「東京の荒川って、大丈夫かなァ。この荒川が氾濫する時が近づいている気がしてならない」。(7)


<経営者の意識を変えれば問題は解決する>
・このような状況であれば、人口増がストップすれば、GDPは増加しづらくなります。経営者は自然に増えるGDPを効率よく捌くのではなくて、本当の意味での賢い経営戦略によってGDPを上げていかないといけません。今までの受け身の経営では、賃金は上がりませんし、600兆円のGDPも実現できません。
 生産性を上げるのは、労働者ではなく経営者の責任です。世界一有能な労働者から先進国最低の生産性を発揮させていないという日本の経営の現状は、いかに現行の日本型資本主義が破綻しているかを意味しています。この経営者の意識改革は、喫緊の課題です。
 幸いにも、日本人労働者の高スキル比率は世界一高いという事実があります。質が最高であるにもかかわらず、先進国の中で生産性が一番低いということは、「伸びしろ」がいくらでもあるということです。
 とりわけ、日本とアメリカの生産性の格差のうち、45%は日本人女性の年収の低さに起因していることが本書の分析でわかりました。移民を迎えるかどうかを議論する前に、女性社員の働かせ方を含めた、労働者全体の生産性問題を早急に見直すべきでしょう。

<政府が経営者に「時価総額向上」のプレッシャーをかける>
・海外の分析では、特に1980年以降、上場企業の経営者にプレッシャーをかけて株価を上げさせることで、GDPを増やせることが証明されています。
 これまで日本の経営者、マスコミ、政府までもが、上場企業の時価総額を拡大させることに積極的ではありませんでした。特に、経営者は株式相場という、他者による評価を徹底的に否定してきました。

・そこで日本政府に求められるのは、経営者が自らGDP増加に貢献しない場合、経営者という職を失う危険性を感じさせることです。それには公的年金などを通じて、経営者に対して「継続的に時価総額を増やせ」と迫ることが必要でしょう。従来のシェアホルダー・アクティビズムを防止する立場から、逆に政府自体がシェアホルダー・アクティビズムの政策を実施することです。

<GDPは1.5倍の770兆円に、平均所得は倍増>
・日本はこの20年間、「日本型資本主義の」の下で損ばかりしています。これを変えることによるマイナスの影響は、もはやないと思います。
 日本はまだまだ、「成熟国家」ではありません。海外で立証された理論通りの経営をすれば、GDP770兆円、輸出額160兆円、農産物輸出8兆円という素晴らしい経済の繁栄が持っています。所得倍増も、決して夢の話ではありません。とくに女性の所得は、計算上2倍以上の増加率になります。税収も75兆円の増加が見込まれます。

<表面的に見るとすごい国、日本>
<高いセ世界ランキングの原動力は何か>
・このような世界ランキングでの高い評価がゆえ、その原動力を説明しようと、マスコミは技術大国、勤勉な労働者、社会秩序、教育制度、完璧主義、職人気質、ものづくりなどを取り上げてきました。しかし、「これだ!」という決定的な解説には、いまだに出会ったことがありません。

<日本経済の実績を「人口」と「生産性」に分けて考える>
・技術力や国民の教育など、ベースの部分では大きな差異のない先進国において、GDPランキングは主に「人口」に左右されます。これは動かしがたい事実です。

<先進国GDPランキングは98%、人口要因で説明できる>
・そこで、あらためて日本の生産性を見てみましょう。
 先進国のGDP総額の順位はアメリカ、日本、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、カナダ、韓国、オーストラリア、スペイン、オランダ、スイス、台湾、スウェーデンと続きます。これはあくまでも、1人あたり生産性が2万5000ドル以上の国に限定したランキングです。
 このランキングに出てくる国のGDPと人口の相関をとると、実に98%という高い相関係数が見られました。

<中国は人口で世界第2位の経済大国になった>
・ここには大事なポイントがある気がします。日本の一部マスコミは「中国の繁栄はバブルで、やがて崩壊する」「中国の経済成長には実体がない」などと批判していますが、これは日本人の多くが、「経済大国=技術力や勤勉さ」など、その国の人々の資質や社会が影響していると勘違いしているからでしょう。
 中国の14億人という人口は揺るぎない事実です。そして「経済大国=人口」ということをふまえれば、中国の経済の「絶対量」が日本を追い抜かして世界第2位になるのは当然です。

<潜在能力の発揮度合いは「1人あたり」で見るべき>
<実はイタリア、スペインより低い日本の生産性>
・実際、国連が各国の「労働人口比率」と、そのうちの実際に仕事に就いている人の比率を出していますので、それを用いて、各国の特殊要因を調整することができます。この数値で各国のGDPを割ってみると、日本の労働人口1人あたりGDPのランキングは「第27位」よりもさらに低下します。先進国の中では、イタリアやスペインを下回って、一流先進国とは言い難いギリシアより多少上になるくらいでした。

<日本の生産性は全米50位のミシシッピ州より多少高い程度>
・日本の生産性は、アメリカの全50州の第49位と第50位の間、ミシシッピ州より少しだけ高いくらいです。

<輸出額は世界第4位、でも1人あたりで見ると「世界第44位」>
・なかでも、世界から「技術大国」という評価を受けているドイツと比較するのが妥当だと思われます。
 そうなると、先ほども申し上げたように、日本の人口はドイツの1.57倍なのに、輸出額はドイツの48.3%しかありません。1人あたり輸出額で見ると、日本はドイツの3分の1ほどです。他の欧州各国の1人当たり輸出額も、日本とアメリカのかなり上をいっています。

・テレビでは「日本の技術は世界一」だとふれまわっています。さらに、「ものづくり大国」として単純に技術力が高いだけではなく、日本人の給料も先進国の中でかなり割安になっています。さまざまな面で優位性がありますので、理屈としては輸出額がかなり高い水準にあるはずです。

・しかし、現実はそうなっていません。マスコミや評論家の皆さんが声高に主張されているように、日本が世界に誇る技術大国であれば、このようなポジションであるはずはないのです。ひとつだけはっきりと断言できるのは、「日本の技術は世界一」という意識と、輸出額という現実の間にはあまりにも大きなギャップがあり、多くの日本人はそのギャップが存在することにすら気づいていないということです。

<研究開発費は世界第3位で、でも1人あたりで見ると「世界第10位」>
・では、少し視点を変えて、「1人あたり」で考えてみましょう。日本の1人あたり研究開発費は1344.3ドルで、世界10位。ドイツの1313.5ドルイドとほぼ同じとなっています。アメリカは1人あたりで見ると世界第5位です。

<「移民政策」は、やるべきことから目を背けるための言い訳>
・高学歴の移民は、移住する国の経済が成長して、その豊かな社会の中で自分が自国より出世できる、社会的地位を得ることができる国を好みます。では日本がそうかと言うと、さまざまな問題があります。まず大きいのは、言葉の問題です。日本語は苦労して習得しても、日本以外ではほとんど使うことのない言語です。社会制度もかなりわかりづらいです。では、そのような高いハードルを上回る魅力が日本の労働市場にあるのかと言うと、これも疑問です。

<日本の生産性が低いのは経営者の「経営ミス」>
・高い潜在能力を持つ日本が生産性を高めることができなかったのは、はっきり言って「経営ミス」だと私は思っています。労働者が自ら進んで生産性を上げるということはほぼあり得ず、生産性向上は、経営者によってなされるのが常識だからです。そういう努力を怠ってきた日本の経営者が、人が足りないからと、社会に大変な負担となる移民を増やし、経済を支えようと考えていることには、まったく賛同できません。
これはどう考えても、1990年からの経営ミスに続く、致命的な経営ミスになる可能性がきわめて高いのです。

・未開拓の労働市場とは、女性の活用です。今の経営者は、男性が減っている分を女性で補填しているだけで、生産性を高めようという意識は見受けられません。それは女性に払っている給料が上がっていないことからも明らかです。うがった見方をすれば、経営者は生産性の低い今の制度を維持しようとして、やるべきことを避けている印象すら受けます。移民政策もその延長線であれば、それはあまりにも無責任な選択であると感じます。

<「失われた20年」は十分予想できた>
・繰り返しになりますが、GDPは「人口×生産性」ですので、人口が増えず、生産性も改善されなければ当然、GDPは伸びません。人口が増えている国や、生産性が上がっている国と比較すれば、相対的に悪化していきます。
 つまり、「失われた20年」は、実ははじめから予想できたことなのです。

<政策目標は「上場企業の時価総額」>
・では、どのように東京の生産性を上げていくべきでしょうか。東京の生産性は、首都に集中している大企業、上場企業などの影響が大きいことは言うまでもありません。まずはこのあたりの生産性をどれだけ上げることができるのかがカギとなってきます。もちろん、そこには本書で非効率さを指摘してきたメガバンクなども含まれます。

・私は、公的年金の活用こそが、この問題を解決するもっとも有効な手法だと考えています。
 安倍政権になってから、公的年金は運用を見直し、株式の比率を高めてきました。現状では海外株が多いですが、国内株比率をもっと上げていくこともできるでしょう。ここで大切なポイントは、せっかくの公的年金の資金を、株を買い支えて株価を維持するために使ってはもったいないということです。

・政府は、GPIF(年金積立金管理独立行政法人)のファンドマネジャーに対して、運用利回りを上げるようなプレッシャーを徹底的にかけていくべきです。そうすると、そのファンドマネジャーは年金を投資している各企業に対して、もっと時価総額を増やすようにプレッシャーをかけます。コスト削減や配当の引き上げだけでは株価は継続的には上がりませんので、拡大型経営戦略の下で積極的な投資を行うことによって株価を上げる努力を強制するのです。

<株価と設備投資の関係を示す4つの理論>
・1990年以降の日本の株式市場は、先進国の中でもっとも上がっていない相場です。世界全体の時価総額と日本の時価総額を比べると、日本の占めるシェアはどんどん縮小する一方です。

<日本の「潜在能力」をフルに活用するには>
<日本人女性は、もっと「同一労働」をすべき>
・生産性と密接な関係がありながらも、繊細なテーマがゆえ、あまり議論の俎上に乗らないもの。
 その筆頭が、男女の給料ギャップの問題です。海外との生産性ギャップのかなりの部分は、女性の賃金の低さで説明できます。日本では女性の労働参加率は上がっているのに、その賃金はほとんど上がっていません。これは、海外と比べても顕著な日本の特徴です。

・このように女性全体の収入や、男性に対する女性の収入比率がほとんど上がっていないにもかかわらず、日本では女性の参加比率だけは向上しています。労働者全体に占める女性比率が上がっているにもかかわらず、1人あたりの収入が増えていないというのは、非常に奇妙な現象です。
 男性の労働者が減っているかわりに女性の労働力が期待されている、あるいは、全体の労働者を減らさないために積極的に女性労働者を採用しているとすれば、女性の年収が上がらないというのは、まったく理屈に合いません。
 特に不可解なのは、女性の非正規労働者です。2005年の日本の労働者数は5008万人。2015年は5284万人と、10年間で276万人増加していますが、そのうち219万人は女性の非正規労働者の増加分です。これだけ多くの女性労働者が増えたにもかかわらず、日本の1人あたりのGDPは大きな改善を見せていません。逆に、女性参加率が高くなればなるほど、海外との生産性ギャップが拡大しています。これは、働く女性自身の問題ではなく、経営者の問題です。

・このように、アメリカの生産性が日本よりも大きく改善している理由のひとつに、アメリカ人女性の相対的な生産性改善があることは明らかです。細かく計算してみると、相対的な生産性改善のうち、なんと67.2%が女性の生産性改善によるものでした。

<女性に「甘い」日本経済>
・ただ、断っておきますが、私は日本の生産性が高くないことの「犯人」が女性たちだなどと言っているわけではありません。かといって、女性たちがやっている仕事が正しく評価されない、もっと給料を上げるべきだと言っているわけでもありません。これまでの分析でも、男女間の収入ギャップを、単純な給料水準の「差別」ととらえるのは妥当ではないことは明らかです。
 私がここで強調したいのは、日本社会の中で、女性に任されている仕事が、そもそも付加価値が低いものが多いのではないかということです。

・いずれにせよ、女性にも男性と同様の福祉制度を導入した以上、女性も同一労働をするという意識改革が必要です。この福祉制度を男性だけで維持するのは、限界に近い計算となっています。女性の生産性向上は不可欠なのです。
日本で女性の労働者は全体の43%を占めています。その女性たちの生産性が高くないのであれば、日本の「第27位」という低い水準を説明できる大きな要因になります。私の試算では、日米の生産性の差額の45%は、女性の生産性の違いによって説明できます。



『「0から1」の発想術』
大前研一  小学館  2016/4/6



<なぜ「0から1」を生み出す力が重要なのか>
<一個人が世界を変える時代>
・言い換えれば、現在の世界は「一個人のイノベーションによって変化する世界」なのである。「アップル」のスティーブ・ジョブズも、「マイクロソフト」のビル・ゲイツも、「アマゾン」のジョフ・ベゾスもそうだ。彼らは「個人」からスタートし、そのイノベーション力で世界を変えた。
 つまり、われわれビジネスマンは、1人1人が「個人」として戦わなければいけないのである。組織ではなく、個人で勝負しなければならに時代なのだ。

<国民国家の終焉>
・では、なぜ21世紀の初頭の今、イノベーション力が求められているのか。
 実は21世紀の世界は、これまで200年ほど続いた「国民国家」から「地域国家」に変貌してきている。さらに突き詰めて考えてみると、富を創出する源泉が「個人」に移ってきている。権力すら国家から個人に移行していると考える人もいる。

・いわば、「国>地域>個人」という従来の図式から、ベクトルの向きが逆になり、「個人>地域>国」へと変化し続けているのが、「今」なのだ。個人個人の創る富や生み出したアイデアが、世界経済に極めて大きな影響を与えているのである。そして現在は、この動きをインターネットがさらに加速しているとも言える。

<カラオケ・キャピタリズム>
<個人のアイデアが最も重要>
・プログラミング言語を駆使して、自分で検索サイトを立ち上げるような、“創造”をした人間を「ITに強い」というのだ。SNSを使いこなす程度で自慢するのは、カラオケ上手と何ら変わらない。伴奏なしのアカペラで上手に歌えるのか?問われているのはそういうことなのだ。
 そのような時代に、ビジネスマンはどう振る舞うべきか。国が地域や個人に取って代わられるように、ビジネスマンもまた「会社」に取って代われる存在にならなければならない。そうでなければ、生き抜くことすら危ういだろう。
 私はビジネスマンが生き抜くために必要な最大のスキルは「0から1を創造する力」、すなわち「無から有を生み出すイノベーション力」だと考えている。

<あなたが茨城県の知事だったら……>
・一方、他のビジネススクールのケース・スタディは古いものが多く、すでにつぶれた会社や吸収合併された会社の事例を含め、答えが出ている問題を扱っている。私が教授を務めていたアメリカのスタンフォード大学でさえ、かなり古い事例を教材にして講義を行っていた。日本のビジネススクールにいたってはスタンフォード大学やハーバード大学が5年前、10年前に作った時代遅れのケース・スタディを使っているところが珍しくない。つまりケース・スタディと言いながら、最初から「解」がある事例を扱っているのだ。

・具体的には、流行のB級グルメではなく、超A級の世界的な料理人を10人連れてきて、ミシュラン星つきクラスのレストランが建ち並ぶ街を造ってしまうのだ。美食の街として有名で世界中からグルメ客を集めているサン・セバスチャン(スペイン・バスク地方)の茨城版である。もし私が茨城県知事だったら、県の魅力度向上策は、この1点に集中する。

<トレーニングによって培われる発想力>
・こうしたケース・スタディの要諦は、アイデアを思いつきで口にするのではなく、基礎データを自分自身で時間をかけて集め、類似例を分析して現状を把握した上で、事実を積み上げて論理を構成すること、そしてさらに、その論理から自分の想像力を駆使して発想を飛躍させることである。このトレーニングを何度も繰り返すことで、自分に役割が回ってきた時に、自然と問題解決とイノベーションの発想が出てくるのだ。

<—―高速化した変化のスピードについていく方法>
<デジタル大陸時代の発想>
・たとえば、言語ならばプラットフォームは「英語」だろう。パソコンのOS(基本ソフト)はマイクロソフトのウインドウズ、検索エンジンはグーグルが世界のプラットホームだ。それに加えて今は、クラウドコンピューティングやSNSを含めたネットワークという要素が不可欠になった。

<なぜデジカメの商品寿命は短かったのか>
・たいていのプラットフォームをめぐる競争は、1人勝ちによって幕を閉じる。絶対的な勝者の周囲に、小さな隙間市場を埋めるニッチ・プレイヤーが数社残る、という状態に落ち着くのだ。

・だが、デジカメ単体の存在感は、相対的に下がってきている。今や一般的な若いユーザーは。デジカメなど持たない。スマホ内臓のデジカメが、その役目を担っているからだ。デジカメは、スマホやタブレット端末という「デジタル大陸」の一部となってしまったのである。

<5年後の生活を予測する>
・私が勧めている発想法は、「この商品をどうするか?」と考える「プロダクトからの発想」ではなく、たとえば「5年後にリビングルームはどうなっているか?」という全体像から考える方法だ。

・ここで予測すべきは「5年後の生活・ライフスタイル」そのものなのである。

・そこでアメリカの高校の一部では、「カンニングOK」にしてしまった。試験中にスマホで検索してもよいことにしたのである。その上で、知識を問うのではなく、レポートや論文を書かせる。ネット上の知識を駆使して、どれだけオリジナルの論を展開できるかに評価額を変えたのである。
 一方、試験にスマホ持ち込み禁止、と杓子定規にやるのが今の日本だ。しかし、その日本では、大学の卒論や博士論文で、平然とコピペが横行している。「カンニングOK」と「スマホ持ち込み禁止」、いったいどちらがデジタル大陸を生き残るだろうか。

<任天堂の憂鬱>
・つまり、必要なのは企業、世代、性別、国籍、宗教などを超えたコラボレーションなのである。

・かつて任天堂は、テレビゲームによってデジタル大陸を牽引していた会社の1つだったが、5年後、10年後の「生活」を発想しないばかりに、混迷を深めているのだ。

<ソニーの黒字のカラクリ>
・つまり、ソニーの久しぶりの黒字は、「デジタル大陸時代を生きる」方法論を見出したのではなく、単に、リストラや事業部売却などの固定費削減の効果が表れたということだろう。

<デジタル大陸を進め>
・ソニーや任天堂が苦しんでいるのは、「5年後の生活・ライフスタイルはどうなっているか?」という想像力がないからだ。全体像が描けていないのである。

・ここでのポイントは次の2つ。
•個々のデジタル機器がインターネットなどによってつながり、「デジタルアイランド」が、「デジタル大陸」になりつつあるという現実を認識する。

•その上で「5年後の生活・ライフスタイル」を想像し、そこからサービスや商品に落とし込む。

<—―「兆し」をキャッチする重要性>
<早送りの発想>
<グーグルの動きを「ヒント」にする>
・日本に鉄砲(火縄銃)が伝わったのは、桶狭間の戦いの17年前、1543年のことと言われている。ポルトガル人を乗せた南蛮船が種子島(鹿児島県)に漂着した際に手にしていたのが、当時の最先端の武器、火縄銃だった。
 当時の日本人は、この「兆し」を的確にとらえた。火縄銃はすぐに国産品が作られ、瞬く間に全国に広がった。戦国時代末期には、日本は50万丁以上を所持していたと言われており、これは当時としては世界最大の銃保有数だ。50年足らずで、世界のトップに躍り出たのである。
 日本は、いわば上手に「カンニング」してきた民族である。

・グルーグルはインターネットでもモバイルでも「プラットホーム化」し、マイクロソフトでも追いつけないようなスピードで動いている。もちろんアップルのiOSに匹敵するモバイルOSのアンドロイドを全世界に無償で提供していることも大きい。今後は定期的にグーグルウォッチャーとなって、変化の「兆し」を見逃さないようにしなければならない。



『「知の衰退」からいかに脱出するか?』
そうだ!僕はユニークな生き方をしよう!!
大前研一  光文社   2009/1/30



<「ウェブ2.0」時代の大前流「情報活用術」>
・私が述べたいのはネットをうまく利用すれば、リアル世界の知の衰退に巻き込まれるのを防げるということである。「ウェブ2.0」時代というのは、むしろネットを利用しないでいるほうがバカになる時代なのだ。

・情報というものは、加工しないことにはなんの価値も生み出さない。いくら収集しても放置してしまえば、そこから何も生まれない。

・加工のプロセスを有効に働かせるには、まず、自分の頭の中に「棚」を造ることである。ようするに、情報を整理して置いておく場所である。

<サーバースペースから情報を抽出する私の方法>
・じつは、私は、10年ほど前から新聞を購読していない。新聞は、一面トップの記事の決め方など、紙面での取り扱いによって、情報をいくらでも操作できるからだ。

・私は、新聞ばかりかテレビのニュースも見ない。とくに、NHKのニュースが人畜無害でなんの役にも立たないので、まったく見ない。

・雑誌はというと、これはあえて編集方針に偏りがあるものばかりを購読する。

・では、ニュースや情報はどこから仕入れているのかと言えば、それはほとんどがサイバースペースからだ。

・私は、「世界経済」「日本経済」「地方自治の動向」「重要な国の地政学的な変化」など、自分が興味を持ち必要と思われるカテゴリー別にRSS(ウェブ上の記事や見出しを配信するシステム)を活用して、幅広い情報源から自動的に情報を収集する。

・具体的には、次のようなプロセスを踏む。
1、 RSSを使って毎日500、1週間で3500ほどの記事を読む。

2、毎週「自分の情報棚」に関係があるもの、重要だと思われるものをコピー&ペーストして、仕分けし、自分の情報管理に使っているメールアドレスと私のスタッフ全員に送る。

3、 スタッフがそれをパワーポイントでまとめて整理する。私は、もう一度読み直し、削ったり加えたり必要に応じてスタッフに分析の指示を出す。

4、 それを日曜夜に放送される「大前研一ライブ」で私が視聴者に向けて解説する。

5、さらに翌週、私が主宰する経営塾などの「エアキャンパス」というサイバークラスで、その情報についてディスカッションする。

・このように自分で加工して読み込んだ情報を4回見返すことを、私は、1998年の10月から10年間にわたって欠かさずに行ってきた。そのため、ほとんどの情報が記憶に残る。

・世界中どこに行っても、どんなテーマの取材中、講演の依頼を受けても、最新情報に自分なりの分析を加えた話ができるのは、このような自己流の情報活用術を実践してきたおかげだ。

<サイバー道とは厳しいもの、が、慣れれば楽しいもの>



『(SAPIO   2016.5)人間力の時代  (大前研一)』



<「0から1」の発想術を身につければ新しいビジネスのアイデアが次々生まれてくる>
・「無から有」を生み出すという意味の「ゼロイチ」「ゼロワン」という言葉が、ビジネスマンの間で注目されている。

・私は最近、興奮が止まらない。今ほどビジネスチャンスがあふれている時代はないと考えているからだ。

・なぜなら、スマホ・セントリック(スマートフォン中心)のエコシステム(生態系)が出現し、まさに「いつでも、どこでも、何でも、誰とでも、世界中で」つながるユビキタス社会が広がっているからだ。

・資金はクラウドファンディングで集めることができるし、人材はクラウドソーシングを利用すれば自社で抱える必要がない。大きなハードウェアを保有しなくても、使いたいだけコンピュータが使えるクラウドコンピューティングもある。つまり、発想ひとつで新しいビジネスを生み出せる時代が到来したのである。

・今の時代は「0から1」、すなわち「無から有」を生み出すチャンスが山ほどある。そういう時代に巡り合った若い人たちを、うらやましく思うくらいである。

・さらに、知識は蓄えるだけでは意味がない。「使ってナンボ」である。ビジネスにおいては具体的な商品やニーズを見ながら、自分が学んだ知識を駆使して自分の頭で考え、目の前の問題を解決していかねばならないのだ。

<コンビニに○○を置くと………>
・私ならこんなビジネスモデルを発想する。
 まず、顧客一人一人のありとあらゆるニーズに無料、ないしは安い月額料金で対応する「バーチャル・コンシェルジュ」を雇い、商品の取り置き、保管、配達はもとより、航空券や電車の切符、コンサートや映画のチケットなどの手配を請け負う。あるいは、コンビニでは取り扱っていない商品(たとえば家電など)も、ネットで最も安い店を検索して取り寄せるサービスを展開する。寿司や蕎麦やラーメンなどの出前を取りたい時は、近所で一番旨いと評価されている店を探して注文してあげる。そういうバーチャル・コンシェルジュ・サービスを展開すれば、既存の顧客の支出の半分以上を握ることができるだろうし、新たな顧客も獲得できるはずだ、

・IT弱者、サイバー弱者、スマホ弱者と言われている高齢者も、近くのコンビニに親しいコンシェルジュがいれば、その人を介することで各種のネットサービスやネット通販などを安心・安全に利用することができるだろう。地域の人々に頼りにされる有能なバーチャル・コンシェルジュなら、時給3000円払っても十分ペイすると思う。これは顧客の会費で簡単に賄うことができるはずだ。



『稼ぐ力』
仕事がなくなる時代の新しい働き方
大前研一   小学館    2013/9/5



<韓国やドイツに学ぶグローバル化の“起爆剤”>
・まず韓国では、1997年のアジア通貨危機の際、IMF(国際通貨基金)の管理下に置かれた屈辱から、国策でグローバル化を推進したのに合わせて、サムスンや現代などの大企業が英語力を昇進の条件にした。たとえばサムスンはTOEICで990点満点中900点を入社、920点を課長昇進のラインにした。これに大学側も呼応し、難関校のひとつの高麗大学では受験資格を800点、卒業条件に半年以上の海外留学経験を設け、英語の重要性をアピールした。

・憧れの企業・大学がつけた火に、わが子の将来の安定を願う保護者が機敏に反応し、英語学習熱が燃え広がった。英語試験の超難化で受験生の激減が懸念された高麗大学には、前年の倍の受験生が押しかけた。この保護者パワーに圧倒されるように、高校や中学も英語教育に力を入れ、国全体が英語力アップに突き進んだのである。
 この間、わずか10年。現在、ソウル国立大学や私が教鞭を執る高麗大学、梨花女子大学では、英語で講義をし、学生との質疑応答もすべて英語である。

・日本でも今後、楽天やファストリの成果を待つまでもなく、トヨタ自動車やキャノン、パナソニックのような世界企業が英語を社内公用語に規定する決断を下せば、雪崩を打つような英語ブームが巻き起こるに違いない。

<墓穴を掘った「トラスト・ミー」>
・ところで日本人の大いなる勘違いとして根強くあるのだが、「英語がよくできる」=「ネィティブのように喋れる」というイメージだ。この固定観念ゆえに欧米人に対して無用のコンプレックスを抱き、面と向かうと借りてきた猫のように萎縮してしまう。私に言わせれば“悲しき誤解”もいいところで、今や世界の標準語は英語ではなく、文法も発音も不正確なブロークン・イングリッシュだと思ったほうがよい。

・インドに行けばインド独特の、シンガポールにはシンガポール独特の(「シングリッシュ」と呼ばれる)ブロークン・イングリッシュがある。

<身につけるべきは「成果を出す」ための英語>
・こうした正しいニュアンスを含め、日本人とビジネスパーソンが身につけるべき英語とは、「プラクティカル・イングリッシュ」である。「プラクティカル(実践的)」とはすなわち、「成果を出す」ということだ。

<慣れない英語で結果を出す「4つの秘訣」>
・1つ目は、当然のことだが、相手の感情を不必要に害するような表現を使わないこと。

2つ目は、相手のやる気や自分に対する共感を引き出すこと。

3つ目は前任者との違いを行動で示すこと。これが最も大事である。

4つ目は、自分の“特技”を披露するなどして人間として親近感を持ってもらうこと。私の場合、けん玉の妙技を見せたところ、面識のない相手でも一気に距離が縮まった経験がある。芸は身を助く、は本当だ。

<相手の国を知り、文化を理解する>
・そしてニュアンスが皮膚感覚でわかれば、ブロークン・イングリッシュでも十分なのである。だから日本企業も、英語の社内公用語化は入り口にすぎず、これからは、海外勤務歴や現地での実績を昇進や査定の大きな評価基準にしていくことが求められるだろう。

<リスニングは“ながら族”、スピ―キングは“実況中継”――一人でもできる3つの学習法>
<「和文英訳」は英語じゃない>
・日本人は中学・高校で6年、大学も入れれば10年の長きにわたって英語を学ぶ。世界で最も長い学習時間を費やしているにもかかわらず、これほど英語を苦手とするのはなぜなのか?その原因は、日本の英語教育に浸透している3つの“勘違い”に起因する。誤った学習法として銘記されたい。
 1つは、英語力は「和文英訳」「英文和訳」できる能力だという勘違いだ。だが極端な話、和文英訳(された栄文)は、英語ではないと思ったほうがよい。和文を英訳してみたところで、「そんな英語表現はあり得ない」というものがゴマンとある。

<「減点教育法」では英語は身につかない>
・極めつきは“減点教育法”だ。英語教師はスペルやカンマ、大文字や小文字などのミスを理由に不正解とするが、この採点法が生徒から学ぶ意欲を奪うのである。

<「1年間・500時間」が分岐点>
・海外を相手にビジネスをする、あるいは社内で外国人と問題なく仕事を進めるためには、最低でも、TOEICなら700点は欲しい。そのための学習法は、すでに600点台以上のスコアを有する場合とそうでない場合とで大きく分かれる。
 まず、600点台に達していない場合、やるべきことは2つ。語彙や文法など、基本をしっかり覚えることと徹底的にリスニングをすることに尽きる。これに1年間で500時間を充てる。

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