2309年、山積する地球規模の未解決問題が限界を迎え、世界大戦に突入。(2)


「縄文宇宙文明の謎」
(高橋良典) (日本文芸社) 1995/2



<3大奇書>
・日本の3大奇書と言われる竹内文書によれば、アシカビキミヌシの後をついで、世界の王となった上古第二代天皇ツクリヌシキヨロズオは、日本の「磐城ノ国」に地下都市を作り、地球の大異変を生き延びた後に「父の山」から、神去ったというのだ。

・この「磐城ノ国」がどこにあったかーそれは中国の史記に記された黄帝(アシカビキミヌシ)の後継者、高陽帝の地下都市が「山海経」の中で、紀伊半島にあったと記されているところから、「磐城ノ国」は紀伊半島の地下都市を指していると見られる。

・この紀伊半島の地下都市は「山海経」では、「方丘」と呼ばれている。高陽帝は、この時代に紀伊半島の地下都市に世界の都を置いて、地球上の各地に住む五色人を治めた。その時代に天皇と皇子たちが、前代に引き続き太陽系の別の惑星や銀河系のかなたの星とも交流を持っていたことは、「神代の万国史」の記録を見れば明らかである。上古第三代天皇キノクニミヌシは、大型宇宙船8隻、小型宇宙船16隻を作らせた後、これに乗って地球各地を視察した。天皇は、万国を巡幸した後、常磐国大付浜(福島県双葉郡大熊町大川原)のあたりを経て神岡(岐阜県神岡町)に帰還した。

・上古第三代天皇の世に大異変が発生して、地球は泥の海となり、万物がことごとく死滅した。このとき天皇一族397人は、飛騨高山と紀伊半島の大台ヶ原の二ヶ所から宇宙船に乗って地球を脱出し、災難を逃れた。その後、天皇は、天越根中国(富山、岐阜、長野の県境)に天降り、皇太子は同地の鷲羽山に天降り、その他の皇族も日本の各地の山々に天降った。



「タリズマン」
(グラハム・ハンコック、ロバート・ポーヴァル)
(竹書房)2005/6



<神の都市の建設>
・ヘルメス文書は、一貫して、都市を重要視している。「ピカトリクス」に登場する魔法の「宇宙都市」アドセンティンに注目した。遠い昔に、ヘルメス、トリスメギトスが建設し、天界の好ましい影響が住民に流れ込むように設計されていた都だ。さらにこれに似た、神々によって建設された魔法の都市が最も有名なヘルメス文書「アスクレピオス」にも出てくることも指摘した。後者は、興味深いことに、過去の都市ではなく予言された都市、未来の都市として描かれている。この都市は、「夕陽に向かって築かれた」。そこに向かって「限りある命の人間はみな陸路海路で急ぐだろう」という。

・ 「神の都、天上の都、太陽の都」などと呼び名は様々だが、「空の上にある都市」の不完全な複製あるいは先駆けを地上に建設する思想は、古代エジプトの「ピラミッド・テキスト」(紀元前2300年ごろ)に既に登場する。またこれがヘルメス文書(紀元前100年~紀元後300年ごろ)の中心テーマであった。この都市の執着はカンパネッラの人生を左右することにもなった」



「神々の予言」
(ジョージ・ハント・ウィリアムソン)(ごま書房)1998/9/1



<神になった「シータ・ユニバース」のエルダー>
・ 彼らは、物理的な世界に住む、物理的な肉体を持った生命体ではあったが、厳密に言えば、今の我々のような三次元の世界のみで生きる生命体ではなかった。彼らは、種族全体で、はるか遠い昔から、時間と空間を超越した存在になることを目指していた。つまり、惑星や太陽系といった物理的な世界に束縛されない、非物理的な存在になることを夢見ていたのである。彼らは、時空を超越することにより、自分たち自身が神になるための方法を探究していた。
 そして結局、この地球が、彼らの住みついた最後の世界となった。なぜならば、地球にやってきて間もなく、彼らは、その創造的な想念パワーに磨きをかけ、ついに物理的な束縛を完全に克服するに至ったためである。
 彼らは、神になった。時間と空間を完全に超越した彼らに、地球や銀河に縛られている必要は、もはや全くない。彼らは、自由になったのだ!
 彼らは「シータ・ユニバース」すなわち「八番目の宇宙」あるいは、「想念宇宙」の一員となったのである。
「エルズ」と呼ばれるようになったのは、その「シータ・ユニバース」への到達によってである。それより前は、単に「サイクロップス」と呼ばれていた。「エルズ」または「エル・レース」という呼び名は、彼らが物理的な束縛から自由になるために用いた手段に由来する。
彼らは、「直角位相シフト」の理解と、その有効利用により、地球や銀河系宇宙を離れそこを後の人類に開放した。「直角位相シフト」、そうなのだ、{エル(L)}という文字、まさに「直角」なのである。
 そして、現在この地球には、ここに最初に住みついた彼らに由来する単語が、数多く残っている。彼らの別名「エルダー・レース」の「エルダー(elder)」も、その一つである。「エル」はもちろん、{L}を意味し、「ダー(der)」は、「由来する(derive)」の短縮形である。

<地球に留まった宇宙人の使命とは>
・ 「地球の惑星上には、一つ目の偉大なエロウヒム(神)の存在があり、彼の放射する波動が地球全体を覆っている」
 クスミ師が、あの偉大な種族、エルダー・レースの一員について語っていることは明らかである。1956年の時点で、もはやエルダー・レースのほとんどはこの地球にはいなかったが、彼らの一部はなおもここに残り、地球の教師、聖者、賢者たちに対するメンターとして活動し続けていた。



「神々の予言」
(ジョージ・ハント・ウィリアムソン)(ごま書房)1998/9/1



<ムー大陸の賢者たちは宇宙人であった>
・人類に先駆けて地球上に住んでいた最古の生命体。

・十億年前の地球。この地球が十分に冷え、生命体の居住が可能になったとき、宇宙の彼方から、ある種族がやってきた。彼らは、我々と違い“真の人”の種族だった。
彼らは「サイクロップス」すなわち「一つ目族」として知られる種族で「秘密の資料」のなかでは「エル(L)・レース」または{エルズEls}として紹介されている。
彼らは時間のあらゆる巨大な周期に乗り、常により快適な宇宙の住みかを求めて、限りない星の道を旅してきた「巨人」だった。
今でも彼らは、時空の別の次元の旅を続けている。「神の種族」あるいは「エルダー・レース」との呼ばれている。その種族こそ、我々に先駆けての地球に住んだ、最初の生命体である。エルダー・レースの一部の人々は、真のサイクロップスだった。つまり、目が一つしかなかったのである。その他の人々は、我々と同じように二つの目を持っていたが、それには別に「心眼」というもうひとつの目を発達させていた。彼らの身長は、平均3.7メートルもあり、男性と女性とに分かれてはいたが、今日我々が理解しているような性別とは異質のものだった。

・彼らは、地球にやって来る前に銀河系宇宙内のあらゆる空間を旅し、そこに存在した数限りない太陽や惑星をことごとく自分たちの影響下においた。彼らは、ある天体が居住可能な状態になるや、他の生命体に先駆けていち早くそこに住み、やがてその天体を去るときはいくつもの巨大な都市からなる彼らの地底王国と膨大な資料を残していくのが常だった。
 宇宙の歴史その他に関する情報を満載したその資料は、小さなクリスタルに記録されて、ある種の電磁場に囲まれた状態で保存されているが、後にその天体に住んだ敏感な人によって感知され、ときおり日の目を見ている。



「口語訳 遠野物語」
(柳田國男)(河出書房新社)2014/7/8



<河童(かっぱ)の子>
・ 川には河童が多く住んでいます。が、猿ヶ石川はとくに河童の多い川です。
松崎村の川端の家で、二代とも続けて河童の子をみごもった者がいます。生まれた子供は、切り刻んで一升樽に入れ、土の中に埋めましたが、その姿かたちはまったくみにくいものでした。
 女の聟の里、は、新張村の何某といって、これも川端の家です。これはすべて、その家の主人から聞いた話です。
松崎の川端の家の人たちが、みんな畑へ出かけたときのことです。夕方になって帰ろうとしたところ、この女だけがひとり、川べりにうずくまって、なぜかにこにこと笑っていました。つぎの日の昼休みにも、同じことがありました。
 こんなことが何日か続いたあと、(その女のところへ、村の何某という者が毎夜通ってくる)という噂がたちました。はじめは、聟が浜のほうへ駄賃付に行った留守にだけ、そっと訪ねてきましたが、後には、その女が聟といっしょに休んでいる夜にも来るようになりました。
 このころになると、(それはきっと何某ではなくて河童に違いない)という評判が高くなりました。
 そこで、親戚の人たちも心配し、みんなでこれを守ろうと、いろいろ手をつくしましたが、なんの効果もありませんでした。最後に、聟の母も行き、娘の横に寝て河童を待つことにしました。真夜中になり、その娘の笑う声がしました。(さては、河童が来ているな)とわかりながら、その人は声も出ず、体も動かすこともできなかったというのです。
 その時の娘のお産は、とても難産でした。知恵のある人が「馬槽(うまふね)に水をいっぱい入れ、その中で産めば安産できる」と言うので試してみますと、やはりそのとおりでした。
 生まれたその子には、手に水掻きがありました。実は、この娘の母親もまた、昔、 河童の子を産んだことがあり、(これは二代や三代の因縁ではない)という人もいます。

(河童)
日本各地で、人々に恐れられながらも、愛され続けている妖怪。西日本では、ガタロ、九州なのではガラッパ、ヤマワロなど河童方言は数多くあります。馬を水中に引き入れたり、女の人のお尻をさわりにきたりと、いたずら好きな話が多く伝わっています。

(河童の子を産む話)
この話は、実話として語られていますが、遠野地方には、「河童婿入り」という異類婚姻譚が伝えられており、村人たちが「河童にちがいない」と噂話をする背景として考えられます。
 昔話では、切り刻んで雪隠(せずん)(せっちん・便所のこと)の隅に埋めたはずの河童の子は、夢の中の言葉通り、河童に連れ去られることとなり、これもまた現実との相関で考える必要があるでしょう。



「人はなぜ異星人を追い求めるのか」
(ジュエル・アカンバーク)(太田出版)2003/8



<シャンバラと呼ばれる霊的な同胞の似姿>
<ユナリウス科学アカデミー>
・ 人類は、無限の創造性を持った知性の一部分であって、シャンバラと呼ばれる霊的な同胞の似姿なのである。シャンバラは、3次元的ではなく、「4次元的エネルギー体系」の一部を構成する精神を持っている。人間は寿命がつきたときも、ただ「周波数を変える」だけなのである。

・フランク・ストレンジス博士によると異星人たちの大半は、ヒューマノイドだと考えていた。「例外は、巨大な頭と、口がわりの裂け目、それに大きな目をした連中です」。ETのなかには人間と同じように「創造された存在」もいるという。

・彼らは惑星の上で進化し、宇宙船に乗って恒星間空間を越えてくるのである。しかし、「天国のような場所」、正真正銘の天国から来る天使や悪魔もいる。彼は天国が「宇宙の端」にある現実の場所だと信じている。フランク・ストレンジスの宇宙論では、異星人は天使ではないー両者は別々の存在で、肩を並べて働いている。一方、グレイ型異星人は、堕天使で、地球の内部に住み、南北の極近くにある洞窟からやって来る。「この連中は、悪い悪魔の勢力で、UFOの概念全体を妨害し続けているのです」。
ストレンジスは、ジョージ・アダムスキーの全盛期だった1950年代に逆戻りしたような人物だった。



「人はなぜ異星人を追い求めるのか」
(ジュエル・アカンバーク)(太田出版)2003/8



<カリフォルニアに多いUFO団体>
・私は、手始めにロサンゼルスの心霊団体(エーテル界協会)を訪れた。場所は、昔のハリウッドの心臓部から遠くない。

・彼の説明によると<エーテル界協会>は金星や火星、木星、土星には知的生物が住んでいると教えているらしい。この情報は、1954年に、ジョージ・キングという地球外生命体の「選ばれた首席地球内精神チャネラー」にもたらされたものである。「ジョージ・キングは、この太陽系にいる知的存在と交信しているのです」。モーズリーは、「この太陽系」という言葉に力をこめて、それがどんなに驚くべき情報であるかを強調した。これはアンドロメダ銀河からの信号を捉えるというのとはわけが違うー夜空にはっきりと見える惑星に住む生物との直接交信なのである。

・異星人に取り付かれているのはアメリカ西海岸だけにかぎらないが、カリフォルニアが特別なのはUFO団体の数の多さである。細かな点では意見の食い違いがあるものの、どの団体も近ぢか別の惑星から生物がやって来るという点では一致している。

<エーテル界協会>は、異星人が2035年以前のある時点に到来すると信じている。南へ下って、サンディエゴ近くにある<ユナリウス科学アカデミー>は、<スペース・ブラザー>たちが2001年に地球に着陸すると教えている(以前は、1976年にやって来ると予言していたのだが、大恥をかいたため、必要に迫られて改訂したのである。

・ロサンゼルスに支部を持つ別の団体(ラエリアン・ムーブメント)は、到着を2015年以前のある時点と定めている。<ラエリアン・ムーブメント>は、誰かがエルサレムに専用の大使館を建設してやったら、異星人はやって来ると信じている。多くのUFO団体は、本質的にカルト団体ではなく、懐かしい1950年代風のUFOクラブに近い。

・集団自殺事件を引き起こした「天国の門」のメンバーは、まさにマインド・コントロールされたカルト団体だった。「天国の門」カルトのメンバーたちは、1から10まで思い違いをしていた。



「人はなぜ異星人を追い求めるのか」
(ジュエル・アカンバーク)(太田出版)2003/8



<誰も信じるな!!>
・「誰も信じるな」がテレビ・シリーズ<X-ファイル>の呪文である。これは、怪しげな情報が飛び交う時代に打ってつけの哲学だ。嘘がこれほど職業的に作り出される時代はいままでなかった。イカサマ師でさえ上級イカサマ大学の学士号を持っている。馬鹿げた思いつきを持っている?だったらインターネットにウエッブ・サイトを開きなさい!インターネットでは、地球外生命体というテーマはセックスについで人気のある話題として名高い(しかし、いっておくが、これはデジタル世界から典拠不明のまま発生した古典的なインターネット神話の一つである)。新しい電子メディアは、冗漫なUFO神話を発信するには最適の道具だ。その神話に本筋はなく、あるのはただ、山のような仮説と秘話、到底本当とは思えない目撃談、各種の(ナンセンスで補強された)ヨタ話だけである。インターネットに接続すれば、超常現象のサイトからサイトへとジャンプし、真面目なUFO研究家の文章から、ただのイカれ野郎の落書きへと渡り歩いて、陰謀の無限のネットワークを果てしなく散策することができる。異星人神話の無政府状態それ自体が、このジャンルがこれほど魅力的な理由の一つなのである。
<X-ファイル>の脚本家と製作者たちはそのことを完璧に理解していたー何年間にも渡って何百万という人々が、異星人に関連するなにかの密約を隠蔽しようとする巨大な政府の陰謀がうんざりするほど、ゆっくりと明らかになっていく様子を見続けた。番組は、1993年に始まった。ちょうど異星人というテーマが文化の中で勢いづき始めた頃である。原案者のクリス・カーターは宇宙の異星人というテーマを控えめに扱った。それどころか、最初のうちは異星人が実際に登場するのはタブーだった。初期の中心的脚本家の一人、グレン・モーガンは、カーターがこういっていたのを覚えている。「異星人を見た瞬間、この番組は終わる」



「異人・河童・日本人」
(日本文化を読む)(住谷一彦・坪井洋文・山口昌男、村武精一)
(新曜社)1987



<記号論から見た岡正雄の指標>
1、異人が幾度にか又季節を定めて訪来したこと。
2、異人は、先住民より亡魂又は死者そのものへと考えられたこと。
3、異人は海の彼方から来るものと信じられたこと。後には山中の叢林より来るとも信じられるに至ったこと。これは、結局、高い所から来る者と、海の遠い所から来る者とは、記号的に等価である、ということでしょうね。
4、異人は、畏敬されつつも平和的に歓待されたこと。
5、異人は食物の饗応時に初成物を受けたこと。オーストリアとかドイツで領主というのは異人だったと思います。
6、異人は、海岸地に住まずして山中の叢林中に住みしこと。
7、二つの象徴的二元論の原理というのが形成される。
8、異人が土民の女と結婚する必要のありしこと。
9、異人とその女との間に出来た子供が特殊な社会的宗教的性質を有せしこと。
10、異人は入社式、男子集会所の起源をなしたこと。
11、異人は異人たることを表徴する杖及び『音』を有せしこと。
12、仮面が男女二つあること。女異人が山中に住むということ。
13、異人が訓戒、悪事摘発をなし、豊作を齋し、又は齋さしめんことを任務としたこと。
14、異人が季節、殊に収穫期、冬至と関係したこと。
15、異人は季節が来ると、その出現を期待されたこと。
16、異人、若しくは神は常に村に留まらないと信じられたこと。「おどまぼんぎりぼんぎりぼんからさきゃおらんど」というのは子守の歌と教えられていますが、外から訪れた異人の歌だ、という説があります。
17、異人の出現の際は、女子、子供は閉居したこと。
18、異人のタブーが財産の起源となったこと。
19、異人がフォークロア化して遊行歌集団となったこと。
20、遊行人は畏装し、杖と音とを有し、饗応を強制し、或いは、略奪を敢えてし得ること。
21、遊行人が神話、神の系譜を語り、或いはこれを演技で表現すること。
22、遊行歌謡団から伊達者が発生したこと。
23、侮蔑されつつも、また高位階級に属するとされたこと。

<まれびと>
・まれびとは、はるか遠方の海の彼方の異界から時を定めて訪れる霊的存在。まれびとの下す宣詞はこの世に顕れた初めての詞であり、まれびとの演じた村人の所作は芸能の発生を示すものだった。



「異人・河童・日本人」(日本文化を読む)
(住谷一彦・坪井洋文・山口昌男、村武精一)
(新曜社)1987



<異人は、経済交流とも関係していた>
<異人その他><日本民族の起源>
・アメリカ大陸の神話の中にスサノオ神話と同質のものが入っているらしい。もしそうだとすれば、スサノオ神話の歴史的な遡源は3万年近くまでさかのぼってしまうことになります。

・ストレンジャー(異人)が主役を演じる。

・大人(おおびと)というようなストレンジャーがあり、山姥が暮れに市に出るとその市が終わる、という話がある。

・経済史の中で、経済的な事象の中に「市に山人、異人、山姥、鬼が出現し、何程か市行事の構成に散ずるといふ事。つまり交易の相手たる『異人』の問題が考へられる」と書いておられます。要するに、ひとつの社会の対象化するために、そういうふうな異人が出現することが、いかに重要だったかということが、このへんで、明らかにされていると思います。



「世界の複雑性についての対話」
(ベルナール・ボヴィエ・ド・フォントネル)(工作舎)1992/11/20



<私が月に住まわせるのは全然人間ではない住人なのだ>
・この作家の主題は、世界、つまり「系」の複数性、言い換えると多くの恒星のそれぞれが太陽系に似たひとつの世界の中心だというテーマである。しかしそれにともなって作者は、地球のように人間の住む世界がほかにも多数あり得るという仮説を微に入り細にわたって繰り広げており、むしろこちらのほうが本題の感を呈しているが、このような主題に先立つ前提として、まず彼はコペルニクスの地動説とデカルトの渦動論をミックスさせた新しい宇宙論を展開する。
(17、18世紀屈指のベストセラー)

・1686年に出版されるや、たちまち大ヒットとなり、同年中に三版を重ね生存中に33回も重版に及ぶ、17,18世紀屈指のベストセラーになった。



「訪れる神々」(神鬼・モノ・異人)
(川村湊・諏訪春雄)(雄山閣)1997/9



<典型的な「訪れる神」の性格>
・そこで、「訪れる神」、来訪神というのは数ある外来神の中で何を指すのかが決め手となります。まず、第一は、他界から導入された神であること。これがまず、第一の尺度である。こうなってくれば、他界から訪れる鎮守神の多くは外来神とイコールとなるのです。そこで、他界を問い詰めてみなければならない。他界とは、この世に対するあの世を意味する。だから、当然あの世からこの世にやって来た神であるわけです。ただし、あの世は死後の冥界と限定するわけにはいかないのです。
これは当然でしょう。つまり、折口先生も言われておられましたように天上、海上、地上など宇宙空間的他界があります。同じ地上であっても地域社会共同体以外の地理的、社会的空間もまた他界と観念される時代があったわけですから、いずれにしましても、その原郷、神々の故郷なる他界でなくてはならないのです。

第二は、原郷の他界は宗教的雰囲気に満ちた空間であるということです。宗教的雰囲気というと、ちょっと語弊があるかと思いますが、要するに神の霊気が満ち満ちているところです。

第三は、この世を訪れた外来神が、そこで神の霊力を発揮して費消し尽くした時には、つまり全部の霊力を使い果たしてしまった場合には、再び、原郷の他界に帰って、その霊力の補填・充実、蘇生が可能であるというコスモロジーが定立している、という一種の神話的からくりを持っていることです。

第四に、訪れる神は強力な憑依力を持っています。

第五番目には、憑依定着の期間は短時日であることです。飛来神でも漂着神でも外来神は、元来は定着神ではありません。しかし、滞在神ではあるんですね。



「犯しと異人」 (昔話の基層) 
(廣川勝美)(人文書院)1986/5



<異人、神々やモノ>
・そのように犯される異人であるが、神々やモノは、神話や昔話の主人公として、聖なる形姿をもった顕れとして登場するのではない。むしろ、およそ聖なる役割を担っているものの姿に反するような俗なる形姿をもって登場する。それどころか、異人は、忌避される賤なる形姿をもって顕れであることによって、はじめて聖なる役割を果たす。岡正雄氏は、異人にいついて「畏敬と侮蔑との混合した心態を以って、之を表象」するといい、「山人、山姥、山童、天狗、巨人、鬼、その他遊行祝言師」などをあげる。基本的に今も受け継ぐことの出来る考えである。さらに小松和彦氏の言うように「民族社会の外部に住み、さまざまな機会を通じて定住民と接触する人々を異人と総称しよう。



「テオドールから地球へ」(地球は第4密度へ移行する!!)
(ジーナ・レイク)(たま出版)1995/12



<ネガティブなシリウス人>
・ネガティブなシリウス人は、第3、第4、第5密度の存在なので、地球で転生した彼らの全てがスターピープルとなるわけではありません。第3密度のオリオン人はスターピープルではありません。地球上のネガティブなオリオン人のほとんどは、転生後の存在であり、ほとんどが第4密度のスターピープルかウォーク・インです。彼らの多くが第4密度の存在であるということから、地球を訪れている地球外生命体グループの中で、彼らが種族全体として最も発達レベルの低い存在であるということが言えます。

・第5密度の黒服の男達は、物質化していますが、極めてまれな存在です。黒服の男達は、第5密度のネガティブなオリオン人です。彼らは、自分達の任務を遂行するために、時として(物質化を通じて)肉体に宿る方法を取ります。したがって、彼らは必要なときにはどんなものでも物質化することができ、また元に戻すことも自在です。彼らが宿る肉体は通常男性のものであり、1940年代に見られた、ダーク・スーツに帽子といった、時代錯誤的なものです。

・彼らの肌は青白く病的に見え、その姿は醜く表情がありません。彼らを見た人は極めて奇妙な印象を感じますが、それは彼らが着ているもののせいでも、のっぺりした表情のせいでもありません。彼らの物腰全体が、人々に奇妙な感じを与えるのです。黒服の男達はあなた方の文化を十分に学んでいないため、あなた方と同じように振舞うことができず、それがあなた方に変な印象を与えるのです。

・彼らはただ、あなた方の政府が、UFOに関する情報を漏らさないためならどんなことでもするのだと、あなた方に信じ込ませたいのです。人々にこうした印象を与えるのは難しいことではありません。政府は、実際、UFOに関する報告の隠蔽工作を行なっているからです。政府のそうした隠蔽行為のおかげで、黒服の男達の仕事は非常にやりやすくなっています。



「テオドールから地球へ」 (地球は第4密度へ移行する!!)
(ジーナ・レイク)(たま出版)1995/12



<シリウス人>
・ポジティブなシリウス人は、あなた方の星においてネガティブなシリウス人がしていることを気にはしていません。ポジティブなシリウス人は、ネガティブなシリウス人の手の内を熟知していますし、彼らの行動を近くからモニターしています。ネガティブなシリウス人の仕事をポジティブなシリウス人の任務の邪魔になったときには、ポジティブなシリウス人は、ネガティブなシリウス人を抑止します。

・あなた方の惑星はある種の戦場です。そう聞いて驚いてはいけません。地球の歴史は、常に光と闇の戦場としての歴史でした。これはいつも変わらず真実なのです。闇に向かう力が強まっていますが、幸いなことに、これまでのところ光に向かう力のほうが闇の力をはるかに凌駕しています。さらに、光に向かう力には、常に、闇の力を知り尽くしているという強みがあるのです。

・ポジティブなシリウス人は、チャネリング、霊的能力、潜在意識、夢を通じて彼らの任務の遂行を続けるでしょう。彼らは必要があれば物質化しますが、たいていは霊的存在にとどまっています。彼らが自分達の姿を物質化しないということは、彼らの存在の意義を損なうものではありません。

・彼らはあなた方の世界に関わっている地球外生命体のグループの中で、最も重要な存在なのです。彼らは今までと同様、これからもあなた方を導き、あなた方に手を貸していきますが、彼らはこれまで以上の理解と英知をもってあなた方を導くでしょう。かってあなた方の教師であり、『神』であったことから、彼らは多くのことを学んだのです。



「遠野のザシキワラシとオシラサマ」
(佐々木喜善)(宝文館出版)198/4



<奥州のザシキワラシの話>
<子供の時の記憶>
・ 私達は、幼少の時分、よく祖父母から炉辺話に、ザシキワラシの事を聞かせられたものである。そのザシキワラシとはどんなものかと言えば、赤顔垂髪(さげがみ)の、およそ5、6歳の子供で、土地の豪家や由緒のある旧家の奥座敷などに出るものだということであった。そのものがおるうちは家の富貴繁昌が続き、もしおらなくなると家運の傾く前兆だとも言われていたという。私達は、初めはその話を只の恐怖を持って聞いていたものであるけれども、齢がやや長けてくると、一般にこの種のものに対していだくような、いわゆる妖怪変化という心持ではなく、何かしらそのものの本来が私達の一生の運不運と関係があるので、畏敬の念さえ払うようになったのである。世間でもまたこの通りとか、何処の何某の家にそのものがおるといえば、他では羨望に表した、多少の畏服を感じ、また本元でも吉端として、ひそかに保護待遇に意を用い、決して他の妖異におけるがごとく、駆除の祈祷や退散の禁呪などは求めぬのである。



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