、背の高い金髪とも言われる。元々は、こと座(リ-ラ)文明からの避難民であるが、7つの恒星と15の入植済みの惑星からなるプレアデス星系の存在である。

・1959年に米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、技術格差を埋めるためにプレアデス人が招聘された。だが、過去、彼らは、ヒトラーの人類浄化政策を画策し、仏教を堕落させた。チベットに広大な地下基地を持っている。

・プレアデス人は、ローブを着た白い姿で現れる非物質的存在が率いる最高評議会の指揮下にある。プレアデス人の一集団(アトランと言われる)が、アトランティスに入植した。小柄で青い肌をした集団がプレアデス人と一緒に行動している。



『アガルタ(虹の都)』 
 (R・E・ディクホフ)  (密教科学社)  1961



<現在なお金星人と火星人の間で、人間の精神をめぐる善悪の闘争は続いている。火星陣営の指導者は、虹の都に陣取る『太古の三聖』であり、対して金星蛇人は仮死状態で地下に隠れている。>
・ノアの洪水は、約1万1千年前に起こり、壊滅した人類の文明がその後、徐々に復興期に向かったこと。

・残存している蛇体人の群れに対して、ラマ僧の集団がこれを攻撃、法術により蛇体人を撃退した。

・ロードマイトレヤが「アガルタ」を通じて人類に平和と愛の念波を送っていること。

・ラマ教では、造化三神の代行者ロードマイトレヤ(ミロク菩薩)が、地球の精神的統治者として、崇拝され、ロードマイトレヤは現在も霊体で活動し、地上一切の生類の進化向上発展のプランを持って、指導の任につかれていると信ぜられている。

・シャンバラは、チベットのどこか、または、それ以外の場所にある神秘の都市ではない。それは世界の全仏教徒が霊的な交通を行なう場である。

・アガルタは、6万年前に聖者に指導された民族が、地球内奥部の地底に潜入したときに生まれた。その民族は、数百万人を数えられ、地上のいかなる科学もおよばない高度な科学は、この不思議な王国の地下住民を十二分に活躍せしめているといわれている。交通機関として、まだ我々に知られていない推進原理でトンネル内を走行運転される超速度の車両が利用されている。

<アガルタ伝説と金星崇拝>
・「アガルタは、中国のサンポー渓谷に実在しており、老王マニ・リンポチェによって統治されている。その住民は、数百万に達し、地上のいかなる国にも及ばない高度の科学は、彼らを十二分に活躍せしめている」。

・「人間は200万年前に宇宙船で地球にやって来た火星人によって創造されたという。火星人たちは高度の文明と超能力を持ち、南極に虹の都という7つの都を建設し、そこから世界中をつなぐ地下トンネルを掘った。人間はこの地下トンネルを利用して、南極からゴンドワナ大陸、レムリア大陸、アトランティス大陸へと居住範囲を広げていった。ところが地球の征服をたくらむ悪の化身、金星人は、テレパシーによって人間に邪悪な心を吹き込んだ。そしてついに8万年前、全人類を巻き込んだ大戦争が起こった。生き残ったわずかな人々は例の地下トンネルに逃げ込んだ。あらためて平和の大切さに気づいた彼らは、金星人の魔手に対抗するため、火星人の指導の下にアガルタを建設したのであるー」

・「金星人も火星人を追って地球に到来したが、彼らは身長14フィート、クロコダイルのような形態で直立し、手足には6本の指と水掻きを持つ。邪悪な金星蛇人は人間の精神を操作し、その結果アトランティスとレムリアの間で核戦争が起こり、高度に発達してきた文明は滅び、両大陸は沈没する。しかし、この時までに地下にはトンネルが縦横に走り、地下都市が出来ていたので、避難所となった。その一つが中国のサンポー渓谷の地下にあるアガルタである。チベットのラサの下にはシャンバラという地下都市があり、アガルタとトンネルで結ばれている」。

・「現在なお金星人と火星人の間で、人間の精神をめぐる善悪の闘争は続いている。火星陣営の指導者は、虹の都に陣取る『太古の三聖』であり、対して金星蛇人は仮死状態で地下に隠れている。その状態でも金星人の精神は活動しており、テレパシーを放ち地球人に対し再度核戦争を起こすように好戦的な扇動を行っている。彼らにとって地球人の意味は「生ける飼料」に過ぎないのであり、地球人は『仮死の状態におかれてイワシの缶詰のように加工され、宇宙船で金星に運ばれてから、彼らの食用に供せられる』だろう。

・アガルタも金星人の占領下にあったが、1948年、500人のラマ僧がここを襲撃し、奪還に成功している。少数の者がトンネルを通って逃れたが、ジュニアと呼ばれる三百歳を経た蛇人は、研究と調査のために透明なプラスティック容器に入れて保存されている」。



『秘教真義』
ヨガの大聖堂シャンバラと大白色同胞団の解明
(M・ドーリル)霞が関書房  1952年



<地球内奥部と青色人>
・「『では、この道路に沿ってもっと遠いところまで行ってみよう。そして、青色人種の実体をみてみよう』ゼロンが言い終わると、セートンは急速にこの道路を落下させられたように感じ、およそ20マイル(32キロメートル)も下りたところで止まった。止まったところでセートンをみると、内壁に裂け目があるのが分かった。それは急に広くなって入口となっている様に見えた。その入口は末広がりに広がっていて12人ほどが横に並んで通れるほどの広さにまでなっていた。二人はここに入り、少し行ったところでやわらかい黄金色の光で満ちた広い大洞窟に出た。

・洞窟といってもあまりに広すぎて、上部の天上や向かい側の壁が遠くて見えなかった。0.25マイル(4百メートル)ほど向こうに平屋建てや二階建ての家並みで出来た町があった。もっとも“家”といっても屋根のない建物らしかったが、その町の丁度真ん中にチラチラ光る白い石の塔が立っていた。その塔には、頂上にピカピカきらめく水晶の丸天井がのっていた。

・その町の各街角から広い道路が走っており、その内の三本はずっと遠くで消えて亡くなるまで続いていた。ゼロンとセートンから一番近いところにある道路は、この大洞窟の側壁に向かって延びており、その壁の下でポツンと途切れていた。セートンがよく見ると、一番近い道路のところに何か動くものが見えた。それは三人のグループで側壁の方に向かって歩いていた。その人達は、セートンが今まで見てきた人々の中でも最も活気に満ちた人であった。身長は約5フート(150センチメートル)で衣服を身に着けておらず、皮膚の色は特有の青色をしており、丁度、ピカピカに磨いた金属のような皮膚であった。

・彼らの皮膚の色も不思議なものだったが、最も不思議なのは、その顔だった。その容貌は鮮明でハッキリしており、堂々とした広い知性的な顔を持っていたが、その顔には目がひとつもなかった。両眼のあるべきところは滑らかな皮膚だけであった。彼らはセートンに何らの反感も反応も感じさせなかった。むしろ、セートンは、彼らから深い平和と調和の感じをうけるとともに、彼らから注がれる清い愛情が自分の琴線に触れたのを感じた。



『天空人伝承』
(山岡徹・山岡由来)(たま出版)1999/12



<「サンダー・バード物語」>
・北米インディアンのクィラュト族に不足の災難が襲ってきて、異常気象が続き、食物となる魚や作物がとれなくなり、一族は連日のように餓死していった。このとき、一族の酋長が、彼らが名づけた「サンダー・バード」に救いを求めた。そうすると、空飛ぶ円盤が生きた鯨を運んでくれて、一族が救われたという伝説。

・神の仮面を脱ぎ、素顔を見せて、「私はお前たちと同じ人間だ」と語るサンダー・バード。

<アイヌの聖地を訪れた見知らぬ人>
・1969年ごろ、北海道日高平取にあるアイヌの聖地「ハヨビラ」に、早朝、謎の人物が訪れた。当時、この場所は、UFO研究団体CBAインターナショナルによって鉄筋コンクリート製オベリスク、モザイク大壁画、稲妻形パネル、三角池、同心円花壇、太陽のピラミッド、モルタル仕上げの空飛ぶ円盤のモデルなどが、団体の会員による奉仕工事で完成していた。



『大いなる秘密  爬虫類人(レプティリアン)』
デーヴィッド・アイク 三交社  2000/8



<68光年の彼方から火星経由、地球にシュメール文明を打ち立てた金髪碧眼のアルデバラン星人>
・ドイツの研究者ヤン・ファン・ヘルシンクは、その著書『20世紀の秘密結社』のなかで、「ヴリルとトゥーレの両秘密結社は、1919年12月ベルヒテスガーデン・ロッジで、マリア・オルシックとシグルンという二人の霊媒を通じて、異星人との交信を試みていた」と述べている。ヴリエウ・ソサイエティー関連の資料によると、それらの通信は、地球から68光年の距離にある牡牛座のアルデバラン太陽系の二つの惑星からなる「スメーラン」帝国とのあいだで行われていたという。

・同資料の説明を続けて紹介しよう。アルデバランの人々は、明確に二つのタイプに分けられているという。一つは光の神と呼ばれる金髪碧眼のアーリア支配種であり、もう一つは気候変動によって遺伝子的に劣化した、いく種かの亜人類である。5億年以上もの昔、アルデバラン太陽は、膨張とともに、すさまじい熱線を放射し始めた。そのため「劣等な種族」は、居住可能な他の惑星へと避難させられたという。そしてついに光の神アーリア人種も、母星からの退去を余儀なくされたのであった。このような経緯で我々の太陽系にやって来た彼らは、まず最初に惑星マローナを占領した。

・惑星マローナはマルドゥクという名でも知られており、ロシア人やローマ人はこの惑星をパエトンと呼んでいた。火星と木星の間、現在のアステロイド・ベルト軌道にあったとされるこの惑星は、古代シュメール人の言う惑星ティアマトに相当している。その後、金髪碧眼のアルデバラン星人は火星に植民し、続いて地球へと下りてシュメール文明を打ち立てた。・・・少なくともヴリル・ソサイエティーの人々はそう信じていた。

・ヴリル・ソサイエティーのチャネラーたちによると、シュメール語はアルデバラン星人の言語であり、その音は「不可解なドイツ語」のようであるという。そして、ドイツ語とシュメールーアルデバラン語は波長が同じであるとも彼らは信じていた。

・彼らのテーマはこうだ。金髪碧眼のマスター・レイス(支配人種)が火星より地球へとやって来て、古代伝説の神々(gods)となった。彼ら支配種は高度なシュメール文明の発祥にインスピレーションを与え、この地球に純粋な血流を植えつけた。以来このgodsは、地下都市から地上の人類をコントロールし続けている。

・しかし、一つ言い忘れていることがある。それは、アーリア人のなかにはレプティリアンの血流が潜んでいるという事実だ。ブラザーフッド内部の者から聞いた話だが、レプティリアンは金髪碧眼の人間の血を必要としており、アーリア支配種の純粋性を維持するというナチスの教義はそのためのものであったという。

・トゥーレ協会の名は、伝説の都市ウルティマ・トゥーレに由来している。このウルティマ・トゥーレは、アルデバラン太陽系からやって来たアーリア人が最初に、入植したという北方の大陸、ヒュペルボーリアにあったと言われている。
 さらにまた、このヒュペルボーリアは、アトランティスやレムリア(ムー)よりもずっと以前の大陸だったとも、アトランティスそれ自体であったとも言われている。はたまた地球の内部にあったという説すらある。

 

『日本古典文学全集 御伽草子』
校注・訳 大島建彦     小学館   1974/1



<『梵天国』>
・「金泥の『観音経』を、三千三百三巻書かせてさしあげましょう」と祈られたところが、七日目の明け方に、たいそうけだかいお声によって、「こちらえ」と呼び寄せられたが、見ると、仏殿に当たる所に、香の衣に、同じ色の袈裟をかけて、たいそう立派な高僧がいらっしゃる。あの浄名居士が方丈の間に三万六千もの仏の座を並べたのも、さこそと思われて、たいそう尊くて、どこにいったらよいかもわからない。高僧が、重ねて、「そこへそこへ」とお招きなさったので、御前にかしこまっていらっしゃると、「どうかな、これは、おまえの願うところの、孝行な子であろうぞ」と、磨いた玉を取り出し、そのまま、大臣の左の袖にお移しなされるとごらんになったところで、夢がさめた。

・父のご供養には笛を吹き、梵天・帝釈天までも、おもしろく思われるほどに、とうかうたいの上でたむけられた。七日目の午の刻ごろに、紫の雲が一むら、天から下ってきたのを見ると、天女と童子とが十六人、王の冠をかぶり、金の輿をかついでいて、そこから立派な役人が一人、天降りして、侍従に向かい、お涙を流して、「おまえが七日の間吹かれた笛が、ただちに梵天国へ通じ、孝行の心根のたぐいない深さを、上は上品上生から、下は下界の龍神までも、お聞き入れなさったのだ。私は、一人の姫をもっている。来る十八日に、床を清め、静かにして待っておられよ。姫をあなたにさしあげよう。私こそは梵天王なのだ」とおっしゃって、紫の雲は立ち上がっていった。

・十八日の月がようやく清らかに上って、千里万里にわたり明るい夜である。たいそう香り高い風が吹いて、花が降り、よいにおいのただよう中から、十六人の童子が玉の冠をかぶって、金の輿をそばに寄せて見ると、十四、五歳くらいの姫君が、額には天冠をつけ、身には王の飾りを垂れ、金の沓をはき、紅の袴の端をひきずるようにはいて現われたが、その何もかもなまめかしく美しいことは、ことばでは言い表わせそうには思われない。

・ただ今の牢につながれていた者は、羅刹国のはくもん王という者である。姫が七歳の年から、奪い取って一の后につけようとねらっているということを聞いて、四天王に相談して、天や地を逃げまわるのを追いつめ捕えておいたのだ。

・「おそらく姫は、はくもん王が奪い取り、羅刹国へ行ってしまったであろう。この米を食べたために、神通力を得て、鎖をも踏み切ったのだ」

・ちょうどその時に、この世の人とも思われない、頭髪は上方へ生え上がり、色が黒く、背の高い者がおおぜい集まって、吹いたものは優雅なことだと、ひどく感動して聞いていた。「いかにも、これは日本国の人であろう」などと言う。「この国はどこか」とお尋ねになると、「これこそ羅刹国で、この国のご主君は、はくもん王」とお答えした。

・「はくもん王が日本国の人々をば敵とおっしゃるので、この国へは入れないのです。よく気をつけて、日本国の者とはおっしゃいますな、修業の方」と申し上げた。

・ところで、隣の国のけいしん国の帝は、りうき王と申したが、はくもん王へ勅使をさしあげ、お招きになる。「承知した」と答えて、千人の軍勢で、三千里走る車に乗り、后に向かっては、「修行者に笛を吹かせ、お気晴らしなさい」とおっしゃり、「五十日目には、かならず帰って参りましょう」とおっしゃった。

・「ぜひ連れてお逃げください。三千里走る車には、はくもん王が乗っていきました。二千里走る車があるので、これにお乗りください」とおっしゃって、車寄に出ていって、中納言のお袖を引かれる。

・三千里走る車に乗って、飛ばせられたので、一瞬のうちに飛んで着いた。

・中納言は、このようないやな都にいつまでもいたくないというので、急いで丹後へ下られて御年八十という年に、姫君は、成相の観音とおなりになる。中納言は、久世戸の文殊となられて、いっさいの生物をお救いなさるのである。



『失われた徐福のユダヤ人「物部氏」の謎』
飛鳥昭雄  三神たける  学研     2011/5/11



<ニギハヤヒ命>
・読むとわかるが、ここに描かれたニギハヤヒ命は、まさに大王である、記紀においてはまったく無視された降臨神話がドラマチックに描かれている。すなわち、九州を出立したニギハヤヒ命は配下の32神と25部の物部氏一族を引き連れて、幾内は河内国の河上にある哮峰に降臨。大和国の鳥見にある白山に進出して、自らの王国を築いたというのだ。

・問題は、ここ。ニギハヤヒ命が築いた王国は物部王国であって、神武天皇が開いた大和朝廷ではないという点である。物部氏が歴史的にも封印された理由も、実はここにある。同じ天津神の末裔を主張しながらも、物部氏は大和朝廷以前に、まったく別の王国を築いていたのである。

<物部王国「日本」>
・なぜ海から見ての方角をもって地名としたのか。これに関して『先代旧事本記』には興味深い記述がある。物部氏の祖であるニギハヤヒ命は、河内に降臨する際、天磐船(あめのいわふね)に乗って大空を駆けめぐった。同記述は『日本書紀』にもある。ニギハヤヒ命は空から眺めて、眼下の国を「虚空見つ日本国(やまとのくに)」と命名したというのだ
 天空を駆けめぐる船とは、飛行機やUFOを連想させるが、あくまでも現実的な史実の反映と見なすならば、海を渡ってきたと解釈できる。


<●●インターネット情報から●●>
ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)から引用。
猩猩(しょうじょう、猩々)は、古典書物に記された架空の動物。

能の演目である五番目物の曲名『猩猩』が有名である。真っ赤な能装束で飾った猩々が、酒に浮かれながら舞い謡い、能の印象から転じて大酒家や赤色のものを指すこともある。

仏教の古典書物や中国の古典書物にも登場するが、中国では黄色の毛の生き物や豚と伝わるなど多岐に富み、現代日本で定着している猩々の印象とは相違もあるため注意が必要である。

中国の『礼記』には、「鸚鵡は能く言して飛鳥を離れず、猩々は能く言して禽獣を離れず」(鸚鵡能言、不離飛鳥、猩猩能言、不離禽獣)とあり、猩々は人の言葉が分ると記している。『唐国史補』では猩々は酒と屐(はきもの)を好み、それを使って猩々を誘い捕らえることに成功したという。

『本草綱目』の明朝の時代になると、記載は多くなり「交趾の熱国に住み、毛色は黄色で声は子供のようだが、時に犬が吼えるように振る舞い、人の言葉を理解し、人の顔や足を持ち、酒を好む動物」とされている。

毛色や棲んでいるとされる地域など伝承の違いがあるものの、日本の猩々への印象と大まかに共通している。しかし、中国の書物に記される猩々は、空想的な要素が強調され、一説では豚に似ている、あるいは犬に似ているなど、姿や特徴に幅があり多様な生き物となっている。

地方色
宮城県、岩手県、山梨県、富山県、兵庫県、和歌山県、鳥取県、山口県など各地の伝説や昔話に登場する。江戸中期に甲府勤番士の著した地誌書『裏見寒話』では、山梨県の西地蔵岳で猟師が猩猩に遭って銃で撃った話があるが、そのほかの地域では猩猩はほとんど海に現れている。

富山県の氷見市や新湊市(現・射水市)の海に現れるという猩猩は、身長1メートルほどで、船に上がってきて舳先に腰をかけるという。ときには6、7匹も乗り込んでくるが、船乗りが驚いて騒いだりすると猩猩は船をひっくり返してしまうため、船乗りは黙って船底に打ち伏したという。

山口県屋代島(周防大島)でいう猩猩は船幽霊のように語られており、船に対して海底から「樽をくれ」と声をかけ、樽を投げ込まないと祟りがあるが、樽を投げ入れると船に水を入れられて沈められてしまうため、樽の底を抜いて投げ込んでやるという。

猩々祭り
猩々祭りは旧東海道鳴海宿を中心とした地域で行われる。猩々人形が子供達を追いかけ、大きな赤い手でお尻を叩こうとする。叩かれた子は夏病にかからないという。こういった風習は愛知県の名古屋市緑区を中心とする地域(名古屋市南区、東海市、大府市、豊明市など)に見られ、この地域の祭礼には、猩猩が欠かせなものとなっている。最近はお尻を叩かず、頭を撫でる。猩々人形は赤い顔の面と上半身分の竹枠組みで出来ておりその上から衣装で覆うもので、大人がこれをかぶると身長2メートル以上の巨人となる。


<●●インターネット情報から●●>
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「経立(ふったち)」
経立(ふったち)は、日本の青森県、岩手県に存在すると言われる妖怪あるいは魔物。生物学的な常識の範囲をはるかに越える年齢を重ねたサルやニワトリといった動物が変化したものとされる。青森県では「ヘェサン」とも呼ばれる。

民俗学者・柳田國男の著書『遠野物語』の中にも、岩手県上閉伊郡栗橋村(現・釜石市)などでのサルの経立についての記述がみられる。サルの経立は体毛を松脂と砂で鎧のように固めているために銃弾も通じず、人間の女性を好んで人里から盗み去るとされている。この伝承のある地方では、「サルの経立が来る」という言い回しが子供を脅すために用いられたという。

また國學院大學説話研究会の調査による岩手県の説話では、下閉伊郡安家村(現・岩泉町)で昔、雌のニワトリが経立となり、自分の卵を人間たちに食べられることを怨んで、自分を飼っていた家で生まれた子供を次々に取り殺したという。

同じく安家村では、魚が経立となった話もある。昔ある家の娘のもとに、毎晩のように男が通って来ていたが、あまりに美男子なので周りの人々は怪しみ、化物ではないかと疑った。人々は娘に、小豆を煮た湯で男の足を洗うように言い、娘がそのようにしたところ、急に男は気分が悪くなって帰ってしまった。翌朝に娘が海辺へ行くと、大きなタラが死んでおり、あの男はタラの経立といわれたという。



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■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■


・日本の伝説には、「獣人」「狒狒」「猩々」「覚(さとり)」等の大きな猿の伝承があります。猩々はオリオンETグループの「実験生物」だったのかもしれません。似たようなUMA(未確認動物)として「河童」の伝説があります。遺伝子科学者であるルシファーが、獣人やモンスター・タイプの生物やバイオロボットを造り神に反抗しているといわれます。「現代風にいうと、ルシファーやサタン(悪魔)というのは遺伝子科学者の一団の名前だ」そうです。ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われているそうです。「河童」も当初は、猿のような純然たる動物だったようですが、遺伝子操作の「実験生物」として進化して、人間と交流ができる「河童」もいたようです。「獣人」も純然たる動物タイプから、オリオンETグループによる「遺伝子操作」の実験の結果、異次元移動ができる「実験生物」に進化しているのかもしれません。「実験生物」を管理する異次元の宇宙人もいたのかもしれません。
 アメリカ先住民たちの伝説の中にはシャスタ山の山頂にすむビッグフットやサスクワッチと呼ばれている存在(獣人)の話があります。現代においてもビッグフットやサスカッチのような「獣人」を「空飛ぶ円盤」からオリオンETグループが降ろしているといわれています。猩々も「海から来る」といわれますが、空飛ぶ円盤から異次元移動してきていたのかもしれません。猩々も進化して「七福神」の中に入れられたのでしょうか?
下総カッパ団は、1724(享保9)年、下総国印旛村の豪農、安田伝兵衛によって設立された人間とカッパの親睦団体だったといわれます。イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると、「ブラジルにはクラリオン星人の(異次元の)地下基地がある」という説もあります。また「日本の河童はグレイの一種で、現在も(異次元の)海底基地にいる」と指摘しています。
他の「獣人」のように猩々も人間の女を襲うアブダクションの面もあったのでしょうか?そして猩々も他の「獣人」のように宇宙人によって異次元移動ができたのでしょうか。猩々も異類混血によりどの程度人間化したのでしょうか。

・伝説記録では人間が心に思うことがわかる「おもい」「さとり」という獣人タイプの妖怪がいます。「猩々 海から出てくる妖怪。酒好きで、能、歌舞伎に出てくる」といわれます。また「(ショウジョウ) 動物の怪。猩々。人面獣身で人語を解し酒色を愛すという」といわれます。人身御供を要求した「猿鬼」「猿神」の伝説も少なくないようです。獣人は、人間の女を好んで襲ったという伝説もあったといわれます。
現代では、高度に進化したグレイのような宇宙人による、『狐つき』に間違われたアブダクション(誘拐)・ケースが頻繁に起こっていますが、詳細はアバブ・トップシークレットです。
「グレイ」や「レチクル座のゼータ星人」とも呼ばれており、人間を誘拐する主要な宇宙人種であると考えられているそうです。グレイもルシファーが作ったバイオロボット、実験生物から進化したといわれます。
「グレイ」は人間の無意識の中に入ってくるといわれます。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。想像を絶する程度に進化している宇宙人種族のようです。

・中国にも「獣人」の伝承があります。
『中国の鬼神』著 實吉達郎 、画 不二本蒼生  新紀元社 2005/10
から引用しますと、
<玃猿(かくえん)>
<人間に子を生ませる妖猿>
・「その中で玃猿(かくえん)は、人を、ことに女性をかどわかして行っては犯す、淫なるものとされている。『抱朴子』の著者・葛洪は、み猴が八百年生きると猨(えん)になり、猨が五百年生きると玃(かく)となる、と述べている。人が化して玃(かく)になることもあるというから、普通の山猿が年取って化けただけの妖猿(ばけざる)よりも位格が高いわけである。
 古くは漢の焦延寿の愛妾を盗んでいった玃猿の話がある。洪邁の『夷堅志』には、邵武の谷川の渡しで人間の男に変じて、人を背負って渡す玃猿というのが語られる。

 玃猿が非常に特徴的なのは、人間の女をさらう目的が「子を生ませる」ことにあるらしいこと、生めば母子もろともその家まで返してくれることである。その人、“サルのハーフ”はたいてい楊(よう)という姓になる。今、蜀の西南地方に楊という人が多いのは、みな玃猿の子孫だからである、と『捜神記』に書かれている。もし、さらわれて玃猿の女房にされてしまっても、子供を生まないと人間世界へ返してはもらえない。玃猿は人間世界に自分たちの子孫を残すことを望んでいるらしい」と記載されています。

・インド神話の猿の神様は「ケンタウルス座α星人」ともいわれます。ケンタウルス座にも、様々な宇宙人が棲息しているようです。「ケンタウルス座α星の私たちの恒星系は7つの惑星から構成されています」というケンタウルス座メトン星の人間タイプの宇宙人もいます。異星人には動物タイプが3割も存在しているようです。ハヌマーンは、インド神話におけるヴァナラ(猿族)の1人といわれます。動物タイプの異星人には「獣人」から進化したものもあるのでしょうか。異類混血がスター・ウォーズの原因だともいわれます。
猿の経立(ふつたち))(女を好む)という『遠野物語』の伝承もあります。「獣人」だったのでしょうか。
「日本に最初に降り立ったのは、シリウス人で、彼らは東北地方の青森県を中心に、下北半島、津軽半島、十和田湖周辺から秋田県の一部や岩手県全域に渡り活動していました。それからシリウス人の居住範囲は、北海道、東北、信越、関東、中部、西から南は瀬戸内周辺全域に広がりました」といわれます。そこでシリウス人は宇宙人に関わる伝説の多い岩手県の『遠野物語』の怪異現象となったのでしょう。『遠野物語』の「異人」や「河童」伝承の豊富な地域です。異人はオリオン星人だったのかもしれません。
ハリウッド映画『猿の惑星』という大作がありました。人類が核戦争で滅びた後に猿の知性が進化し、人間のように文明化して、最後には地下に生き残った人間がコバルト爆弾を炸裂させて地球が宇宙から消えるという衝撃的なストーリーでした。
 オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も利用しているそうです。
「地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にある」といわれます。「オリオン大戦」やスター・ウォーズの原因や結果も詳しくは分からないそうです。きわめて近い将来、カイパーベルト・エイリアンと第4帝国、イルミナティがひとつになって、全地球規模の管理システムの構築が試みられると指摘されています。
「オリオン星雲で60万年続くオリオン戦争で、これは何億ものポジティブな人間型生命体とレプティリアンと呼ばれるネガティブなヒト型爬虫類人との間で起こったものだった」といわれます。

・昔の人は疫病で、頻繁に悩まされたといわれます。そして現代もパンデミックで困窮しています。疫病をはやらせる神である「疫神(えきじん)」の概念があったといわれます。したがって、「疫神」にまつわる習俗、祭り、伝説、迷信が豊富にあり、民俗学者によって収集されているようです。「細菌をばらまく堕天使もいる」といわれます。中世(~近世)ヨーロッパの黒死病(ペスト)の原因はUFOを使った異星人の生物兵器作戦であったという説もあったといわれます。

室町以降の文献には、いくつもの猩々の記事があげられるが、特に能の曲中には、多くの猩々の登場が認められるのである。(5)



『クリスタル・スカルの2012;超予言』
プレアデス、オリオン、シリウスからもたらされた人類の次元上昇装置
(クリス・モートン / セリ・ルイーズ・トマス)
(徳間書店)2008/5/23



<古代・地球には異星から知的生物が来て、それが地球文明発達の引き金となった>
<宇宙人来訪説>
<マヤのパカル王の墓の石棺の蓋の精巧な掘りもの>
・1960年代、スイスのエーリッヒ・フォン・デーニケンの著書の『神々のチャリオット』は、世界各地の例を集め、古代・地球には異星から知的生物が来て、それが地球文明発達の引き金となった、という彼の仮説を説明しようとしたのである。
宇宙には文字どおり、何億という星があり、そのどこかに人間以上の進化段階に達している生物がいる。可能性は十分にある。その生物が古代の地球人に「神」だと見えたのは当然だ、と彼は言う。
フォン・デーニケンによれば、パカルの棺の蓋に描かれた人物は、離陸する宇宙機の操縦席で座る宇宙飛行士だという。

・「最近の子供ならば、誰でもこれが宇宙ロケットだと分かるだろう。先端が尖り中央部が膨れて後方からは火を吐いている。しゃがみ込んだ姿勢の宇宙飛行士は、操縦席で機器の操作をしながら、左足の踵でペダルを踏んでいる。・・・原始的な人々が、ただ想像だけで、これほど精密にロケットを操縦する宇宙飛行士を描けるだろうか?最下部の奇妙なマークは噴出される炎とガスだ」
マヤが突然消滅したのは、彼らが宇宙人と共に宇宙船で去ったのだという説を唱える人々さえいる。

・パカル王の棺の中の人物は、実は宇宙人だともいう。荒唐無稽と言えばそれまでだが、フォン・デーニケンの著書は人々の想像力をかきたて、世界的なベストセラーとなった。
パカル王の棺の残された人骨は、確かに他のマヤ人の骨に比べ遥かに背の高い人のものだ。そしてマヤは、何故か「空の神々」に強いこだわりを持った。棺の蓋の周りの図柄は、太陽、月、惑星、星座などを表すということ、さらには、マヤの建造物が天体の配置に沿って建てられているということが、今日では解明されている。

・考古学は、宇宙人来訪説は言わずもがなマヤが地球とのどこかの文明の影響を受けたという説さえ認めたがらない。



『竹内文書 世界を一つにする地球最古の聖典』
(高坂和導)  (徳間書店)   2008/4/8



<アメリカ・インディアンのルーツは超古代の天皇>
・日本には、世界中の謎を解き明かす人類最古の文献資料が存在している。それが『竹内文書』である。

・『竹内文書』もまた明治43年(1910年)の一般公開以来、そのスケールの大きさと現代史学とのギャップゆえ、「異端」の道を歩かされてきた。

・そして、日中戦争が勃発した昭和12年(1937年)、皇室のルーツに触れる内容が不敬罪に当たるとして世の批判を浴びてしまったのだ。そのとき当代の碩学と謳われた狩野亨吉氏が『竹内文書』を批判したことが注目を集め、裁判で無実が確定したにもかかわらず偽書のイメージが定着してしまった。

・今この研究成果を公表するに当たり、私は、一つの感慨に浸っている。なぜならば、アメリカ・インディアンと日本のつながりを立証することは、ライフワークである『竹内文書』の研究の一部であるとともに、実は私が出会ったインディアンの祖先霊の約束でもあったからだ。



『この地球を支配する闇権力のパラダイム』
騙されるな!光の叡智AtoZ
中丸薫  徳間書店     2006/9



<秦河勝と聖徳太子、ユダヤと日本の結び>
・聖徳太子を支えた秦河勝は、広隆寺も全面的に財政的に支えたのです。聖徳太子が建てたことになっていますが、お金を出したのは秦河勝です。京都に行って一通り見ました。せっかくここまで来たから、彼の意見も霊的に聞いてみようと思い立ちました。

・当時、聖徳太子は、中央政権の蘇我氏のいろいろな圧迫に嫌気がさして、斑鳩に移って、秦河勝と本当に心を開いて話し合った。「広隆寺も法隆寺も、全部私が支えてつくりました」といっていました。お寺に行くと、そういうことも書いてあるから、秦氏一族はすごいなと思いました。その財力で、お酒と、反物と、蚕の社という神社をつくりました。そこに行ってみると、そういうところはすごいエネルギーがある。鳥居は普通2本ですが、奥のほうへ行くと、3本柱の鳥居もあります。これは三位一体です。

・ユダヤ人の原始キリスト教のような景教がシルクロードから入ってきた。だから、秦の始皇帝もユダヤ人らしいし、あの頃、万里の長城も築かれていて、大変な技術力をもっていました。そういうところの立て札に、応神天皇の後ぐらいに、127県から1万8000人のグループが、その技術力をもってきたと書いてあります。それで、神社などのすばらしいものをつくっている。日本の人口が500万人ぐらいのときに、シルクロードを通ってきた秦氏の一族は4万5000人です。

・その一番のリーダーが秦河勝で、聖徳太子を支えて、その財力で法隆寺、四天王寺、広隆寺などをつくっています。下鴨神社、上賀茂神社、太秦もみんな秦氏の関係です。それが日本全国に散らばって、東北にある双荒神社も、人によっては、「あれはまったくユダヤと思ったほうがいいですよ」というぐらいです。そういうものもたくさんつくった。それから、稲荷、天満宮、八幡神社も全国的につくった。よく調べてみると、最後は平安京、京都そのものを秦氏の財力でつくっているのです。碁盤の目のような条里制を中国から持ち込んできた。

<爬虫類型宇宙人のインフォメーション>
・「蛇王」の血流がイランに発祥した。イランは「エアリ・アナ」で「アーリア人の地」がその原義だ。クルディスタンに住む2種のうちの1種の身体的特徴は、長身、白い肌、青い目で、ナチスの提唱した「支配種」のそれと完全に一致する。ナチスの中枢部は、爬虫類人の関与した真の歴史を知っていたとアイクは喝破する。イランの古代メディア帝国の王は「マー(蛇)」と呼ばれ、王族は「竜の子孫たち」「竜王家」と呼ばれた。火星のマースも蛇だ。

<デーヴィッド・アイクの爬虫類型宇宙人>
・爬虫類型宇宙人が人類を支配しているという話は古代に限ったものではない。マヤの神殿で発見された「トトのエメラルド石板」によれば、彼らは爬虫類と人間との間でその姿を自在に変えられるという。変身する神々である。

・爬虫類型宇宙人は北欧人種との混血で、UFOに拉致された人びとの証言からもそれは明らかなようだ。本来、爬虫類人の感情的レベルはトカゲやワニと同じだが、知的レベルは高度に発達していた。しかし、地球支配のためには感情面での進化が不可欠だったため、彼らは人間のDNAを必要とした。また、旧約聖書のアダムとイブを堕落させたのも彼らであり、エデンの園でイヴを誘惑し、「禁断の果実」を食べさせたのは蛇のエンキだった。実際、蛇はエジプトやシュメールで古くから不滅の象徴とされている。

・古代世界では、爬虫類型宇宙人はしばしば竜や蛇の神として描かれた。アーサー王伝説では竜が王の象徴とされ、へブライの神話では蛇が「神々の息子」とされた、聖書では、エデンの園で蛇がイヴを誘惑し、人間に知恵をもたらす存在として登場している。爬虫類を神とする信仰は世界各地の文明に見られ、インダスではナガスという竜の神、中国では女媧という半蛇人の女神が崇められた。メキシコのマヤ文明では、最初の人類は蛇人間だったとされ、聖地イツァムナは「トカゲの地」を意味する。

・アブダクティ研究者たちの報告によると、この地球上および地球内部や周囲のいくつもの次元では、レプティリアン以外にも、さまざまな宇宙人種が活動している。人類と交流している宇宙人の中にはオリオンやプレアデスからやってきた者もあるとのことです。聖書に登場する天使の正体は、監視者すなわち有翼のレプティリアンだったとアイクは確信しているそうです。

・レムリア・アトランティスには、地球外生命体によって高度な文明がもたらされた。彼らはシリウス(天狼星)からやってきた爬虫類型宇宙人で、金髪碧眼の北欧人種との間に混血種を残した。エジプトのスフィンクスが狼の姿をしていること、かつての太陽暦がシリウスを基準としていたことなどは、それを示唆するものだ。また、シリウスを表す五芒星形は悪魔主義やフリーメーソンの象徴でもある。

・ホピの伝承にも自分たちの祖先は地下の「トカゲの種族」とあり、「蛇の兄弟たち」と呼び習わすのです。マヤのケツァルコアトルも翼をもった蛇の神です。日本の神社の護り神の多くが蛇であり、竜です。実は聖徳太子が編纂者とされる『先代旧事本紀大成経』にある神武天皇の描写は、「うろこ、尻尾」をもつ異形となっています。易経の易はトカゲの意です。アイクも強調しているように、爬虫類型の宇宙人のすべてが悪ではありません。一部のアルビノ(白)有翼のドラコ(竜)レプティリアンが率いる一派が、地球と人類をめちゃくちゃにしている。下腹部にある2つのチャクラから憑依(オーバーシャドウ)して、世界の指導者たちを操っているというのです。つまり、悪魔のレプティリアンと天使的役割のレプティリアンがいるというわけです。

・シュメールの石板の文書は、人類はアヌンナキという宇宙からの飛来者つまり宇宙人の遺伝子操作によって奴隷としてつくられた、そして大洪水などの地球異変を察知して母星へ帰還したと記します。

<深宇宙探訪記>
・「暗黒の勢力」とその地球の「光明派」の召使達は、シリウスのセンターから来た「善玉」になりすましている。これは、地球人を混乱させ利用せんがためで、本来のシリウスからの送信内容を歪めたものに変え、自分達の悪の教えを植えつけようとしているのだ。そのために、シリウスの「ホルスの目」のデザインのしるしも使っている。

・「暗黒の勢力」は、自分達の基地はオリオン大星雲にある、と私達に思い込ませようとするが、彼らは単にそこからやって来たに過ぎない「落ちた者」で、依然として周辺にまつわりついているだけなのだ。実際は、オリオン座は「光の主達」の故郷であり、「銀河系委員会」の故郷でもあるのだ。そして、アルクトゥルスを中継基地に使っている。

・私たちがいる宇宙領域において、「暗黒の勢力」と彼らが支配する悪の帝国(正式名は『正義を任ずる諸世界帝国同盟』)の本拠地は大熊座にあり、ドラコニスを主要作戦センターとしている。私達の太陽系においては、冥王星を中継基地に使い、地球から見えない方の月面を地球への侵入基地に使っているが、両基地とも昔から存在している協定に違反している。地球ミッションの人員は「連盟」にしろ「帝国同盟」にしろ比較的少なく、その役割も大半が「監視活動と互恵的平和維持活動」に限定されている。

・これは、(サイキアンのような連合系すべてを含む)「連盟」陣営と(すべての「反対勢力」からなる)「帝国同盟」陣営との間で締結された昔(1908年)の休戦協定の規定に沿ったものである。どちらの陣営もしょっちゅう規則を曲げてはいるが、これは証明し難いことで、特にまったく平気で悪事を行う「反対勢力」についてはそうである。とはいっても、大きな協定違反や地球とのおおっぴらなコンタクト、それに大規模な戦闘行為については、宇宙規模の大惨事の引き金になることを恐れて、両陣営とも回避しようとしている。

・言うまでもないことだが、「帝国同盟」が準軍事的手段で地球を乗っ取るのは望ましいことではない。したがって、内側から堕落・破壊をもたらして征服するというのが、「反対勢力」の主目的であり、それを地球でMIBや「光明派」及びその他の部下に代行させているのだ。
 その他の部下とは、悪事を平気で行う厚顔無恥の政治家や秘密組織で、一見すると自らの欲深い目的達成のために行動しているように見えるが、実のところは、「光明派」という監督機関に操られて利用されているのだ。

・MIBすなわち「黒服の男達」は、嫌がらせや威嚇、テロリストや殺人を専門とする「暗黒の勢力」の手先だ。報酬を得ていたり強制されていたり、あるいはその両方の場合もある。手先となった人間か政府に雇われた人間傀儡か、あるいは、洗脳されたバイオニック操作されている消耗品同様の人間ゾンビか、そのどちらかであろう。時には異星から来た全くのロボットのこともある。(実在している人間の、短命複製クローンである)『生霊』のことも多い。

・さらには、『ポルターガイスト』の悪霊やホログラフィーによる投影像のこともある。仕事の内容次第で何にでもなる。彼らMIBは地球在住の主人達に取り仕切られており、いろいろな基地(通常の地球基地は南極大陸のエレブス山中にあり、太陽系内の基地は地球から見えない月面やいろいろなアステロイドや冥王星にある)から調整・統合を図られ、活動についての指示は「反対勢力」の宇宙艦隊の知性に仰ぎ、背後では地獄のような次元に住む「暗黒の主達」に支配されている。



『古代ユダヤ人と聖徳太子の秘密』 
(先代旧事本記)が明かす“真の日本建国者”の実像
(月海千峰)(げっかいちほう) (日本文芸社)1994/6



<聖徳太子は長身で瞳は紫であった>
・はじめに「先代旧事本記」の中から聖徳太子の側近だった秦河勝(はたのかわかつ)は太子の姿に関して述べている部分を紹介しよう。

・殿下は、身長が七尺二寸(約2メートル16センチ)。容貌は至って巌(おごそ)かであり、人柄は、気高く、黒目の部分は杜若(かきつばた)のように紫である。

・耳の縁は豊かで、眉から口元まで届き、歯は、白玉のようである。

・その行いは、例にかない、未然(未来)を知ることができ、壁の外が明るいか暗いかまでも分かられる。

・尺の単位の正確な取り決めは、江戸時代以降に行われたはずだから、この頃は大雑把な勘定であったに違いない。しかし、それを考慮しても、1メートル80センチ近くはある。長身だったようで、瞳は紫色(ブルーか?)をしていたというのである。

・ちなみに、近年、法隆寺の釈迦如来の台座から鼻の長い西洋人のような肖像が出て、話題になったが、この「先代旧事本記」の聖徳太子像と二重写しのようで、これこそ真実の姿のように見えてならない。

・聖徳太子と聞いて、ぱっとイメージするのは、あの旧一万円札に描かれた像である。この像は、中国原産のものであるともいわれているようだ。



『古代ユダヤ人と聖徳太子の秘密』
(先代旧事本記)が明かす“真の日本建国者”の実像
 (月海千峰)(げっかいちほう) (日本文芸社)1994/6



<「うまやどの皇子」のほかに「豊聡耳皇子(とよとみみのおうじ)」>
・聖徳太子は、法隆寺夢殿で神のお告げを受けていた。

・古代ペルシャのミトラ(バール)信仰。ペルシャと日本の交流はユダヤ人によって行なわれていた。

・弥勒菩薩は、バール神だった。

・カバラによっても証明される「弥勒菩薩=メシア」

・聖徳太子には、「うまやどの皇子」のほかに「豊聡耳皇子(とよとみみのおうじ)」といったメシアを感じさせる別名がある。

・太子の逸話には「一度に何人もの話を聞けた」というものがあるが、この話は「先代旧事本記」によると、「太子は、当時日本にあった七つの主要言語をすべて話せた」とされている。

<太子千年の預言書「未然本記」(みぜんほんぎ)の謎>
・その「未然本記」にまつわる経緯は、「先代旧事本記(せんだいくじほんぎ)」に以下のように記されている。

・「未然本記」は、推古(すいこ)天皇に山背王子(やましろのおうじ)が献上した。

・しかし、この書には、題もなく、いつ書かれたのか、何が目的で書かれたのか全く分からない。

・天皇は、聖徳太子が亡くなって四年目に、この書に接して、大変喜び、部屋に戻って何度か読んでみるが、やはりよく分からない。

・そこで、秦河勝(はたのかわかつ)を召して、何が書かれてあるのかを質問するが、河勝は分からないと答える、次に当時12歳だった、鎌足(かまたり)を呼んで、「貴方は、少年であるが、日夜、太子の給仕をし、太子も大変、賢いものだと言っていました。何か、この書に心当たりはありませんか」と尋ねた。

・鎌足は、「夢殿で、給仕をしておりますと、常に殿下の所に神人が侍って、さまざまなお話をしておられましたが、この書を見ますと、そのことが書いているようでございます」と答えた。

・天皇は、鎌足に書を渡し、解説するようにと命令する。

・鎌足は、神頼みしかないと思い、身を清め好物を断って、部屋に籠もり一心に祈っていた。すると一人の神人が現れ、鎌足の心眼が開ける。そしてこの書は、千年の予言書だと悟るのである・・・・

・「未然本記」は、聖徳太子の千年期の予言の書とされ、ノストラダムスの予言と同じように、その予言がよく当たったという研究書も出版されているようだ。



『いま人に聞かせたい神さまの言葉』
(船井幸雄+中矢伸一)  (徳間書店)  2008/3



<先代旧事本紀大成経に印された天孫族の姿は、やはり竜だった!>
<先代旧事本紀大成経(せんだいくじほんぎたいせいきょう)>
・神武天皇以来数代にわたる天皇の容貌に関する描写に私は、デーヴィッド・アイクがこれまでの著書で指摘してきたレプティリアンの容貌の記述そのままを見るのです。

・ただし、誤解のないように言っておきますが、アイクは全てのレプティリアンが悪いと言っていない。彼はごく一部の特徴のあるレプティリアンの血統が人類のすべてを一人残らず奴隷として支配しようという悪意をもって延々と活動を続けてきたと言っているのです。日本では古来より竜は神々とイコールです。私が優れた霊的書物として評価する「日月神示」にも「神が人間の前に姿を現すときの形は竜である」とはっきり書かれています。

・では説明に入ります。先代旧事本紀大成経には神武に先立って「天日子光殊星亜肖気尊」の記述があります。

天上界から光輝く超生命体が降臨してきたようなイメージの名前です。その方のことは以下のように記述されています。

{天日子光殊星亜肖気尊}
・その鼻の長さは約2メートル、背の高さは約10メートル、口はつぼまっていて、目はきらきらと輝いて三種の神器のひとつである「八咫鏡(やたのかがみ)」のように輝き、赤くなったホオズキに似ていらっしゃいます。

{神武天皇}
・背の高さは約3メートル15センチ、胴回りは両手を伸ばして一抱えした長さに約15センチほど足した長さ。頭には9センチほどの角が二本あり、それはまるで雪のような色をしています。背中には龍のような背びれがあり、その長さは約1メートル20センチ。尾の裏側には大きな鱗が72枚あります。105歳のときに皇太子の位に就かれました。

{綏靖(すいぜい)天皇}
・身長は約3メートル、目は黄色に光り、まるで水星のような輝きを放っています。背中に鱗があり、怒られたときにはそれが逆立ちました。

{考霊(こうれい)天皇}
・天皇の生まれながらのご容姿は、他の方とは大きく異なり、お顔が長く龍のようですが、決して醜くはありません。耳は逆立ち、その耳の後ろには白い鱗があります。胸にも9枚の鱗があり、その9つの隙間から気を放っておられます。

{崇神(すじん)天皇}
・背の高さは、1メートル90センチほど、額に10センチほどの青い角が一本あります。下あごの歯は長く鋭く、上あごの歯は短く丸く、舌は長く鼻にまで届きました。

{垂仁(すいにん)天皇}
・背の高さは約1メートル80センチ、髪は右回りに顔を九周するように生え、頭頂部で輪のように巻いて留まっていました。両脇の下には金と緑の羽根を持ち、肘にも同じような羽が根ざしておられました。

{神功(じんぐう)天皇}
・ご容姿は非常におだやかで美しき、その眼にはふたつの瞳をお持ちでした。乳には九つの穴があり、力は強く建物の柱を揺るがすほどでした。

{応神(おうじん)天皇}
・背の高さは、約2メートル、肘には弓を射る時の「鞆(とも)」という丸いあて皮のような形がありました。目の形は引き絞ったときの弓のような三角形をしていました。中の角は天に向かってまるで弓に鏃(やじり)をつがえたかのようでした。胸には72本の青い毛が牛の尾のように生えていました。その長さは馬のしっぽほどで、とても強く根ざしていたので、最後まで抜け落ちることはありませんでした。

・いかがでしょう。以上が先代旧事本紀大成経からの抜粋です。わずらわしいので、現代語訳のみを載せました。これらの記述は正しいのか否かは別にして我々日本人の出身の常識を根底から揺るがすもののように思います。



『いま人に聞かせたい神さまの言葉』
(船井幸雄+中矢伸一) (徳間書店)   2008/3



<世界の構造の裏の裏を知る知識>
・紀元前3千5百年ごろ書かれたシュメール文書の「爬虫類族が本当に降りてきた」という記述は、間違いなくアヌンナキの到来を表している。シュメール文書によれば、エンリルは地球でのアヌンナキのリーダーだった。そこには、彼のことは「光る目を持つ輝かしき蛇」と描写されている。

・ヘブライの神話では、聖書の「ネフィリム」つまり「神々(gods)の息子たち」はアウィームと呼ばれるが、その意味は、「破壊者」または・・・・「蛇」である。ネフィリムは地球の内部に住んでいたと言われている。

・人類型異星人の起源は、琴座周辺からやって来た異星人だが、ほかにプレアデス星団やアルデバランの生物も混ざっている。彼らは、もともと別の次元に人間と同じ姿で存在していた。平和に暮らす人々で、青い目に白またはブランドの髪をしていた。しかし、爬虫類人とDNAを交わらせた結果、もともと素朴だった性格が変化し、爬虫類気質が入った。これが人間の堕落である。

・ノルディックはレムリアとアトランティスに関係した重要な地球外種属の一つである。その昔、彼らは、レプティリアンと戦争になり、レプティリアンたちを地下や宇宙の他の場所、あるいは異次元に追いやったという話がたくさんある。以来、レプティリアンは、自分たちのものになるべき惑星を再び支配しようと取り組んできた。そして「王族」の血統であるノルディックと交配することが、そのためにも最も効果的な方法だったのだ。

・最古のサンスクリット文書の一つである『ドジアンの書』。そこでは「サルパ」まやは「偉大なる竜」と呼ばれるレプティリアンの種族が空からやってきて世界に運命を授けたと書かれている。また、「黄金時代」を終わらせた大洪水は「巨人族」(ノルディックのことか?)を絶滅させたが、蛇神たちは戻って来て支配したとある。彼らは、人間の顔をしているが竜のしっぽがついている。そのリーダーは、「偉大なる竜」と呼ばれ、これがペンドラゴン(「偉大なる竜」)という古代イギリスの王の中の王を表す起源である。



『日本の中のユダヤ文化』
 (久保有政) (学研)2003/7
聖書に隠された神道のルーツと極東イスラエルの真相



<エフライ族>
・日本の風習・言語・伝統・歴史・文化などは、古代日本にイスラエル人がやってきたことを示している。とくにイスラエルの失われた10支族の中心であった「エフライム族」の王族がやって来て、天皇制を始めたと筆者は、考えている。

<稲荷神社が実は、「イエス・キリスト神社」であったこと>
<八幡信仰とキリスト教信仰>
・柳田国男(民俗学の大宗)(宇佐の大神も・・・大隈正八幡の古伝によれば、同じく告知によって受胎した一人の童貞の女(すなわち処女)であった)と書いている。
また、八幡信仰の始まりは、宇佐の北方、大貞(大幡)にある薦(こも)神社の御澄池(みすみ)に伝わる伝説である。

・大昔、その池に、八幡の神様が現れた。清く澄んだ湖水の中から美しく幼い男児が姿を現し、岸辺に茂る薦草(こもくさ)(パピルスと同様の水草)に立ち、「われこそはヤハタの神である。わがためにコモ草で方舟(はこぶね)の枕を作り、ご神体とせよ」と告げて、湖岸の影向石(ようこうせき)に神影(しんえい)を映したという。

<稲荷神社を作ったのも秦氏である。イナリ神社は、元来、“ユダヤ人の王ナザレのイエス神社”だった、と考える。>
・イナリ神社は霊験あらたかであった。そのほか「イナリの神を祀ると、すごいご利益があった」という様々な話が、そのころから全国規模で、庶民の間に口コミで広まって言った。イナリ様のおかげで病気が治った。命拾いした。湧き水が出て、田畑が潤った、などである。こうして、イナリ神社は、人気が高くなり全国一多い神社になった。


室町以降の文献には、いくつもの猩々の記事があげられるが、特に能の曲中には、多くの猩々の登場が認められるのである。(4)


<現代では憑き物はこっくりさんに変換>
・問題なのはこのこっくりさんに熱中した小学生や中学生に、時々何かに取り憑かれたような現象が起きることだ。精神科の雑誌などでも、このこっくりさんに関する論文が掲載されることがあるという。
 神奈川の中学で起きた事件では、放課後のクラブ活動でこっくりさんをした後、ある女子が、「背中が重い、何かが乗っかってくる」と泣き出し、「霊が呼んでいる」と叫んだ後、部屋を飛び出して走り去る。もうひとりはコンクリートの壁に女性の影を見て、次に体が重くなり、「地獄へおいで」という女性の声を聞く。この二人目の女子は、4階にある教室の窓を開けて窓枠に登ろうとしていたところを、ようやく追いついた別の生徒に押さえつけられて部屋に戻された。一年後ほかのクラスで、やはりこっくりさんと同類のエンジェルさん占いをしたところ、狐の霊が取り憑いて普段とは違う声で喋り出すという女子が出てきたり、また憑依現象が続発して、精神科を受診したが、受信時は多重人格状態に陥り、症状が消えるまでは一ヵ月半の入院が必要だったらしい。

<仲介者的な存在>
・『ポイマンドレース』が語るもうひとつの重要な項目は、世界は神が作ったのではなく、神の作り出した「造物主」が創造したという項目だ。神は直接世界創造に手を染めていないが、神はアントローポスすなわち人と、そして造物主を作った。人は造物主の作り出した世界を覗きにやってくる。つまり人は世界を作らない。人が世界とかかわるには、その間に造物主が関与しなくてはならない。また反対に人が埋もれてしまって自力で脱出できなくなってしまった世界から、人が救済されるには、救済の仲介者としてのソフィアの助けが必要になる。しかしソフィアは人が本来戻ってゆく場所までついていくことは許されていない。
 こうした思想の中に、人と神以外の、神の代理人としての第三の役割というものが想定される。それは造物主であり、人を救済するソフィアである。これまで述べてきた、神と人の間には、必ず仲介者として狐などが関与しなくてはならないというものも、類似した話である。

<世界卵と蚕>
・伏見稲荷大社の祖である秦氏はそもそも蚕産業で財を成した氏族であり、富士山近辺の秦氏の痕跡を見るまでもなく、秦氏の足跡のあるところ蚕産業が拡がっている。京都の太秦はもともと秦族の本拠地ということで名づけられたわけだが、そこには秦氏の中でもっとも著名な秦河勝が直接関与した広隆寺がある。

<狐の本性>
・アヌビスに通底する動きを持った日本の稲荷狐は、基本的には、人とそうでないもののつなぎ、あるいは門の機能だが、かなり多層的な性質があるといわざるを得ない。本書では次のような内容を説明してきた。

1、狐は自然界=母の国への導きである。安倍晴明の母、葛の葉狐の伝承。

2、狐は死の領域への道案内である。中沢新一によると、稲荷のあるところ、たいてい墓所でもあった。

3、神道系では、穀物神であり、富をもたらす。秦氏の展開した商売の繁栄においての護り神である。

4、宝珠をくわえた霊狐は、修行者へ知恵をもたらす。

5、稲荷神社に祀られたサルタヒコの関連で、異なる領域のものを持ち込む越境の神。わたりをつける。

6、巫女と一体化して、妖術や呪術、性的な神儀に関与する。

7、通常の女性的なアイドルのような扱いも受けている。

8、原始宗教的稲荷においては、土地の力ゲニウス・ロキあるいは土地神のブースターとして活用され、たいていこれは万能な役割を与えられている。

9、狐憑きは、神様との仲介者として、預言をする。

10、管狐は、人を惑わすが、また物質的な御利益ももたらす。

11、仏教系稲荷では、女性力としてのシャクティが昇華され、女神として働くダキニの力を運んでくる。

12、カバラの図式で推理すると、生命力のリミッターをはずして、強力な推進力や達成力を与える。

13、エジプトのアヌビスと共通している狐は、死後の世界への導きとなる。

14、精神と物質の間の接続をする。狐あるいはアヌビスは、思いを形にし、また形に縛られた心を開放する方向の橋渡しをする。

15、玉藻前の伝説のように、この精神と物質の行き来が行き過ぎると、欲望にとらわれ、悪念に幽閉される。しかし極端に行けば行くほど、逆転も起きやすい。

16、狐とアヌビス、ガブリエルという関連では、過去に忘れた罪なども思い出させる。因果を明確にする。

17、秦氏の稲荷縁起から考えると、自分を世界に結びつけ、その環境の中で生きる道を作る。

18、猿女やエジプトのアヌビスの神官たちの関連で、魔除けなどにも関わる。衣服ということに、大きな関わりがある。

・そのうえで、全部をまとめて一言で言うならば稲荷狐とは「異界との接点」ということになるだろう。穀霊としての生産性というのは、異なる領域からわたしたちの領域に力が持ち込まれることで、創造を果たすのだから、これもまた異界との接点ということであり、死はこちらから向うへという創造のベクトルの逆回しだ。だから、生産性と死の門というのは表裏一体なものである。



『お稲荷様って、神様?仏様?』
支倉清 + 伊藤時彦       築地書館  2010/10/14



<狐は神の使い>
・狐は稲荷の使いであると古くから信じられてきた。

・春先に山から里に下りてきて秋の終わりにまた山に帰るという狐の習性が、田の神が春先に山から下りてきて秋の収穫後に山に帰るという動きとぴったり一致すること。

・つまり、狐は単なる稲荷の使いという以上の存在なのである。人々は狐そのものに霊力があると信じたのである。

<狐憑きと流行り稲荷>
・狐はなみなみならぬ霊力の持ち主であり、人間にのり移ることがあると、古来より広く信じられてきた。江戸時代に書き残されたものを見ると、狐に取り憑かれ、のり移られるのは、若い女性か年季奉公人の小僧であることが多い。

・「江戸本所に住む旗本の下女に狐が憑いた。しばらく苦しみが続いたが、狐が落ちて本心に返った後、屋敷の隅に小さな祠を建てた。その後、下女は人の吉凶などを祠に伺った。その語る様子はまるで神のようであった」

・狐憑きをきっかけにして創建された稲荷は「流行り神」的に繁盛することが多かった。

・もっとも狐に憑かれるのは、一般的にいいことではない。人格が変わったりおかしな言動をしたり錯乱状態に陥ったりするので、狐に取り憑かれたときは、なんとかして狐を落とそうとした。

<東の稲荷、西の地蔵>
・日本中に8万を超す神社がある。その中で圧倒的に多いのが稲荷社である。その数、実に3万2千社。次いで多いのが八幡宮で2万5千社。この2社で神社総数の6割に達する。ところが、稲荷社が多いのは関東を中心とする東日本で、西日本は少ない。とりわけ江戸のまちは稲荷が多かった。

<あらゆる願いに応えるお稲荷さま>
・稲荷は、もともとは稲の豊作をもたらす農耕神であった。ところが、室町時代になると都会では商売繁盛の神として信仰されるようになり、漁村では漁業の神として信仰されるようになった。

・幕末近くになると、江戸では「太郎稲荷」「お岩稲荷」「お玉稲荷」「定吉稲荷」など憑きものと関係する流行り神的な稲荷が次々と誕生する。

<三囲神社(墨田区向島)>
・江戸の数ある稲荷社の中でも最も名の知られた稲荷社の一つである。

・神社の伝える言い伝えによると、弘法大師(空海)の創建であるという。

<豪商三井の守護神>
・「(其角の雨乞いの俳句が詠まれた)後に京都の豪商三井氏が江戸に進出するとその霊験に感じ、江戸における三井の守護神と崇めて社地の拡張、社殿の造営を行った。今も年三回は三井関連会社による祭典が執行され、また三越の本支店にも当神社の分霊を祀っている」



『深宇宙探訪記』
(オスカー・マゴッチ)(加速学園出版) 1991/8



<自由な世界次元間連盟>
・地球人類の起源は、プレイアデスの散らばった系に由来する。地球人類が地球に移住してきたのは『多数の千年期』の昔である。それ以来私達の『後に残された』人間の祖先たちは、銀河系と他の次元領域の至る所に広がった。
 さまざまな次元に存在する何千という星系からなる彼らの緩やかな『共通利害団体』は、『自由な世界次元間連盟』と呼ばれ、多次元宇宙の33の広大な領域に及んでいる。

・シリウスは、私達に向けた「連盟」の送信センターとして使われている。私達を高め、迫りくる宇宙的なコンタクトと、その結果として起こる変貌に対して、この世界を準備させるためなのだ。何千年にもわたってシリウス人は地球人とコンタクトしてきたが、その際、彼らとその仲間は『ホルスの目』という印(三角形の中に目を配したデザイン)を用いてきた。

・『暗黒の勢力』とその地球の『光明派』の召使達は、シリウスのセンターから来た『善玉』になりすましている。これは地球人を混乱させ利用せんがためで、本来のシリウスからの送信内容を歪めたものに変え、自分たちの悪の教えを植えつけようとしているのだ。そのために、シリウスの『ホルスの目』のデザインの印も使っている。『暗黒の勢力』に支配されているのはメン・イン・ブラック(MIB)たち、すなわち、あの恐ろしい『黒服の男達』は、一つの目ないし一条の稲妻を中に配した例の古典的な三角形を自分たちが使用する黒塗りのキャデラックのドアにつけている。



『失われた徐福のユダヤ人「物部氏」の謎』
飛鳥昭雄  三神たける  学研   2011/5/11



<忍者>
・忍者には「上忍」「中忍」「下忍」があり、上位になると、文字通り高級スパイであり、元締めは闇将軍のような存在となる。
 しかも、忍者は現在もいる。忍者のなかには、今も情報収集を裏で行っている人々がいる。政財界に溶け込み、秘かに情報工作を行っているのだ。現役で任務に就いている方もいるので詳細を明かすことはできないが、それが日本の本当の姿である。ある意味、古代から日本の体制は何も変わっていないのである。

<秦氏の経済力>
・いわば農業や漁業、林業などの第1次産業と並んで、日本経済の柱となったのは第2次産業である。ごく大雑把にいえば工業である。工業には重工業と軽工業があるが、このいずれも、基盤は秦氏が担っていた。
 まず、重工業はいうまでもなく、鉄鉱石を採掘し、これを道具や武器などの製品にする。鉄はもちろん、金銀銅といった貴金属を生み出す鉱山の多くは、高度な金属精錬技術をもった渡来人が担ってきた。なかでも、そのほとんどが秦氏であったといっても過言ではない。全国の金山や銀山、銅山には、古代から近代にいたるまで必ずといっていいほど秦氏の影がある。

・一方の軽工業といえば、まさに戦後の経済成長の牽引力ともなった繊維産業だ。古代にあって最高の繊維は絹であり、それを生み出す蚕の飼育、すなわち養蚕はこれまたほぼ秦氏が独占していた。

・まさに秦氏は殖産豪族の代表格であった。近代の財閥のようだというより、そもそも三井をはじめとして財閥自体、実は秦氏の流れを汲む人々なのである。莫大な財力をもつ財閥一族が、あまり政治の表舞台に立つことがないように、秦氏もまた政治家になる者は少なく、もっぱら産業界において名を馳せた。
 このように、秦氏は常に歴史の裏方で活躍してきた。彼らがいなければ、今日の日本はありえず、伝統文化も存在しえなかった。忍者と財閥、このふたつを握ることで、秦氏は日本の歴史を裏で動かしてきたといってもいい。

<日の丸と天照大神>
<天照大神は、その名にあるように太陽神である>
・表の太陽神は天照大神であるのに対して、裏の太陽神がいる。

・ニギハヤヒ命はれっきとした太陽神である。

・天照大神が女神であるのに対してニギハヤヒ命は男神である。

<天円地方と定規コンパス>
・秦氏の血を引く島津氏の家紋は、ご存じのように丸に十字を描き、一般に「島津十字」とも呼ばれる。同様の家紋を掲げる武家には、秦氏の拠点であった秦野を支配した波多野氏もいる。

・定規とコンパスをもって描かれるシンボルと聞けば、ピンとくる読者の方もいるだろう。そう、フリーメーソンである。

・古代中国の神話に「伏犠」と「女媧」という兄妹にして夫婦の神々がいる。彼らは下半身が蛇という不気味な姿で描かれるのだが、その手には、それぞれ必ず直角定規である曲尺「矩」とコンパスである「規」を持っている。

・伏犠と女媧の神話は海を渡り、この日本にも伝えられる。日本神話における天の神、イザナギ命とイザナミ命が、それだ。イザナギ命とイザナミ命は兄妹であると同時に夫婦神であり、日本列島を「国生み」した創造主でもある。

・ある意味、日本は近代フリーメーソンよりもはるかに古い歴史をもったフリーメーソン国家なのだ。
 ちなみに、太陽神の国であることを国外に示した聖徳太子は、日本における大工の祖として崇められているが、その側近は秦氏の首長、秦河勝であった。

<歴史の表と裏>
・では、社会の表に出ない秘密、インテリジェンスを入手するためにはどうすればいいのか。答えは諜報活動、平たく言えばスパイ活動である。合法・非合法を問わず、有効な極秘情報を入手することが重要だといっていい。よく引き合いに出される欧米の格言によれば、スパイ活動は世界で2番目に古い職業であると評言される。ちなみに、最も古い職業はセクシャリティを売ること、すなわち売春である。

・近代国家が発足する以前、諜報活動はすべて裏方が行ってきた。すなわち、「忍者」である。

<忍者と秦氏>
・忍者の歴史は古い。文献に残る忍者の初見は聖徳太子が組織したという「志能備」、もしくは「志能使」と表記される組織である。『日本書紀』によると、「大伴細人」なるをもって志能備の任に当たらせたとある。大伴氏は物部氏と並ぶ古代豪族のひとつ。軍事的な力をもっていた。軍事の基本は情報であり、インテリジェンスである。その意味で、大伴氏が諜報活動を行ったという記述は十分、信頼性のあるものだが、忍者の歴史を俯瞰するに、実際の任務を担ったのは、実は秦氏であることが見てとれる。

・特に江戸時代、幕藩体制のもとでは、一般庶民は自由に藩を出ることはできなかった。伊勢講など、神社へと詣でる特別な行事でもなければ、関所を通ることはできなかったのである。
 しかし、なかには特別に関所を自由に通行することを許された人々もいる。遊行者である旅芸人をはじめ、いわゆる興行を行う人々は全国を歩き回ることができた。なかでも日本の伝統芸能である「能」は観阿弥、世阿弥によって集大成され今日に至っているが、彼らは秦氏であった。能の源流ともいわれる「猿楽」「申嶽」は、もともと聖徳太子の命によって、彼の側近であり、舎人であった秦河勝が始めたものである。秦河勝の息子が当時、聖徳太子が建立した四天王寺において披露した芸が始まりだとされる。
 能や申楽のほか、田楽などといった庶民の芸能のほか、雅楽もまた、そのほとんどを秦氏が担っていた。同じく全国を歩き回ることを許可された民間陰陽師、歩き巫女、香具師といった人々もまた、秦氏の流れを引く者が多い。

・さらに、里の民とは別に、山の民もいた。街道ではなく、深い山々に張り巡らされた道を通り、日本列島を縦横無尽に歩き回った山の民、とりわけ山伏と呼ばれた修験者は呪術的な存在でもあった。修験道の祖「役小角」と並び称され、京都の愛宕山や加賀の白山を開いた「泰澄」の俗姓は秦氏であった。

・こうした全国を旅する人々は必然的に多くの情報を見聞きすることになる。事実上、諸国の事情を最も包括的に知っているのは秦氏だったといっても過言ではない。まさに、それは全国に張り巡らされた情報ネットワークであり、為政者の目には極めて良質なインテリジェンス組織のように映ったことだろう。ある意味、秦氏が忍者となったのは歴史的な必然だったともいえる。

・事実、戦国時代から近世に至るまで、歴史の裏で暗躍した忍者の多くは秦氏であった。講談や漫画でもおなじみの忍者「服部半蔵」は、その名の服部が示すように伊賀の秦氏であった。伝説的な存在では「百地三太夫」なども有名だが、俳句を詠んで東北を歩いた「松尾芭蕉」を含め、彼ら伊賀忍者はみな秦氏である。ちなみに、松尾氏は京都の松尾大社で知られるように、そのほとんどが秦氏であるといっても過言ではない。

<陰陽道における秦氏と加茂氏> 
・京都の晴明神社には多くの若い人たちが参拝に訪れているという。能や浄瑠璃などで知られる安倍晴明の母親は信田狐(しのだのきつね)であったと語られる。実際、歴史的に安倍晴明の系図は創作されたものであるらしく、その素性はよくわかっていない。

・実際、物語などで安倍晴明のライバルとして描かれる蘆屋道満は俗性を秦氏といい、実際は秦道満といった。

・陰陽道を握ることは、神道を支配することにほかならない。秦氏と加茂氏は互いに陰陽道によって、日本全国の神社を支配下に治めていくことになる。今日、氏子がどう思うかどうかは別にして、神道の元締めが天皇であり、その祭礼を一手に握る加茂氏と歴史の裏で暗躍した秦氏によって、すべての神社は乗っ取られてしまったのである。

<秦氏と加茂氏の神社乗っ取り作戦>
・ところが、だ。秦氏に限ってはほかの渡来人とは大きく異なり、日本古来の宗教とさえいわれる神道を奉じ、寺院以上に次々と神社を創建していくのである。
 まず、全国の神社で最も多い八幡神社の総本山である大分の宇佐八幡宮には辛嶋氏という巫女の一族が代々仕えていたのだが、彼らこそ原始八幡信仰をもっていたことが判明している。その辛嶋氏は辛嶋勝氏という復姓をもち、秦氏が配下におく勝氏のひとつ。いうなれば、秦部の一族であり、まさに秦氏だった。
 八幡神社と双璧をなす稲荷神社の総本山は京都の伏見稲荷大社であり、それを創建したのは、先述したように秦伊侶具という名の秦氏であった。

<徐福集団は物部氏となった!!>
・しかもややこしいことに、物部氏を追いかけていくと必ずといっていいほど秦氏が出てくる。物部氏の正体をわからなくしているのは、この秦氏であるといってもいい。

・そこで、飛鳥昭雄は4度、烏天狗を通じて八咫烏との会見を申し込んだ。事前に命題は伝えてある。あとは「しるし」を持って待つのみ。しかして、月日は流れ先方から会見の許可が出たのは、2008年の暮れのこと、年が明けた2009年1月某日、飛鳥昭雄はあらかじめ送られてきた「しるし」を手に、約束の場所に向かった。
 待つこと約1時間。ついに八咫烏が現れた。黒く上品なスーツに身を包み、まっすぐ飛鳥昭雄を見つめ歩いてくる。手にステッキ、頭には黒い帽子をかぶっており、まさにその姿は「烏」そのものだ。
 眼光の鋭い初老の男は、飛鳥昭雄に近づくとこう切り出した。
「そなたが飛鳥かな」



『地球を支配するブルーブラッド 爬虫類人DNAの系譜』
スチュアート・A・スワードロー   徳間書店   2010/6/18



<リゲル  米政府と協定を結んだオリオン連盟リーダー>
・この集団は1954年に米国政府と協定を結び、彼らの技術と科学情報を米国に与えるのと引き換えに、米国民を誘拐する(ただし傷つけない)許可を米国政府から得ている。

・こと座の内戦とそれに続くこと座星系へのりゅう座人の侵略を通じ、彼らの惑星は戦争で痛ましい損害をうけたため、肉体的にも遺伝子的にも弱々しい存在になっている。

・彼らは、りゅう座人のために働いている。りゅう座人が攻略の前準備をできるように侵略予定ルートを偵察する仕事である。

・軍隊型の厳格な階層制の文化を持っている。特にゼータ・レティクリ1と2のグレイが絡む場合はそうである。また肉体から肉体へと魂を移す能力を持っている。

<シリウスA   イスラエル政府と契約の宇宙の商人>
・背の高い細身のシリウスA人は、青と白の長いローブを着ている。両腕を横にまっすぐ広げると、身体全体でアンク(エジプト十字架)の形になる。これが彼らのシンボルである。宇宙の商人であり、技術と情報を売買して、排他的な取り引きルートと特別な優遇を得ている。彼ら自身に向けて使用される恐れのある技術は絶対に提供しない。彼らは、オハル星人に創作されたが、本来の目的を見失っている。

<シリウスB 老子、孔子、釈迦に叡智を与えた銀河の「哲学者」>
・ジャングルか湿地のような惑星の洞窟状空洞や地下で隠遁生活を送っていることが多い。寿命は極めて長い。大半は、家族形態とは無縁である。

<くじら座タウ グレイ種を目の敵にし、ソ連と協定を結んだ>
・この人間のような生物は、グレイ種を目の敵にしている。宇宙のどこであろうとグレイを発見したら叩きのめすと誓っている。

・地球までグレイを追って来た彼らは、1950年代にソ連と協定を結び、基地と自由に領空を飛行する権利を得た。

・最近になって、ロシア人はタウ人との協定を破棄し、同じ協定をリュウ座人の前衛部隊と交わしてタウ人を追い払ったと考えられている。

<ビーガン   シリウスA人の遺伝子から作られたグレイ>
・このグレイ種は、シリウスA人の遺伝子から作られている。シリウス人の船の標準的な乗組員である。主人のために労役、実験、雑用を行う。ゼータ・レティクリ1と2のグレイは、前向きにビーガンの指揮に従い、人間の誘拐や鉱物のサンプル収集などの特定の任務を行う。

<ゼータ・レティクリ1 地球人監視のためリゲル人が作ったグレイ>
・このグレイのエイリアンは、リゲル人が地球の人間を監視するために作った。人間とリゲル人の混合物である。人間の胎児と同じように四本の指と割れたひづめを持つ。ホルモン液と遺伝子実験のために人間を誘拐することで有名である。

・遺伝子的・ホルモン的な欠乏症のため、彼らは、急激に死滅している。他者を誘拐することで、自らの種を救う交配種の原型を作ろうとしている。

<ゼータ・レティクリ2  遺伝子操作で作られたグレイ。爬虫類人に奉仕>
・このグレイは、遺伝子操作で作られた爬虫類人への奉仕階級のメンバーである。完全にマインド・コントロールされており、中央情報(コンピュータ)に接続されている。集団精神で一体となって動く。彼らは、無心になってゼータ・レティクリ1を手伝う。誘拐現場でよく目撃されるが、子供のように純真に行動する。

<アンタレス  トルコ人、ギリシャ人、スペイン人のDNAに>
・極めて知識が高く攻撃的である。

・彼らの社会の最深部まで入り込むことができた者は、ほとんどいない。

・女がいるところが観測されたことはなく、彼らは、同性愛者で、生殖目的でのみ女を使用すると考えられている。ただ、実は、ある母系集団が彼らの背後で権力を握っているとも考えられている。



『うしろの始皇帝』
つのだじろう  学習研究社     2006/2



<『史記』への反論を決意する>
・ところで、秦始皇帝に関する本は、過去にもたくさん出版されているが、研究書も小説も、やはり『史記』をより処にしているため、画一化された視点のものが多いように思える。
 確かに『史記』は、現存する「中国最古のすぐれた文献」ではあるが、「秦始皇本紀」が書かれた背景には明白な政治目的があり、秦を滅亡させた漢が、「秦は悪く漢が正しい!」と宣伝するために書かせたものだ。

・第一、司馬遷が生まれたのは、秦始皇帝の死後65年もたってからのことで…つまり『史記』とは、まるで秦始皇帝を知らない人物が書いた本でしかない。また紀元前220年代は、神仙・妖異の存在は当然の常識であり、不思議現象・超常現象関連の記述は、古書にもたくさん登場してくる。まさにオカルト全盛の時代なのだ。

・だが、私なら『史記』の偏向を排除し、オカルト的な視点を中心にした、面白い話が書ける可能性がある。「そうだ!これが私のライフワークだ!」そう決めたのが、昭和55年5月5日。この日を機に、秦始皇帝の作品をライフワークとして描こうと決断したのだが…その年は私は、奇しくもちょうど45歳。

<渡来人・秦氏>
・次の章からは、いよいよ「秦始皇帝」について、述べていくことになるわけだが…秦始皇帝など自分とは関係ないと、たいした興味ももたない読者諸氏もいるのではないかと思う。
 しかし、「自分の祖先も秦氏一族だった!」となれば、俄然、話は違ってくるはずだ。
 いや、実際のところ、秦氏の末裔は、日本中にくまなく存在しているのである。
 俗に「四大姓」という、「源・平・藤・橘」をはじめ、公家、武家、庶民に到るまで……日本には29万以上もの姓氏があるといわれている。だが、いざ家系を調べるとなると、たとえば同じ源氏であっても……祖先は、嵯峨・淳和・精和・宇多・村上・陽成など諸流があり、ただちに「源義経の同族だ!」とはいえないのだ。

・このように複雑ではあるのだが、しかし、ここで学問的な難しい理屈を並べる気はない。あくまでも一般的見解での知識だが、秦氏の場合は渡来人の家系であり……秦一族が、古代中国から朝鮮半島を渡り、応神天皇14年に日本へ渡来したという記述は『古事記』『日本書紀』『新撰姓氏録』などすべてに書かれており、それが歴史的事実であることは間違いない。
 と同時に、秦一族が5世紀~6世紀にかけて、継続的に大勢渡来し、その影響が日本の文化・経済・政治・技術・信仰全般にもおよんでいるという事実は、もはや疑う余地などない。すなわち秦氏は渡来氏族最大のグループだったのだ。
 ただ、秦氏は秦始皇帝の末裔かどうかについては、研究者の間で諸説がある。

<秦氏の末裔は日本中にいる!>
・秦氏を代表する姓氏には、己知部のほか、有名なところでは弓月君一族があり、現在の京都・太秦に居住し、養蚕・機織の技術をもつ伴造として朝廷に仕えたという記録がある。彼らは、大蔵出納にも従事し、この地を中心におおいに繁栄した。秦公・秦造・秦連・秦忌寸などの名前は、学校の歴史の授業などで、お馴染の読者も多いだろう。なお、京都・太秦の広隆寺は、聖徳太子の勧請で秦河勝が建立した寺であり、私自身も、この寺を祖霊の氏寺と定めて、京都に行くたびに参詣している。また秦氏の氏神は、大酒神社ほかに、祀られている。

・秦氏の系統は、中央朝廷ではあまり高位になく、官人御随身として、三上氏が永続した。地方豪族では島津氏、対馬の宗氏、神保氏なども秦氏である。また同音読みで、異表記の波多、羽田、幡多、波多野氏なども、秦氏だといわれている。当然ながら、長い歴史の中で、派生・誕生した苗字を挙げると…日本中の姓の相当数が秦氏の系列にかかわっているのだ。私の場合も、本姓の秦は当然として……角田もまた秦氏系なのである。

・さらにいえば、秦氏の末裔は、日本に多い姓だけをあげても、吉田、山田、林、橋本、松本、中村、木村、山口、毛利、服部、大西、佐々木、岡、吉村、安田、久保、町田、今村、大田、松下、石坂、村田、中島、森、平野、小川、田宮、西山、大野、川上、小林、内田、長谷川………ぞろぞろいるのだ。
 また、秦始皇帝の末裔としては、東儀氏がある。奈良時代から1300年、雅楽を世襲してきた由緒正しい家系で、同じく能の金春、竹田、観世氏なども秦氏系である!

<古代日本の歴史を支えた秦一族>
・ところで、なぜ日本には秦氏が、これほど多く存在するのだろうか?
「秦氏集団:弓月君・渡来伝承」には歴史的裏づけがある。5世紀ごろ、朝鮮半島は大旱魃や蝗害に襲われ、戦乱や天災が相次いだため、大勢の難民が海へ逃れて日本に渡来したのである。
実はこれについても諸説紛々あるが、いずれも推論なので、ここではいちいち触れない。ただ韓国にも、秦始皇帝を始祖とする秦一族が全羅南道や済州島などに大勢、現存するのはまぎれもない事実であり、5世紀~6世紀にかけて、秦氏一族が朝鮮半島を経由して日本列島に渡来したのは、歴史的事実と考えて間違いなかろう。

・また、それとは別に『史記』に、秦徐福という方士が、不老長寿の薬を捜す秦始皇帝を、「東方海上に神仙の住む3つの島があり、仙薬はそこにある!」といってだまし、3000人の男女、さまざまな職人、技術者などを連れ、五穀を携えて出航し、そのまま帰らなかったという記述がある。実は、その行き先こそ日本だったとする説があり、この説は長年、疑問視されていたが、近年、中国で徐福の出身地が判明したことや、当時「大型の楼船」が建造されたと思われる造船所跡などが発見されたことなどから事態は一変。中国では青銅器から鉄器に変わるまで数百年の歳月を要したのに、日本では弥生時代に、いきなり鉄器が登場することや、日本各地に徐福伝説が伝わっていることなど、さまざまな傍証からも、「秦徐福・渡来説」の可能性も捨てきれないと考える研究者が増えてきた。

 なお、秦徐福は「方士」である。方士とは、現代風にいえば霊能者、占星術師であり、医者としての技術ももった、オカルトの専門家である。…であれば、心霊研究面でも私の大先輩であり(笑)、秦一族は、古代中国の霊的世界をも日本にもちこんでいたといえるのだ!

・古文書には、筑紫(福岡県近辺)豊国の「奇巫」また「豊国法師」という表現で載っており、時の天皇が病気を治すために、わざわざ秦氏の方士を九州から呼び寄せ、「心霊治療」で治していたという記録がかなりある。当然ながら、当時の日本の医術や薬では、治せなかったからにほかならず、まさに古代中国の知恵に頼ったのだといえる。
 このように、とにもかくにも「渡来した秦一族」が、文化・技術・医療――あらゆる分野で先進技術を日本に伝えた功績は、計りしれないほど大きいのである。

・霊能者の船越先生の言葉どおり、自分の両親は父母ふたりだけだが、祖父祖母の代になれば父系母系で4人、曽祖父の代なら8人、7代遡ると直系の血縁だけで128人もいる計算になる。あとは倍々のネズミ算だ。仮に25歳で子供を生むとすれば、1世代平均25年で換算しても、現代は21世紀。5世紀まで遡れば、膨大な数の祖先になる。それを逆算すれば、最初は一握りの渡来人が、現代では膨大な秦氏系になっていたとしても、なんの不思議もないのである。

・いちおうは、ノンフィクションのつもりだが、マンガ家である私が秦始皇帝を描くのに、普通の研究書のような書き方をしてもつまらない。私の視点の軸は、もちろんオカルトにある。

<蜀王・蚕叢は宇宙的存在だった?>
・「ええ、『山海経』には、蜀王・蚕叢の姿は、つぎのように記載されています。
 西北の海の外・赤水の北に章尾山あり。そこに神が存在する。人面蛇身にして赤く、眼はタテにして真ん中にある。蚕叢が眼を閉じると、世の中は暗くなり、眼を開くと、明るくなる。食らわず、寝ず、息せず、風雨を招き、九陰を照らす。即ち燭龍という(燭龍は異名で、燭陰ともいう)、と」
「うん、もしこの記述を認めるなら、まさに蚕叢は宇宙的存在だったと見るべきだ……と、俺は思うがね」


室町以降の文献には、いくつもの猩々の記事があげられるが、特に能の曲中には、多くの猩々の登場が認められるのである。(3)



『世界不思議大全  増補版』
泉保也     Gakken   2012/8



<ジョージ・アダムスキー  史上最大のUFOコンタクティ>
<驚異の宇宙旅行と素晴らしい宇宙船>
・アダムスキーは、その後数回にわたって異星人とコンタクトすることになるが、そのたびに彼は驚くべき体験をしている。
 1953年2月18日、例によって彼は予感めいた衝動に駆られ、ロサンゼルスのとあるホテルに投宿した。
 夜になって、ロビーにいたアダムスキーにふたりの男が接近してきた。ふたりは普通の服を着ており、話す言葉にも何らおかしなところはなかった。
 しかし、彼らが握手を求めてきたとき、アダムスキーは異星人だとわかった。彼らは特殊な握手をするからである。

・ふたりはアダムスキーを車に乗せ、砂漠地帯に向かい2時間ほど走行。ドライブ中、ひとりは火星からやってきたといい、もうひとりは土星からやってきたと話した。
 車が砂漠に着くと、そこにはUFOが待機していた。近くには例の金星人がいて、アダムスキーをにこやかに出迎えた。不思議なことにこのとき彼は、英語を流暢に話せるようになっていたのである。
 アダムスキーは、彼らに仮の名前をつけ、金星人をオーソン、火星人をファーコン、土星人をラミューと呼ぶことにした。

・UFOは信じられないくらいの高速で飛行し、地上1万2000メートルの高度に達した。そこにはなんと、全長600メートルはあろうかという巨大な葉巻型母船が滞空していたのである。

・アダムスキーを宇宙旅行に招待したのは、偉大な指導者(マスター)と呼ばれる人物だった。

・土星型UFOは、上空に待機している母船に向かった。今度の母船には、20歳前後にしか、見えない人々が大勢いたが、彼らの年齢は、実際には30~200歳以上にも達するという。

<コンタクティ  異星人からのメッセージを伝える人々>
・コンタクティの証言を「コンタクト・ストーリー」という。

<ハワード・メンジャー>
・アメリカ人。初コンタクトは1932年の夏で、金髪の金星人女性と会見。高校卒業後、陸軍に入隊してからハワイで黒髪・黒眼の異星人と出会い、太平洋戦争時の沖縄戦に従軍した折、沖縄で軍服を着た金星人と会見、「今後もコンタクトが続く」と告げられた。

・退役後の1956年にニュージャージー州プレザント・グローブでUFOを目撃して搭乗員の男女と会う。以後、金星や火星、木星、土星から来たという異星人と何度も会見し、UFOに同乗して金星や月の裏側にある基地を訪れた。妻も金星人の転生者だという。

<安井清隆>
・日本人。岡山市で語学塾を開いていた1960年4月23日の夜、満月の2、3倍はありそうな土星形のUFOを目撃。1週間後の30日午前4時すぎ、テレパシー通信を受けて戸外へ出たところ、3機のUFO編隊を組んで旋回しているのを目撃した。うち2機は姿を消したが、残る1機も導かれるようにあとを追った。

・UFOは総合運動場に着陸し、中から銀色のスーツに身を包んだ、2メートル40センチほどの長身でマスク姿の人間が現れ、両手を差しだしながら安井に近づいてきた。握手後、マスクをはずした男の顔は彫りの深いヨーロッパ系だったが、日本語で話しかけてきた。しばらく、会話を交わしただけで、最初のコンタクトは終わった。

・同じ年の10月30日、「富山県黒部市の宇奈月温泉近くの河原で待つ」というテレパシーを受信。11月1日の夕刻、黒部川で先に会見した男性と金髪の女性と遭遇した。男性はチュェレイと名乗り、それが母星の名でもあると語り、直径5~6メートルの小型円盤への搭乗を許された。円盤は15分ほどで白馬岳の頂上付近に到着。直径30~40メートルの円盤に乗り換えた。内部は操縦室、食堂、倉庫、会議室からなっていた。

・その後コンタクトは中断し、再開されるのは1970年2月。岡山市郊外でチュェレイと再会し、円盤で白馬岳の基地を訪問。全長60キロはあろうかという葉巻型の巨大母船の映像を見せられた後に、その母船へ案内された。母船は恒星間飛行に用いられるもので、内部には森や湖、山などがあり、建物が立ち並び、小型円盤が飛び交っていた。1971年2月末には、その巨大母船に乗ってチュェレイ星を訪問した。が、その後テレパシー通信はぱったり跡絶えてしまったという。

<ステファン・デナルデ>
・オランダ人実業家。1967年7月、オランダ南西部ウースタ―シェルトの沖合をヨットで航行中、海面に浮かんでいた異星人の宇宙船(水上艇)に乗り上げて異星人と遭遇し、乗船を許された。

・身長150センチほどの異星人はヒューマノイド型ではなく、顔の真ん中に窪みがあり、手は鉤状で、全身が薄褐色の毛で覆われ、獣じみて見えた。
 会話はテレパシーでなされた。彼らの母星は、地球から10光年彼方にある惑星イアルガで、自転速度は地球よりも遅く、重力は地球の約3倍。窒素やアンモニアからなる大気は濃密で、大気圏の雲が視界をさえぎっており、太陽光は見えない。

・そのイアルガ星へ、小型の円盤から高空に滞空する大型円盤に乗り継いで案内された。イアルガ星は海が大部分を占め、陸地は島だけで、それらは鉄橋で結ばれていた。石油タンクのような形状をした集合住宅が立ち並び、ひとつの建物の直径は約300メートル、高さは約135メートルで、約1万人が居住できる。
 ほかに自動機械化された農園、恒星間飛行用の大型円盤の建造工場なども見学してから、再び円盤に乗って地球へ帰還した。

<R・N・フェルナンデス>
・メキシコ大学教授。原子力委員会のメンバーも務める科学者。1972年11月14日、大学構内で異星人女性とすれ違った。身長190センチの長身で、瞳は緑色、黒髪の美女である。それより先、教授は女性の声で何かを訴えようとするテレパシー通信を受けており、異星人であると直感したのだった。

・その後、2度遭遇したものの、会話を交わすことなく迎えた1974年12月22日、彼女が「テレパシーでは通じないようなので、直接話にきました」と教授を尋ねてきた。彼女はアンドロメダ銀河からやってきたリアと名乗り、知的生命体の調査のために地球を訪れていると説明、近いうちに宇宙船へ招待すると約束した。

・それが実現したのは翌1975年4月22日だった。宇宙船は直径5メートルほどのドーム状円盤で、乗船するや、超高速で大気圏外に飛び出した。リアは宇宙空間に浮かぶ青い地球を見ながら、地球環境の脅威、遺伝子工学、反物質などについて語った。

・リアはその後、近い将来凶悪な異星人が地球に来襲する、という警告を残してアンドロメダ銀河へ帰っていった。

<宇宙飛行士が認めたコンタクトの事実>
・ならば、彼らの主張はすべて虚言や妄想の産物かというと、必ずしもそうではない。宇宙探査によってコンタクティたちの話が真実と判明したケースもあるからだ。

・かつてのアポロ計画にも注目したい。宇宙飛行士と管制センターとの漏洩交信記録から、「道」「ドーム群」「構築物」「トンネル」「テラス」などが月面に存在するらしいことが指摘されたからだ。それらはおそらくUFOの基地だろう。

・アポロ14号で月面に降り立ったエドガー・ミッチェルが2008年7月、「アメリカ政府は過去60年近くにわたって異星人の存在を隠蔽してきた」と爆弾発言したことも、コンタクティに有利に働く。地球へ飛来している異星人が人類との接触を試みないとは考えられないからであり、すべてのコンタクト・ストーリーを荒唐無稽と斬って捨てるわけにはいかないのである。



『女神イシスの降臨』
古代エジプト神話の謎に迫る
大川隆法   幸福の科学出版   2011/8/9



<女神イシスの正体は、琴座、ベガ星出身の神秘の女神であり、古代エジプトの実在の歴史上の初代の王とも呼ばれているホルス王の母でもある>
・また、「オシリスの復活信仰はイエスの復活信仰の原型であり、古代エジプトに流れる、この神秘思想がキリスト教に流れてきた」という考えもありますし、「転生輪廻の思想も、このあたりから始まっていて、それが仏教に入っている可能性もある」という考えもあります。

・ハトホルとこのイシスとを、ほとんど同一視するような見方もあります。

<夫であるオシリスの腹違いの妹だったイシス>
<オシリスとイシスの子ホルスはエジプトの覇権を確立した>
<天照大神(あまてらすおおみかみ)とイシスの深い縁>
・天照大神は日本担当、イシスはエジプト担当として下りた。

・天照大神とイシスは「ベガの女王」。

・プレアデスは“顕教”ベガは“密教”を担当している。

・ケンタウルス座α星人の中には、映画「猿の惑星」に出てくる、猿が人間になったような外見の者もいる。



『妖怪文化入門』
  小松和彦      角川学芸出版   2012/6/22



<異人・生贄>
<「異人」とはなにか>
・「異人」とは、一言で言えば「境界」の「向こう側の世界」(異界)に属するとみなされた人のことである。その異人が「こちら側の世界」に現れたとき、「こちら側」の人びとにとって具体的な問題となる。つまり「異人」とは、相対的概念であり、関係概念なのである。
 ところで、「こちら側」の人びとが想像する「異人」は、おおむね次の四つのタイプに分けられる。

① ある社会集団(共同体)を訪れ、一時的に滞在するが、所用を済ませればすぐに立ち去って行く「異人」。こうした「異人」の例として、遍歴する宗教者や職人、商人、乞食、観光目的の旅行者、聖地への巡礼者などを挙げることができる。

② ある社会集団(共同体)の外部からやってきて、その社会集団に定着することになった「異人」。こうした「異人」の例として、戦争や飢饉などによって自分の故郷を追われた難民、商売や布教のために定着した商人や宗教者、共同体を追われた犯罪者、「異国」から奴隷などとして、強制的に連行されてきた人びとなどを挙げることができる。

③ ある社会集団(共同体)が、その内部の成員をさまざまな理由で差別・排除する形で生まれてくる「異人」。前科者や障害者、金持ちや貧乏な人などが、この「異人」の位置に組み入れられることが多い。

④ 空間的にはるか彼方の「異界」に存在しているとされているために間接的にしか知らない、したがって想像のなかで一方的に関係を結んでいるにすぎない「異人」。海の向こうの外国人や、はるか彼方の「異界」に住むという「異神」たちが、こうした「異人」のカテゴリーを形成している。

・こうした種類の「異人」たちが「異人」とみなされた社会集団の問題になってくるのは、当該集団がその集団としての「境界」を意識し、その集団の構成員とそれ以外の人びとを区別しようとするときである。人びとは「我々の集団・仲間」を作り出すために、その<外部>に「異人」を作り出すのである。この「異人」を媒介にして集団は結束し、その「異人」に対処する作法を編み出し、ときには歓待し、ときには差別や排除に及ぶことになる。

・異人論の先駆的研究として位置づけられる研究は、折口信夫のマレビト論であり、岡正雄の異人論であろう。
 折口の「マレビト」概念は彼自身が厳密な定義をおこなっていないこともあって難解であるが、その概念は二重構造になっていると思われる。一次的なマレビトは来訪神のことであり、二次的マレビトが共同体の外部から訪れる祝福芸能者のたぐいとして想定されている。共同体の人びとはこれと祝福芸能者を「神」そのもの、もしくはその代理人とみなすことによって歓迎し、その祝福を受けることで共同体の繁栄が期待されたのであった。すなわち、共同体の来訪神信仰との関係のなかで「異人」を理解すべきであるということを示唆したわけである。

<異人・生贄・村落共同体>
・すなわち、「異人」をめぐるテーマを検討していくと、その一角に「生贄」のテーマが現れ、逆に「生贄」のテーマをめぐって考察を進めていくと、その一角に「異人」のテーマが現れてくるからである。そして、この二つのテーマを媒介しているテーマが、「人身供犠」(人身御供)もしくは「異人殺害」という説話的・儀礼的モチーフであると言えよう。

・旧来の神に代わって山王社に祀られることになったのは、いかなる「神」なのだろうか、ということである。ここでの文脈で言えば「農耕神」としての山王神ということになるだろう。「しっぺい太郎」の昔話でいえば、外部からやってきた旅の僧などの「異人」や「人間の側の犬」が、そこに祀られていることになるはずである。

<「異人」と「家」の盛衰>
・その物語の一つが最近まで民間に流布していた、次のような物語である。これを私は「異人殺し」伝承と名づけた。「異人殺し」伝承は、怪異・怪談そして恐怖といった要素がたっぷり詰まった伝承である。
 旅人(六部や座頭、巡礼、薬売り)が、とあるムラのとある家に宿を求める。その家に泊めてもらった旅人が大金を所持していることに気づいた家の主人が、その金欲しさに、旅人を密かに殺して所持金を奪う。この所持金を元手にして、その家は大尽になる。だが、殺害した旅人の祟りをうける。



『山神を見た人びと』
 高橋貞子   岩田書院   2009/3



<東北文化史の古層へ>
・今では有名になった『遠野物語』ですが、当時これを評価したのは泉鏡花と芥川竜之助くらいで、多くの人は趣味本位の書物にすぎないと見ていました。しかし、この発刊が機縁になって、地方に埋もれた文化への見直しが始まり、やがて民俗学が生まれました。人々の語る伝承の比較によって日本人の歴史がわかるというのは、まったく新しい学問の誕生でした。

・遠野で、『遠野物語』が再発見されたのは新しく、昭和45年(1970)ごろからでした。岩手国体の実施に当たって、地域の文化を観光資源として活用することが図られましたが、その年はちょうど発刊60年にあたっていました。その後、遠野では民俗学資料に重点を置いた博物館、佐々木記念館を核にした伝承園、柳翁宿と柳田の隠居所を含むとおの昔話村、南部の曲がり家を移築した遠野のふるさと村といった施設を整備しました。

・『昔なむし』の巻末にある「岩泉地方の昔ばなしとわたくし」には、幼少時に昔話を聞いた思い出から、家業と子育てをしながら採集と執筆を行った様子が書かれています。店先や汽車の中が聞き書きの場であり、夜中や早朝が原稿用紙に向かう時間だったのです。書くことへの執念と信頼が、こうした貴重な資料集を生みだしたのです。

<山の神に出遭った人>
・岩泉の向町の佐々木亥之松(いのまつ)さん(明治生)は、20歳だったある日、山仕事で山中に入りました。奥山まで行ったとき、いきなり樹の間から顔の真っ赤な大柄の人が出て、ずいと顔を合わせました。「あ、あー」とおどろいた亥之松さんは、後退りました。ところが、相手は亥之松さん以上におどろいた様子で、うろたえながら樹の蔭に隠れました。

・さあ、亥之松さんは転がるようになって家に戻ると、
「その顔はらんらんとして燃える火のようだった」
と家の人に話したきり、40度の高熱を出して寝込んでしまいました。
 高熱はなかなか下がりません。亥之松さんは重態でした。あまりのことに家の人は、神子さまに、ご祈祷を頼んでお宣託を聞きました。
 お宣託は、
「山中で出遭った顔の赤い人は、山の神だったのです。
山の神は<木調べ>のために山中を歩いておられたのです。人間に見られてはならない姿を見られて、山の神もおどろかれたのでしょう。亥之松さんの病は、40日間病床に臥せば恢ります」
と、告げました。
 そのご、ほんとうに亥之松さんは40日間でもと通りの健康体にもどって、そのあと長生きをして生涯を終えました。

<山男にさらわれた娘>
・田野畑村田代の南という家に、名をハツエと呼ぶ美しい娘がおりました。ある日、ハツエは、手籠を持って春菜を摘みに出かけたまま、突然、姿を消しました。
 家族はもちろんのこと、村中が総出となって探しましたが、ついにハツエを見付ける「ことはできませんでした。ところが、その日から十数年たったある日、村のまたぎ(狩人)が山中でハツエを見ました。

 ハツエは、ごつごつとした岩の上に座って、長い髪を櫛でとかしていました。またぎはおどろいて、「ハツエではないか」と、声を掛けました。

 ハツエもまたぎを見ると、おどろいた様子で、なつかしそうに涙をはらはらと流しました。やがて、
「あの日、山男にさらわれて山女になった。あのころのハツエではない。今は山女なれば、おいらに出会ったことをだれにもしゃべるな。もし、しゃべったら、われの命は無いと思え」
 こう言うと、さいごは恐ろしい形相となって威しつけました
またぎは、
「だれにも一切しゃべらない」
と、約束をしました。ハツエは、
「約束を破れば、3年のうちにお前は死ぬぞ」と、更に威しました。
またぎは秘密を抱えて山を下りましたが、心の中は平らではありませんでした。だんだん体の調子まで悪くなるようでした。こらえかねたまたぎは、ついにある日、ハツエと出会った一部始終を、村のだれかに話しました。
 またぎはだんだんやつれてきて、青白くなって死にました。山女に出会って3年以内のことでした。

<人身御供とヒヒ>
・遠い昔のことです。小本海岸の波鼓が舞のあたりに巨大な松の古木があって、その枝に強そうなヒヒ(マントヒヒの異称)が腰掛けていました。そこは浜通りとして人びとの往来するところでした。
ところが、よく人隠しがあって、突然、人が見えなくなってしまう騒ぎがありました。
「なんでもあのヒヒが人を食うらしい」と、人びとは恐れました。
 村人たちは相談の結果、若い娘を人身御供にヒヒに差し出して、ご祈祷をすることになりました。
若い娘は毎年一人ずつ、裸にされてヒヒに供えられました。のちにその娘たちの魂を鎮めるために「人殺神社」が建立されましたが。明治以前に廃社になったということです。

<天狗山から鼓の音>
・小川の国境峠に天狗山があります。海抜654メートル。昔から天狗の隠れ住む山と伝えてきました。
今でも国境集落の人びとは、
「トン、トン、トン、トン」
と、天狗山から鳴り出す鼓の音を聞いています。
 やがて鼓の音は、集落を囲んで立つ峰から峰をわたり歩いて、
「トン、トン、トン、トン」
と、鼓の音を聞かせるといいます。
 鼓の音は、四季も時刻も関わりがなく、いつ、どうともなく聞こえ出すようだと、国境の人びとは気付きました。
「きっと、天狗様は、ご自分の所在を知らせたくて、鼓を打つのだろう」と言い合って、鼓の音を聞くと、どんな仕事をしていても手を休めて戸外に集まり、天狗山を眺めるということです。

<天狗に殺された12人の神楽団体>
・天狗森は、猿沢の奥にあって、昔は天狗が隠れ棲んでいた深い森でした。近くの与一屋敷では、あるとき神楽宿をしたのですが、朝には、12人の神楽団体全員が死んでいました。与一屋敷の人は全員無事でしたが、この一大事に気付きませんでした。

・その夜、真夜中の与一屋敷に天狗が舞いおりて、神楽衆の一人ひとりの口に息を吹き込んで殺したのでした。人間は天狗に息を吹き込まれると、即、死ぬといいます。その方法は、天狗は鼻が高いので、人間の頬に頬を近寄せて息を吹き込むと伝えていました。
 猿沢の武田博さん(昭和4年生)は、少年時代に与一屋敷跡に行ってみました。そのときの与一屋敷跡には、土台石や腐った建築材が見えたので、そんなに遠い出来事ではないと思ったそうです。

<ツチグモと呼ばれた種族>
・遠い昔、この地方をはじめて開拓したころ、われわれと別にアイヌとツチグモがいました。アイヌは狩猟をして山で暮らしていましたが、ツチグモは極端に小さい体で、山野に穴を掘ってその中に隠れ住んでいました。
 穴の入口に木の葉や草を被せていましたが、とても獰猛でアイヌや村人が通ると、いきなり襲って穴の中に引きずり込んで、猟物や食料を奪い、衣類を剥ぎ取りました。ツチグモはとても怖かったということです。
結局、ツチグモは絶滅したのですが、ツチグモを退治したのはアイヌでした。



『プレアデス星訪問記』 
上平剛史  たま出版   2009/3



<宇宙太子との再会>
・それは、私が故郷である岩手県に住んでいた16歳のときのことである。

<葉巻型巨大宇宙船へ>
・「葉巻型母船は長さ4キロメートル以上で、太さは一番太いところで、直径7、8百メートル以上あります」

・「この母船はひとつの都市機能を持っており、ありとあらゆるものが備わっています。生き物のような船であると言っても過言ではないでしょう」

・なんと、これでも中規模程度の母船らしい。10キロメートル、20キロメートル、さらにそれ以上の大きさの地球人類には想像もできないほどの巨大な母船も存在するという。この母船では縦横およそ50メートルおきに道路が設けられ、階層は最も厚いところで40~50層になっているそうである。母船の中に公園や山河まであるらしい。この母船で生まれ育ち、一生を過ごす者もいるそうである。

・宇宙人にはそれぞれ母星があるが、母船には母星の都市機能が備わっており、母星の社会がそのまま存在している。母船の惑星としての役目を果たすため母船が故郷となる者もいて、そういった者は、ある意味で、母星で暮らしている人間よりも精神的に進化しているらしい。

・「この母船には我々プレアデス星人だけでなく、様々な星人が協力のために同乗しています。地球人類がグレイと呼んでいる宇宙人もいます。もっともグレイは我々が遺伝子工学、バイオ化学、宇宙科学を駆使して造ったロボットでしたが、今では宇宙や特定の星の調査など、さまざまな分野で活躍しています。他にも爬虫類、鳥類、魚類、昆虫、植物などの生態から進化した人間もいます」

・「この母船は、最大収容能力は5千人ですが、現在は4千人くらいでしょう。ただ、乗せるだけならば、1万人は乗せられるでしょうが、常時生活して長く滞在するとなると5千人が限度です。食料やその他の問題がありますからね。この母船には、ここで生まれた子供たちを教育する係もちゃんといるのですよ。子供達が大きくなれば、母星の学校や他の進んだ星へ留学する場合もあります」

・UFO研究家で有名な韮澤潤一郎氏も「微に入り細に入る教訓的宇宙オデッセイであり、近頃には珍しい詳細な本物の体験記であると思う」と記している。

・だれしも、ある時夢での宇宙をさまよったこともあるのだろうが、本書によって、しばし宇宙旅行を楽しまれることをおすすめする。



『遠野物語事典』 
(石井正巳) (岩田書院)2003/7



<山の神>
・背丈は「丈高き」「背高く」。顔色は、「顔は非常に赤く」「顔は赤く」「顔はすてきに赤く」「面朱のような」とある。眼の光は、「眼は輝き」「眼の光かがやける」背が高く、顔が赤く、眼が輝くという点でパターン化している。


「山男」
・遠野郷の民家の子女にさらわれる者が多く、特に女に多いという。「女は、恐ろしい人にさらわれたが、その人は、背が高く、眼の色は凄く。生んだ子供を持ち去ってしまうものの、仲間と連れ立って食物を持って来てくれるという」。「山里で髪の長い美しい女を撃つ」証拠として、黒髪を持ってきたが途中で眠くなり、背丈の高い男が取り返して立ち去ったと見ると眼が覚める。その男は山男だろうという。

「山女」
・「山女は、ぼろぼろの着物を着ているが、色白で長身、長い黒髪を持ち、あでやかである。幼児のいる母親でもある。飛ぶように走ったり、記憶をなくさせたりする特異な力を持つが、銃弾には倒れる。人恋しいかのように里人の前に現れるが、その特異な力や叫び声、大きな笑い声のため、里人にとっては、非常に恐ろしく、恐怖で病死する者もいる。
山女が現れる場所は、遠野地方の東にある六角牛山。白望(白見)山などの山中である。六角牛山は、女神が住んだと信じられた遠野三山の一つである。



『日本人はなぜ狐を信仰するのか』
松村潔     講談社   2006/2/20



<日本中にいる稲荷狐>
・稲荷神社は、日本全国で十数万社あるとされる神社の中で、そのおよそ3分の1を占めると言われているから、膨大なシェアである。無格社さらに個人的に設置された屋内の社などもいれると、国内で一千万を超えているという話もある。江戸時代の「伊勢屋、稲荷に犬の糞」ということばは稲荷神社があまりにも多いことを示したものだが、いまでも各家庭に稲荷神社が残っている地方もある。誰でも身近なところを歩くと、必ず稲荷神社を見つけることができる。有名な稲荷神社の門前には稲荷神社を作るための大小さまざまのキットを販売している店が必ずあるので、予算と好みにあわせて、家内に稲荷神社を作ることもできる。稲荷の勧請は許可が不要なのが特徴でもあるので、今日からでも稲荷神社を設営できるのである。

<子どもの頃見た狐の嫁入り>
<狐の姿をまねる>
・昔から西欧人は、日本人の稲荷に対する姿勢に違和感を抱くようだ。キリスト教国からきた外国人たちには、キツネを尊敬したり“崇拝”したりできるなどと考えることを、頑として拒絶することである。彼らにとって、宗教という言葉は、唯一の、人間の形を具有した神の崇拝にしか、あてはめることができない。それは、キリスト教の全能的支配によって“原始的”と言われるあらゆる形の自然力崇拝が、ほとんど完全に滅ぼされてしまったからである。

<母と狐は一体化したもの>
・狐はたいてい女性的。この中でとくに有名なものの一つが、陰陽師の安倍晴明の母狐であったという話である。

・英雄的な人物の母は異界の存在という神話の類型がここに生きているのだが、この話が長く残る背景として、日本人にとっての普遍的な母は、現世には存在せず、自然界の背後に深く埋もれているという構造になっていることがあげられる。倫理学者の菅野覚明は、しのだづまのような「他界妻」のモチーフが日本の民族文学の基本主題をなしているという折口信夫説に付け加える形で、日本人の心の構造には日本神話の伊邪那岐(イザナギ)・伊邪那美(イザナミ)の物語の元型が根づいていることを強調する。

<動物は母なる自然からの使者>
・安倍晴明の母、葛の葉狐と、日本人全員の母イザナミが重ねられて、イザナミに会いたいと毎日泣いているスサノオと、母に会いたいと泣く幼少の安倍晴明がそのまま同一の構造で語られることになるのだが、こうした日本古来の集団的な精神構造は、当然日本人全員に訴えかけるものがある。狐はこうした日本の集団的な心の構造にすでに組み込まれた特別な意義を持つ記号であると考えられる。

<イザナギとオルフェウスの類似性>
・弓月君に引き連れられた秦氏が、新羅経由で日本に大量移民をしたという経緯もある。秦氏と行動範囲が近く、シルクロードを縦横に移動していたソグド人の絨毯も広隆寺に残されている。ギリシャ・ローマの神話が持ち込まれ、そのまま日本に伝わっても不思議ではない。

<秦氏とは何者か>
・秦氏は、巨丹(新疆ウイグル自治区ホータン)の生まれであると言われる弓月君が引き連れて3世紀に日本に渡来した氏族集団である。

・1県を1千人として、総計12万人という膨大な人数が、日本側の援助もあって、3年間かけてやっと渡航し、はじめは九州北部に至った後、全国に広がっていったと伝えられる。大規模な移動だったので、歴史的にも資料はかなり残っており、とくに九州北部の宇佐地区や、京都の山城地方に多く関係資料が残されている。
 秦氏はさまざまな技術をもたらしたと言われている。たとえば九州北部・近畿の銅山と関係していると見られていることから、新羅系統の青銅技術、養蚕とセットになった絹織物の生産技術、芸術・算術・建築などである。

・全国の神社総数十数万社のうち、秦氏の神を祀る神社は八幡系4万社、稲荷系4万社、松尾、出石等その他加えて9万社。つまりは日本の神社とその信仰は大多数を秦氏が作ったと考えてもいい面がある。とくに京都の松尾大社は秦氏の氏社である。

<秦氏と稲荷の関係>
・肥後和男は、農耕民族の神である稲荷を秦氏が商売用のトレードマークとして利用したのではないかと述べている。たとえば、今日でも、動物のシルエットを企業のマークにしているものは多数ある。

<なぜサルタヒコは醜いのか>
・稲荷大明神は、荷田氏の御神体である竜頭太やサルタヒコなどの混合であるが、歴史的に後でとってつけたようにサルタヒコを入れたことにその根拠を疑う人もいる。

・サルタヒコは現実に想像しにくい風体をしている。容貌は魁偉で鼻の長さは七咫。長い口髭をはやし、目は八咫の鏡のように爛々と輝き、身長七尺余の神通力のある神様である。咫というのは上代の長さの単位で、手のひらの下の端から中指の先端までの長さを言うのだから異様に大きい。一方竜頭太も、竜のような顔をして頭上に灯りを持つというから、これもなかなか想像のつきにくい姿をしている。

<辻の神様>
・辻の神様と言われているサルタヒコは、道ばたの地蔵菩薩とよく結び付けられる。ギリシャでは旅人の道案内の神様、あるいは越境の神はヘルメスである。商人merchantという言葉は、ヘルメスのラテン名メルクリウス(マーキュリー)からきていて、惑星の水星の作用とも結びつけられるが、ヘルメスはエジプトでは猿神のトートであった。サルタヒコ、猿丸、猿女など、この越境あるいは物質的、精神的両面での道案内的な役割の存在に、猿のイメージを使うというのは日本だけではないということである。ヘルメスの支配する商業というものも、基本的にはそれぞれの地域、あるいは専門分野を越境し、価値の置き換えをする流通産業をあらわしているので、秦氏が積極的に発展させていった。伏見稲荷の商売繁盛というテーマは、辻の神様としてのサルタヒコとかなり親和性が高いということも気にとめておきたい。

<管狐>
・土地神様のお使いとしての狐と関わるのにどういうことが行なわれていたのか。もちろんいまでも多くの人が行っているお供えを置くという方法もある。しかしこんなおとなしい手段でなく、もっと積極的に関わる方法として、わざと狐憑きになるという風習が長く続いた。また狐を使役するという考えも存在していたようだ。比較的よく知られているものに「管狐」というものがある。

・管狐は、毛皮を脱いで人の腹の中に住むと言われている。管狐に腹の中へ侵入された人は、腹の中から声が聞こえる。また腹に入った管狐は宿主が病になり死にかけると、腹を食い破って、次の宿主を見つけ出す。まさに映画の『エイリアン』そのものだ。
 ハワイの伝統宗教フナを参考にして現代版にリニューアルされた技法では、低自我は腹にいるので、それにジョージなどという名前をつけてコミュニケーションするというワークショップをしていたようだが、管狐が低自我なのか、あるいは低自我に、ブースターとして取り憑いた装置が管狐なのかはよくわからない。

・イギリスなどでは腹がすいたという時に、ブラックエンジェルが騒いでいると言い、胃あるいは腹はブラックエンジェルという象徴があてはめられている。

<霊狐>
・大正時代に活躍した心霊家、西村大観は、たいていの狐憑きは迷信であり、心霊的な「幻映」のあらわれに過ぎないというが、それでも霊狐そのものは存在すると主張している。霊狐というのは、実在の動物の狐とは違い、文字通り心霊的な狐であり、神様の代理として、人の夢の中にあらわれたりする。霊狐は管狐のように生々しい現世的な欲望を刺激するものではなく、伏見稲荷大社の狐のように知恵を授けたりするし、そもそもそのふさふさした尻尾が宝珠とみなされてもいた。

・管狐は、地域によってイヅナとも言う。長野県の飯綱山が発生地だからである。飯綱というと、「飯綱の法」という呪術などを思い浮かべる人もいるのかもしれない。というのも戦国武将の上杉謙信や武田信玄などは飯綱信仰で有名だからだ。

室町以降の文献には、いくつもの猩々の記事があげられるが、特に能の曲中には、多くの猩々の登場が認められるのである。(2)



<猩々ヶ池>
・昔、八幡の町(宮城県多賀城市)は、「上千軒、下千軒」と呼ばれ、大いに繁盛していたが、そのころのことである。
 一軒の酒屋があり、こさじという下女がいた。この酒屋へ顔が赤く、全身に毛が生えた猩々(しょうじょう)が来て、酒を飲ませよと仕草をし、酒を出すと飲みほし、盃に血を遺して立ち去った。
 猩々の血は高価なものであった(または、遺した血が銭になった)。強欲な酒屋の主は猩々を殺して血を採り、大金を得ようとした。
 それを知ったこさじは猩々を憐れみ、次に訪れたときそのことを告げた。猩々はそれでも酒が欲しい、もし殺されたら三日もたたないうちに津波がおしよせるから、そのときは末の松山に登って難を避けよという。
 猩々が酒屋を訪れると、主夫婦は大酒をすすめ、酔いつぶれた猩々を殺し、全身の血を抜き採り、屍を町の東にある池の中に投げ棄てた。
 その翌日、空は黒雲に覆われてただならぬ様子になったので、こさじは猩々が語ったことに従い、末の松山に登って難を避けた。
 この津波で繁盛していた八幡の町は、家も人もすべて流されてしまった。猩々の屍を捨てた池はのち「猩々ヶ池」と呼ばれるようになった。
※猩々 海から出てくる妖怪。酒好きで、能、歌舞伎に出てくる。
(宮城県)   



『全国妖怪事典』
千葉幹夫 編集     講談社  2014/12/11



<青森県>
・(アカテコ) 道の怪。八戸町。小学校前のサイカチの古木から赤い小児の手のようなものが下がった。この木の下に17、8歳の美しい娘が振り袖姿で立つことがあり、この娘を見た者は熱病にかかるという。

・(カッパ) 水の怪。河童。五所川原では、人の命を取るというので八幡社に祀っている。藤崎では、河童には踵がないのでそれを粘土で補って子供を誘う。だから薄闇で見知らぬ人に声をかけられたら踵をたしかめよといましめる。

・(カワオンナ) 道の怪。河女。土堤に現れ、美女となって男に話しかける。ほかの人にはこの河女は見えない。

・(カワタロウ) 水の怪。河童。岩木川で腕を切られた河太郎は、5歳ばかりの童子で、髪をおどろに被っていた。腕は4、5歳の小児のようで、指は4本、根元に水掻きを持ち、爪は鋭く、肌は銭苔のような斑紋があり、色は淡青く黒みを帯びていた。

・(ザシキワラシ) 家にいる怪。旧家にいる一種の精霊。ザシキボッコ、クラワラシ、クラボッコ、コメツキワラシ、ウスツキコ、ホソデ、ナガテなどともよばれる。赤顔、垂髪の小童で旧家の奥座敷などにいる。これがいる家は繁盛するが、いなくなると衰亡する。ザシキワラシのいる家の座敷に寝ると枕返しをされたり押さえつけられたりするが、人を害することはない。野辺地町の富者の家運が傾きかけたある夜、ザシキワラシが奥座敷で帳面を調べていたという。

・(ニンギョ) 海の怪。津軽の海に流れついた。唐紅の鶏冠があり、顔は美女の如く、四足は瑠璃をのべたようで鱗は金色に光り香り深く、声はヒバリ笛のように静かな音だった。

・(メドチ) 水の怪。河童のこと。十和田―猿のような顔で身体が黒く、髪をさらっと被った10歳くらいの子供という。女の子に化けて水中に誘う。人間に子を生ませる。紫色の尻を好む、相撲が好きだが腕を下に引くと抜ける。

・しかし一旦見込まれると逃れられず、友達や親戚に化けてきて必ず川に連れ込む。生まれつきの運命だという。津軽藩若党町の子が川で溺れた。水を吐かせようと手を尽くすと、腹のうちがグウグウとなり、たちまち肛門から長さ1尺6、7寸で体が平たく頭の大きなものが走り出て四辺をはね回った。打ち殺そうとしたが、川に飛び込まれた。

・(ヤマオンナ) 山の怪。山女。南津軽郡井筒村。農夫が羽州田代嶽で会った。丈6尺、肌が非常に白く裸体で、滝壺の傍らに座って長い髪を水中に浸して梳っていた。

<岩手県>
・(アンモ) 家にくる怪。北上山系。姿を見た者はいないが、正月15日の月夜の晩に太平洋から飛んでくる。

・(オクナイサマ) 家にいる怪。上閉伊郡土淵村。14、5歳の子供姿で、近所が火事のとき火を消してまわったという。

・(カッパ) 水の怪。河童。真っ赤な顔で、足跡は猿に似ており、長さ3寸、親指が離れている。松崎村で二代にわたり河童の子を産んだ家があり、子は醜怪な形だった。栗橋村橋野の大家には駒引きに失敗した河童の詫び証文がある。岩手県紫波郡煙山村赤林でも河童の子を産んだ女がいた。女は産屋に誰も入れなかったが、中からクシャクシャと小声の話が聞こえたという。

・宮古に伝わる証文は筆でぬりたくってあるだけで、とても文字のように見えない。栗橋村栗林には、駒引きに失敗した河童が左の腕を噛み切って指で書いた詫び証文がある。この河童は、川から上がって許された家に入りザシキワラシになった。主家思いであったという。詫び証文は釜石にもある。下閉伊郡田野畑村の証文には「又千、又千」とあった。
 紫尻を好むという。上閉伊郡宮守村では、駒引きに失敗した河童が喉のはれをひかせる薬の調合を教えた。上閉伊郡大槌村赤浜でも河童はザシキワラシであるように信じている。嬰児のようで赤く、ジイジイジイと鳴く。相撲を好み、子供と相撲をとった。陸前高田市横田では河童は直接骨接ぎをするといい伝える。
 
・(カブキレワラシ) 木の怪。土淵村。マダの木に住み、時に童形になって座敷に忍び込み、家の娘に悪戯をする。また胡桃の木の三又で遊ぶ赤い顔がこれだという。

・(カワタロウ) 水の怪。川太郎。下太田村。日ごろ子供と遊んでいた。親には決して語るなと戒めていたが、ある子が禁をやぶり、村の若者が鎌を持ってさんざんに追い回した。翌朝、川太郎は子供らに、もう一度非道をすれば北上川はじめ処々の川から、仲間を数百集めて報復するといった。一説にはこの家の姫に夜な夜な通ったともいう。

・(ザシキワラシ) 家にいる怪。座敷童子。童女だともいう。上閉伊郡――布団を渡り、頭にまたがる。釜石・遠野――笛太鼓で囃しながら来る。枕返しをする。赤い友禅を着た17、9歳の娘であるという。土淵村――赤い頭巾を被った赤顔で、足音は3、4歳くらいの子供のもの。土淵村栃内――神檀の前に掛けてあった鐘を家人の留守中ガンガン叩いた。土淵村田尻――夜半、懐に入ってくすぐり、たまらず起きて襟を合わせると、今度は袖口から手をいれてくすぐった。土淵村本宿――運動場に見知らぬ子供が一人おり、体操の時などどうしても一つ余計な番号が出た。尋常小学校1年生にしか見えなかった。

・江刺村――ザシキワラシのなかでも最も色白く綺麗なものをチョウピラコという。附馬牛村――土蔵の中で終夜、喧嘩でもしているような荒びた音がして、翌朝、極めて美しい一人の子供が死んでいた。3、4歳くらいで顔が透き通るように白かった。隣家のザシキワラシと喧嘩して殺されたとか、ザシキワラシの夫婦の喧嘩だとかいった。

・(カラコワラシ) 家にいる怪。夜の子の刻になると、座敷の床の間から黒い半衣物を着て現れ、杓を持って水をくだされといった。ザシキワラシの一種。

・(サルノフッタチ) 動物の怪。猿の経立。人によく似る。女色を好み里の婦人を盗み去ることが多い。

・(ショウジョウ) 動物の怪。猩々。人面獣身で人語を解し酒色を愛すという。

・(チョーメンコ) 山の怪。和賀川がつくる深い渓谷に住む。姿形は不明だが、夕暮れ時、遊びほうけているワラシたちがいると必ず出てくる。

・(テング) 山の怪。天狗。早池峯山。木の実ばかり食っていたが、穀物を食いたくなったといって、遠野の万吉という湯治場で会った男を尋ねてきた。一日に一羽、鳥を捕えて焼いて食ったという。

・(ノリコシ) 道の怪。遠野地方。影法師のようなもので、最初は小さい坊主頭で現れるが、はっきりしないのでよく見ようとすると、そのたびにメキメキと大きくなる。

・(マヨイガ) 山の怪。迷い家。遠野地方で山の中にあるという不思議な家。この家に行き当たった人は必ず家の中の什器、家畜などなんでも持ってこなければいけない。それはその人に授けるために、その家を見せたのだからという。

・(ヤマオンナ) 山の怪。山女。栃内村和野の猟師が、背が高く髪がそれよりも長い女を鉄砲で撃った。のちの証拠にと髪を切り取って下山したが、途中ひどい眠気に襲われた。夢うつつに丈の高い男が現れて懐中からその髪を取り去った。

<沖縄県>
・(アカガンター) 家にいる怪。赤い髪で赤ん坊のようなもの。古い家の広間に出て、枕返しをし、押さえつける。

・(アカマター) 動物の怪。斑蛇。中頭郡西原村我謝、名護町、那覇泉崎、羽地村田井等、多くの所で聞く。美青年に化けて女を誘惑し、命を取ったり多数の子を一度に生ませたりした。アカマターは尾で文字を書くが、この字は人を惑わすという。羽地村仲尾次では蛇婿に類似した話を伝える。

・(アカングワーマジムン) 赤ん坊の死霊。四つん這いになって人の股間をくぐろうとする。これに股間を潜られた人はマブイ(魂)を取られて死んでしまう。

・(アフイラーマジムン) 動物の怪。家鴨の変化。ある農夫が野中、道でしきりに股をくぐろうとすると怪しい家鴨にあった。くぐられては大変だと石をぶつけるとたくさんのジンジン(蛍)になって農夫の周りを飛び回ったが、鶏の声とともに消え去った。

・(イネンビ) 火の怪。遺念火。沖縄では亡霊を遺念といい、遺念火の話は多い。たいていは定まった土地に結びつき、そう遠くへは飛んでいかない。

・(ウシマジムン) 動物の怪。牛の変化。真っ黒い牛のように大きいマジムンで、牛が往々連れ立って出る。

・(ウヮーグヮーマジムン) 動物の怪。豚の変化。豚の形をして現れ、しきりに人の股をくぐろうとする。くぐられるとマブイ(魂)を取られて死ぬ。

・(カイギョ) 動物の怪。怪魚。美里間切古謝村。塩焚きが、海に浮かんだ一尾の魚を捕らえて帰ると、笊の中から「一波寄せるか、二波寄せるか、三波寄せるか」と微かな声がした。

・(カムロ) 道の怪。那覇と与那原の間にある一日橋。よく踊りの音がする。近づいて引きこまれることがある。これは「マ」の仕業という。

・(カワカムロウ) 水の怪。以前はよく池などで人を引き入れた。

・(キジムン) 木に宿る怪。水の怪。古木を住処としている。ガジュマル、アコウなどの木が歳経るとキジムンになるという。海の魚を捕るのが上手だが、左または左右の目のみ抜き取って食うだけだから、これと親しくなると魚運に恵まれる。屁がなによりも嫌いという。セーマ、
セーマグ、ブナガイ、ブナガー、ミチバタ、ハンダンミーなどともいう。各地とも形はほぼ一定で、髪が長く身体は全部毛で被われている。ところによっては赤ん坊の大きさで、毛髪は赤いともいい、また底辺大きな真っ黒いモノで睾丸が大きいともいう。蛸が嫌いで、古木から生じるから古木の股に釘を打ち込めばよいという。水面を駆けることが巧みで、人を連れたままでも水面に立てるという。よく火を出す。旧暦の8月10日は妖怪日といい、この日にキジムナー火を見ようという人が多い。キジムンの火は色が違う。時々海上を渡ってくる。とても速い。側に来ても声をかえない。かけると霊魂(マブイ)を取られる。

・山で出会い、谷川の石を動かしているのを見ると、怒ってマブイを取る。国頭村の山小屋に来た。追い払うと悪さをするので、生竹をそっとくべて、爆ぜる音を聞かせると驚いて逃げた。キジムンのいる家は富み、よそへ越すと衰える。枕返しに遭った、寝ていて押さえつけられたという話は多い。大宜見村ではブナガヤアという。ぶながるは髪をふり乱す意味で、腋あたりまで垂らした様をいう。人語を聞きわけられる。怪力で、これを利用して成り上がった者がいる。のち、離れようと蛸(ぢやさめ=手八つ)を柱に掛けておいたら、二度とこなかった。木のうろにいる。うっかりとその木を伐ると、酷い目に遭わされる。つきまとって、いつまでも悪さをする。髪は総角で、山で人間の炊いた火に当たりに来る。追い払うには青竹を燃やして爆音を出すに限る。本土の火取魔のように提灯の火を取って逃げる。これを防ぐには出かける前に提灯を跨いでおけばよい。夜にうなされるのはキジムナーが戸の隙穴から入って押さえるためである。これを防ぐにはススキのサン(輪結び)を胸に載せておくとよい。

・羽地村源地の老婆が、川端の老木の上で、枝を枕に睾丸の大きな子供が寝ているのを見た。老婆が竹竿で睾丸をつつくと子供は飛び上がってどこかへ消えた。老婆はその夜、床につくやいなや先の子供に襲われて身動きできず、終夜苦しめられた。大宜味村喜如嘉の某家に毎年旧暦の8月8日に来て、豚小屋の豚を綱で縊り、火で所構わず焼いたという。屋敷にあるヒンギの老大木にキジムナーが住み、その家の翁と親しくなって、魚取りに誘って翁を裕福にしていたが、毎晩なので翁のほうがつらくなって木に火をつけると、キジムナーは他家に移り、その家は潰れた。同じようにキジムナーと関係を絶とうとして嫌いなものを聞き出し、門口に蛸を吊るし、蓑を着て鶏の真似をして追い出したが、3日後に死んだ翁の話なども伝えている。

・(キーヌシー) 木の精。大木に宿る。キジムナー(キジムン)と違い、木から飛び出すことはない。

・(ギルマナア) 家に来る怪。体が赤く身長1尺くらい。木の腐ったうろの下におり、夜になると人を押さえに来る。

・(ザン) 動物の怪。人魚。夜遅く波をわたって海の上から美しい女の声が聞こえてきた。翌日、この声の主を確かめようと3人の若者が船を出した。網にかかったのは半人半魚の生き物。

・(シイノキノセイ) 木の変化。椎の木の精。椎の木は必ずスジヤ(人間)を守ってくれるという。大宜味村喜如嘉で椎の実を拾いに山へ入り、道に迷った少女が夜中に、緑の衣装を着て踊る大勢のものに会った。このとき大きな猪に襲われたが、白い髭をはやした翁に抱き上げられて救われた。翌朝、目が覚めると椎の木の大木の下におり、実が枝もたわわに実っていた。

・(シチ) 山の怪。真っ黒で山路を歩くと立ち塞がって人の邪魔をする。

・(ジュリワーマジムン) ズリ(遊女)の化け物。沖縄各地で最も有名な化け物の一つ。

・(タチッシュ) 山の怪。山原地方。夕方、山から杖をついて下りてきて、子供をさらっていく。非常に力が強くて、村の若者でもこれと相撲をとって勝てる者はいない。

・(タマガイ) 火の怪。子供が生まれるときはタマガイといって、火の玉が上がるという。

・(チーウノヤ) 童墓(ワラビバカ)にいる霊怪。極めて優しい顔の女で、黒髪を長く洗髪したように垂らし、乳が特別に大きいものという。

・(ツボノマジムン) 器物の怪。壺の変化。山羊に化けて、通る人を悩ませ、数えきれないほど人の命を取った。

・(トウィマジムン) 動物の怪。鳥の変化。鶏のマジムン。家畜のマジムンの現れ方は人の前をさっと横切るのだという。

・(トジマチャービー) 火の怪。最初に一つ、提灯大の火玉が現れ、他方からもう一つの火玉が来て二つに合わさってユラユラと立ち上がって消え、また現れる。

・(ナカニシ) 人の姓。仲西。晩方、那覇と泊の間にある塩田温泉の塩田温泉の潮渡橋付近で「仲西ヘーイ」と呼ぶと出てくる。

・(ナビケーマジムン)器物の怪。鍋笥(杓子)の変化。為すところはミシゲーマジムンに似る。

・(ネコノカイ) 動物の怪。猫の怪。猫はマジムンにはならないが、13年経つと化けて人を害するという。

・(ハーメーマジムン) 老婆の怪をいう。

・(ヒチマジブン) 海の怪。国頭地方でいう。単にヒチともいい、夜道に筵を持っていくとヒチに連れられる、夜、櫛を挿していくとヒチに惑わされるなどといった。

・(ヒツギノマジムン) 器物の怪。棺の変化。今帰仁村で美しい女に化けて青年を誘惑した。

・(フイーダマ) 火の怪。火玉。鬼火、人魂の類。

・(ブナガ) 木に宿る怪。本島で木に宿る怪をいう。国頭地方でいうキジムンと似たモノ。

・(マー) 形は漠然としているが、牛の鳴き声をするという怪。

・(マジムン) 魔の物。ユーリーは背が高く顔だけが真っ赤で、木にぶらさがっていて、足のないのを見た人がいる。また、歩くのに足音も足跡もないという人もいる。

・(マズムヌ) 宮古島でいう化け物。人の死霊もあれば動物の怪もある。

・(ミシゲーマジムン) 器物の怪。古い食器が化けたもの。

・(ミミチリボージ) 耳切坊主。大村御殿に誅された琉球伝説中の怪僧、黒金座主の化けたものと伝える。

・(ムヌ) 形は漠然としている。妖怪をヤナムヌ(嫌なもの)ともいう。

・(モノマヨイ) 物迷い。夕方に子供をさらっていく怪。

・(ヤギノマジムン)  動物の怪。山羊の変化。

・(ユナバルヤージー) 男性の怪物という。

・(ユナーメー) 髪の毛のぼうぼう生えた妖怪。

・(ワーウー) 面相の恐ろしい怪。

<石川県>
・(アオオニ) 家の怪。青鬼。金沢。加賀中納言死去のとき、加賀越中能登の武士が残らず詰めかけている広間を、夕方、背丈二丈ばかりの青鬼が奥から出て玄関の門を出ていった。三国の武士はあっとばかり見送るだけであったという。

・(イマノヒト) 山の怪。能登島で天狗をいう。オオシトとも。今のは「例の」の意。

・(オシロイババ)道の怪。白粉婆。能登。雪の夜に酒を買いにいく。

・(ガメ)水の怪。河童のこと。能美郡中海村遊泉寺――ある老人が堰淵のそばで立っていると水中から出て、この中に入ってごらん、いい気持ちだからと誘った。断るとガメも諦めて淵の中に飛びこんだ。

・(マクラガエシ) 家にいる怪。枕返し。ある家の座敷に寝ると、隣室に引き出されてしまうという。



『「伝説」はなぜ生まれたか』
小松和彦   角川学芸出版    2013/3/23



<「生贄」と「異人」、身代わりの論理>
<二つの生贄祭祀>
・ところで、右の事例は、村落共同体とその幻想的な異界(自然)との関係を描いたものである。村落の存亡は作物の出来・不出来であり、それを左右する天からの水を支配しているのは、天界の大蛇(龍神・水神)である。長い日照りが続いたために共同体が危機に瀕している。長者はこれを救うために天竺の大蛇のところまででかけ、「生贄」を求められることになる。

・水を支配する大蛇(異界)が「生贄」を好むならば、日照りが襲ってこないように、定期的に「生贄」を差し出そう。それを提供し続けることで作物の豊穣を確保できる――こうした思想に基づいて行われるようになったのが、「生贄」祭祀である。いいかえれば、これは異界との「富」の交換の物語ということができるだろう。しかも、この異界との交換は、両者ともに満足のゆく結果をもたらす限り、安定した関係といえるだろう。

・ところで、共同体の「長」が共同体内の誰かを生贄として差し出す祭祀を、共同体の外部(=異界)から訪れた者(=異人)が廃止するという説話も伝えられている。『今昔物語集』巻26の第7話と第8話は、その種の物語のなかでももっとも有名な話である。この話はまた、生贄の
祭祀の状況をリアルに描いている点でも興味深い。

・この二つの生贄話は、一見した限りでは、上述の事例と同様の話にみえる。しかし、まことに対照的な構造となっている。すなわち、一方は異界と共同体の間の直接的な交換であるのに対し、他方は、第3項としての「異人」が介在する物語だからである。しかも、二つの話の内容には微妙な差異も見出せる。第8の話は、村落共同体自体が共同体内部からの「生贄」の調達を厭いだし、共同体の外部の者(回国の僧)を「身代わり」に立てる方法で対処しようとしているのに対し、第7の話は、共同体の外部(東国)からやってきた者(猟師)が、「生贄」祭祀のことを耳にし、自分から進んで「身代わり」に立っているのである。

<身代わりに立てられた僧>
・まず、第8の方の話から検討してみよう。この話の概略は、次のようなものである。
 飛騨国の山中で道に迷った回国の僧が、たまたま出会った男に山里に案内され、郡殿(大領)の決定に従って、ある男の家で世話をしてもらうことになり、しかも一人娘を妻としてあてがわれる。8ヵ月ほど経った頃から、家の者が「男は肥えた方が良い」といってご馳走攻めにする。不審に思った僧が妻にわけを詰問すると、妻は「じつは、この郷の者が祀る猿神は、年に一度生贄を求める。この私が次の生贄になることになっていたが、その身代わりとしてあなたを出そうとしているのだ」と教える。

 祭礼の当日になり、村人たちは僧を裸にして俎(まないた)の上に載せ山中の祠の前に運び、神楽を奉納したあと、一人残らず郷に帰っていった。やがて猿神が現れるが、僧はこの猿神を捕縛し村に連れ帰る。そして人びとの前で、二度とこのようなことはしない、という約束をさせて追い払った。その後、この男はたくさんの人を使う「長者」となった。

・この話で興味深いのは、この村落の人びとが村落の外部に「身代わり」を探し求めていたのであって、その外部からやってきた僧は、自分が身代わりの生贄とされるためにもてなしを受けているのだということを知らなかった、ということである。僧の妻となった娘が事前に真相を明かさなければ、僧は生贄として猿神に差し出されて食べられていたのである。さらに推測すれば、この僧が猿神を退治するまで、たくさんの旅の者が身代わりの生贄として猿神に差し出されていたにちがいない。

・いま一つ留意したい点は、この僧は猿神を退治した後、この里に住み着いて「長者」になった、と語られていることである。この「長者」が「郡殿」(大領)をしのぐほどの存在、つまり「首長」であったかどうかはわからないが、共同体の「外部」からやってきた者が土地の女性と結婚してその「王」となるという、人類学で言う「外来王」的な性格をもっている。

<自ら身代わりに立った猟師>
・第7の話の概略を紹介しよう。

・美作国に中参・高野という神がいた。中参は猿、高野は蛇であった。土地の者は、毎年一度の祭りには人間の生贄を差し出すことが決まりになっていて、ある家の、年の頃16、7歳の美しい娘が次の年の生贄に指名された。たまたま東国からやってきた猟師がこの話を耳にし、娘を妻にくれるなら自分が娘に代わって生贄となろう、と申し出る。娘の命が助かるならばと、親は娘を人知れず男に娶らせる。男は飼っている猟犬から二匹を選び出して特別な訓練を行ない、刀をしっかり磨きあげた。

・やがて、祭りの当日がきた。「宮司」(神主もしくは祭司)を筆頭にたくさんの人がやってきて生贄を入れる長櫃を寝屋に差し込んだ。男がこの長櫃のなかに犬とともに入ると、親たちはそのなかに娘が入っているかのようなそぶりをしながら、一行に長櫃を差し出す。祭礼の行列が社に到着し、「祝」が祝詞を唱え、瑞垣の戸を開けて長櫃を差し入れたあと、その戸を閉じ、その外で宮司たちは並んで待機する。

・男が長櫃を少し開けて覗き見ると、丈七、八尺もあるかと思われる猿を中心にたくさんの猿が居並び、俎と刀も用意されていた。この大猿が長櫃を開けると同時に、男と犬がそこから飛び出し、大猿を捕えて俎の上にすえて刀を当て、頸を切って犬にやろうか、と迫った。このとき、一人の「宮司」に神(大猿の霊)が憑いて、「もう生贄を求めない、この男や娘の親にも復讐したりしない。だから助けてくれ」と助けを求めた。これを聞いた宮司たちが社のなかに入ってきて、「神様がこのように申されているのだから、どうか赦してください」と頼んだが、男が「この者と一緒に死ぬのだ」と少しも赦そうとしないでいると、「祝」(つまり大猿の霊)は言葉に窮し、誓いの言葉を何度も述べたので、赦してやると、猿は山に逃げ去る。家に戻った男は末永くその娘と夫婦となって暮らした。

<能登半島の猿鬼退治伝説>
<発掘された猿鬼伝説>
・ここで、その具体的な例として、第1章で詳細な検討を加えた能登半島の輪島市と能都町旧柳田村に伝わる「猿鬼退治」伝説を、「天皇」と「村落」との接続のプロセスを物語る事例として取り上げ直してみよう。
 繰り返しになるが、地元に伝わる「猿鬼伝記書」によって、この伝説の概略を改めて紹介しておこう。

・昔、当目(能登町旧柳田村)という集落に岩井戸という洞窟があって、そこに「猿鬼」と呼ばれる恐ろしい鬼の一党が潜んでいた。当目の村の家々は、次から次へと猿鬼に襲われ、この噂が神々の耳にも入り、日本中の神たちが「出雲の国」に集まって猿鬼退治を相談をし、能登での出来事は能登の神が解決すべきだということになり、気多大明神(大穴持命)と三井の女神の神杉姫という神に、猿鬼退治の命が下される。神軍が猿鬼一党を攻撃したが、猿鬼は不思議の術を使う化生の者なので、なかなか征伐することができないでいたが、神杉姫の策にはまって鬼たちが酒宴を開いていた隙を狙って急襲し、ついに猿鬼の首を切り落とす。
 その後、猿鬼の魂魄が祟りをなしたので、神杉姫が僧に身をやつしてやってきて、その魂魄を鎮めた。

<猿鬼を退治した神は誰か?>
 この猿鬼退治に関する記録が現れた最初は、安永六年(1777)の『能登名跡志』記載の記事である。この記録は、いわば現代の民俗学者や地誌学者が地方を訪問して、地元に伝わる文書や聞き取りから制作した地誌・民俗誌のたぐいである。それには、次のように記されている。

・この当目村方々へ散村になりて蓮華坊いふが往来也。千毒といふ川中に、岩井戸といふ不思議の洞あり。海辺より三四里の山奥なれども、汐のさしひきあり、烏賊など吹き出せしことあり。昔この洞に猿鬼といふもの住みて人を取る。これを大穴持命退治ありて、その霊を祭て今猿鬼の宮とてあり。案ずるにこれは狒々(ひひ)の類なるべし、そのほかこの猿鬼退治ありし時の旧跡色々あり。


室町以降の文献には、いくつもの猩々の記事があげられるが、特に能の曲中には、多くの猩々の登場が認められるのである。(1)


『災厄と信仰』
大島建彦 三弥井書店   2016/10/4



<福神としての猩々(しょうじょう)>  (当ブログ:本文修正)
・一般に七福神というと、恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、布袋、福禄寿、寿老人があてられているが、かならずしもそれらの諸神に限られるものではなかったようである。享保二年刊行の『増補合類大節用集』は、『書言字考節用集』として知られるものであるが、その第十三冊の「数量」の部には、
 七福神 辨財天。毘沙門天。大黒天。恵比酒。福禄壽。布袋和尚。猩々
という項目が収められている。そこで、『民族と歴史』の三巻一号における、喜田貞吉氏の「七福神の成立」では、
 彼の元禄十一年の日本七福神伝には、福禄寿・寿老人を合して南極老人一体とし、此の吉祥天を加へて、一福人の欠を補ふ方の選択によって居るのである
 につづけて、
 然るに同じ元禄の合類節用には、寿老人の代りに猩々を加へている。動物を福神とする事は、狐神・蛇神の例もあって敢て不思議でもない様ではあるけれども、それ等はいずれも稲荷神とか宇賀神とかに習合せられたもので、猩々の場合とはやや其の趣を異にしている。然るに特にここに動物其のままの猩々をしかも之に加えたのは、室町時代の俗信に基づいて、彼が人体を有し、福を人間に授けるものとして信ぜられた為であろうと論じられている。

・実際に、『日本伝説大系』の第八巻には、田中民子氏の「採集稿」によって、兵庫県南あわじ市沼島における、酒手畑の伝説が取りあげられて、
 猩猩ちゅうのは七福神の一つに数えられるん、沼島りゃったら、恵比須さんや大黒さんや弁天さんや福禄寿なんかといっしょに猩猩ちゅうのが入るんねんのう

という伝承が引かれている。さらに、『西郊民俗』の百八十一号における、山田厳子氏の「福神としての猩々――沼島の『酒手畑』伝承考――」にも、井津尾由二氏の談話が掲げられ、「七福神に猩々が入る」ことにふれられるのである。そのほかに、備後福山藩主の阿部家に伝えられた、刷物の宝船の絵にも、それらの七福神とともに、二童子と猩々のようなものが、描かれている。
 この猩々というものは、今日では東南アジアのオランウータンにあてられているが、本来は空想上の怪獣であって、きわめて古い時代から、さまざまな漢籍の中にあらわれてくる。
 すなわち、最古の字書にあたる『爾雅』の「釈獣」には、
  猩々小而好啼
としてあげられており、五経の一経に属する、『礼記』の「曲札」にも、
 猩々能言。不離禽獣
としるされている。

・それだけではなく、この猩々という獣の名は、思いのほかに早い時期から、日本の文献にもとりあげられている。すなわち、平安時代の『和名類聚抄』には、
 猩猩 爾雅註云、猩猩(音星、此間云象掌) 能言獣也。孫愐曰、獣身人面、好飲酒也
としるされ、また、室町時代の『下学集』にも、
 猩猩 人面、身以猿能言、古語云、猩猩能言不離走獣云。尤好酒屐者也
としるされるのであった。いずれにしても、室町以降の文献には、いくつもの猩々の記事があげられるが、特に能の曲中には、多くの猩々の登場が認められるのである。『帝塚山学術論集』の六号に掲げられた、王冬蘭氏の「『猩々』イメージの変遷――中国の怪獣から日本の霊獣へ――」には、現存の謡本などによって、二十七曲の猩々物があげられているが、それらの猩々物の中でも、現行の能の曲としては、五流の『猩々』のほかに、観世流の『大瓶猩々』があげられるにすぎない。それにもかかわらず、現行の『猩々』というのは、きわめて多くの機会に演じられて、猩々のイメージの固定化にあずかったものと思われる。

・そのような『猩々』という曲は、五番目の切能に属するが、祝言の風流能として演じられるものである。そのおおまかな筋書は、揚子の里の高風邪という孝子が、市で酒を売って富貴の身となったが、猩々と名のる酒好きな童子と約束して、潯陽の江のほとりで待っていると、月の出とともにその猩々があらわれて、酒を飲んで舞いたわむれ、汲めども尽きぬ酒壺をあたえたというものである。この『猩々』の重要な観点として、第一には、猩々が赤面に赤頭で、赤地の上着と袴をつけて、赤ずくめのすがたによそおい、このんで酒を飲むこと、第二には、猩々が潯陽の江という、水の中からあらわれること、第三には、猩々が汲めども尽きぬ酒壺という、福徳のシンボルを授けたことが注目されるであろう。そこで、それらの三つの要点が、民間の猩々の観念にも、そのままうけ継がれていったかということについて考えてみたい。

・そのような猩々に関する民俗としては、何よりも各地の祭礼や藝能などに、猩々をかたどったものがもちだされ、あるいは猩々に扮したものがあらわれることに注目しなければならない。ここには、日本全国の事例をあげつくすことはできないが、伊藤、小西両氏の論文では、愛知県内の祭礼を通じて、猩々のだしもののすくなくないことが示されており、その顕著な事例としては、津島市の津島神社の天王祭りで、朝祭りの車楽船の上に、能人形の猩々をのせることがあげられるであろう。また、名古屋市の東照宮の名古屋祭りでは、本町から猩々車を出し、半田市の神前神社の亀崎潮干祭りでは、中切組から力神車を出すというように、からくりの人形の猩々もすくなからず認めることができる。さらに、小西恒典氏の論文にまとめられたように、名古屋市南区からその周辺にわたって、三十余ヶ所の神社の祭礼には、張子の大人形の猩々が出てきて、おもに行列の先導の役をつとめるのである。

・そのほかの地域でも、同じような猩々の登場がみられるのであって、滋賀県下の祭礼の中には、大津市の天孫神社の曳山祭りに、南保町から猩々山を出し、長浜市の長浜八幡宮の曳山祭りでは、船町組から猩々丸を出すというように、いくつかの人形の猩々を認めることができる。さらに、西日本の事例としては、野津龍氏の『因幡の獅子舞研究』などに示されたように、鳥取県の因幡の各地には、麒麟獅子舞として知られる、二人立ちの獅子舞が伝えられており、その先頭には猩々が立って、朱塗りの棒をもって舞うことがおこなわれる。また、香川県の神楽や獅子舞にも、やはり猩々が出て舞うものが認められるのである。
 
・それに対して、東日本の方面においても、神奈川県横須賀市東浦賀町では、八雲神社の祭りのだしものに、猩々坊という大人形を台車にのせて、町内を引きまわしているのは注目される。さらに、東京都千代田区の神田神社の神田祭りでは、塗師町から猩々の山車を出しており、千葉県佐倉市の麻賀多神社の佐倉祭りでは、間之町から猩々の山車を出していて、まったく猩々のだしものがなかったとはいえないが、それほど多くの事例は思いうかばない。さらに、千葉雄市氏のご教示によると、宮城県登米市中田町浅水における、浅部の七福神舞には、翁、大黒、布袋、恵比寿、寿老人、毘沙門天の舞とともに、月の輪の柄杓を肩にかつぎ、黄金の盃に酒を汲むさまが演じられているという。そのほかに、山伏神楽や番楽のたぐいにも、やはり猩々の演目がとり入れられており、山形県飽海郡遊佐町における、杉沢のひやま番楽では、この猩々という荒舞が、散楽風の要素を加えて演じられている。そういうわけで、地域によっていくらか異なるかもしれないが、いずれにしても、この猩々という霊獣が、ひろくめでたいものとしてとりあげられてきたことは認められるであろう。それにつけても、大戦中の西暦千九百四十年には、皇紀二千六百年の祝賀のために、当時の東京市の路面電車が、何台かの花電車を走らせた中で、猩々が扇をかざしてまわっていたさまが思いだされる。

・ところで、そのような祭礼や藝能のほかには、これに関する在地の民俗は、それほど多く伝えられているとはいえない。『松屋筆記』の巻九十八には、「猩々といえる異名の者猩々瓶」と題して、越後と豊前と石見という、三ヶ国の例をとりあげているが、猩々のような人が、見世物に出されたといううわさをかきつけたにすぎない。わずかに、雑賀貞次郎氏の『牟婁口碑集』には、「猩々の話」が掲げられており、和歌山県田辺市元町に属する、天神崎の立戸の浜で、一人の若者が笛を吹くと、海から猩々の女があらわれて、思いのままに魚が釣れる道具をさずけたといい、また同県西牟婁郡白浜町に属する、西富田の細野の猩々小屋では、海から猩々があがるというので、酒をおいてこれを酔わせてとらえたとしるされている。
 そういう意味では、さきの山田氏の論文で示された、兵庫県南あわじ市の沼島における、猩々倍や酒手畑のいわれは、きわめて貴重な伝承であったといってもよい。

・それでは、さきにあげた猩々の特色が、さまざまな各地の民俗を通じて、どのようにうけ継がれてきたのであろうか、ここに改めて検討を加えてみたい。いうまでもなく、第一の観点として、猩々が赤面に赤頭で、赤ずくめによそおうことは、かなり多くの伝承を通じて、まったく変りなくうけ継がれている。それだけではなく、第二の観点として、猩々が水の中からあらわれることも、やはり思いがけないことに、かなりひろい範囲に伝えられるのである。能の『猩々』や『大瓶猩々』などでは、潯陽の江からあらわれるのであるが、廃曲の猩々物の中には、『阿濃猩々』では伊勢の阿濃郡に、『泉猩々』では和泉の海辺に、『因幡猩々』では因幡の福井の浜に、『岩戸猩々』では薩摩の岩戸の浜に、『金沢猩々』では武蔵の金沢の海辺に、『駒形猩々』では尾張国または三河国に、『須磨猩々』では摂津の須磨の浦に、『玉崎猩々』では筑前の玉崎に、『難波猩々』では摂津の難波に、『龍宮猩々』では伊豆の三崎の浜に、『山崎猩々』では摂津の山崎にというように、それぞれ日本のどこかの地で、水のほとりにあらわれたようにつくられたものがすくなくない。伊藤氏の論文にも引かれているように、鳴海や笠寺の海辺には、それぞれ猩々があらわれたために、その近在の祭礼には、いずれもその人形を出すようになったことが伝えられている。また、『牟婁口碑集』や『淡国通記』などにも、それぞれの海辺に猩々があらわれたと伝えられることは、ここに改めてくり返すまでもない。
 さらに、第三の観点としては、何らかの福徳を授けることであるが、この部面については、かならずしも明確に言いきることはむずかしい。名古屋市の南部における、大人形の猩々については、災厄をはらうものと考えられ、たようで、これにたたかれると厄をまぬかれ、また病気にかからないなどと伝えられる。寛政九年の『疱瘡心得草』には、「疱瘡神祭る図」が掲げられており、疱瘡のこどもの枕もとに、猩々の人形をおいたさまがえがかれていた。実際に、疱瘡よけのまじないのために、疱瘡絵や赤物の玩具がつくられているが、木菟や達磨などとともに、猩々のすがたをかたどったものがすくなくない。滋賀県の草津市や守山市では、そのようなまじないの玩具として、張子の猩々の人形が、達磨と一対でつくられているが、赤い髪に赤い衣で、右手に木の柄杓をもち、左手に厚紙の盃をもっており、素焼のかわらけと赤い折紙とがそえられたものである。
 
・そのような赤ずくめの猩々は、たしかに災厄をしりぞけると信じられているが、そのまま福徳をもたらすものとはきめられない。たしかに、拙著の『疫神とその周辺』や『疫神と福神』では、疫神から福神につながることを説いてきたが、それだからといって、この猩々というものが、ただちに福神として認められるとはいえない。和歌山県の田辺では、思いのままに魚が釣れる道具をさずけ、淡路国の沼島でも、どれだけ使っても減らない銭をさずけたというのは、あきらかに何らかの福をもたらしたといってもよいが、それほど多くの類例をあげることはできない。また、阿部家の宝船の絵に加えて、宮城県の浅部の七福神舞で、翁、大黒、布袋、恵比須、寿老人、毘沙門天とともに、猩々がわらわれて舞うのは、あきらかに福神の仲間に加えられたものとみられるが、それだからといって、すべての猩々に関する伝承が、そのまま福神の性格を示しているとはいいきれない。むしろ、恵比須や大黒などと同じレベルで、福徳をもたらす神としてまつられるわけではないようである。そういうわけで、福神としての猩々については、いっそう慎重な検討を加えなければならないのであろう。

<疫神の鎮送と食物>
<はじめに>
・人生におけるもろもろの災厄、特におそろしい疫病の背後には、何らかの神霊の存在が考えられてきた。それらの神霊というのは、どこかよその世界から家におとずれてきて、そのような疫病などの災厄をもたらすものと信じられており、おおむね疫神や厄神などといいあらわされるのである。そこで、この疫神のおとずれにむかって、どのような対応のしかたをとってきたのか、家の門口と村の境という、二つの大事な場面を中心にさぐるとともに、そのような儀礼と食物との関係についても考えてみよう。

<団子と粽>
・第一に、家の軒先や門口には、疫神や悪霊をしりぞけるために、さまざまな呪物を掲げるならわしが知られている。たとえば、立春の前日の筋分には、豆をもって鬼を打つのはいうまでもないが、また柊の葉に鰯の頭をさして、とげのあるものやわるいにおいのするもので、疫神のたぐいをおいはらおうとしたものとみられる。

・ひろく東日本の各地では、一般にコト八日として知られる、二月および十二月の八日にも、何かおそろしいものがおとずれると伝えられる。関東の各都県にわたって、一つ目小僧や目一つ小僧などがくるといい、川崎市多摩区や横浜市港北区を中心に、ミカワリバアサンやミカリバアサンなどがくるというのである。それらの怪物のおとずれに対して、ただ家の中にこもっているだけではなく、 家の軒先や門口などに、日籠や笊を掲げたり、柊やニンニクをさしたり、団子や餅を出したりするなど、かなり念入りな工夫がこらされていた。特にミカワリバアサンのおとずれには、やはり日籠や笊をかけておくとともに、わざわざ屑米や粃米などで、ツジョウ団子というものをつくってさすこともおこなわれた。このツジョウ団子というのは、土穂団子という文字をあてられるもので、もともと人の食物としては、もっとも粗末なものに属するが、ミカワリバアサンにこれを供えると、病気や火事からのがれられるなどというのであった。

・また五月五日の節供には、粽や柏餅をそなえることが知られているが、菖蒲や蓬などをもちいるのと同じように、悪霊や疫神をしりぞけるためであったと認められる。五月節供の粽のいわれについては、中国の『続斎諧記』などに、非業の死をとげた屈原の霊をまつるのに、竹の筒に米をつめたうえに、楝の葉でつつんで色の糸でまいたものを、水の中に投げいれたなどと伝えられる。チマキということばに示されるように、もともと茅の葉でまいたのであろうが、奥羽などの各地では、笹巻や笹餅などといって、特に笹の葉でつつんだものも知られている。

・中国の『荊楚歳時記』などには、五月節供の供物ではなく、夏至の食物として、同じ粽というものをあげているが、日本の夏の祭りとしても、六月や七月の時節における、祇園祭りや天王祭りなどに、厄除けのまじないとして、粽や笹団子を受けるならわしを認めることができる。京都の八坂神社の祇園祭りは、もともと疫病の退散のためにいとなまれるものであったが、七月十七日の山鉾の巡行にさきだつ、その前夜の十六日の宵山に、町内ごとに飾られる山鉾の下で、浴衣がけの女の子の仲間が、「粽買うてんかあ」などとよびかけて、厄除けの粽を売っているのが思いおこされる。この祇園祭りの粽を受けてきて、家の門口などにかけておくことは、かならずしも京都の市中だけに限らないで、かなりかけはなれた遠方にまでゆきわたっている。

<軒先の多様な呪物>
・特定の行事とはかかわりなく、日常の生活の中でも、家の軒先や門口に、さまざまな呪物を掲げることがすくなくない。そのような門守りの中では、魚の尾、鮑の貝、蜂の巣、万年茸、ニンニク、トウガラシなどが、もっともよく知られているが、ただそれだけにとどまるものではない。
 桂井和雄氏の『土佐民俗記』には、特に高知県の範囲における、家の軒下の呪物として、シャチホコ、魚の尾びれ、アメゴ、ウマウオ、蟹、貝殻、猪の脚首、猿の手首、蜂とその巣、蛇の抜け殻、八ツ手、太ニンニク、南天、辛子、茄子、鉈豆、七夕さまの笹、石鎚山の猿、戸分さまのイヌマキ、杓子、わらじ、草履、蓑、鎌、志那ネさまの松明、正月や節分の注連縄、木炭、貼紙というように、かなり多様なものがあげられていた。

<疫神ゆかりの人物>
・家の軒先や門口などには、さきにあげたようなもののほかに、社寺のお札やお守りをも掲げたのであるが、また「蘇民将来来子孫也」というのをはじめ、「釣船清次宿」「佐々良三八宿」「鎮西八郎為朝御宿」などというように、疫神をもてなしたりこらしめたりした人の名を書きつけることもおこなわれる。そこにしるされた人物との約束にもとづいて、おそろしい疫病の侵入をまぬかれようとしたものである。



『怪異伝承譚』 ――やま・かわぬま・うみ・つなみ
大島廣志 編  アーツアンドクラフツ   2017/10/1



<隠れ里に行った人の話>
・昔鬼柳村(岩手県北上市)に扇田甚内という人があった。ある朝早く起きて南羽端の上を見ると、そこに若い女が立っていて甚内を手招きした。甚内は不審しく思って見ぬふりをして過ごしていたが、そんなことが二三朝続いたので、なんだか様子を見たいと思って、ある朝その沼のほとりに行ってみると、齢二十ばかりの容顔佳き若い女が、私はあなたと夫婦になる約束があるから、これから私の家へ来てくれ、というて笑いかける態、実にこの世に類のないようなあであやかさであった。
 甚内もそう言われると思わぬ空に心を惹かれて、われともなく女のあとについて二三十歩がほど歩むと思うと、早や見たこともない世界に行って、山のたなびき、川の流れ、草木のありさま、常と異なり景色がめっぽうよろしい。そのうちにここは吾家だというについてみれば男などは見えぬが、美しい女達があまたいて、今のお帰りかとみな喜び吾を主のように尊敬する。甚内も初めのうちは変でならなかったが、ついには打解けてその女と妹背(いもせ)の契りも結んだりなんかして大切の月日を送っていた。だが月日がたつに随って、どうも故里の妻子のことがとかくに胸に浮かんで仕方なく、そのことを女にいうと女はいたく嘆いて、私はお前がおらぬ間をば有徳富貴にしておいたから家をば案じてくださるな、いつまでもここにいて給われと掻口説いて困る。

・わが家に帰って見ると、ただの一ヵ月ばかりと思っていたのが三年の月日が経っていたとて、親類一族が集って村の正覚寺の和尚まで招んで自分の法事をしている真最中に上った。そしてほんにあの女がいった通りに自分のいぬうちに前よりはずっと身代もよくなっていた。

・後に女房にうんと恨まれてついに実を吐くと、その言葉を言い終わるやいなや甚内の腰が折れて気絶した。その後は不具廃人となって、その上に以前の貧乏になり返って、つまらぬ一生を送った。
・その当時、其内の隣家に関合の隼人という男が住んでいて、このことを聞き、甚内こそ愚かで口惜しいことをしたものだ。己なら一生帰らずその美しいのと睦まじく暮すがと言って、又そう心中に思って、毎朝羽端の方を眺める癖をつけた。するとある朝、羽端山の蔭から女が手招きしているのを見つけたので、思うこと叶ったと喜んで飛んで行ったが、狐に騙され、馬の糞を食わされて家に帰った。   (岩手県)

<地獄谷の山姥>
・大野郡荘川村六厩の奥に地獄谷という深い山があり、昔、大勢の杣(そま)が入って木を伐り出していた。
 その地獄谷の下流に女滝という幅の広い滝があって、その近くに杣小屋があった。
 ある年の暮れ、杣の一人、徳助は越中生まれで身寄りがなかったので、仲間の者が帰り支度をしているのに、ひとり寂しそうにしていた。杣頭が一緒に正月をするようにとすすめたが、残って小屋番をするといって断る。
 徳助はみなが残していった少しばかりの米で、ごへいもちをつくって御神酒とともに、山の神と氏神様へ供え、正月を過ごそうとしていた。
 
・その時、凄い顔をした痩せた女が入ってきて、徳助が呑みかけていた酒の徳利をとりあげて、ぐいぐいと呑んだ。飯も汁もひとりでたいらげてしまって、「これだけか」といった。徳助は口もきけず、ただ、がたがたふるえるばかりであった。
 女はあたりを見まわし、神棚の御神酒を見つけて、これをおろして呑もうとした。その時、外から一人の老人が入ってきて、御神酒の徳利をとりあげ、「これはおれの分じゃ」といった。するとまた一人の若者が入ってきて、もう一本の徳利を、「これはおれの分じゃ」といってひったくる。
 女は、にわかに壁をバリバリッと打ち破って、姿を消した。
 二人の男に、「年越しにひとり、小屋にいるものではない。送ってやるから里へ帰れ」といわれて、徳助は荷物をまとめ、松明をともして六厩へ帰った。
 その女が地獄谷の山姥であるという。月の美しい晩に、よく女滝の下の渕で髪を洗っていたという。    (岐阜県)

<檜原村(ひのはらむら)の天狗>
・よくあるのよ。すごく上の方から大きな岩がガラガラガラーって回ってきたと思ってね、そうすると何でもないの。
 それから大きなものがパッと飛び出したかと思うと、上へ飛んで、バサッと下へ落ちたかと思うと、何でもない。そういうのがあるのね。
 それ、お父さんに聞くと、「ん、そりゃ天狗だわ」って。
 そういうふうに上の方からすごい岩が回ってくるから、どうしよう、どっちに逃げようなんて思っていると、パタッって止まっちゃうことがあるのね。大きなゴーゴーとすごい風が吹いているかと思うと、全然吹いてないこともあるしね。
 山の家だから、色んなそういう幻みたいのが起きるんじゃないのかな。
 天狗はいたずらをするけど、悪いことはしない。
だから木を一生懸命切って、カラカラカラカラ回して、木を落とす音がすると、よほど大きな木が落ちてくるじゃないかと思えば、途中で何でもなくなるし。

・天狗は大きいのよ。向こうの山とこっちの山をひとまたぎしたり、岩と岩の間に手をついてビューンと跳び上ったりして、手についている砂を振り払った。それがパラパラ落ちてきたって。
 天狗は大きくなったり小さくなったり。大人が山へ踏み込んで迷うでしょ。そうすると一緒に大きな岩をひとまたぎにしたり、川の広いところをすっとんで歩いたっていうから、よほど大きかったんでしょう。
 で、山だってひとまたぎにして宙を歩いたから、「おれは見てて面白かった。もう一度天狗さまに連れてってもらいたい」なんていう人がいて、本当に嘘をつく人だと思ったけどね。父親から聞いたからもっと面白いんだけど。「あの人だぜ、行ってきたのは」って。
 そうすると、そのおじさんがね、また凄いホラ吹いて教えるから、ほんとに信じちゃうのよ。
「天狗様がな、うどんをくれたら、うまくて、あんまりうまいからな、ポケットに入れて持ってきて、よーく見たらそれがなあ、みんなミミズだったんだよ」って言うの。

・「どんなかっこうしてた?」って訊くとね、大きなうちわを持っててね、そうして少しうちわを扇ぐと、ポーンと上へ飛び上がって、上へポーンと跳べたんだって。そのうちわで。         (東京都)

<天狗にさらわれた爺>
・林右衛門という人が、もの凄い信仰心の篤い人なの。けど、黙りでね、「うん」と言うだけの無口でね。ちょっともしゃべらんの。
 お婆がね、盲目だったの。それが何でもやったの。お勝手から掃除から何からね。目が見えんのにね。

・それがね、話はそれだけですまずにね。こんどは炭焼きしとるもんで、炭山へ行ったんじゃと、お爺がね。しゃべらんお爺が。そうすると、帰ってこんのやと。ほいで探しに行っても、いつもの炭焼きの所におらんのやと。みな心配して村の衆にも言って、「どうしたもんやろ、小屋におらんが」って。

・松明をつけて、鉦や太鼓でみんな寄って、そのお爺を隠したに違いないで返せって。天狗に言わなあかんってな。みんなで、トーントーンと、「林右衛門を返せ、林右衛門を返せ」って、みんな行列して行ったんやと。松明つけて。
 ほしたら寝とったんやと、小屋にね。前には、おらなんだのに。ほんで天狗が返してくれたんやと。
 昔の人やで、今の人やとそんなこと思わんやろけどね。天狗が返してくれたので、いっぺん天狗が、どうして返してくれたか聞きたいなあと思って、みんな言っても話さずに終わったんじゃけどね。
 無口やで言わんし、天狗に口止めされているんだろうし。お寺の役もやって若いときから法名までもらって、ちゃんとしておった人、賢い人じゃけど。しゃべらん人で「うん」と言うだけで。
 そんな話を、母親が話してくれた。

・この話のあとに、まだ続きがある。昭和17(1943)年に女の子、きよ子という子がいなくなって、それを真似してね。赤提灯を灯して、「きよ子を返せ。きよ子を返せ」ドンドコドン、ドンドコドンと太鼓をたたいて探した。出てこなかった。
 後から聞いた話やけど、橋のもと、谷にはまって死んどったらしい。あんまり不思議なので、女の子が出てこないので昔の真似をしたんやけどね。
                     (岐阜県)

<天狗にさらわれた話>
・村(旧静岡県田方郡中郷村)のある子供が急に見えなくなったので、親は勿論、近所の人も騒ぎ一所懸命探したが判らない。親達は泣く泣くその霊を弔った。
 四十九日に親戚一同が集って、お婆さん達と念仏の供養をした。その時なかでも非常に血縁の濃い者が、子供の小用をしてやるために田舎によく見る如くに、縁側で子供に小用を足さしていたのであった。その時ふと裏山に目をやると、紛失した子供が木の枝を飛び歩いている。それを見た親戚の者は喜びというか、恐怖というか、何しろあわてて座敷にいる者にすぐに知らせた。一同はすぐに例の縁側に出て来たが、不思議にも誰も再び彼の子供を見ることは出来なかった。一同は前の人が見たのは幻であるといって取り合わなくなってしまった。
 するとそれから幾日かの後に今度は家の者が見たのである。木の枝を軽々と飛び歩いている姿を。これが村中にぱっと拡がってしまった。皆はきっと天狗の業であると評判した。そこで毎日々々裏山へ子供を捜しに村の人も加わって出掛けたのである。が何故かどうしても見当らない。で村の人は匙を投げてしまい、後に残るのは労力の報いられなかったことに対する憤慨で、非難の声が高まっていった。

・が、親は決して子供を探すことを止めずに根気よく探した。その心に天狗も心をほだされたのか、ある日のこと、朝目をさますと、そこに明けても暮れても探していた我子がいるではないか。親の喜び方といったら大したものだった。しかし当の子供は昏々と眠り続けている。約三日程経て子供が眼を開くと、母親の顔の枕元にあるのを見て、お母さんとばかり抱きつき、母親はその子を強く抱きしめて長い間二人で泣いた。

・後で子供も泣き止んで語るによると、毎日馬糞をお饅頭だといって食べさせられており、木の枝を飛び歩く術も教えて貰った、といったので、まあ馬糞を食べさせたりして、と親の子に対する愛情で、母親はまた泣いてしまった。でもまあ子供が見つかったのでと、何もかも忘れてお祝をしたという。これは実際にあった、といって聞かされた話である。天狗にさらわれるということは決して嘘ではないようだ。     (静岡県)

<山師の佐吉が、古峰が原で荒沢の天狗にあい気絶をすること>
・明治のはじめに、荒沢(山形県鶴岡市)の杉林が切られることになり、狩川の佐吉という山師がこれを買いとって、大もうけした。
 その手斧いれの日に、最初に斧を打ち込んだ木から、血のような真っ赤な液体が流れ出した。
 その後も、搬出の人夫が何人も怪我をしたり、トロッコが転覆したりするようなことが続いて、難儀なことが多かったけれども、どうやら山じまいになった。
 その後二、三年経ってから、代参のくじに当たった佐吉は、同行の人たちと連れ立って村をたち、古峰ヶ原にたどり着いた。
 その夜、参籠所で風呂に入っていると、寺男がやってきて、火加減をみながら、「佐吉、暫くぶりだったのう」と言った。言葉はまぎれもない庄内弁だが、その顔には、さっぱり見覚えがない。
「おめは誰だか。さっぽり、分からないけれども」と、尋ねると、「俺のこと、忘れたかで、荒沢の天狗だでば」と言いながら、佐吉の方を向いた。
 その顔はべんがら色で、眼はぎょろりと光り、鼻は高く、絵で見る天狗と寸分違わなかった。

・やがて、意識を取り戻した彼は、同行のものから、「おまえが、いつまでも上がってこないので覗いてみたら、すえふろの縁にしがみついたまま、“許してけれ、許してけれ”と怒鳴っていたので驚いた。一体どうしたのだ」と訊かれた。
 彼は、それに対して一言の説明もしなかったが、それから後は、どんなことがあっても、神社や寺の木は、一切買わなかったということである。
                        (山形県)

<おもいの魔物>
・富士山麓の大和田山(山梨県西八代郡上九一色村)の森林中に、おもいという魔物が棲んでいた。
 この魔物は、およそ人間が心に思うことは、どんなことでも知っているという不思議な力を持っていて、だからこの魔物に出逢った人間は、全く進退が出来んようになり、ついついそれに取って喰われてしまうのである。それで、大和田山へ出入りする樵夫(きこり)や炭焼きは、何よりもこのおもいを恐れていた。
 ある時一人の樵夫が大和田山の森林の中で木を割っていると、ふいにそのおもいが現れて来た。その男は思わずゾッとして、ああ怖いなァと思った。するとそのおもいはゲラゲラ笑いながら、今お前は、ああ怖いなァと思ったな、といった。男は真っ蒼になって、こりゃァグズグズしていると取って食われてしまうぞとビクビクしていると、おもいは、今お前は、グズグズしていると取って喰われてしまうと思ったな、という。男はいよいよ堪らなくなって、どうなるものか逃げられるだけ逃げてやれと思うと、おもいは又もや、今お前は、逃げられるだけ逃げてやれと思ったな、という。それから男も困り切って、こりゃァどう仕様もない。どうなろうと諦めろと思うと、おもいは又しても、今お前は、どうなろうと諦めろと思ったな、という始末である。
 こう何から何まで見透かされてしまってはもうどうすることも出来ず、仕方がないから男は、ビクビクしながらもそのまま木割りの仕事を続けていた。おもいの魔物は、いよいよ男が負けたのを見ると、だんだん近寄って来て、隙さえあれば男を取って喰おうと狙っていた。
 ところがその時、男が割っていた木に節っ瘤があって、今男がハッシと打ち下ろした鉞がその瘤へ当たると、不意にそれが砕け、木の破片が勢いよく飛んで、魔物の眼へ酷くぶっつかり、その眼を潰してしまった。これは樵夫も魔物も、全く思いもよらぬことであったので、さすがの魔物も参ってしまって、思うことよりも思わぬことの方が恐い、といいながらどんどん向こうへ逃げて行ってしまった。     (山梨県)

<山の霊の話>
・山には不思議なことがあるんですよ。山にはね、霊というものがあるがね。その霊に出会うとね、動きがとれないんですよ。金縛りになるでしょ。その話をしますよ。
 こっちから向こうへ行くと元屋(島根県隠岐郡隠岐の島町)というとこあるでしょ。今は道が下について、いいですよ。ところが、昔はあの上を通りよったんですよ。
 後ろに誰かがいるんですが、振り返れないんですよ。ナタを木の切り株に打ち込むんですが、ところが逃げないんですよ。30分も1時間近くも、自分の後ろに誰かがいる。それを振り向くこともできない。それも1時間ほどしてから、この言葉にね、こういうものを払いのける言葉、おまじないがあるんですよ。それは、父がそう言ってたんです。
「お前な、夜歩くということはいいけど、まじないの言葉をしらなきゃいけない」ってね。“アブラオンケン ソワカ”という言葉があるんですよ。 
 ということはね、八百万の神様、お願いしますという言葉らしいんですよ。父が言ってました。この言葉を三回、繰り返したら、スーッと軽くなった。後ろの何かがいなくなってしまった。    (島根県)

<酒買いに出る山姥>
・千国(長野県北安曇郡小谷村)の暮れ市は旧十二月の十九、二十日の両日で、二十五日は魚市であったといった人もある。この暮れ市に山姥が買物に出たという話がある。
 山姥は市日の早朝に上手(わで)酒屋へ来て、酒をくれという。これへ五升注いでくれといって瓢箪を出す。これじゃ三合ばかりしか入らぬじゃないかというと、何大丈夫だとすましこんでいるので、試して入れて見ると五升はおろか、らくらくと入ってしまう。店の者は不思議に思って、お前はいったい誰だときけば、
「俺はこの山奥に住む山姥だが、もし俺が来られぬ時には誰を代わりに寄こしても酒を売ってくれ」といって帰って行く。
 山姥が出ると市の相場が下がるという。
「どら、山姥が出たので、今年は安いぞ、明日は買い出しに行けるといったものです」          (長野県)

<山女郎の祟り>
・四万十川上流地方は農耕地が狭く、昔は農業より木材、薪炭、紙すきを本業とした百姓が多かった。
 
・山で泊まることもしばしばであった。ある朝早く山から帰った義吉が、女房の空けた寝床へもぐり込むので、驚いた女房が、「お前さんは何時もと違うようですね」と布団を持ち上げ顔を覗くと、顔は真青でブルブル慄えている。やっと昼近くに起きて、義吉は女房に語ったという。
「昨日の朝早くから炭を出して、その跡へ木を入れ始めたが遅くなり、やむなく炭窯の入口に菰(こも)を吊るして中で寝た。
 夜更けに小便を催して目が醒め外へ出ようとすると、入口の菰を上げて女の顔が覗き、紅い舌を出している。それが奇妙な声でケタケタ笑う。
 笑うたびに長い舌が、おらの顔に届きそうで恐くて寝るどころじゃなかった。小便も着物へたれてしまった」
 それ以後、義吉は床を離れることはできず、間もなく死んだそうだが、村の人達は義吉のことを山女郎に肝を吸われたのだと伝えている。四万十川の上流には女郎山と称する山が所々にある。   (高知県)

<山女郎を女房にした男>
・昔、奥屋内村に定次という醜い男がいた。猟師で、無口で、稼ぎも定まらず、娘達も嫌って寄りつかず、今年で歳は41になったが、いまだに女房がない。家は岩窟の傍らに木と竹と茅で、へいを立てかけてあるくらいの粗末なものであった。
 ある夕方、帰って見ると見知らぬ女がいて、夕飯の仕度をして待っていた、無口な定次は、その女の整えた食事をことわりもせず食って食い終えると、そのまま横になって寝た。朝早く目をさますと、昨夜の女はいなかったが、朝飯の用意と弁当は出来ていた。定次は女の作ってあった食事をして、作ってあった弁当を持って猟に出かけた。その夕方も夜になって帰ると、女が夜の食事を作って待つこと昨夜と同じであった。

・そして三日目、無口な定次もやはり男であったのか、暗黙の内に女との交りをした。翌朝は、定次も特に疲れて寝過ごし、目を醒まして見ると、女はおらず作った食事は冷たくなっていた。定次は口こそ出さないが、心の内では、朝早くからまめまめしく働く女房と思い込み、自分でも以前より働くようになった。そして夫婦のような暮らしが五カ月ほど続いた。
 女は定次の胤を宿したようであった。定次の交りの誘いにも応じなくなり、日が経つほどに、ある夜中、怪しいあか児の泣き声がした。定次は夢うつつの中で、その声の遠ざかってゆくのを覚えているが、どうしても起きることが出来なかった。朝になって目醒めた時には、女も、あか児もいなかった。無口で変わり者の定次も、この怪しさに耐えかねて、土地の寺を訪ねて僧に一切を打ち明けた。
 お寺の僧は、定次の家へ来て見て驚いた。寝床には野猿の毛がうず高くつもっていたが、定次は、それに気付かなかったらしい。
 定次と野猿との間に生まれた幼猿は、山女郎となり育って、周辺の里人を弄らかした時もしばしばあったという。奥女郎、口女郎等の字名の山が所々にあるのは、この民話の名残でもある。    (高知県)