「大地の重荷」=増えすぎた生類が戦争につながる、という構造が共通している。(1)



『マハーバーラタ入門』  インド神話の世界
沖田瑞穂   勉誠出版   2019/5/10



<『マハーバーラタ』>
・全18巻、約10万もの詩節より成る古代インド叙事詩『マハーバーラタ』。これは従兄弟同士の戦争物語を主筋とし、その間に多くの神話、説教、哲学が織り込まれた、膨大な書物である。その言語はサンスクリット語、古代インドの言葉で、ヨーロッパのラテン語に相当する位置づけである。

・『マハーバーラタ』の主筋の物語は、決してハッピーエンドではない。登場人物のほとんどが戦争で命を落とし、勝者もやがて死に赴くという、結末だけを見ると悲劇である。物語では、何億という人間が戦争で命を落とした。この途方もない数字は、神話的数字である。インド人は数字を巨大にするのが得意だ。そして、生き残ったのはたったの10人。味方側が7人、敵方が3人だ。そこで、この物語を「静寂の情趣(シャーンタ・ラサ)」とよぶこともある。

・この叙事詩の最大の英雄といえば、アルジュナであろう。彼は神弓ガーンディーヴァを自在にあやつり、神々から多くの武器を授かり、戦争において無比の活躍をした。しかし戦争のあと、その神的な力も翳りを見せる。神弓の力を十分に扱うことができなくなったのだ。その頃、彼は死期を悟って、ガーンディーヴァを海神ヴァルナ神に返すため海に沈め、兄弟たちと、妻ドラウパディーとともに最後の旅に出る。

・このような英雄と武器との分離というモチーフは、ケルト圏のアーサー王物語に似ているところがある。アーサー王も、剣の英雄と言っていいほどに、剣と一心同体の関係にあった。しかし死が迫ると、その剣――エクスカリバーとして有名な剣――を湖の乙女に返し、そして死に赴く。英雄は、一心同体である武器と離れた時、それが死の時なのだ、ということかもしれない。このことに関して、我が国のヤマトタケルも想起される。彼もまた、旅の途中で草薙の剣をミヤズヒメの元に置いて出かけ、その後病を得て、失意の中、故郷を想いつつ命を落とした。『マハーバーラタ』を読み解くことで、実はこの物語が、世界各国の神話とも深い関連にあることに気づく、これもこの巨大な書物の面白いところである。

<宇宙のはじまり>
・この世にまだ光がなく、全てが闇におおわれていた時、生類の不滅の種子である、一つの巨大な卵が生じた。それは宇宙期(ユガ)の最初のできごとであった。その卵から創造神ブラフマーが誕生した。そのあと神々、聖仙や、この世に存在するあらゆるものが生じた。
 やがてユガの終わりが訪れる。その時世界は再び帰滅する。チャクラ(輪)が回転するように、この世も回転して生成と滅亡を繰り返す。
 三つ目のユガ、ドゥヴァーパラ・ユガから、最後の四つめのユガ、カリ・ユガに入る時に、『マハーバーラタ』の大戦争が起こった。ヴィヤーサ仙が十万の詩句を費やしてこの叙事詩を語った。

<あらすじ>
・その主題はバラタ族の王位継承問題に端を発した大戦争である。物語の主役はパーンダヴァ(「パーンドゥの息子たち」という意味)と総称されるパーンドゥ王の5人の王子と、彼らの従兄弟にあたる、カウラヴァ(「クル族の息子たち」という意味)と総称される百人の王子である。この従兄弟同士の確執は一族の長老、バラモン、英雄たちに波及し、周辺の国々も巻き込んで、やがてはクルの野、クルクシェートラで18日間にわたって行われる大戦争に至る。

・『マハーバーラタ』の主筋の大まかな流れは以下の通りである。
●(パーンダヴァ五兄弟とカウラヴァ百兄弟の誕生)
・ユディシュティラ、ビーマ、アルジュナ、ナクラ、サハデーヴァの五人のパーンダヴァが、それぞれ法の神ダルマ、風神ヴァーユ、神々の王インドラ、双子神アシュヴィンの子であることが語られる。ドゥルヨーダナを長兄とするカウラヴァ百兄弟は、アスラの化身として誕生した。

●(ドラウバディーの獲得)
・パーンダヴァ五兄弟は母クンティーとの放浪の旅の途中で、ドルパタ王の王女ドラウパディーの婿選び式(スヴァヤンヴァラ)に参加し、アルジュナが弓の競技に勝利してドラウパディーを妻に得た。ドラウパディーはクンティーの言葉により、また前世からの因縁により、五兄弟の共通の妻となった。一妻多夫婚というきわめて稀な結婚形態である。

●(骰子賭博と王国追放)
・結婚して帰国した後、王国を獲得した五兄弟であったが、骰子賭博を好むユディシュティラが、カウラヴァの長男ドゥルヨーダナと、その叔父シャクニがしかけたいかさまの骰子賭博に負け、王国を失う。五兄弟とドラウパディーは放浪の旅に出る。

●(12年間の放浪、13年目の正体を隠した生活)
・六人は12年間放浪の旅を続ける。この間、ユディシュティラは父神ダルマ、ビーマは兄神ハヌマーン、アルジュナは父神インドラとシヴァに会い、通過儀礼を経て、おのおのの特性を一層活かしたすぐれた英雄となる。13年目は、正体を隠してヴィラータ王の宮殿でそれぞれの特技を活かした生活をする。

●(大戦争)
・やがて13年の王国追放の期間が終了するが、カウラヴァ側が王国を返却しようとしないので、周囲の国々を巻き込んだ大戦争に発展する。この戦争でクリシュナがアルジュナに説いたのが有名な「バガヴァッド・ギーター」である。戦争は18日間続き、アルジュナの戦車の御者を務めるクリシュナの詐術によって敵方の将軍が次々に倒され、最終的にパーンダヴァ側の勝利に終わる。

●(夜襲)
・カウラヴァ側の将軍ドローナの息子アシュヴァターマンは、父がパーンダヴァに詐術によって戦場で殺されたことを恨み、勝利に酔うパーンダヴァの陣営に夜中密かに潜り込み、殺戮をほしいままにした上、焼き討ちする。この時不在であった五兄弟とクリシュナなど主要な英雄を除いたほとんどの英雄たちが命を落とす。

●(ユディシュティラの即位とパーンダヴァの死)
・こうして双方ともに大きな傷を負った戦争は終わり、ユディシュティラが即位する。しかしやがて五兄弟の神的な力も陰りを見せ、兄弟とドウラパディーは山へ死の旅に出て、そこで一人ずつ人間としての罪を問われながら命を落とす。死後は一旦地獄を経験してから天界へ昇った。

<大地の重荷>
・4つの宇宙樹(ユガ)の最初、クリタ・ユガの時代に、大地はくまなく多くの生類によって満たされていた。その頃、神々との戦いに敗れたアスラ(悪魔)たちが、天界より落とされて地上に生まれ変わった。彼らは人間をはじめとして、乳牛、馬、ロバ、ラクダ、水牛、肉食の獣、象、鹿など、さまざまな生類に生まれ変わった。天界から地上に落とされたアスラたちのうち、ある者は、力ある人間の王として生まれた。尊大な彼らは、海に囲まれた大地を取り囲み、バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラや、他の様々な生類を苦しめ、恐れさせ、殺戮しながら、幾度なく大地のあらゆる場所を歩き回った。不浄で、武勇に慢心し、狂気と力に酔った彼らは、隠棲所に住む偉大な聖仙たちをあちこちで傷つけた。

・このように力に奢ったアスラたちによって、大地の女神は苦しめられた。風や蛇や山々は、もはやアスラたちに制圧された大地を支えることができなかった。重圧に悩み、恐怖に苦しめられた大地は、全生類の祖父であるブラフマー神に救いを求めた。

・「大地の重荷を取り除くために、それぞれの分身によって地上に子を作りなさい」。
 インドラをはじめとする全ての神々は、ブラフマーの命令を聞いて、その適切な言葉を受け入れた。彼らは自分たちの分身によって大地のあらゆる所に行くことを望み、ヴァイクンタにいるナーラーヤナ(ヴィシュヌ)神のもとへ行った。大地の浄化のために、インドラはこの最高の存在に言った。「あなた自身の分身によって、地上に降下して下さい」。ナーラーヤナは、「そのようにしよう」と答えた。
 このようなわけで、やがて地上において「クルクシェートラの戦争」が行われ、多くの戦士が命を落とすことになるのである。

◆(「大地の重荷」のモチーフ)
・『マハーバーラタ』の大戦争の原因が「大地の重荷」の神話によって説明されているという点で、この神話は、ギリシャに伝わるトロヤ戦争の発端にかかわる神話とそっくりである。失われた叙事詩『キュプリア』の断片によると、あまりにも数の増えすぎた人間の重みに耐えかねた大地の女神が、その重みを軽減してくれるようにゼウスに嘆願した。ゼウスは彼女を憐れみ、まずテバイをめぐる戦争を起こして多くの人間を殺し、次に女神テティスを人間ペレウスと結婚させて英雄アキレウスを誕生させ、またゼウス地震と人間の女レダとの間に絶世の美女ヘレネを生まれさせた。そしてこの二人の主人公によって準備されたトロヤ戦争においてさらに多くの人間を殺し、大地の負担を軽減した。
「大地の重荷」=増えすぎた生類が戦争につながる、という構造が共通している。

◆繰り返される「大地の重荷」もモチーフ
・「大地の重荷」のモチーフは、第1巻の冒頭に語られるだけでなく、その後も何度か言及される。第3巻、ヤマ神の台詞「汝(アルジュナ)はヴィシュヌ(クリシュナ)とともに大地の重荷を軽減させるべきである」。
 第3巻、インドラ神の台詞「(クリシュナとアルジュナは)」私の命令により地上に生まれた。彼らは大地の重荷を取り除くであろう」。

◆「化身」とは
・「化身」というと、「アヴァターラ」というサンスクリット語が有名である。インタ―ネットで使われる「アバター」の語源である。しかし『マハーバーラタ』では、「化身」を指すのに、「アヴァターラ」は実はあまり使われず、「分身」を意味する「アムシャ」、あるいは「息子」を意味する「プトラ」が用いられる。神の息子として生まれた英雄は、その神の「プトラ」であり「アムシャ」である、「息子であり分身である」、ということになる。
『マハーバーラタ』では、登場人物はほとんどすべて、神々か悪魔か聖仙の「化身」とされる。

<マータリの地底界遍歴 1>
<ヴァルナ/ヴァールニーの御殿>
・インドラの御者マータリは、娘グナケーシーの婿探しを始めた。心の眼によって神々と人間の間を探すがふさわしい相手は見つからない。神々、悪魔、ガンダルヴァ、人間、聖仙の間にも気に入る婿は見つからない。そこでマータリは、竜族の間に婿を求め、地底界/地界に旅立ち、ナーラダ仙を案内役として様々な異界を見て廻った。

・ナーラダ仙は言った。
「全て黄金でできた、ヴァールニーを伴うヴァルナの住処を見よ。彼女(ヴァールニー=スラー)を得て、神々(スラ)は神々たること(スラター)を得た。マータリよ、王国を奪われたダイティヤ(アスラ、悪魔)たちの輝くあらゆる武器がここに見られる。それらは実に不滅で、流転し、神々に得られた。それを用いるためには力を必要とする。ここにはラークシャサ(羅刹)の種族とブータ(鬼霊)の種族がいる。彼らは神的な武器を持っていたが、かつて神々に征服された。
 ここヴァルナの深い海において、巨大な輝きを有する海中の火が、眠ることなく燃えている。また煙を伴わない火を放つヴィシュヌの円盤がある。ここに、世界を滅ぼすために作られた、サイの角(ガーンディー)でできた弓がある。それは神々によって常に護られている。それがガーンディーヴァ弓である。それは用いられるべきことが起きると、常に必ず十万の弓の力を発揮する。

◆武器の宝庫としてのヴァルナの宮殿
・様々な武器が海底のヴァルナの宮殿にあるとされる。ダイティア(アスラ)たちのあらゆる武器、ヴィシュヌの円盤(スダルシャナと思われる)、ガーンディーヴァ弓(アルジュナの武器)、ブラフマー神の杖(神話上の武器ブラフマ・ダンダ「梵杖」と思われる)、人間の王たちの武器など。

<マータリの地底界遍歴2  パーターラ>
・ナーラダ仙は言った。
「ここ竜(ナーガ)の世界の臍に位置する場所に、ダイティアとダーナヴァ(ともにアスラのこと)が多く住む、パーターラと呼ばれる町がある。動不動の生類はいかなる者であっても、水とともにそこに行って入ると、恐怖にさいなまれ、大声で叫ぶ。

・ここから、月の満ち欠けが見られる。ここで、月相の変わり目ごとに、神聖な馬の頭が現れる。それは金色に輝き、世界を水で満たす。ここでは、全ての水を身体とするものが落ちる(パタンティ)から、この最高の町はパーターラと呼ばれる。世界にとって有益なインドラのアイラーヴァタ象は、ここから冷たい水を取って、雲に注ぎ、それをインドラは雨として降らせる。
 ここに、様々な姿をした種々の大魚(あるいは鯨)たちが住んでいる。

・ここには、非法(アダルマ)に専心し、カーラ(時間・破壊神)に束縛されて苦しめられ、インドラに栄光を奪われたダイティヤたちが住んでいる。ここでは、ブータパティという名の、全ての生類の偉大なる主(シヴァ)が、全生類の繁栄のために、最高の苦行を行じている。

・ここに、牛の誓戒を守るバラモンたちが住んでいる。彼らはヴェーダの詠唱によってやつれ、生命を捨てて天界を獲得した、偉大なる聖仙である。常にいかなる所でも眠り、いかなるものも食べ、いかなるものでも着る、そのような者を、「牛の誓戒を守る者」と言う。
 象王アイラーヴァタ、ヴァーマナ、クムダ、アンジャナ、これら最高の象たちはスプラティーカの家系に生まれた。見よ、マータリよ、もしここに美質においてあなたの気に入る婿がいたら、我々は努力して彼のもとへ行き、婿に選ぼう。
 ここに、美しく輝いている卵が水中に置かれている。それは生類の創造以来、壊れることなく、動くこともない。その誕生や創造が語られるのを私は聞いたことがない。誰もその父や母を知らない。終末の時、そこから大火が生じ、動不動の生類を伴う三界全てを焼くであろうと言われている」。

◆(月と不死) 
・月と不死の飲料アムリタとが結びつけられ、月が生きた物たちを蘇らせるとされている。満ち欠けを繰り返す月は、世界の神話で死と再生の象徴である。
 日本でも『万葉集』に、月に「をち水」、若返りの水があることになっている。

◆(宇宙卵)
・本書の第1章の序に記したとおり、『マハーバーラタ』は宇宙卵の記述から始まる。原初の時に現われた卵である。そこから世界が生じた。その卵が、パーターラに世界の終わりの時まで存在し、時が来ると世界を火で滅ぼすのであるという。

<マータリの地底界遍歴3  ヒラニヤプラ>
・ナーラダは言った。
「これはヒラニヤプラと呼ばれる美しい大都市で、ダイティヤとダーナヴァに属し、幾百ものマーヤー(幻力)で動き回る。それはヴィシュヴァカルマンの少なからぬ努力によって建てられ、マヤ(アスラの建築師)が思考によって設計したもので、パーターラの表面に建っている。ここに、幾千のマーヤーを発揮し、非常に勇猛なダーナヴァたちが住んでいた。彼らは強力で、かつて恩寵を与えられた。インドラや、その他ヴァルナ、ヤマ、クベーラによっても、彼らを支配下に置くことはできなかった。
 ヴィシュヌの足から生まれたカーラカンジャというアスラたちや、ブラフマーの足から生まれたヤートゥダーナというナイルリタ(悪魔)たちが、ここにいる。彼らは牙を持ち、恐ろしい姿をし、疾風のように強力である。マーヤーと勇力を持ち、自らを守りながらそこに住んでいる。

・また、ニヴァータカヴァチャという名の、戦を好むダーナヴァたちがここにいる。あなたも知っているように、インドラも彼らを征服することはできない。マータリよ、あなたと、あなたの息子ゴーカムと、神々の王インドラとその息子は、何度も彼らに打ち破られた。
 
・マータリよ、金銀でできた家々を見よ。それらは規定に沿った仕事によって仕上がられている。猫目石により緑色で、珊瑚により輝かしく、水晶のように明るく、ダイヤモンドのように光り輝く。

・マータリよ、ここに誰かあなたの気に入る婿はいるか。あるいは、もしあなたが望むなら、大地(地底界)の他の方向へ行こう」。

◆(豊かな都としてのヒラニヤプラ)
・アスラの都ヒラニヤプラについては、『マハーバーラタ』の他の箇所で、アルジュナによって次のように描写されている。マータリと共にアスラ退治に出かけたときの描写である。
アルジュナは言った。「私は引き返しながら、意のままに動き、火や太陽のように輝く別の大きな都を見た。そこには宝石で作られた輝かしい木々や、輝く鳥たち、常に喜んでいるパウリーマ族とカーラケーヤ族がいた。

・マータリは言った。「プローマーというダイティヤの女と、カーラカーという大アスラの女がいた。彼女たちは神々の千年の間、最高の苦行を行った。苦行の終わりに、ブラフマーは彼女たちの望みを叶えてやることにした。彼女たちは、息子たちにわずかな不幸もないこと、神々、ラークシャサ、蛇によって殺されないことを望んだ。そして、この都がブラフマーによってカーラケーヤー族(カーラカーの一族)のために作られた。その都は空中を動き、善行で美しく輝き、あらゆる宝石に満ち、神々、ヤクシャ、ガンダルヴァの群れ、蛇とアスラとラークシャサによっても不可侵で、全ての願望と美質を備え、悲しみを離れ、病のない都であった。パウローマ族(プローマーの一族)とダイティヤのカーラケーヤ族が住む、この空中を移動する神聖な都は、神々にも妨げられることなく動いている。この大きな都はヒラにヤプラ(「黄金の都」)と呼ばれており、カーラケーヤ族と大アスラのパウローマ族によって守られている。彼らは常に喜び、あらゆる神的存在によっても滅ぼされることなく、恐怖もなく平安に暮らしている。しかし、人間が彼らに死をもたらすと、かつてブラフマーが定めた」。
 一見、殺伐とした地獄にでも住んでいるのがふさわしいように思えるアスラたちであるが、意外にもその都は黄金郷、楽園なのである。

◆(水平的世界観) ヒラニヤプラは、一方では地底界(パーターラの表面)に建っており、他方では空中を移動するとされている。地底と空界の近さを示すか。あるいは両者が混同されているか。いずれにせよ、厳密に区分された垂直的な世界観ではなく、ゆるやかに全世界がつながっている、水平的世界観を感じさせる。

<マータリの地底界遍歴4  スパルナ(鳥族)の世界>
・ナーラダは言った。
「これが、蛇を食べる鳥スパルナたちの世界である。勇猛さと飛行、重荷を背負うことにおいて、彼らにとって疲労はない。御者よ、ヴィナターの息子(ガルダ)の6人の息子たちによって、この一族は発展した。すなわち、スムカ、スナーマン、スネートラ、スヴァルチャス、鳥の王スルーパ、スバラ。マータリよ。ヴィナターの一族の担い手たちによって、子孫は繁栄した。幾千幾百という高貴な鳥の王たちの家系は繁栄した。彼らはまたカシュヤパ(ヴィナターの夫)の家系にも属し、繁栄を増大させる。彼らは全て繁栄とともにあり、皆シュリ―ヴァトサ(卍)の印を持っている。皆繁栄を望み、親族を滅ぼす行為により、清浄な状態を得ることはない。
 マータリよ、もしここでいずれかが良いと思わないなら、我々は他へ行こう。あなたが望ましい婿を見つけるような場所へあなたを連れて行こう」。

◆(地底界に鳥族の世界?)
・地底界を旅しているはずだが、天空か空中の方がふさわしいと思われる鳥の世界に立ち寄っている。地底界は天界とつながっている、という観念が見て取れる。やはり水平的世界観である。

◆(鳥と蛇は親族)
・ガルダ鳥と蛇族ナーガはともにカシュヤパ仙を父に持ち、それぞれの母ヴィナターとカドルーは姉妹である。敵対関係にあるこの二種族は、親族なのだ。このことに関して、神々とアスラがともにブラフマー神を祖父とする従兄弟同士であり、パーンダヴァとカウラヴァがともにヴィヤーサを祖父とする従兄弟同士であることも想起される。

<マータリの地底界遍歴5  ラサータラ(第7の地底界)>
・ナーラダは言った。
「ここが、ラサータラという名の、第7の地底界である。ここに、牛たちの母である、アムリタから生まれたスラビがいる。彼女は常に地上における最上のもの(甘露)を産み出す乳を送り出す。それは6つの味覚のうちの最上のものによって、一つの最高の味となっている。かつてブラフマー神がアムリタに満足して精髄を吐き出した時、その口からこの非の打ち所のない牝牛が生まれた。

・マータリよ。スラビから生まれた他の四頭の雌牛たちが全ての方角に住んでいる。それらは処方を守り諸方を支えていると伝えられている。スルーパーという名のスラビの娘は東方を支える。ハンサカーは南方を支える。ヴァルナに属する西方はスバドラーによって支えられる。この雌牛は非常に強力で、あらゆる姿をとる。

・そしてヴァールニー(酒の女神)、ラクシュミー、アムリタ、馬の王ウッチャイヒシュラヴァス、宝珠カウストゥバが生じた。

・竜の世界においても、天界においても、天宮ヴィマーナにおいても、インドラの世界トリヴィシュタバにおいても、ラサータラにおけるほど生活は快適ではない」。

◆(大地を支える「牛」モチーフ) 
・地下世界にスラビの娘である牛たちがいて、大地を支えているとされている。大林太良によると、「世界を支えている牛が動くと地震がおきる」という話が、アフリカからインドネシアにかけて、イスラム圏に特徴的に見られるという。起源はイラン神話の原初の牛・原牛かと思われる。また、古代イランの神話に、「原初海洋に一匹の雄牛がいて、その角の上に大地を支えていた、そしてその牛が大地に生命を吹き込んでいた」という神話もある。
 雌雄の違いがあるものの、世界が牛によって支えられている、というモチーフを見て取ることができる。

<マータリの地底界遍歴6 ボーガヴァティー(竜の世界)>
・ナーラダは言った。
「これが、ヴァースキに守られたボーガヴァティーという名の都である。それは神々のインドラの最高の都アマラヴァティーのようである。ここにシェーシャ竜がいる。強力で、世にも優れた苦行を行う彼によって、この大地は常に支えられている。彼は白い山のような姿をしていて、様々な種類の飾りを身につけ、千の頭を持ち、炎のような舌をしていて、強力である。ここに、スラサーの息子である竜たちが住んでいる。彼らは種々の姿を取り、様々な種類の飾りをつけ、あらゆるわずらいを免れている」。
マータリはそこで美しい蛇のスムカを見出し、娘の婿に決めた。

◆(美しい蛇)  
・スムカという名前は、「美しい顔」という意味である。インドラの御者の娘神にふさわしい夫の資質は、どうやら「美しさ」にあったようだ。

<マーダヴィー物語>
・ヤマーティ王の娘マーダヴィーは「四つの家系を確立させる者」であった。彼女は四人の男と次々に結婚して、彼らとの間に一人ずつ息子を儲けた。



『日本SF精神史』
長山靖生 河出書房新社  2018/3/20



<UFO研究と戦後的空想力>
・戦後世界の宇宙への関心は、一方ではミサイルや人工衛星の開発競争によって掻き立てられたが、大衆レベルでは「空飛ぶ円盤」ブームの影響が、何といっても大きかった。
 1947年6月24日、アメリカのワシントン州で、ケネス・アーノルドが未確認飛行物体(UFO)を目撃し、それを「フライング・ソーサー」と形容したことから空飛ぶ円盤=UFOのブームがはじまった(いわゆるアーノルド事件)。その後、アメリカ空軍のトーマス・マンテル大尉がUFO追跡中に墜落したと伝えられ、米ソ両国が密かにUFOの研究をしているといった風説も広まった。
 世界的なUFOブームが起こり、日本でも55年7月1日には日本空飛ぶ円盤研究会(JFSA)が発足した。会長の荒井欣一は、戦時中は学徒出陣で陸軍航空隊将校となり、戦闘機搭載レーダー整備任務に従事した経験があるという人物で、戦後は大蔵省印刷局に勤務していた。JFSAは北村小松・糸川英夫・石黒啓七・徳川夢声・穂積善太郎らを顧問に、荒正人・新田次郎・畑中武夫らを特別会員に迎え、機関誌「宇宙機」を発行していた。一般会員にも三島由紀夫、黛敏郎、石原慎太郎、黒沼健、平野威馬雄、星新一らがおり、その例会は先端科学からスピリチュアリズムまで、さまざまな話題が飛び交じっていたという。

・荒井は必ずしもUFOを信じてはいなかったが、おおらかな性格で、JFSAにはその実在を信ずる者(コンタクト派)、否定する者(アンチ・コンタクト派)、奇想を楽しむ者など、さまざまな立場の人々が混在していた。

・一方、1956年頃には松村雄亮も独自に空飛ぶ円盤研究グループを立ち上げ、同年11月にはJFSAメンバーの高梨純一が近代宇宙旅行協会(MSFA)を結成した。57年にはほかにも京都大学空飛ぶ円盤研究会や日本UFOクラブなどが誕生しており、JFSAが呼びかけてUFO研究グループの横の連絡会として、全日本空飛ぶ円盤研究連合(全円連)が57年7月に組織された。大映「宇宙人東京に現わる」が公開されたのは、ブーム最中の1956年だった。ちなみにヒトデ型の宇宙人“パイラ人”をデザインしたのは岡本太郎である。

・しかし、この頃から円盤をめぐって、コンタクト派とアンチ・コンタクト派の対立が激化する。前者の筆頭は松村であり、後者の代表は高梨だった。同年8月、松村は久保田八郎らと宇宙友好協会(CBA)を結成した。これは宇宙人との交信を目的とする団体であり、58年になると松村は宇宙人とのコンタクトに成功し、幾度かのコンタクトの後、巨大宇宙船に招かれ、「宇宙連合」という地球の国連のような組織の長老に面会して地球の大変動に関する機密を伝えられたと称するようになる。その機密とは、地球滅亡の危機についてであり、松村は宇宙人から地球救済の任務を託されたという。やがてこの「機密情報」は、CBAにも参加していた平野威馬雄によって外部に漏れてちょっとした騒ぎになる。その後も松村は「宇宙人とのコンタクト」を重ねたといわれ、CBAでは心霊主義者や新新宗教関係者との権力闘争を経て、松村独裁体制が整い、独自の「宇宙観」を深めてゆく。彼らは次第に外部に自分たちの考えを公表することを避けるようになり、どことなく後のオウム真理教に通じるような秘儀性を感じさせる秘密結社的団体になっていった。

・これに対して柴野拓美は、「子供の科学」(63年7月)に円盤信仰批判を書き、「科学的空想に基づく空想科学小説の創作」は「妄想科学」と袂を分かつことになる。しかし、自ら信じることはないものの、奇抜な着想に対する興味というスタンスでの「円盤趣味」「妄想科学愛好」はSFファン内部に持続し続け、それが後の『空想科学読本』などにつながってゆくし、疑似科学を笑いにする『トンデモ本』にもつながっている。ようするに50年代の時点では、「空飛ぶ円盤」をめぐって、と学会的な観察者と、「トンデモ本」を書くような人が席を同じくして楽しんでいたわけである。

<空想科学からSFへ>
<人工衛星と未来的社会像>
・UFO騒ぎがまだ続いていた時期である1957年10月4日、ソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功した。さらに61年4月12日、やはりソ連によって人類史上初の有人宇宙船ウォストーク1号が打ち上げられた。宇宙飛行士ガガーリンが発した「地球は青かった」という言葉は流行語にもなった。
 スプートニク打ち上げは、思想的な意味でも事件だった。安部公房は人工衛星をめぐる一連の出来事を、大衆にとってもルポルタージュと想像力を接合する好機と捉えた。

・植谷雄高は<(人工衛星が地球の外に出た直後、ソ連が革命40周年で何かの新しい発表をするというので)遂に人類というひとつの概念に達した。そういう一種の人類の宣言が人工衛星の上に立ってなされるんじゃないか、と考え、またしてほしいと希望をもったのです。その時にももちろん、これまでの科学的な苦心談を入れて、今後の成り行き、月世界旅行、火星旅行はこうなるだろう、階級社会は地球の3分の2に残っているけれども、ついに止揚をされる段階にある。そういうことをのべると同時に技術の公開と軍事目的からの絶縁を宣言する。ところが、それはぼく一人の考えになってしまった。それどころか、人工衛星の意味を受け取るほうでもソヴィエト側でも軍事的な面を強調している>との夢想と失望を語っている。

・一方、安部公房は<ぼくなんか、もともと空想科学小説なんかが好きなほうでまた技術の問題としても、いつかはかならずありうることだし、常にそういう前提で現実を考えなきゃならない><もう少したてば、人工衛星なんか、すこしも不思議ではないというときが必ずくる>と語り、ソ連がアメリカに先んじて人工衛星打ち上げに成功した背景については<(人工衛星の開発費が)40兆億ですか、そういう巨大な金をかければ、ソヴィエトないしは共産圏の諸矛盾を内部だけで解決しようとすれば解決しえたはずである。それを内部矛盾として耐えなければならないような国際矛盾があっから、急速に人工衛星を具体的に飛ばすという結果に行き着いた>と分析しているのが興味深い。つまりソ連は国民経済を犠牲にし、国家威信のために人工衛星開発を進めたと述べているのである。安部はこの時点で既に社会主義体制の矛盾に明確に気づいていた。それに対して他の発言者は、当時の進歩的文化人らしく、ソ連の「正しさ」を前提としており、それが今読むとかえってSF的空想に見えてしまうのも皮肉だ。

・人工衛星ブームは“宇宙バカ”と呼ばれるほどの宇宙マニアたちを生んだ。文壇では荒正人、中島健蔵が“宇宙バカ”の代表として揶揄された。彼らの関心は天文学や純粋に宇宙開発に関わる航空工学にあるわけではなく、もっぱら宇宙空間開発競争、あるいは宇宙空間をめぐる米ソ対立へ向けられていた。そうした人々の関心のあり方が、1956年代後半の日本におけるSF定着を後押しする一方、日本SFが本格的にはじまる以前から、偏見のまなざしが注がれるという弊害をも生んでしまった。文壇には、「科学」を文学の対立概念と信じて疑わないような勢力がある一方、「社会科学」という名のイデオロギーの信奉者のなかには、唯物論以外の「科学」を分派工作と見做しかねないかたくなな者もいた。

<科学創作クラブとおめがクラブ>
・1950年代後半になると、いよいよ日本にもSF同人誌を作ろうという気運が盛り上がってきた。しかも二つの異なるベクトルのなかから、同時進行的に発生している。そのひとつはUFOに関心を持つ人々のあいだで起きた運動であり、もうひとつは変格(注;本格の誤植か?)探偵小説のプロ志望者たちの集まりからだった。

・55年に日本空飛ぶ円盤研究会(JFSA)が発足したことは前章で述べたとおりだが、その例会に集まってくる仲間のあいだでは、アメリカの科学小説もよく話題になった。当時のUFO情報の供給源はアメリカの雑誌だったが、そうしたSF小説もよく載っていた。海外のSF専門誌を読んでいる者も何人かいて回し読みされた。

・「科学小説の雑誌をはじめませんか」と言い出したのは柴野拓美だった。逸早く参加を申し出たのは星新一。たちまち同好の士が集まった。機は熟していたのである。JFSAは機関紙「宇宙機」を出しており多少は同人誌発行のノウハウがあった。また「日本宇宙旅行協会」も、このSFファングループ結成に力を貸した。

・日本宇宙旅行協会は、戦前に「科学画報」などを発行し、海野十三と小酒井不木をつないでも日本版「アメージング・ストーリーズ」を創刊しようとしたこともある原田三夫が遊び心をもって組織していたものだった。同協会の事務所は、銀座尾張町ビルにあった巴里会(戦前に巴里留学した知識人・芸術家の集まり)事務所に間借りしていた。その発足時、巴里会メンバーの徳川無声が「宇宙人、銀座に現わる」とのデマを飛ばして宣伝し、明るいニュースに飢えていた新聞社も喜んで宣伝してくれた。同協会は火星の土地の権利書などを発行するというシャレも行った。ちなみに早川雪洲、石黒敬七、藤原義江、東郷清児、猪熊弦一郎らは巴里会の常連で、彼らも日本宇宙旅行協会のイベントに顔を出したり、JFSAに関わったりした。


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