ベーシックインカムは究極のセーフティーネットであり、まさに税と社会保障の一体改革そのものなのです。(9)


・「みんなの党」渡辺代表の8億円の借入金の問題がメディアをにぎわせたことがありました。政治家とカネの問題は、昔は汚職問題等で政治の後進性が問題になりましたが、現代ではインターネット献金などの個人献金が問題になります。実際に選挙に金がかかるようです。松下政経塾の卒塾者もカバン(資金)には苦労するそうです。政治活動資金が続けば、いつまでも政治活動を続けたいという人が多いそうです。政治活動と政治資金、政治献金の問題は、「政治家の口利き」という問題になりますが、現代でも「政治家の口利き」が有効になるほど社会が遅れているのかと私たち一般人は、疑問に思います。政治経済の制度疲労が激しく、システムが劣化しているそうです。そのうえ官僚と政治家の劣化もひどいそうです。日本に国立の「政治研究所」が必要だといわれます。「数千万円から数億円の政治資金の相続は大きい」と語られています。
 インターネット情報によると「スウェーデンの場合、『行政の決定はできるだけ身近なところで行われるべし』という意識が徹底し、地方分権が徹底しています。素人の政治を大切にし、政治家の給与だけでは生活ができないようにし、別の職業を持つのが普通になっています。選挙は政策本位で行うようにし、比例代表制に重点が置かれています」とのことですが、スウェーデンの政治家の処遇は参考になるのでしょうか。
 政治家の処遇も未来では「他に職業を持ち、ボランティア的に政治家の職に就く」という斬新なアイデアもあるそうです。しかし、「現実的には無理だ」が多数説のようです。名古屋市長の「河村たけし」氏の特異な見解があるようです。「言うは易く行うは難し」の話なのでしょうか。

・ウィキペディア(フリー百科事典)を見てみると、「『議員報酬に関する主張』河村は議員の職業化を強く批判しており、議員はボランティアで行うべきだとし、議員が税金で身分保障されることに日本の民主主義が成熟しない根本原因があると主張する。実際に議員の年収を市長の主張する800万円とした場合、名古屋市議の藤田和秀の場合、月495,000円(賞与をのぞく)のうち、年金掛金8万円、所得税8,000円、住民税72,600円、議員互助会45,000円、党費・勉強会など82,950円、事務所費120,000円となり、最終的に手元に残る額は86,450円となり、職業としては議員の仕事は成立せず、河村市長の主張どおり実質ボランティアで議員活動を行うことになる。
 しかし、このようにボランティア的に賄うとすると、政治には様々なお金がかかるため実質高所得者でなければ議員になれなくなるという批判もある。また、選挙費用まで考えると800万の報酬では困難だという指摘もあり、実際に河村市長本人も2009年の市長選時には小沢一郎の資金を一心会の有力議員より裏金として受けていたという報道もある。また、800万の給与では私設秘書が雇えないが、選挙活動に私設秘書が必要なため大西副市長の給与で秘書を雇用するように河村市長の婦人が依頼していた。河村市長は選挙に費用をかけすぎであり、また足らない部分は個人献金で補えばよいとしている。
 しかし、日本では個人献金を行う慣習が定着しておらず、多くは中小企業の同族会社の経営者が行う個人献金で実質は企業献金の形を変えたものである場合も多い。実際、河村たかし本人も、市長になってから献金が倍になっており、800万の市長給与で足りない部分は中小企業経営者から個人献金を集めているという報道もある」とのこと。依然として「政治とカネ」は古くて新しい大きな問題のようです。 また選挙制度の改革も必要でしょうか。政治資金の相続の面で世襲は有利だといわれます。

・「無税国家論」も振り返られることもない世相になりました。限られた予算、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字ということで、日本の未来にも黄信号・赤信号がともるようになりました。国の借金額が多いので、財政破綻を懸念する有識者も少なくないようです。政府の紙幣発行権をめぐる議論もでてくるようになりました。「財源がない」ということで、予算削減や税金の無駄遣いが問題になっています。「失われた20年」から脱出するのは難しいようです。その点については政治家と官僚の認識も自覚もないといわれます
 「無税国家論」の背景には米国の共和党の「小さい政府」の理論があるようです。現代においては社会福祉のような社会主義的な政策が不可欠ですが、「財源がない」ということで、「補助金のカット」が頻繁に行われていくようです。選挙の時期だけが政治の季節ではなく、常に私たち一般人は、政治意識を高めていくように自覚していかなければならないといわれます。「中国人は常にあらゆることを政治的に考えなければならない社会にいる」そうですが、日本人には疲れる体制だといわれます。

・「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」「民主主義国家においては、国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」ということで、私たち一般人も選挙に行き、投票率をあげるようにしていかなければならないようです。また、松下幸之助が指摘するように「日本には政府の政治研究所がない」という体制的欠陥があるといわれます。政治研究所を作り明確な結論を出すことに大きな抵抗があるのでしょうか。政府の政治経済研究所を作り、そこから政治家を輩出したり、「しっかりとした政策」を研究したりすることも必要なのかもしれません。しかし、官庁それ自体に、シンクタンク機能があるといわれます。それを大いに活用するべきだといわれます。

・松下幸之助の30年前の夢がどのように実現するのでしょうか。「経営の神様」から「政治の神様」と評価されるのでしょうか。松下教の信奉者は非常に多いそうで、卒塾者の数も増え、政治家として総理大臣も出現していますので、今後の動向が注目されているようです。また政治家の常として、さまざまなトラブルにも巻き込まれているようです。
 松下幸之助も松下政経塾については、最初は冷笑されたり、失敗するといわれていたようです。が、ハーバード大学ケネディ行政大学院(通称ケネディ・スクール)よりも実績を見せ始めると世の中は手の平を返したようになったということです。「政治が一番重要なので、寄与貢献を考えて政治家や官吏は優遇すべきだ」という松下幸之助の見解は、現在の政治を何とみているのでしょうか。政治に企業の経営の要素を入れようとしているようです。仕事の成果で待遇を判断すべきだといわれます。

・「一番大事な政治の改革が遅れている」そうですが。「はたして政治の神様はいるのでしょうか?」。私たち一般人には「政治を指導する原理」がよく分かりません。船井幸雄氏は経営コンサルタントして名を成した人だそうですが、精神世界への関心が非常に深く多くの書籍もあるようです。船井氏によると政治や経営、経済をつきつめていくと「高等知性体の存在」や「闇の勢力」の動きが見えてきたそうです。
 松下政経塾の第一期卒塾生の野田元首相は、「経営の神様」といわれた松下幸之助とも面識があり、今後の言動が注目されているといわれていました。国民生活の観点から予想以上に遅れた施策が増えてきているそうですので、どの政党も改革を急がなければならないようです。
 船井幸雄氏は「公私ともにいろいろ、教えていただいた松下幸之助さんが、なぜ『松下政経塾』という変なものをつくられたかは、私にはいままで分からなかったのです」と語っておられますが、期待と失望で、松下政経塾の卒塾生が今後どのような働きをするのかが注目されます。昔の経済人は、あまり政治家と交渉したり、政治に介入することを嫌ったようです。政治活動と経済活動は別と考えていたのでしょうか。松下幸之助のように時間的な余裕がなかったのかもしれません。

・東日本大震災は「1000年に一度の『天災』ではなく100年に一度の『人災』であった」のでしょうか。「県庁の役人たちは何をしていたのだろうか?」という評判が巷では囁かれていたといわれます。事前の対策にも欠陥があり、被害を拡大したようです。失政が、残念ながら増えているようです。「失政」について調べてみると驚くことが多いのかも知れません。東日本大震災は全国民に大きな衝撃を与えました。あの経験したことのない「揺れ」を体感した人が非常に多かったようです。大津波は政界も直撃したようです。
 警鐘の意味を込めてこのブログも震災後に<UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害を受けるだろう>という名称に変えました。世界中の自然災害の予想は、昔から「予言」や「預言」、「未来透視」という形で伝わっています。しかし、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」というように「多くの予言は、当たらなくなる」という結果になるようです。多くの予言者が、笑われて無視されてきました。なぜ、「予言」が当たらなくなるのかといいますと、「“あの世”が、パラレル・ワールドで、常に“この世”と相互作用があり、変動していくからだ」といわれます。あの世とこの世が交錯する体験は誰でもが、無意識的にかまたは意識的にも、経験しているのかもしれません。「あの世」の動きが時間を経て「この世」に起こってくるともいわれます。

・『未来を透視する』という本でマクモニーグルはさまざまな未来透視をしています。そしてマクモニーグルの未来透視に「23世紀と24世紀における2度の大戦で人類の人口が6分の1に大激減する」というのがあります。生物化学兵器は「貧者の核兵器」といわれていますが、その2度の大戦に相当使われるようです。「あの世」も私たち一般人には、訳の分からない奇説だそうです。しかし、「霊界ははるか遠いところにあるのではなく地上1メートルのところにある」そうです。人間の死後の世界、幽界や霊界は、割合信じる人が多いようです。20世紀の米ソの対立による「第3次世界大戦」の予言は、全て誤りとなりました。そして、その種類の本は店頭から消えてしまいました。またそろそろ、米中核戦争による第3次世界大戦の本が出てきだしました。「米中も南シナ海で軍事衝突するほどにはいかないだろう」と大多数の有識者が見ているようです。と同時に米中間のサイバー戦争が懸念されています。実際にサイバー空間では米中戦争が行なわれているのでしょうか?人民解放軍の将校の名前が新聞に載ったり、上海のビルの名前がでたりしていましたが。
 amazonに「東日本大震災」と打ち込みますと11388件が検索されます。「地震・津波」と入力しますと2371件が検索できます。これらの数字は東日本大震災の衝撃の大きさを物語るものと思われます。東京にいた人々も激しく揺れた記憶とその日のことが、いまだに鮮明です。あたかも日本全国の人びとが感じたほどの、地震の強さでした。東日本大震災の責任問題も日本的な対応が限界だそうです。次の3月11日で6回目の春になります。原発事故の処理や補償等、「東日本大震災から発する国家危機が続いている」といわれます。

・被災地では様々な復興計画が作られ検討されたようです。防潮堤の計画も様々な専門家の検討がなされているそうです。が、防潮堤の高さをめぐっていろいろと対立があるようです。東日本大震災の惨状をみますと「県庁の役人や選良、地震研究所のスタッフがしっかりと事前に過去の津波被害範囲を認識して、住民保護のためにしっかりとした防災計画をつくり、予算を確保しておれば」という思いを国民の大多数がしたようです。ハザードマップも一部、誤りがあったといわれます。また「明治、昭和と2度も大津波で被災しているのに、その被害が生かされず防災対策が甘かったのではないのか」と言う声も多いといわれます。3階建ての避難センターに逃込んでも溺死したのではやりきれませんでしょう。10メートルの津波は何度もきましたが、津波の基準を5メートルにして、行政が10メートルの堤防を作り、未曽有の被害を受けてしまいました。行政の責任がほとんどだともいわれます。

・「高台移転」とかの抜本対策も土地の確保の問題がでてきていたようです。「高台移転」について思い出すのは、松下幸之助の「新国土創成論」です。土地が不足する日本では海を埋め立てて土地を増やせという主張です。限られた予算、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字では、大規模な長期計画は無理でしょうか。オリンピックは確実な期日がありますが、首都直下大地震津波と南海トラフ巨大地震津波は、起きる確率が非常に高いそうです。が、期日は不明だそうです。「天災は忘れたころにやって来る」ようです。「新国土創成論」も財源の裏付けのない政策は実現できないので、松下幸之助の夢に終わってしまうようです。ちなみに東京オリンピック・パラリンピックの予算が当初の計画したものよりも急増しているといわれます。

・いつも政治の季節ですが、既に松下政経塾の卒塾者が総理大臣になりましたので松下幸之助の政治哲学、政治遺産に関心が集まるようです。成功した実業家、事業経営者としての松下幸之助の限界と飛躍・志が窺われます。「経営の神様」であったとともに「新国土創成論」にも見られるように慧眼があり「政治の神様」だったのかもしれません。松下幸之助は、当時の政治に絶望して、松下政経塾を、私財を投じて設立したといわれます。政治家は選挙民の対応に追われて、勉強ができないそうです。いつまでも「政治が遅れている」ということでは複雑化する社会問題に対応できないでしょう。「経済研究所」は多いのですが、詳しく知りませんが、政府の「政治研究所」がないのはなぜでしょうか。限られた予算、限られた処遇、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字ということで、消費税も10%どころか将来は20~30%も上げられる懸念もあるようです。混乱している時代に対応するために松下政経塾を作った松下幸之助の慧眼が窺われます。
 amazonで「松下幸之助」を検索すると1540件が分かります。それだけに「松下教の信者」も多いようで、私たち一般人は、詳しくは知りませんが、「経営の神様」については多くの研究者がいるようです。
 戦後の日本政治と言うのは、マッカーサー元帥の占領軍の時代から「現代のグローバル・スタンダードという戦勝国・米国の政治指導に自然に従うようになっている」そうです。さまざまな原因として考えられることは、「ヨーロッパの王族や貴族、米国の支配階層を統括するといわれているイルミナティなどのフリーメーソン王国(米国)の支配が敗戦後の日本にも当然、長きにわたって秘密裏に及んでいるのでしょうか。自民党がフリーメーソン的な組織と言われますが、どうなのでしょうか?「自民党が選挙に強いのもフリーメーソン的な組織だからだ」そうです。はたして実際はどうなのでしょうか?「日本国憲法はフリーメイソンの理性主義の産物」という説もあるといわれます。

・「過密日本の狭い国土が諸悪の根源である」という認識で松下幸之助は、国土の創成を主張し「新国土創成事業」を政策としました。インターネット情報によると「大都市の過密問題が地価の高騰や大気汚染を引き起すようになった。特に日本の食糧自給率は先進国中最低の水準にとどまっている。こうした狭い国土の制約を解消し、食糧自給の道を講じるための国家100年、いや1000年の発展を考えていく大きな構想ではないか」。「松下幸之助は、この狭い国土の弊害、諸悪の根源を断ち切るために、昭和51年(1976)、『新国土創成論』を発表、「新国土創成」を新しい国家目標とし、国家事業として実現していくべきであると唱えたのである」とのこと。
 「『新国土創成論』の内容は、簡単にいえば、国土の約70%を占める山岳森林地帯のうち、20%を2世紀にわたって開発整備して、これを有効可住国土とし、併せて山岳森林地帯をならした分の土砂で海を埋めたてることで、合計して15万平方キロメートルの有効可住国土を新たに生み出し、現在の有効可住国土(11.3万平方キロメートル)を倍増させ、住みよい理想的な国土にしていこうというものである」とのことです。
 「新国土創成論」を作った当時の松下幸之助の頭の中には「明治と昭和の三陸津波」の惨状の対策はなかったかもしれませんが、現代こそこのような雄大な国家計画が必要となりましょうか。あるいは松下幸之助の頭の中には、「明治と昭和の三陸津波」の惨状の記憶があったのかもしれません。なぜなら「神様」ですから。

・日本国政府直轄の「政治研究所」を作れば叡智を結集した、誰でも納得できる権威ある政策が作れるのではないでしょうか。「経済研究所」は、民間のシンクタンクをはじめ多く存在します。思いつきではなく国家経営の実務に精通した実務担当者が作る政策では、国論が2分されることはないでしょう。官僚組織や民間組織から選抜して政府直轄の「政治研究所」をつくり、国家政策を検討していくべきでしょう。「政治研究所」は、ある意味ではタブーなのかもしれません。また官庁自体がシンクタンクの機能を有しているといわれます。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートの英知を結集したドリームチームの「国家改造計画」が求められているといわれます。東京オリンピック・パラリンピックの準備も大事です。が、それ以上に起こる確率の高い首都直下大地震津波と南海トラフ巨大地震津波の対策も喫緊です。イベント戦略は「費用対効果」で、経済波及効果を狙っています。東京オリンピック・パラリンピックでは、当初の計画予算を数倍超えた、数兆円の予算になってしまいました。いくらかの手直しを努力していますが、これでは「費用対効果」の数字がひどく悪化することでしょう。

・「TPPで国論を2分する必要もなく松下幸之助のいうように、明治政府からの伝統である常に農民の生活を中心に考えるべきである。農民に無理な要求をすべきではない」、「TPPは開国の起爆剤になるどころか自爆剤になる」ともいわれ国論が2分されました。が、国会はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を承認しました。しかし、米国のトランプ大統領は、TPPの離脱を宣言しました。米国の議会での条約の批准もなくなりました。農業対策は具体的に決まりだしたようですが、「補助金のバラマキ」に終わるのかもしれません。「攻めの農業」は、高齢化した多くの農民にとっては難しいようです。経済波及効果の数字も不確定の要素が大きいといわれます。都市近郊の土地成金の豊かな農家と、そうでない山間部の農家の格差は非常に大きいといわれます。「社会の弱者のすべてを助けることはできない」ともいわれます。社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。改革の速度も大変遅いようです。米中の貿易戦争から、再びトランプ大統領の通商政策における対日要求が大きいものになっているといわれます。どのように展開するのでしょうか。
 「松下幸之助のいうように国家への寄与貢献を考えて、政治が一番大事なので、政治家及び官吏を優遇すべきだ」、「政府直轄の政治経済研究所が農家とビジネス社会の実態を知悉・把握し政策を作るべきだ」そうです。ここには地方議会の「ボランティア議員」の概念はありません。「特に外交・防衛政策は与野党一致して、対外的に統一的なものであるべきだ」といわれます。政治経済も問題が山積みですが、今こそ国家100年の計をつくるべきでしょうか。国家目標をつくりシナリオをいくつも想定して、国民が分かりやすい説明が必要のようです。政府は当然ながら、さまざまな「長期計画」を作っていると思われます。

・東日本大震災から、7年経ちましたので、震災後の立て直しが進んでいるようです。被災者の日々の生活もめどが立ってきたようです。そして過去の欠陥のあった政策の検証がされて、反省がなされているようです。
 さて「専門家の想定外の大津波」で壊滅的な約30兆円の被害と18457人の死者がでた東日本大震災ですが、チリ地震の津波を基準にして作成された行政の防災計画は役に立たなかったことは、非常に残念です。なぜ明治29年の大津波の40メートル(明治三陸地震)を基準にしなかったのでしょうか。昭和8年(1933年)の昭和三陸地震の教訓は生かされなかったといわれます。昭和三陸地震の際、津波が襲来した後の田老村は、家がほとんどない更地同然の姿となったそうです。

・3階以上も超えてくる大津波ではたまりません。原発の津波の防災レベルも5メートルの津波基準で低かったので未曽有の国家危機となりました。大変な失政でした。放射能が東京まで飛んできたら大変な危機でした。東京の住民が避難する懸念もあったといわれます。松下幸之助が「国土の狭さが諸悪の根源だ」と言ったことが思い出されます。過去において2度も10メートルの大津波が襲ったのですが、津波の基準を5メートルにして、10メートルの防潮堤を選良と行政当局が造って、東日本大震災で大きな被害を受けました。行政当局のずさんな政策が批判されているようです。防災計画は日本の津波災害史上で最大の被害となった明治29年の大津波40メートル(明治三陸地震)を基準にすべきだったそうです。
 明治三陸津波の到達高は、全般的に10メートル程度、最大で38メートル。防潮堤の高さは、資金面から限られますが、避難基準に「明治29年の大津波(明治三陸地震)」のものを参考に適用すべきだったといわれます。「明治29年の大津波(明治三陸地震)」教訓は、一部の民間人の教訓にも活かされたようです。
 『遠野物語』には、海岸部の不思議な話も載っており、当時の津波の大槌町の幽霊話や「山田における奇妙な外国のような都会の蜃気楼の伝承」等があります。現在では「実は、東日本大震災の被災地では、地元住民による幽霊の目撃談が絶えません」とのことです。東北学院大学の社会学を専攻している大学生たちが、宮城県の石巻市でタクシー運転手たちに震災後の霊的体験についてインタビューしたのだそうです。幽霊話を集めた『呼び覚まされる霊性の震災学――3・11』(新曜社)が発売されています。やはり「歴史は繰り返す」といわれますが、被災地での「幽霊話」も繰り返されているようです。幽霊現象や心霊現象も「宇宙人現象」と理解すればかなり分かるようです。

・2014年12月の衆議院選挙前のいくつかの新聞社の世論調査では、「自民党の優勢」が伝えられていました。団塊の世代の高齢化、人口の減少の時代には、自民党が優勢になるような環境がでてきています。「目に見えない」人間の心理的な面においても、自民党が有利になる展開のようです。国民が右傾化してきているからなのでしょうか。「投票日前の世論調査に規制をかけている国もある」ようですが、米国と同じく言論の自由を大事にして、日本では議論にもなっていないようです。
2014年の第47回衆議院議員総選挙では、自民党が291、公明党が35、民主党が73、維新の党が41、共産党が21の議席獲得の結果となりました。
2014年12月の選挙前における世論調査の結果は、「選挙前ですが、選挙結果をあるていど正確に映し出す」といわれます。つまり世論調査の大きく狂うような選挙結果はでないといわれます。近年、世論調査の精度がかなり高くなってきているそうです。「与党、3分の2を超す勢い」ということも意外な結果なようでした。前の選挙から2年程で、野党の選挙準備が出来ていなかったともいわれていました。選挙が終わったら「常在戦場」ということで、次の選挙を常に意識して行動しなくてはいけないので「代議士は楽な商売ではない」といわれます。常日ごろから、選挙活動をしているようなものなので、選挙公示で、選挙戦が終わったともいえる状況だそうです。何でも常日頃の行動が大事です。

・投票行動を研究している学者も多いようです。選挙も時代の流れとともに大きく変化してきているようです。人間は高齢化すると保守的になるようで、ますます高齢化社会になる日本は、保守の優勢が続くといわれます。インターネット選挙などさまざまな選挙手法が研究されていますが、高齢化・保守化の流れを逆転する手法を実施することは難しいようです。政党の理念や選挙公約、政策などの次元を超えた「目に見えない世界」の次元で選挙結果は動くようです。革新的なインタ―ネットを機械として投票を行うと、選挙結果が大きく違ってくるので、猛烈な抵抗勢力があるといわれます。
 さて政治の季節だった2016年。第24回参院選(2016/7/10)の選挙結果は「即日開票の結果、安倍晋三首相(自民党総裁)が目指す憲法改正に前向きな勢力は、非改選と合わせて改憲の発議に必要な全議席の3分の2を超えた」と報道されました。「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで私たち一般人も政治意識を高めて投票行動をしたようです。「政治に関心のないひとはいるが、政治に関係のないひとはいない」といわれます。
 「株主総会が年間二百日開かれるのと同じ」ということで、迅速な企業運営と、国会や行政の効率は別の次元の話のようです。さまざまな政策提言が有識者からなされていますが、実際の政策を策定した経験がないために空論に終わるそうです。

・官僚は「法律を武器に使う」法治国家ですから、その専門性と相まって、普通の政治家は対抗できないそうです。また政治家は、選挙民との対応に追われるので忙しく、勉強する時間がないそうです。政治家が政策を策定しようとすると10人くらいの政策スタッフが必要だとも言われています。政治家と官僚は役割と選抜方法が全く違いますので、それぞれの機能を強化する方向にいくことでしょうか。
 また戦後できた政治システムにおいても、さまざまな制度疲労もいたるところに出てきているという話もあるようです。古くて新しい問題である「行政改革」、「政治とお金の問題」も絶え間ない改革が必要のようです。政治にお金がかかるので、新人の新規参入がむつかしく、世襲の同じ顔ぶれが続いているそうです。実際の選挙コストや政治コストを下げていく工夫が必要かもしれません。「政治家を専門職というよりはスウェーデンのようにボランティア的な仕事にしよう」とする流れがあるそうです。「絶対権力は絶対的に腐敗する」といわれますが、流動性を高める必要があるのかもしれません。

・米国の政治家の選抜方法や役割は、日本と大きく違うようで、あまり参考にならないようです。国会議員の出身職業の国際比較を見ると、日本では地方議会議員や政治家秘書が多いようです。米国は、法律専門職(弁護士)やビジネス・金融界、公務や政治関係者が多いようです。米国は議員立法が多いので、政治家も弁護士をスタッフとして雇用するケースが多く、弁護士の活動範囲が広いそうです。日本の弁護士数が約3万人、米国が約120万人(企業内弁護士も含む)ですから、社会における弁護士の位置づけも大きくことなるそうです。
 私たち一般人は、政治の世界や官僚の世界に詳しくはありませんが、日本人の従来の常識をいわゆる「壊す」ことは、大変難しいようです。「天下り規制」でここ数十年間は政界、官界行政は動いてきましたが、「自由な移動」「適材適所」ということで、「規制緩和」を主張する識者もでてきているようです。
 東日本大震災からの国家危機は続いていると認識され、難問山積みの日本の世直しが早急に必要です。「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで、私たち一般人も政治意識を高めて、世の中の動きを見ていく必要があるようです。


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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ
(日本は津波による大きな被害をうけるだろう)
・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・
「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」
「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」
「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」
「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」
「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」
「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」「フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのだろうか」
「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」
「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」
「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

グーグルのブロガーにも書いています→UFOパラレル・ワールド




ベーシックインカムは究極のセーフティーネットであり、まさに税と社会保障の一体改革そのものなのです。(8)


<それを実現するには憲法改正が必要です>
・政策立案を専門的に行っているのは官僚ですが、先に述べたように彼らはけっして高学歴集団ではありません。一方、民間のシンクタンクにいる「政策評論家」は、実際に政策をつくったことがない人が大半です。国会審議のことも何もわかっていない人の話をいくら聞いても無駄なのです。

<政治の混乱は国民の混乱の反映にすぎない>
・日本は民主主義国家です。主権は国民にあります。政治家の悪口をいろいろ言うけれども、選んだ自分たちの責任でもあるのです。要するに、自分たちの悪口を言っていることにもなるわけです。

・現在の混乱を生み出したのも、厳しい見方をすれば、自分たち国民がそういう選び方をしたからです。政治が混乱しているとすれば、それはわれわれ自身が混乱していることの反映にすぎません。選ぶ側にキズがあれば、選ばれた政治家にはもっとはっきりとしたキズが表れます。



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■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

・ポストコロナの時代は、「災いを転じて福となす」ということでしょう。
デジタルトランスフォーメーション(DX)への変革も加速度を増しそうです。テレワーク(在宅勤務)も普及するようです。さまざまな変革が必要のようです。
DXは、「企業がデータやデジタル技術を活用し、組織やビジネスモデルを変革し続け、価値提供の方法を抜本的に変えること」といわれます。
当然ながら、組織や個人は、新型コロナウイルスのパンデミックに直面し対策の中長期の計画を立てていることでしょう。経済的な危機は、非常に深刻だといわれます。想定外の事態に直面したと悩んでいる人や商売人、業者も多いことでしょう。景気のV字回復は難しいと指摘されています。前代未聞の経済事態です。
従来から社会の分け前の分配、再分配がうまくいっていないと指摘されています。パンデミック前でも社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきていました。改革の速度も大変遅いようです。本当に優れた官僚や政治家が登用されてきていない結果ともいわれています。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートの英知を結集した「国家改造計画」「コロナ対策」「ポストコロナの政策」が求められているそうです。識者の語るベーシックインカムは、近未来には具体的な政策となる可能性があるようです。「日本最大のシンクタンクである官庁を政治家は上手に使いこなすべきである」といわれます。菅政権もコロナ対策や経済再生に官民あげて知恵を絞ることが期待されています。ドイツのメルケル首相のいう「戦後最大の試練」(2020/3/19)に世界は直面しているようです。

・ 実際の経済の運用はノーベル経済学賞を受けた理論的な経済学者でも難しいといわれます。当然ながら、日銀や財務省のエリート達でも経済政策は難しいのでしょう?現代では、世界的な規模で連動しますから、より一層、予測が複雑になるようです。
経済システムばかりではなく、治安警察・国防政策も大胆な「改革」が必要と指摘されています。権威のある財務省とか日銀が、政策を誤ると、困るのは一般国民です。しかしながら、「日銀が政策を誤った」ということは、昔から有識者がよく指摘していたことだそうです。特にバブルの処理を間違い「バブル崩壊」に導いた日銀の責任は大きかったといわれます。バブル崩壊前までは「日本式経営」が、米国の学会にまで評価されていたようで、今では信じられない話でした。

・「政治に関心のないひとはいるが、政治に関係のないひとはいない」といわれます。政治家や官僚のスキャンダルや失政の報道は、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。さまざまな国家システムが、劣化して機能不全に陥っているともいわれます。もはや「日本は先進国で豊かだ」とはいえなくなっているようです。国際比較では、さまざまな面で、「遅れた国」になってしまいました。「女性の登用も先進国とはいえない」そうです。今の時代、「日本は凄い!」「クール・ジャパン」を強調するよりも、子どもの虐待、難病や奇病も増えており、困っている人々も多いので早急な改革が必要とされています。「日本の政治家はアメリカのロビイストのような役割を果たしている」という説もあります。憲法が制定された当時、想定された国会や地方議会の機能が十分に機能せずに、「劣化」が目立つといわれます。「昔から政治が一番遅れている。票の請負業のようなもの」といわれます。「「官僚と政治 家、どっちが勝つか」こんな評論も多い。他の先進国から見たら噴飯ものだ」といわれます。政治の貧困が子どもの貧困を創っていると指摘されています。「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や政治家が登用されていないからだ」といわれます。こうも「失政」が増えると「優秀な官僚」という折角のイメージが毀損されるといわれます。 
政治家と諜報機関に人材を集めるために、国会と地方議会の大胆なリストラを実施すべきだといわれます。「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」そうです。「諜報機関がないために外国人からバカにされ、物笑いの種にされている」といわれます。「諜報機関のない国は拉致事件にも無力だった」といわれます。「船頭多くして船山に登る」状況でしょうか?ベスト&ブライテストしか政府を構成できないはずですが?!拉致事件にしても40年以上もかかって解決できず、被害者やその家族たちが可哀想です!

・健康問題は、誰でも非常に関心の高い事項です。著名人が「全身ガン」だとかの報道がメディアによく載りだしました。健康に関するコメントは「1日に1時間歩くことと、ゆで野菜を調味料なしで食べること。これに尽きる」という名医の言葉だそうです。「だから結局、1日1時間歩くだけで、癌、糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞すべてに予防効果があるわけです」ということですので、毎日適度に体を動かしたいものです。働くことが、通勤も含めて適度な運動になり、社会的な関りもできて、健康に一番良いといわれます。
そして、食事は野菜を中心とした少食で、排出する断食もお勧めということらしいのです。

・竹中平蔵氏は著名人ですので、毀誉褒貶相半ばする人だといわれます。amazonの「竹中平蔵」といれますと232件で多作のようです。内閣府特命大臣や総務大臣も務め、小泉内閣では理論的なリーダー的な存在だったといわれます。メディアでの評判やトラブルについては知りません。ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると、さまざまなトラブルがあったようです。昔は「有名税」といわれましたが、現在では訴訟になるといわれます。生産性が先進国では、低いと指摘されています。政治的資源の時間の分配が不効率だといわれます。いつまでも「政治が遅れている」ということでは複雑化する社会問題に対応できないでしょう。さまざまな面で「時代遅れ」が増えているといわれます。「『竹中先生は弱者切り捨ての自由競争主義で、もう旧い』と思っている人も多いです」ということですが、興味深いものです。詳しくはフォローしていませんが米国型の「新自由主義」「市場経済原理主義」「弱者切り」とかで、メディアにかなり批判されたようです。米国でも共和党と民主党では、政治理念や経済理念が大きく違うといわれます。経営者サイドの観点からの政策と見られた場合が多かったようです。現代ではドイツと日本は「遅れてきた近代化の国」として世界から見られてきているようです。「政治に関心のないひとはいるが、政治に関係のないひとはいない」といわれます。「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や政治家が登用されていないからだ」といわれます。「社会の分け前の分配、再分配がうまくいっていない」といわれます。

・ベーシックインカム、歳入庁設立、持続可能な社会保障の形、時代遅れの官僚制度、時代遅れの不要な地方自治体、道州制、働き方改革、生き残るリスク、医療問題、会社のガバナンス、学校教育、マニフェスト、非能率な国会、時代遅れの農業政策、産業政策等、論点は非常に多いようです。さすがに大臣経験者だけあって、知見は大いに参考になるといわれます。
学校問題や文部科学省の汚職で、国会も非能率ですし、私たち一般人も「政治の近代化」に協力しなければならないと指摘されています。人口減少に伴って「労働革命」「職業革命」が起こってくるといわれます。「AIが人類史上最大のパラダイム・シフトを起こす」といわれます。人口減少高齢化の時代には「女性と高齢者の活用」「生産性の向上」「障害者雇用」「外国人労働者問題の解決」が重要だといわれます。生産性の低さや女性の活用も、外国人の目から見ると、日本のイメージが悪くなるといわれます。
 どんな時代でも「人事・教育」が社会のどの分野でも一番重要だそうです。「日本の劣化」は東京オリンピック・パラリンピックまでには、なんとかしたいものです。

・ヒューマンリソースの活用では、女性が最も活用されていないと指摘されています。「女性の登用も先進国とはいえない」そうです。「女性が働く必要のない社会」というベーシックインカムのユートピア世界の発想もあるといわれます。女性の眼から見ると「政治や経済の後進性」を痛切に感じることでしょうか。女性の目と外国人の目からの評判・評価を気にしなければいけないといわれます。様々な分野の世界ランキングで日本の地位は低下しています。東京オリンピック・パラリンピックに想定外の多額の税金を使って、肝心なところにお金が回っていないといわれます。「子供の貧困」の問題も私たち一般人は、当然詳しくはありません。

・熊本地震では「エコノミー症候群」が相次いでいると報道されていました。やはり、車の中で、一夜を過ごすことは、ストレスにもなり、血液の血栓を作るようです。とにかく体を動かす、歩くことが必要だと言われます。「健康法」にもさまざまな見解があり、奇説と思われるものもあるようです。高齢者になると「ラジオ体操」でも体に悪いという医者もおり、説が分かれているそうです。
 現代人は絶対的な運動不足だそうです。若いうちは「運動不足」でも、なんとかスムーズに日常生活ができますが、高齢になると「適度な運動」が必須になります。働くという事は、通勤を含めて、「適度な運動」になります。高齢者は意識して、日常生活に「適度な運動」を取り入れる必要があるようです。

・断食の本もよく読まれているようです。amazonに「断食」といれますと1060件の本がわかります。たとえば、『週1断食で万病が治る(週1回、2食抜くだけ!)』、『奇跡が起こる半日断食―朝食抜きで、高血圧、糖尿病、肝炎、腎炎、アトピー、リウマチがぞくぞく治っている!』、『3日食べなきゃ、7割治る!』、『「断食」が健康のための最高の方法だ!』、『食べなきゃ治る!糖尿病』、『断食でがんは治る』等、刺激的な題名が続きます。女性のダイエットということも非常に大きな話題・関心事になっています。断食がこれほど効果があるのなら、実践してみたいと思うものばかりのようです。
 アメリカ人の自己啓発書を読んでいますと「白いもの、砂糖と塩を控えめに」と書いてありました。肥満や心臓病に大敵だからでしょう。喫茶店にも人工甘味料が置いてあるところが増えたようです。アメリカ人はコーヒーやコーラを良く飲みますし、食事も塩味が基本だからです。砂糖を入れないでコーヒーを飲む人も増えているようです。砂糖と食塩の「白いもの」はタブーのようです。色とりどりの野菜サラダが良いようです。アメリカ人の肥満も日本人のサイズを超えているものが多いようです。

・ドイツ人がビールで、フランス人がワインという具合に歴史的にも日常の食生活に結びついているようです。酒屋や煙草屋には悪いですが、ここは「禁酒・禁煙」でしょう。ノンアルコール・ビールを飲む人も増えているようです。特に年齢を重ねますと酒が体に悪いことが実感されます。また、アメリカのビジネスパーソンは、「仕事中にタバコを飲んでいると仕事ができない」といって、マイナス評価をするそうです。しかし、若い頃から「禁酒・禁煙」を実行することは難しいことでしょう。日本の場合はビジネスマンと煙草が結びついているイメージです。病に倒れて入院したりする契機があれば、「禁酒・禁煙」の道にすすむようです。
 「禁酒・禁煙」で塩分と砂糖は控えめ、野菜中心のバランスの食生活、日常生活に組み込まれた適度な運動、「死ぬまでできる仕事やボランティアや生きがい」、「実行が容易な生活習慣」、「介護フリーの人生」が現代人の理想だそうです。確かに働かなくなると、軽い引きこもりになり足腰が弱まるといわれます。とにかく、ありとあらゆる病気が蔓延しているような現代です。医学の発達と病気の数が比例しているかのようです。難病や奇病も増えており、困った人々も増えています。

・「健康」と「運動」はコインの表裏で、「適度な運動」を日常生活に組み込むことが必須のようです。アメリカ人は「死ぬまで仕事をしたい」というモーレツ人間が多いそうですが、「仕事を続けることが適度な運動になる」ようで健康に良いようです。健康ばかりでなく社会性という観点からも「死ぬまで仕事をする」ことが、これからは重要になってくるようです。趣味に生きるのも良いですが、「死ぬまでできる何かを探す。適度な運動になる生きがいを探す」ことが重要になるようです。それでこそ、「ピンピンコロリ」で介護なしの大往生を遂げられることでしょう。「ひきこもり」やうつ病のような精神の健康についても「適度な運動」が効果的でしょうか。
 フランス料理の基本は「塩味」だそうです、ヨーロッパ人は、塩味になじみがあり、昔は、日本の味噌、醤油、生魚、納豆にはぞっとしたようです。今でも、ぞっとする外国人が多いそうです。しかし、寿司は、世界的なフードになりましたが。近年の世界中の和食ブームで、寿司なども外国人が好んで食べるようになりました。欧米人も健康志向で、長寿の日本人の原因が、和食、魚を中心とする食事ということからのようです。そして外国人が食べやすいような料理法も研究されています。
 インターネットの世界でも「数百もある健康法や美容法」は大きなジャンルのようです。「料理法」、レシピのネット企業もあります。健康法や美容法は商業ベースにのりやすく、「食」が大きなテーマのようです。「世界中の大人は誰でも何かの健康法や美容法を実践している」そうです。健康や運動は毎日のことです。あなたは、いかがでしょうか。

・昔の中国の皇帝は「不老不死」を求めたようです。昔から宇宙人と会っていたからかもしれません。中国でも昔から異星人とのつながりがあったようです。死後の世界が不老不死の世界で、幽界では人生のベストな若い時の姿になるようです。「不死の惑星」というエロヒムのリラ星人の惑星もあるようです。遺伝子操作で「不死」を達成している宇宙人がリラ星人のようです。フランスのコンタクティ、クロード・ボリロン・ラエルによると「3万年進化しているサタン(悪魔)と呼ばれるリラ星人が、実験室で人間を創った」そうです。また人類は45 万年前に地球にやってきたアヌンナキという異星人が、遺伝子操作によってつくった存在だともいわれます。
 米国政府が秘密協定を結んだといわれているオリオン星人は人類に5万年進化しており「人間の魂の交換」ができるそうです。「オリオンの邪体霊」ともいわれ、アブダクション(誘拐)や生体実験をしたりして「宇宙の悪玉」のようです。また「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれ、「日本の異人や天狗」もオリオン星人系列のようです。

・パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球ともいわれ、人間は死後、幽界で天使のような宇宙人、シリウス星人と出会うそうです。しかし、ネガティブ・グループのシリウス星人もおり、「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。

・著者(松枝迪夫氏)の「私の健康長寿法十則」には「禁酒・禁煙」については書かれてありませんが、著者は適度に嗜む方なのでしょうか。昔の学生は酒をよく飲んだようです。しかし、酒も過度に飲めば体に悪いようです。何か大病を患い、病院に入院するなどして、そこで「決心」して「禁酒・禁煙」に向かう人も少なくないようです。私たち一般人は、「禁酒・禁煙で健康リスクをかなり減らせる」そうです。
 近年の世界的な「健康志向」で人々の関心も「自分自身や家族の健康の維持」に向けられているようです。現代人は絶対的な運動不足ですので、自分でジョギングやウォーキングをしたり、マラソンなどの練習をしたりする人が増えているようです。家庭でできる運動器具の販売宣伝も非常に多いようです。室内でやる運動器具にはすぐに飽きてしまう人々が多いそうです。またスポーツ・ジムやスイミング・クラブに通う人々も多く「適度な運動」を日常生活に取り入れて健康を維持して楽しい生活をしよう、愉快な人生を送ろうということのようです。

・街中では散歩をしている老人も増えており、「家に引きこもり」だと足腰が急に弱くなるようです。日常生活に「体を動かすこと」「歩くこと」を取り入れる必要があるそうです。そしてダイエットは女性の日常的な関心のようです。「肥満は万病の元」ともいわれます。メディアにはガン等で死亡した有名人のニュースが頻繁に出てきますが、ガンで死亡する有名人が意外に多いという印象です。また「塩や砂糖」も控えめにとるのがいいのですが、どの程度がいいのか分からなくなるようです。「人は誰でも自己流の健康法・美容法を実践している」といわれます。健康法を毎日実践して、介護リスクや痴呆リスクなど、誰でも嫌なことを本能的に避けようとしているのでしょう。
 近年、子供や大人の奇病や難病も増えているようで、治療法も分からない病気が増えているようです。医者でも病気の原因が分からないのですから厄介です。また自殺者も依然多いそうで、「心の健康リスク」の悪化が懸念されています。高齢化、少子化の時代に自分自身の肉体や精神の「健康リスク」にどう向き合っていくのかが日常の課題のようです。
 現代人は子供の頃から「絶対的な運動不足」といわれて、肥満は子供の世代にも増えているようです。またガンや心臓病などの病気で亡くなる人も増えております。現代人の最大の関心事は「健康」ということでしょうか。そのために適度な運動を無理なく日常生活に取り入れている人が増えています。気分転換のためにスポーツクラブやスイミングクラブに通う人も多いでしょう。その他の体を動かすサークルに参加したり、ジョギングやウォーキングが入りやすいようです。自転車で体を動かすことも必要です。長寿のためには「適度な運動」が必須だそうです。部屋に閉じこもって仕事をしていると、能率も大きく落ちてきます。
 働かなくなると老け込むといわれます。働くことが通勤も含めて適度な運動になり、体に良いようです。人間は毎日、体を動かすようにできているようです。散歩よりも早歩きのウォーキングを習慣にしたいものです。また老齢化と共にボランティア活動や仕事などで、「社会との関わり合い」が必要なようです。

・「食べる健康」では、この書のように「七色サラダ」を中心にタンパク質を取り入れるようにすることも必要です。また砂糖は体に悪いともいわれております。「砂糖や塩は控えめに」ということです。ノンアルコールビールに変えたりして「禁酒・禁煙」が最も体にいいようです。歳をとると「断酒」する人も増えてくるようです。お酒の会社には悪いですが、高齢者にとっては「酒は体に悪い」そうです。サプリメントも必要になりましょう。寿命が延びていますので、100歳を超える人々の数はますます、伸びるものと思われます。やはり、あの世に行くのにはPPK(ピンピンコロリ)がいいのでしょうか。あの世には天使のような異星人があなたを待ち受けているといわれます。

・インターネット情報(2014/9/12)によると、「全国の100歳以上の高齢者が過去最多の5万8820人に上る」、「100歳以上の高齢者の内訳は女性が5万1234人、男性が7586人。今年度中に100歳になった人と、なる予定の人々では女性が2万5千人、男性が4357人」、「国内最高齢は、女性が116歳、男性は111歳」、「日本人の平均寿命(13年)は男性80.21歳、女性86.61歳」、「100歳以上の人数は調査がはじまった1963年が153人だったが、98年に1万人を超え、2012年に5万人を突破した。近年は1年に3千~4千人台のペースで増えており、今後も増加が見込まれる」とのこと。近未来は、高齢者が増え長寿化しますので、100歳以上の人々は大きく増えるように思われます。
 日野原さんの長寿の原因は詳しくは分かりませんが「現役の医者として活動している」からだったようです。「働くこと」が「適度の運動」になり、社会との関係もでき、健康に最も良いようなのです。現代人は絶対的な運動不足ですから、定年退職して家に引きこもりますと、足腰がすぐに弱くなるようです。「通勤」や「働くこと」が「体を適度に動かすこと」になり肉体や精神に刺激を与え、長生きができるようです。日野原重明氏は、2017年7月18日に105歳で亡くなられました。
 とにかく体を毎日、動かす必要があるようです。病気で早死にするのも困りますし、病気で寝たきり老人でも家族が困ります。やはり、外に働きに出ることが自然な適度な運動になり、スポーツジムや室内での運動器具を使うことよりも効果的のようです。「働くこと」は、適度な運動になり、ウォーキングやジョギングよりも効果的のようです。

・アメリカ人は「死ぬまで働きたい」という人々が多いそうです。「働くこと」が健康によいことを知っているからでしょう。遊んだり、旅行したり、趣味に生きるのもいいですが、社会でボランティア活動をしたり、死ぬまでできる何か、働くことを見つけて、「生涯現役」ということで、長寿を全うしたいものです。しかし、普通の医者でも70歳以上になると引退する人が多いのでしょうか。血管の病気で倒れないために、食事にも注意をしなければならないようです。「肥満は万病の元」のようです。やはり「ピンピンコロリ」が理想的な死に方のようです。しかし、ピンピンコロリで実際、死ぬ人は少ないようです。
 さまざまな病気のリスクを掛け合わせると高い確率になり、発症リスクを避ける努力が個人に課せられています。「食べ物」のテレビ番組が多いようですが、日常の食と認知症は密接に関係しています。食の西欧化でこれまできましたが、認知症などを考えると「洋食」「中華」よりも「和食」に軍配があがるそうです。一般的に普通でも砂糖と塩分の摂りすぎになるようです。意識的に減塩・減糖をしなければ突然倒れる可能性が高まります。
 「認知症予防には一切飲まないにかぎる」ということですが、「お酒のリスク」は、まだ一般化していないようです。「タバコのリスク」は、昔から広く研究されて報道されていますので、若い人でも「禁煙」をする人も増えているようです。喫煙には規制も多くあります。タバコを喫煙するひとへの風当たりも強くなっています。「お酒のリスク」は病気で倒れないとなかなか一般的に認識されていないようです。

・飲酒の習慣が社会に一般化しており、全く飲めないことは、マイナスのイメージになるようです。毎日の飲酒の習慣を持つ人々も多いようです。サラリーマン社会では「居酒屋文化」がありますが、飲酒習慣のない人が増えると夜の商売の人々が困ります。飲酒習慣のついた人にとっては、「断酒」は難しいようです。
 「言うは易く行うは難し」で、病院に長期入院でもしないと「禁酒禁煙」の決心や実践もできないようです。「食生活の改善」とともに「適度の運動」も必須だそうです。とにかく毎日、体を適度に動かすように工夫することが必要です。「散歩」やウォーキングも日常の習慣として実践しなければならないようです。「介護」のお世話にならないように、しっかりと「適度な運動」をしなければなりません。
 「介護の問題」は、知識人でも自分の家族が倒れたことを契機に、真剣に考えだすようです。遠隔地の親が倒れて困ったという人々も多いようです。介護が原因でサラリーマンを辞めた人もいます。高齢化・少子化の時代ですから誰でも「認知症」や「介護」の問題に直面する時代のようです。

・「少子高齢化の時代」で、当然ながら、各国政府もさまざまなシナリオを描き政策を研究・実施しているようです。また「地方創生」ということで各国の地方自治体や企業もいろいろな手法を研究・実践しているといわれます。「近未来の高齢者、女性、若者の働き方」が斬新な発想で組み直しされる必要があるようです。女性の場合は、子育て支援とかさまざまな制度的な担保が必要のようです。「超高齢化」は世界の潮流ですので、各国政府とも対策には余念がないようです。待機児童の保育所の問題が脚光をあびています。日本に国立の「政治研究所」が必要だそうです。「官庁はわが国最大のシンクタンク」ですので、活発に機能しているのでしょう。それで、国民は「最大のシンクタンク」に頼らざるをえないでしょう。

・高齢者の場合の対策は、米国の様に「定年なしの会社」も増えてくるものと思われます。若者の就職状況は、世界的には悪化しているようです。それに比較すると日本の学生は恵まれているようです。日本でも正社員以外の派遣労働者の問題が大きくなっています。日本の将来は人口減少でネガティブな見解が多くありますが、対策は考えれば豊富にあるようです。意外にも「ピンピンコロリ」の高齢者が増えるようです。少子高齢化でも創意工夫によっては、明るいシナリオが描けます。しかし、NPO法人も補助金や寄付が頼りで、採算にのるのは困難なケースが多いといわれます。
 社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。改革の速度も大変遅いようです。本当に優れた官僚や政治家が登用されなかった結果でしょうか。「失われた20年」と言われますが長い期間です。「日本は先進国だろうか」という声も街中で増えてきています。「女性の登用も先進国とはいえない」そうです。当然のことながら国家を維持発展させるために、制度的に、政府にはベスト&ブライテストが集結しているはずですが?!女性の眼から見ると「政治や経済の後進性」を痛切に感じることでしょうか。

・「限られた予算、限られた処遇、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字」ということで、アベノミクスの成果が問われています。アベノミクスもはっきりした数字も出てきています。「消費税の増税も将来は20%にまでいく必要がある」とのエコノミストの予測もあるようです。「定年を75歳まで延長し、消費税を20%にすれば社会保障制度の維持が可能になる」という議論もあります。今後は特に「高齢者に優しい電子政府の推進が経済活性化の鍵を握る」のかもしれません。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートのドリームチームの英知を結集した「国家改造計画」が求められているそうです。
 「つまり、自民党というのは、いわば商業ビルの「PARCO」や「109」スタイルで、右から左まで何でもござれの“よろず陳情受付所”“すべての票を取り込むための総合デパート“なのである」といわれます。そういった総合性、網羅性が自民党の選挙の強さの背景にあるのかもしれません。少子高齢化で、人々が「保守的」になっているといわれます。対抗する野党勢力が、迫力に欠いているのも原因なのかもしれません。年金問題にしてもなかなか抜本的な解決ができず、「国民は政府が受給開始年齢を引き上げ、次世代の負担を重くして問題の根本的な解決を先送りしていることを容認している」と語られています。

・肝心の選挙制度がうまく機能していないといわれます。何年もかけて検討し中選挙区制から小選挙区制に変えたのですが、その欠陥が多くの人々から指摘されるようになりました。小選挙区制にしたら、以前よりも余計にカネがかかるというのです。その他の予想されなかった欠陥がどんどんでてきたといわれます。今度は「小選挙区制」を直ちに変えよという声が強まってきているのは皮肉な話です。またインターネットの普及で「直接民主制」も視野に入ったり、行政のデータベース化で、大幅なコストカットが期待できる技術革新の時代になっているといわれます。欧米の政治の合理性は学ぶべきことが多いといわれます。政治経済の制度疲労が激しく、システムが劣化しているそうです。そのうえ官僚と政治家の劣化もひどいそうです。選挙によるエリートの選抜機能もうまく働いていないといわれます。
 地方議会に対する失望や怒りが沸き起こる事件が続きました。政務活動費の問題も深刻なものでした。いわゆる「政治とカネ」の問題です。議員の近未来の姿は欧米のようにボランティア議員の流れだといわれます。欧米の地方議会は、斬新な議会運営をしているといわれます。「海外の地方議員は無給、もしくは少額の報酬や手当が当たり前である」とは意外な実態のようです。欧米のシステムや制度を直ちに採用することは、時期尚早で無理であるといわれます。しかし、時代の流れは、その方向に動くのではないでしょうか。そのためには、柔軟な議会システムの導入が必要のようです。「道州制」も検討されていますが、行政サービスを上げるためにもコストカッターが求められているといわれます。

・行政コストや立法コスト、司法コストを削減する大胆なリストラが必要だそうですが、「身を切る改革」は難しいようです。もともと国家予算の分配の問題になるようで、財源をひねり出すためにも、行政、立法、司法の大胆なリストラ、近代化、効率化が必要といわれます。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、司法・立法・行政の大胆なリストラを断行すべきだ」そうです。政治家は、世論の反発や票離れを恐れるあまり、日本の将来に必要不可欠な社会保障制度改革や年金改革に着手できずにいるといわれます。「政治家が劣化している時代だ」ともいわれています。「政治は税金なり」といわれますが、税制も劣化してきているともいわれます。政治家は選挙民の対応に追われて、勉強ができないそうです。そこで日本に国立の「政治研究所」が必要だといわれます。
政治経済の制度疲労が激しく、システムが劣化しているそうです。そのうえ官僚と政治家の劣化もひどいといわれます。「日本の政治家はアメリカのロビイストのような役割を果たしている」という説もあります。
「政治が遅れている。私たち一般人は、政治意識を高めて政治の近代化を急がなければならない」そうです。地方自治を大胆にリストラする必要もあるといわれます。

・amazonで「河村たかし」氏の本を見るといろいろと分かると指摘されています。『この国は議員にいくら使うか―高給優遇、特権多数にして「非常勤」の不思議』、『名古屋発どえりゃあ革命!』、『おい河村!おみゃぁ、いつになったら総理になるんだ』、『減税論―「増税やむなし」のデタラメ』、『河村市政の裏表』、『名古屋から革命を起す!』、『国破れて議員あり』等です。「私は衆議院議員時代から言い続けてきたが、議員の職業化、さらにあまたの二世議員が象徴する議員の家業化が、日本のすべての政治問題の根本にあると思う」ということで、氏の批判は痛烈です。
 「職業議員が幅を利かせる旧態依然の政治においては、民主党だろうが自民党だろうが、大した違いはない」ということで、職業議員に厳しい見解を述べています。「家業の古紙回収業に従事。中小企業の辛酸を体験」ということで、苦労人のようです。現在、名古屋市長ですのでマスコミに多く取り上げられている有名人です。私たち一般人には、氏の「方言」が気にかかるそうです。先進国の中では、フランスの制度を参考にすべきであるという有識者が多いようです。フランスは先進国として、さまざまな斬新な政治システム、政策を採用しているといわれます。しかしながらフランスは社会主義国になっているという見解もあるようです。

・「日本の失われた20年」といわれますが、さまざまな面で、いわゆる「遅れ」が目立つようになりました。社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。改革の速度も大変遅いようです。官僚制度も時代の流れに適応できずに制度疲労、劣化が目立つともいわれます。本当に優れた官僚や政治家が登用されなかった結果ともいわれます。日本の制度の劣化も指摘されており、経済成長も勢いがありません。河村たかし氏のいう「ボランティア議員」の実現性は薄いようです。しかし、社会の方向性は、「ボランティア議員」という流れなのかもしれません。日本における特殊事情を、無理に変えようとする力は働いていないようです。欧米のシステムをまねるばかりではなく、日本の特殊性にもこだわる必要性があるのかもしれません。議員の近未来の姿は欧米のようにボランティア議員の流れだといわれます。「昔から政治が一番遅れている。票の請負業のようなもの」といわれます。とにかく「改革」から手をつけなければならないようです。「日本は先進国だろうか」という声も街中では増えてきているようです。増税や国債の国家ファイナンスについて財務省の指導には、抵抗勢力は少ないようで、政治家もそれに従うそうです。

・松下政経塾のウェブサイトを見ますと、「卒塾者の進路」として次のような数字が分かりました。(2016/12/12)国会議員34名(衆議院議員24名、参議院議員10名)、地方議員22名、首長8名、政策スタッフ11名、政治活動中35名。経済分野93名、マスコミ分野11名、研究、教育分野35名となっています。この後、どのように数字がかわるでしょうか。
 1979年、松下幸之助が84歳にして、未来のリーダーを育成する松下政経塾を設立して39年経ちます。やはり私たち一般人の目には、大きな成果に映ります。「昔から政治が一番遅れている。票の請負業のようなもの」といわれます。「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるといわれます。
 「政治の近代化」も関係者の努力で進んでいると思われます。しかし、私たち一般人には、目だった効果が目につかないそうです。松下政経塾の卒塾者たちが、今後どのような新風を政治に送りこむのかが注目され、出版物も出ています。少なくない国民が「時代遅れの古い政治」にあきてきているそうです。今年も選挙の年、政治はどのように動いていくのでしょうか。「民主主義国家においては、国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで、「松下政経塾」の卒塾者に期待する有権者も増えているそうです。グローバリゼーションで世界の政治も連動してきています。

・日本の現状を見てみると、社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。改革の速度も大変遅いようです。本当に優れた官僚や政治家が登用されてこなかったことが原因だといわれます。安倍総理自身もアベノミクスの失敗を認めたといわれます。「日本は先進国だろうか」という声も街中では増えてきているようです。女性の眼から見ると「政治や経済の後進性」を痛切に感じることでしょうか。実際に、驚くような後進性が指摘されています。「女性の登用も先進国とはいえない」そうです。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、司法・立法・行政の大胆なリストラを断行すべきだ」そうです。多くの有識者が指摘するように財政・社会保障費の抜本改革が不可欠であることは明らかだそうです。が、「言うは易く行うは難し」のようです。「財源の裏付けのない政策は実現できない」ということで、社会保障費のカットも視野に入っているようにいわれます。もともと国家予算の分配の問題になるようで、財源をひねり出すためにも、行政、立法、司法の大胆なリストラ、近代化、効率化が必要といわれます。「あまり知られていないことだが、日本の社会保障というのは、先進国とは言えないくらいお粗末なモノなのである」といわれます。

・amazonに「松下政経塾」と検索すれば、422件が出てきます。やはりメディアから注目されるようになったということでしょうか。最初は「失敗するだろう」と否定されていた松下政経塾も首相を輩出するようになり、世の常で世間の評価も一変したようです。松下幸之助は「経営の神様」といわれましたが、「政治の神様」と言われるようになるのでしょうか。松下政経塾を研究しているジャーナリストも少なくないようです。
 『松下政経塾とは何か』(出井康博 新潮社 2011/9/12)という本が出版されてから7年以上もたちます。政治は早く動いています。現在の松下政経塾や卒塾者の動向に関心が集まっており、続編に期待したいものです。
 政治は評論家がするものではなく、選挙に実際に出馬して当選して、議員にならなければならないので、とにかく選挙で結果を出さなければならないそうです。厳しい選挙戦のある政治世界のようです。この選挙システム自体がインターネット革命等の技術革新で大きく変わることになるのでしょうか。特にインターネットを選挙の投票機械に使用することは、直接民主制に道が開かれるということで、アメリカでもまだ実現していないようです。実現すると投票率は上がると思いますが。「地盤・看板・カバン(資金)」の敷居も将来は低くなることでしょうか。とにかく松下政経塾は新鮮な風を日本政界に吹き込んだようです。松下政経塾の卒塾者は、与野党に所属しており、その動向に関心が集まっているようです。

ベーシックインカムは究極のセーフティーネットであり、まさに税と社会保障の一体改革そのものなのです。(7)


<ハザードマップはなぜ間違っていたのか>
・役所が指定した避難所が津波に襲われて大勢の人が亡くなったケースは、大槌町や釜石市だけでなく、陸前高田市でも宮城県三陸町でも見られている。であれば、役所の出していた想定が多くの箇所で間違っていたことは明らかなのであり、その想定がどのようにして作成され、役所はどれだけの情報をあらかじめ提示していたのか、その全過程が公表されることが不可欠だろう。情報をできるだけ正確に、かつ広く住民に提供するというのは、防災にかぎらず行政が銘記すべきことの第一であるのだから。

<車で逃げた人が多く、徒歩で逃げたのは一部にとどまったこと>
・このように、自宅や勤務場所の近くに避難ビルが適切に配置されていれば、徒歩での迅速な避難が可能になって、多くの人命が救われることができる。

<情報の混乱や途絶があり、被害を拡大したこと>
・被災後に出された情報の内容や伝達方法に関し、今回の震災は大きな課題があることを示した。まず気象庁の津波警報だが、沿岸部の住民の多くは、気象庁が最初に出した岩手県で3メートルという予測値だけを知り、避難行動の目安としていた。その意味で、気象庁の出したこの情報は、人びとの迅速な避難行動をうながすというより、むしろ逆にそれを阻害する要因として働いていたのは明らかだ。

<被災後すぐに火災が発生したこと>
・一方、火災に関しては別の問題がある。先の白澤さんの話にもあったように、車はすぐに発火するという問題だ。彼によれば、大槌町では火のついた車が水に流されて漂い、火をつけてまわったので町方全体が火の海に巻き込まれたというのだ。

<勤務中に津波にさらわれた人が多かったこと>
・大槌町では老朽化した役場の倒壊の危険性があったために、地震直後の役場の前の広場に机を並べて、災害対策会議を開こうとしていた。そこを津波が直撃したために、危険を察知して屋上に逃げようとした町長をはじめとする幹部職員の多くが水に流されて亡くなった。と同時に、役場のなかでは職員が避難もせずに勤務していたのであり、彼らもまた建物のなかで津波に呑まれてしまい、役場職員140名のうち40名もが尊い生命を失った。

<津波がまちを襲う>
・マグニチュード9.0というわが国の観測史上最大規模の巨大地震とそれが引き起こした津波は、東日本の太平洋岸に大きな被害をもたらした。なかでも岩手県の三陸沿岸中部に位置する大槌町は、今回の震災で最大の被害を出した市町村のひとつだ。

・この本は、その3月11日から1年半のあいだに、吉里吉里をはじめとする大槌町と釜石市の人びとが、どのように行動し、何を語り、何を考えてきたかを再現することを目的として書かれたものだ。

・宮城県沖地震が30年以内に99パーセントの確立で襲うことが予想されていたにもかかわらず、その地震の規模と津波の予測が大きく間違っていたこと。しかも、地震の直後に気象庁が出した警報さえもが間違っていたこと。避難所に十分なそなえもなく、支援の手もなかなか入らず、住民自身の相互扶助と集団行動だけが秩序の空白を埋めていたこと。そしてまちづくりの現場では、住民の生活の質を向上させたり利便性を高めたりしようという配慮は行政の側にはほとんどなく、あるのはあいかわらず縦割り意識であり、数字合わせと表面的な効率性のみを重視する行政特有のロジックであること。これらのことを告発することもまた、本書が書かれた理由のひとつだったのだ。



『哀史 三陸大津波』  歴史の教訓に学ぶ
山下文男     河出書房新社  2011/6/17



<繰り返される『大量死』の恐怖  「東日本大津波」を体験して>
・すぐる3月11日(2011年)の東日本大津波は、死者2万人以上という過去の三陸津波史の中でも最大級の巨大津波であったことを示している。

・「三陸海岸は日本一はおろか、世界一の津波常習海岸」とまでいわれた恐怖の津波海岸。
 こうした難しい地域事情の中で、実際には観光への否定的影響を考え過ぎて住民への津波防災教育を中途半端、乃至は軽視してきたことが大被害の背景としてまず問題になる。
 岩手県の場合、これには誰よりも県当局と行政に責任がある。このことを率直に反省し、腰を据えて防災教育に取り組まなければ、将来、またも同様のことを繰り返すことになりかねないと私は心配している。

・三陸津波史の特徴は、強烈なパワーによる大量死と遺体の海の藻屑化、そして「体験の風化に伴う悲劇の繰り返し」だと言われつづけてきた。

・今回も、互いに助けあおうとしての共倒れ、津波のスピードと引き潮の猛威を無視した逃げ遅れ、一度逃げたのに物欲のため家に戻って折角の命を失ったケース(私の親戚などそのため二人も溺死している)等々、明治の津波や昭和の津波の後で数え切れないほど体験した悲劇がまるで新しいことでもあったかのように住民たちによって語られ、連日紙面を埋めている。
 今回こそ、こうした風化現象にはっきりとした歯止めをかけなければならない。

<哀史 三陸大津波>
<「津浪常習海岸」の「宿命」>
・三陸沿岸一帯を襲った明治以降の初めの大津波は、三陸沖を波源とする明治29年(1896)6月15日の大津波であった。被害数は文献によって異なるが、比較的実数に近いと思われるものによると、死者は岩手県1万8158人、宮城県3387人、青森県343人、合計2万1888人。流出、倒壊、半壊戸数も三県で8200余戸に及んだ。

・次のものは、それから37年後の昭和8年(1933)3月3日の大津波で、前と同様、波源は三陸沖、この時も岩手県で2658人、宮城県で307人、青森県30人、合計2995人が死亡し、三県で約6000戸が流出・倒壊した。

・この間、明治30年(1897)8月をはじめ数度にわたる小津波があったと記録されているし、昭和8年の大津波後27年を経過した戦後、昭和35年(1960)5月24日には、今度は遠く太平洋を隔てた地球の裏側の南米チリ沖を波源とする、いわゆる「チリ津波」に襲われている。この時も岩手県で61人、宮城県で54人、青森県で3人、福島県で4人、合計122人が死亡し、4000余戸が流出あるいは全・半壊した。

・「三陸沿岸地方は古来大津波に襲われることが頻繁」で、貞観11年(869)以来17回も津波に襲われている。これによると平均して60年余に一回襲われている計算になる。

・1600年から1970年までの370年間の津波を専門的な方法で分析すると「三陸沖では35年周期」が顕著であると指摘している。

・実に三陸の太平洋沿岸は津浪襲来の常習地として日本一はおろか、世界一なのである。

<狂瀾怒濤一瀉千里の勢い>
・しかも、津波の波高は、低いところでも2~3メートル、8~10メートルは普通の方で、なかには20メートル~30メートルと、まるで今日の7階建てー10階建てビルのような高さの波であった。「山のような波」だった、と表現されているのも、あながち誇張とはいえない。



『松下幸之助はなぜ、松下政経塾をつくったのか』
江口克彦    WAVE出版   2010/6/20



<個性・持ち味を生かす>
・結論を申せば、松下幸之助は職種を増やすことを考慮した政治をおこなうことであり、「お互いの欲望が適正に満たされる社会」が政治の目指す姿だと考えていたようだ。

<赤字国債の発行に危機感>
・それでなくとも国費が膨大に膨れあがっている。戦前と比べるとそれは一目瞭然であり、物価は約1000倍、賃金は1300倍であるのに対し、国費だけが13000倍になっており、一桁違っている。「おかしい」というのが松下幸之助の直感である。

<なぜ政府に政治研究所がないのか>
・今政治は何といっても一番大事です。しかし、それだけ大事なのに政府に政治を研究している機関がないのです。

・しかし、政府直轄の政治研究所はないのです。これが元々間違っています。自民党にしても与党として30年近く政権を担当し、あれだけの活動をしているのですから、専属の研究所があってもいいと思うのです。各議員の方々の体験からくるところの感覚で政治をやっておられるわけです。そういうところに一つの弱さがあると思います。

・このかってない非常時をかってない絶好のチャンスとするには、一にかかってお互いが「国難こそ絶好のチャンスだ」とはっきりと認識するかどうかである。

<政治が日本の繁栄をつぶす>
<政治の要諦とは何か>
・農業にたずさわる多くの人たちが食べることだけが精一杯の貧しい生活状態にあると仄聞している。農民自身も生産方法の改善に努めねばならないが、それ以上になぜ蓄積できないのか、また貧困に甘んじなければならないのかを追及し、その原因を糾していくのが、政治家の責任ではなかろうか。こうした政治の点に政治の貧困を感じていた。

<政経塾設立への5つの理念>
1、「百花繚乱の社会」を実現する政治をおこなうべきであるというものである。
2、「人間重視の社会」を実現する政治をすべきだということである。
3、「政治の生産性の高い社会」の実現を考え求めていた。
4、「道義道徳の高い社会」を実現する政治である。
5、最後に一つだけ加えれば「志の社会」の実現ということになるだろう。

<採用基準は運と愛嬌>
<研修の基本方針>
1、「自修自得」
2、「切磋琢磨」
3、「万差億別」
4、「徳知体の三位一体研修」

・政治がしっかりしなければ、国民は路頭に迷いかねない。国民の生活を支え、国民の幸不幸を左右する政治が今の姿ではとても安心しておれない。

<当面の実現10目標>
・新党の組織、党則を構築する一方、活動方針として「当面の実現10目標」を掲げた。

1、所得税一律5割減税の実施
2、建設国債の発行
3、無税国家、収益分配国家の実現
4、新国土創成事業
5、政治の生産性の向上
6、日本的民主主義の確立
7、多様な人間教育の実施
8、政治家及び官吏の優遇
9、生きがいを高める社会の実現
10、国際社会への真の寄与貢献



『未来を透視する』  FBI超能力捜査官
(ジョー・マクモニーグル) 
(ソフトバンク・クリエイティブ)2006/12/21



<気象変動>
・来るべき気象変動により、2008年からこの台風の発生回数は増えていくと私は、予想している。とくに2011年は過去に例を見ない台風ラッシュとなり、大規模な暴風雨が吹き荒れる深刻な年になるとの透視結果が出ている。この台風ラッシュは、2012年にずれこむかもしれないが、可能性は低い。嵐の増加を促す地球の温暖化は、現在も急速に進行中だからである。

・2010年から2014年にかけて、また、2026年から2035年にかけて、平均降雨量は年々560~710ミリメートルずつ増加する。現在から2010年にかけて、また、2015年から2025年にかけては、380~530ミリメートルずつ減少する。現在から2010年にかけて、また、2015年から2025年にかけて、平均降雪量は300~550ミリメートルずつ増加する。



『未来を透視する』   ジョー・マクモニーグル
ソフトバンク・クリエイティブ    2006/12/26



<日本の自然災害>
<2010年、長野で大きな地震が起きる>
・透視結果を見てもうろたえず、注意程度にとらえてほしい。ただし、最悪の事態に備えておいて、何も起こらないことを願おう。こと天災に関しては、透視は間違っているほうがありがたい。

<今後、日本で発生する大地震>
2007年  高槻市  震度6弱
2008年  伊勢崎市 震度6弱
2010年  長野市  震度7
2012年  伊丹市  震度6弱
2018年  東京都  震度6弱
2020年  市川市  震度6弱
2037年  鈴鹿市  震度7

・噴火や地震にともなって海底では地盤の隆起や沈降が起きる。そして、膨大な量の海水が突然動きだし、衝撃波となって陸地の海外線へと進行する。

・遠洋ではあまり目立つ動きではないが、浅瀬に入ると、衝撃波は巨大な津波となって陸地を襲い、都市部などを徹底的に破壊してしまう(波の高さはときには30メートル以上になることもある)。

・内陸へと押し寄せる力がピークに達すると、今度は海に戻り始め、残された街の残骸を一切合財引きずりこんでいく。警告もなしに、突然襲ってくれば被害はとりわけ甚大となる。

・幸い日本には、優良な早期警戒システムがあるのだが、海底地震が発生して警報が発令されてから、津波が押し寄せる時間は、残念ながらどんどん短くなっている。

<日本を襲う津波>
2008年夏   11メートル
2010年晩夏  13メートル
2018年秋   11メートル
2025年夏   17メートル
2038年初夏  15メートル
2067年夏   21メートル

・日本は津波による大きな被害を受けるだろう(なお、波の高さが10メートル以上に及ぶものだけに限定している)。北海道の北部沿岸の都市部は特に津波に弱い。徳島市、和歌山市、浜松市、鈴鹿市、新潟市、石巻市も同様である。このほかにも津波に無防備な小都市は数多くある。

<土地>
・気象変動とともに、日本の土地問題は悪化しはじめる。沿岸部での海面上昇と、暴風雨の際に発生する大波によって、低地の村落と小都市の生活が脅かされるようになる。堤防や防壁といった手段は効力を発揮しないため、2012年から2015年のあたりまでに多くの人が転居を余儀なくされるだろう。



『口語訳  遠野物語』
柳田國男  河出書房出版社   1992年7月



<『遠野物語』>
・『遠野物語』は、1916(明治43)年に出版された日本民俗学の誕生を告げる記念碑的な本。

<魂の行方>
・土淵村の助役 北川清という人の家は、字火石(あざひいし)にあります。代々山伏で祖父は正福院といい、学者で著作も多く、村のために尽したんです。

・その清の弟で福二という人は、海岸の田の浜へ、聟に行きましたが、先年(明治29年)の大津波にあい、妻と子どもを失いました。その後は、生き残った二人の子供とともに、元の屋敷あとに小屋を作り、一年ばかりそこにおりました。

・それは夏の初め、月夜の晩のことでした。福二は、便所に起きましたが、便所は遠く離れたところにあり、そこまで行く道は、波の打ち寄せるなぎさです。

・霧の一面に広がる夜でしたが、その霧の中から男女の二人連れが近づいて来ました。見ると女は、たしかに亡くなった自分の妻です。福二は思わず、その跡をつけて、はるばる船越村へ行く岬の、洞穴のあたりまで追いました。

・そこで妻の名を呼びますと、女は、ふり返ってにこっと笑いました。男のほうを見ますと、これも同じ里の者で、津波の難にあって死んだ人です。なんでも自分が聟に入る前、互いに深く心を通わせていたと聞いていた男です。

・「いまは、この人と夫婦になっています」と、女が言うものですから、「子どもはかわいくないのか」と言いますと、女は、少し顔色を変え、泣きだしてしまいました。

・死んだ人と話をしているようには思えず、現実のようで悲しく、情なくなりました。うなだれて足元に目を落としているうちに、その男女は再び足早にそこから立ちのき、小浦へ行く道の山陰をめぐって、見えなくなってしまいました。

・少し追いかけてもみましたが(相手は死んだ人なのに)と気づいてやめました。それでも、夜明けまで、道に立っていろいろと考え、朝になってからやっと小屋に帰りました。福二はその後もしばらくの間、悩み苦しんだということです。

(明治29年の大津波(明治三陸地震))
・明治29年6月15日(旧暦5月5日)夜8時ごろ、岩手県を中心とする三陸沿岸を襲った大津波のことです。波高は、38.2メートルを記録し、溺死者は2万2千人といわれ、最大級の津波でした。とくに、大槌町では、日清戦争の凱旋記念花火大会が行われていて、一瞬のうちに全滅という惨状だったといいます。

<山田の蜃気楼>
・海岸の山田では、毎年蜃気楼が見えます。いつも外国の景色だということです。それは、見たこともない都会のようです。道路をりっぱな馬車がひっきりなしに通り、人の往来もびっくりするほど多いそうです。家の形など毎年少しも違いがないということです。



『政治学・行政学の基礎知識』
堀江湛  一藝社   2007/8/8



<日本人の投票行動>
<政治的態度と投票行動>
・わが国では政党支持態度という概念が政党帰属意識と近似の概念として存在する。日本人の投票行動においても政党支持態度の重要性は認識されており、投票行動に対する政党支持態度の規定力は強い。

・また、三宅一郎は日本人の政党支持がアメリカやイギリスのように一つの政党に対する固定的な支持というよりも、複数の政党について選択の可能性があることに注目し、「政党支持の幅」仮説を提示した。

・およそ5割が無党派層という近年のわが国の状況も投票行動に対する政党支持態度の規定力の減退を意味する。

<社会的属性と投票行動>
・社会的属性と投票行動との関係では、職業、年齢の重要性が指摘できる。職業別の投票行動については、自民党は自営業者に強く、とりわけ農林漁業者に高い支持を得ている。他方、民主党は被用者、とりわけ事務職や専門・技術職に比較的強い。ゆえに、自民党は農村部では圧倒的な強さを誇り、民主党は被用者の多い大都市部で強い。

・年齢に関しては、自民党は年齢が高いほど支持率が高い「高年型」のパターンを示す。それに対して民主党は20歳代から50歳代あたりの現役世代で比較的指示が高く、60歳以上の引退世代では弱い。自民党が高年型である原因は、加齢に伴う政治意識の保守化や老後において活動の主体が職場から地域に移行し、地域に根ざした個人後援会を発達させている自民党議員の支持者となるなどがあげられる。

<アナウンスメント効果>
・アナウンスメント効果とは、候補者や政党の現在おかれている状況に関する何らかの情勢報道が、有権者の投票意図や、実際の投票行動に何らかの変化をもたらすことと定義される。「勝ち馬」効果(バンドワゴン)、「負け犬」効果(判官びいき効果・アンダードッグ効果)などのように同情票が有権者の投票行動に影響を与えると考えられてきた。

・旧中選挙制の下では、マスコミの情勢報道が「選挙戦において優勢」と報じられた候補者に予測以上の集票が起こったり(勝ち馬効果)、「選挙戦において劣勢」と報じられた候補者の票が増えたりする(負け犬効果)ことが起こった。

・並立制になってからについては、2003年の衆議院選挙を事例として考えてみる。世論調査の結果にもとづき、マスコミは「自民党単独過半数の勢い」と報じた。その報道に対して自民党は「世論調査で『自民党有利』と報道されると本来は自民党に入れる人も他党に入れる。日本人にはそういうところがある」と懸念を表明し、陣営の引き締めを図った。

<アナウンスメント効果の研究動向>
・このアナウンスメント効果に関する研究ではパネル調査による研究も数多く行われてきたが、いまだ最終的な結論が出ていない。
 また90年代に選挙制度が変更されたことによって、ますますマスメディアの流す情報に候補者も有権者も敏感になりつつある。さらに最近の傾向としてはインターネットの登場により旧来の新聞・テレビだけでは予測できない変化が次第に生じているものとおもわれる。

・テレポリティックスが盛んにマスメディアで指摘されつつあるが、このアナウンスメント効果自体についてはマスメディア自体が大きく取り上げられる機会が少ないままである。すべての有権者は、候補者を選択する際に同じような情報をもつべきであると考えるならば、マスメディアのこのような効果について有権者も知っておくべきである。

・世界的にみて、このアナウンスメント効果の影響を問題視し、投票日前の世論調査に規制をかけている国もある(フランス、ルクセンブルク、ポルトガル、スぺイン、ハンガリー、ポーランド、ロシア、ブラジル、アルゼンチン、ペルー、ベネズエラ、メキシコ、チリ、カナダ、南アフリカ、韓国などである)。

 日本の選挙では、総務省によるホームページの利用に関する研究会など公職選挙法改正に向けた取り組みが行われてきた。さらなるマスメディアの影響に関する実証的研究が望まれている。

<●●インターネット情報から●●>

<衆院選中盤情勢>与党、3分の2超す勢い…本社総合調査
・毎日新聞は2014年12月の第47回衆院選(定数475=小選挙区295、比例代表180)が14日に投開票されるのを前に、5~7日に特別世論調査を実施し、取材情報を加味して中盤情勢を探った。自民党は小選挙区、比例代表で計300議席を上回る勢いで、公明党と合わせて衆院の3分の2(317議席)を超えるだけでなく、自民単独での3分の2超えも視野に入る。

◇自民堅調続く/第三極振るわず、民主伸び悩み

・民主党は公示前の62議席を上回るが、小選挙区、比例ともに前回の2012年から小幅の伸びにとどまりそうだ。維新の党は計30議席に届かない見通しだ。



『日本経済 今度こそオオカミはやってくる』
負けないビジネスモデルを打ちたてよ
竹中平蔵  冨山和彦  PHP研究所  2011/9/13



<批判することではなく、結果を出すこと>
・共通して経験したのは、経済と経営の基本原則に則って正しいことをやろうとすると、必ず既得権を持つグループが執拗に反対運動を展開することです。それを、無知で無責任なメディアがサポートします。その結果、日本の経済と産業は疲弊し、そこに大災害が重なって「今度こそオオカミはやってくる」という状況に至ったのです。

<日本とシリコンバレーでは、社会背景も文化土壌もまったく異なる>
・学生の時とビジネスマンになる間のちょうどブリッジの部分を鍛える仕組みが必要です。社会人になった新人を数年かけて鍛え上げ、仕事をこなせるようにもっていくような人材育成のやり方を、社会全体の力で改める必要があるのです。

<政策の経験がない民間人には政策立案はできない>
・現在、国家レベルの政策作りができる人材を育てられるのは、霞が関の中央官庁だけです。ところが、官僚が霞が関に長くいると、所属する各省庁の利害関係にがんじがらめになります。

・たしかに日本にもシンクタンクがあります。特に金融系のシンクタンクや経済団体がさまざまな提言をだしていますが、それを実現させるにはどうしても無理がある。なぜなら、彼らは政策をつくったことがないからです。経営をやったことがない人が、外から評論するのと同じです。

・一度でも政策立案にかかわった人ならわかりますが、政策立案は、非常に細かな法律的手続きの積み重ねによってなされるものです。もっともな題目だけ並べるだけでは、実現可能性はゼロなのです。霞が関の官僚たちは、外部からの政策提言なんて、気にもとめていないと思います。

・ビジネスパーソンに、「役人や政治家を連れてきて、会社の経営ができると思いますか?」と聞けば、たいていの人は「無理」と答えるはずです。同じように、民間の人を霞が関に連れてきても、いきなり政策をつくれるわけがありません。

<役所は民間と違う複雑なゲームを展開している>
・官僚の世界は官僚の世界で、経済人とはまったく違うタイプの複雑なゲームをやっているわけです。そもそも種目が違うから、民間の発想をそのまま官僚の世界に取り込むことはできません。

<株主総会が年間二百日開かれるのと同じ>
・民間と行政ではルールがまったく違うわけです。

・政府にとって、株主総会に当たるものは何かというと、国会です。国会は年間二百日程度開かれています。「株主総会が200回開かれている会社だと思え」と私はよく言っています。簡単に改革ができるわけがないのです。

<法律と予算を変えることの大変さ>
・企業なら役員会で決められる話を、すべて株主総会を開いて、そこで議決しているようなものです。それがどれほどたいへんか、わかっていない人が多すぎます。

・すると、「そんな面倒くさいことをやっているからダメなんだ。仕組みを変えればいいじゃないか」と反論する人がいるかもしれませんが、日本は民主主義の国だから、そこはそう簡単には変えられない。良くも悪しくも、国民の代表である国会議員による国会での審議を経ずに、重大な意思決定をするわけにはいかない、面倒くさい仕組みなのです。

<法律と予算を変えることの大変さ>
・政府といっても法律事項、予算事項は授権されないので、毎回国会の承認をもらわなければいけません。企業なら役員会で決められる話を、すべて株主総会を開いて、そこで議決しているようなものです。それがどれほど大変か、わかっていない人が多すぎます。

・良くも悪しくも、国民の代表である国会議員による国会での審議を経ずに、重大な意思決定をするわけにはいかない、面倒くさい仕組みなのです。

<法案作成から成立までの手続きが複雑>
・このように、政策立案は大変だからこそ、そのノウハウをずっと持ち続けてきた官僚が結局強いわけです。民間が何を言おうと、官僚組織に歯が立たない。こういう状況を打ち破るために何が必要かというと、人が交流することです。それがいちばん早い。

<独自の隠語を駆使して政策プロセスを牛耳る>
・霞が関の官僚が外部の人間を簡単に寄せつけないのは、政策プロセスの複雑さもさることながら、彼らにしかわからないジャーゴン、専門用語を多用することにも原因があります。

・ジャーゴンがあるということは、日本の政策プロセスはごく一部の人間に牛耳られているということです。政治家と官僚だけ。民間人は入っていく余地が少ないということです。

<私益、公益、組織益の三つの円の重なりを大きくする>
・役人たちは、天下りまで含めた終身雇用制度の中に完全に組み込まれています。今の時代、彼らが、国民の利益の最大化ではなく、組織の利害の最大化という潜在的な欲求を持ってしまうのは、そのせいでもあります。

<天下り制限撤廃とキャリア制度廃止で人材を流動化>
・むしろ、天下りというか、民間企業に行くことに対する制限を撤廃すべきです。いつでもやめられるという状況になれば、いつでも入っていける。官から民へ、民から官へ。人の移動が活発になれば、政治家と役人だけが政策プロセスを牛耳ることができなくなります。

・さらに、論功行賞にして、キャリア制度を廃止しなければいけません。

<日本のベスト&ブライテストを集結する>
・政策立案というのは知的な仕事であることは間違いありません。もっと自由にひとが出入りするようなオープンなコミュニティを築き、そこに日本のベスト&ブライテストを集めて、その人たちが政策立案する状況をつくらなければならないのです。

・民間には民間の厳しさ、難しさがあります。政府には政府の難しさがある。その両方を真剣勝負で経験し、二つの世界の違いと共通点、それぞれの長所、短所を体感的に理解している人材を、急がば回れでつくっていく努力をすべきなのです。

ベーシックインカムは究極のセーフティーネットであり、まさに税と社会保障の一体改革そのものなのです。(6)


<レゾンデートルの終焉>
・周囲の反対を押し切って政経塾をつくった松下幸之助には、確かに先見の明があったのだろう。「普通」の若者に国政への道を開いたのは、紛れもなく彼の功績だった。かつての塾生たちが、大きなリスクを承知で政経塾に進んだことにも敬意を表したい。

・だとすれば、今、政経塾が存在する意味とは何なのだろうか。もちろん塾生となれば、政党の公認をもらって選挙に出られる可能性はずっと高くなる。塾出身というだけで、政党関係者から「金の卵」の扱いを受けられる時代なのである。
 だが、政経塾とは、その程度の存在だったのか。新しい時代を切り拓く「坂本龍馬」を生みだそうとして始まった政経塾が、逆に旧体制を維持する「新選組」隊士の養成機関となってしまうことはないのか。少なくとも私には、現体制下の政経塾で学んだ若者が政治を志したとしても、この国が良くなるとは思えない。
 松下政経塾は、すでにその役目を果たし終えたのではなかろうか。

・もちろん、幸之助が好んだ「効率主義」ということで言えば、政経塾は大成功を収めたのだろう。70億円の原資で、現職に限っても30名近くの国会議員を輩出した。その数は、今後も間違いなく増えていくだろう。政経塾出身の総理大臣が出る日も、そう遠くないのかもしれない。幸之助は、政経塾の経営にも「神様」としての実力を発揮したのである。

・初期の塾生と幸之助のこんなやりとりが残っている。
「人間にはいろいろな欲望があり、食欲のようなものから、社会をよくしたいと思うことまで対象も異なります。その対象によって、欲求にも尊さの差ができるのか、それともすべての欲求は等しいのか、塾長はその点をどうお考えですか」
「私は、欲望は力であり、人間の活力であると思っています。だから尊いものであり、どれも格差はないと考えています」

・幸之助が塾生の理想とした坂本龍馬は、大政奉還の後を見越した新政府の構成メンバーに自らを含めなかった。そのことを西郷隆盛が訝ると、こう言ってのけたという。
「窮屈な役人になるより、世界の海援隊でもやりましょうかな」
 龍馬は地位などに固執しなかった。そこが龍馬の龍馬たる所以であった。
 思えば幸之助ほど、巨大な欲望を抱えて生きた人も珍しい。経営者としての成功では飽き足らず、日本という国を、自らの信じる姿につくり変えようとしたのである。PHPにしろ、また政経塾にしろ、幸之助にとっては手段に過ぎなかった。その生き様は、早世した両親、兄弟、さらには息子の欲までも、たった一人で背負っていたかのようだ。だからこそ、私利私欲とは無縁の生き方を貫いた龍馬に憧れたのかもしれない。

・坂本龍馬とまでは言わなくても、国民が政経塾に期待したのは全く新しい政治家像だったはずだ。既得権益とのしがらみがなく、無党派層と呼ばれる人びとの声なき声を代弁してくれる。有権者は塾出身者の立身出世を助けるために、彼らを政界へと送り込んだわけではないのだ。「欲望は力ですから、悪にも善にもなり得ます」
 そんな言葉を遺した松下幸之助が逝って15年。政経塾の弟子たちに乗り移った深い業は、日本をどこに導こうとしているのだろうか。



『松下政経塾が日本をダメにした』
八幡和郎   幻冬舎   2012/2/24



<日本の政治はよくなったかといえば、むしろ「劣化」している>
・政経塾ができたころ、講師を務めた堤義明は、「政治家になるには、『政治家の子どもに生まれるか、その娘と結婚する』『官僚になる』『労組とか宗教団体から出る』以外には難しい。それを打ち破るならよほど土性骨をいれてかからねば」と語った。そういう困難を乗り越えて、これまでの政治家とはひと味違う政治家群の排出に成功したのは間違いない。

<松下幸之助の弟子たち、天下を盗る~二世と官僚の王国を倒すも世直しの展望なし>
<政治家二世や官僚より高い確率で国会議員に>
・しかも、これまでの卒業生の総数は、わずか248人でしかないのに、現職の国会議員だけでも38人を占める。

<政経塾卒業生の成功率は驚異的ですさまじいばかりの政治エリートぶりである>
・とはいえ、あの偉大な経営者だった松下幸之助がこの国の未来を憂え、政治の貧困に絶望した末に、私財を擲って創立した松下政経塾の志に、卒業生は応えうる存在なのか。そう問われたとき、躊躇なく頷くべきレベルに達しているかどうかは、まったく疑問なのである。

<志はあっても政策に弱いという評判>
・松下政経塾出身の政治家については、もちろん、共通した長所もあるが、批判的な見方や厳しい評価もある。

1.専門知識・国際経験が不足しがち

・陣笠代議士としてなら十分に高いレベルかもしれないが、現代国家のリーダーには、インターナショナルな水準に合致する大学院クラスの知的訓練、国際人としてのコミュニケーション能力、グローバルに普遍性のある文化的素養も不可欠なはずだ。

1.実務経験に乏しく現場感覚が政策と結びつかない

・政治以外の実社会で働いた経験があったとしても、大学卒業後の短い期間における若手社員となどとしてのもので、管理職や経営者としての経験が抜け落ちている。販売店や工場での研修などの成果もあってか、現場感覚は豊かでマメだが、たとえば、中小企業経営者や管理的立場にある人の悩みなどを十分に聞いているわけではない。

2.志の高さと堂々たる国家観はあるがステレオタイプ

・よい国をつくりたいという志はあるし、愛国心などもしっかりしている。しかし、理念をステレオタイプに主張するだけなので、独創性があまり感じられず、自国の利益を主張する基礎となる過去の歴史などについての細かい知識や目配りに乏しい。

1.関心が外交など特定分野に偏るとともに政策に弱い

・興味がある分野が偏り、外交・国防・教育・環境などには、おしなべて強いが、経済政策などへの興味は希薄である。

<演説は上手だが政治技術がなく実行力に疑問>
⑤政治技術の不足とその重要性についての意識のなさ

 ・足して2で割る式の旧来のやり方に問題があるのは事実だが、現実の政治では、うまく交渉し妥結して、いかにして最大幸福を実現するかが問われる。そうでなければ、特定の集団、階層、地域などの利益ばかりが実現することになりかねない。ところが、政経塾出身の政治家は、自分の意見を主張するだけで、それを実現するための政治技術を軽視がちで、不得意でもある。

⑥演説は上手だが討論は下手

 ・スピーチが軽視される日本の政治風土にあって、国際的なスタイルに近い演説の水準を会得し、具体的な利益につながらないような高邁な理想や国家観を訴えるのは評価できる。しかし、違う意見の人と討論し、相手を説得したり、的確に反論することが上手だとはいえず、一方的な主張に終始したり、はぐらかしてしのぐ傾向がある。

⑦迅速対応に傾斜しすぎ軽率な発言が目立つ

 ・近ごろの日本社会全般の問題でもあるが、マスコミや世論を気にするあまり、急ぐ必要がない問題にあわてて対応しすぎて、軽率な発言、官僚などへの責任のなすりつけ、誤った方針の採用、バランスを欠いた対応をする傾向がある。企業イメージの確保が優先される民間とは異なり、政府は短期的評判より長期的視点を重視すべき存在である。

・だが、松下政経塾の卒業生たちは、「地盤・看板・カバン(資金)」のいずれもなかったので、しかたなく、街頭演説に頼らざるを得なかった。



『松下幸之助の遺言』
青野豊作  PHP   2010/11/27



<PHPと初期・政治啓発運動>
<松下幸之助と二つの政治観>
・もっとも、その松下幸之助も、ごく短い時期、政治に多少なりとも関係したことがある。大正14(1925)年12月、31歳の時に大阪市連合区会議員選挙に出馬し、第二位で当選しているのである。

・松下幸之助は、敗戦後、亡国の時代様相を日々濃くしつつあった戦後混乱の下で、「自分が日本人として何をなすべきなのか」と自問自答を繰り返している。そして敗戦の翌年、昭和21(1946)年11月3日の『PHP研究所』の創設へとすすむのだが、この時点には松下幸之助の政治観もまた、「繁栄によって平和と幸福を」というPHP理念を根幹としたものになっていた。

<松下幸之助の政治観―二つの基本認識>
・人類はまだまだ進歩発展してゆく、すなわち、必ず、正しい政治理念にもとづく正しい政治形態をつくり出し、身も心もゆたかな繁栄の社会を実現することができる。そのためにもまず、人間の本質にもとづいた正しい政治理念の研究を急がなければならない。

・政治が人間のためにあり、人間の繁栄・平和・幸福のためにあるということは、政治理念もまた人間の本質にもとづいて打ちたてられねばならないということでもある。人間の本質をよく認識し、この本質に根差した政治理念なり政治形態を打ちたてなければならない。

<政治のための政治は本末転倒>
・世上、往々にして政治のための政治が行われているような印象をしばしば受けることがある。また、政治のための政治(注・政略と党利党略)を行うことが本当の政治家であると考えている人も少なからずいる。いわゆる政略と党利党略というものがこれである。もちろん、実際に政治を行っていくうえにおいて、場合によっては政略が必要なこともあるだろう。しかし、政治の真の使命を忘れた政略は、結局、百害あって一利なし。

<無税国家論から松下政経塾へ>
<崩れゆく日本をどう救うか・・・・>
<究極の政治改革論―「無税国家論」>
・無税国家論は、国の予算制度に会社経営と同じダム式経営を導入するというものである。即ち単年度主義の国の予算編成を廃して効率を徹底追及する予算編成に切り替え、節約した分を積立金、剰余金として毎年蓄積していくようにする。すると、いずれは積立金、剰余金のみで国の運用ができるようになって国民から税金を徴収しなくてすむようになるばかりか、ゆくゆくは余ったそれの運用益を国民に分配する、“収益分配国家”へと移行することもできるようにもなるーとするものである。

・発想の転換、それも奇想天外な発想(注・それは決して荒唐無稽な発想ではない)をもって生み出した、これまた松下幸之助ならではの究極の政治改革論である。無税国家論は発表と同時に大反響を呼んだ。

<無税どころか、減税さえむつかしい状態>
・「政府のやる仕事は、治安でんな、国防でんな、それから国の外交でんな。これでよろしい。生産に関することは全部民間にやらしたらええわ。政府は監督しとったら、それでええ。そうしたらそんなに人(注・公務員)要らんでしょう」

・「明治以来、国の予算というものは(単年度主義で)全部使い切りでしょう。しかし、例えば、毎年1割は残せと。(中略)もし明治初年から今日までやっていたら、どのくらい貯金ができたか。今のお金にして、少なくとも3百兆(円)。(中略)多かったら5百兆。これを複利でまわしたら、利子だけで(年間)25兆円になる。25兆円のお金があったら、税金は3分の1ですむわけだ。それがもし、1兆円あったら、利子が50兆円はいるわけでしょう。そうすると今年度の国税は34兆円だから、16兆円余る。16兆は分配できるわけですな。まさに“無税国家”加うるに“分配国家”になる。

<無税国家論から松下政経塾へ>
・無税国家論は当時、夢そのものの構想として受けとられた。実現するはずのない、文字通りの絵空事とされた。マスコミ、メディアもまた、大きくとりあげたものの、その実、現代のお伽噺として話題にしたにすぎなかった。

・松下幸之助は、私財70億円を投じて、松下政経塾を設立しているのである。むろん、これは「崩れゆく日本を救うために、日本人である自分が何をなすべきなのか」と自問自答した末の行動だった。

<松下政経塾に託したもの>
・ちなみに平成22(2010)年8月現在での、松下政経塾出身の政治家は国会議員38人、知事2人、市長・区長8人、地方議員24人。

<「開花21世紀」-幸之助の悲願>
・「ぼくは夢を描いとんのと違うんや、ほんとうに実現したいんや。ぼくが思い描いているような、ほんとうに素晴らしい日本をなんとしても実現したいんや」



『わが師 松下幸之助』
「松下政経塾」最後の直弟子として
樽床伸二    PHP   2003年3月26日   



<後世の歴史家は松下幸之助をどう評価するか>
・8百万部発行されたアメリカの『ライフ』誌は、松下幸之助が産業人であると同時に「思想家」であると紹介したが、私は、さらに「政治の変革者」として評価されなければならないと考えている。

・松下幸之助は、『ライフ』の誌上で「最高の産業人」「最高の所得者」「思想家」「雑誌の発行者」「ベストセラーの著者」と5つのタイトルが冠せられました。

<理想の日本が実現するのは2010年>
・松下幸之助にはたくさんの著書があるが、政治の改革者としては『私の夢 日本の夢 21世紀の日本』をまず第一にあげなければならないだろう。
 松下幸之助がこの本を著したのは昭和52年(1977)であったが、もともと「小説日本」というタイトルを考えていたと側近に漏らしていたように近未来小説の形を構想していた。

・「それは2010年の日本から始めるのや」松下幸之助が、こういうのを聞いて木野元会長は聞き返した。「21世紀と言うと、2001年から始められたらどうなんですか。なんで2010年なんですか」これに対する松下幸之助の答えが凄い。「ぼくは夢を描いとるのと違うんや。本当に実現したいんや。そのためにはこれから30年はかかる。それで2010年にしたんや」

・木野元会長は夢と言う言葉を使っているが、そこには本当の松下幸之助の心、必ず30年後には実現してみせるという強い祈りがこめられていると思うと、書いている。

・松下政経塾が設立されるのは、その2年後であるが、一度は断念しながらも、おそらくこの段階で構想は煮詰まっていたのであろう。それにしても目標の2010年まで、あとの残りは7年である。

・松下幸之助はすでに亡くなり道半ばではあったかもしれないが、前述のように「2010年」を目途にしていたようであるから、草葉の陰で少しは微笑んでいたのではないかと思う。

・それが松下政経塾を“平成の松下村塾”たらしめることになるであろうか。そして、松下幸之助が「政治の変革者」として評価されることになるのであろうか、である。

・松下幸之助は、26年前の著書『私の夢 日本の夢 21世紀の日本』のなかでこれらの夢が実現するのは2010年だと記しています。だとすると、目標の年までは、わずか7年しかありません。



『船井幸雄のズバリ本音』
3・11が教えてくれた日本と日本人の進むべき道
船井幸雄   ビジネス社    2011/9



<松下政経塾と原子力発電>
・経営者やトップというのは、「絶対に安全」と確信できないことにゴーサインを出してはいけないのです。これは経営者の意識です。というよりもこれは意志決定の原則なのです。「想定外の出来事が起こらない限り安全だ」と言っていた福島第一原発が安全でなかったのですから、これを知っただけで、まともなトップなら「原子力発電所は止める」と意志決定するのがトップとして常識のはずです。

・発電などの方法をいくらでもあります。日本に戦前600を超える発電会社がありました。

・ここで少し話を変えますが、公私ともにいろいろ、教えていただいた松下幸之助さんが、なぜ「松下政経塾」という変なものをつくられたかは、私にはいままで分からなかったのです。
 私は、創業者で、一代で大企業をつくった経営者から、もっとも学びました。

・その中で分からなかったのは、松下さんが政経塾をなぜつくったのか?・・・だけだったのです。
 松下政経塾の卒塾生には多くの知人がいます。ところがそのほとんどの人が、いまのところ正しい意志決定ができないように思うのです。
 しかし、考えてみれば、「政治家がいかに大事な仕事で意志決定の原則がいかに大切か」を知りつくしていた松下さんは、それの分かる人を創りたくて政経塾を作ったのでしょう。いま、ようやく分かりました。

・松下政経塾の卒塾生の大半は、トップのあり方を覚えなくて、政治家などになったようです。私は、成功した創業経営者が政治家に最適だと思っています。
 松下さんは、その点についてはあの世で泣いておられるでしょう。
 意志決定は、「世のため人のためになること」「100%の人を納得させられ説得できる自信のあること」「絶対と言って良いほどの成功の確信があること」がゴーサインの必須条件なのです。



『被災後を生きる――吉里吉里 大槌・釜石 奮闘記』 
竹沢尚一郎 中央公論新社   2013/1/10



<被災後の行動から理解されること、改善されるべきこと>
<被災者の語りは何を示しているのか>
・被災の直後に大槌町の人びとがどのように行動したかの生々しい証言を追ってきた。そのうちいくつかの話は、本当に彼らが危機一髪のところで助かっていたことを示しており、聞いているうちに私たちも手に汗を握ったり、感動のあまり思わず涙ぐんでしまったりするなど、他ではとても聞けそうにない深い内容をもっていた。そのような話を率直にかつ長時間にわたって話してくれたことに対して、深く感謝したい。

・とはいっても、彼らの体験を再現するだけでは、これまでに書かれた多くの書物と変わりがない。彼らの話を整理していくことによって、被災直後の人びとの行動の特徴として何が明らかになったのか、また彼らがそのように行動した理由は何であったのかを、明確にしていく作業が求められているはずだ。さらに、彼らがそのように行動したのは、個人的な理由からなのか、それともそこには制度的な問題が背後にあったのか。後者であるとすれば、それは今後どのように改善ないし修正していくべきなのか。そこまで議論を深めていかないかぎり、今後もおなじことがくり返されるであろうことは目に見えている。それであっては、今回の地震と津波の教訓を今後に活かしていくこともできなければ、津波で亡くなった方々に対する冥福にもならないだろう。

・そうした人びとの冷静さを可能にしたのは、三陸沿岸が過去から大きな津波をくり返して経験しており、そうした経験が年配者から語りつがれるなどして、非常時にどのように行動すべきかの情報があらかじめ刻印されていたためであろう。それに加えて、宮城県沖を震源とする巨大地震がくり返されていたことも忘れるべきではない。その意味で、情報が正確に提示され、広く共有されていたことが、今回の多くの人びとの沈着な行動の背景にあったと考えられるのだ。

・にもかかわらず、以上の話が明らかにしているのは、多くの人びとが地震後ただちに避難行動をとったわけではないという事実だ。つね日頃から用心を重ねていた徳田さんでさえ、車で自宅から避難し、安全な場所に達するのに20分を要している。一方、他の多くの人の場合には、家のなかを整理したり重要書類を取り出したりするなどして、避難開始が遅れている。

・地域的・地理的に見ると、吉里吉里の住民の多くが地震後すぐに避難を開始したのに対し、大槌町や安渡の人びとは避難が遅れる傾向にあった。

・また、大槌の町方では津波直後に出火し、プロパンガスが爆発するなどして大火災が生じたために、救助活動がほとんどできずに多くの人命が失われている。そのことは、町方の死者343名、行方不明者325名と、行方不明者の割合が多いことに反映されている。

・これは大槌町にかぎられるものではないが、情報に大きな混乱が生じていたことも今回の被災の特徴であった。地震直後の午後2時49分に気象庁は大津波警報を出したが、マグニチュード9.0というわが国では前例のない巨大地震であったために、地震計が振り切れるなどして正確な測定ができず、岩手県沿岸部の予測値を3メートルとして発表した。その後、午後3時14分には岩手県沿岸部の予測値を6メートルにあげたが、大槌町では停電でテレビが消え防災放送も機能しなくなったために、最初の数字だけを覚えている人がほとんどだ。また、津波が襲って沿岸部の市街地や集落がほぼ全壊状態になっていたことを、おなじ市町村でも内陸部に住む人は知っていなかったし、となりの市町村ではなおさらであった。そうした情報の混乱や欠如が、人びとの避難行動を遅らせ、救助活動を阻害させたであろうことは否定できまい。

・さらに、勤務中あるいは職務中であったために逃げ遅れて、津波に巻き込まれた人が多いのも今回の被災の特徴であった。海岸から300メートルほどしか離れていない海抜ゼロメートル地帯に建てられていた大槌町役場では、役場前の広場で対策本部会議を開こうとしていた町長や幹部職員が津波に巻き込まれて亡くなったことは、新聞報道等でよく知られている。しかしそれだけでなく、その時役場のなかでは他の職員が勤務しており、その多くが津波に巻き込まれて亡くなったり、あわやというところで助かったりしたことは、赤崎さんの話からも明らかだ。さらに、停電で操作できなくなった水門を手動で閉めようとして亡くなった消防団員や、避難者や避難の車両を誘導したり、歩くのが困難な方を救助しようとして水にさらわれた消防団員や自主防災組織の役員が多いことも、先の話のなかで多くの人が指摘していた。

・他にも今回の地震後の避難行動や被災の特徴といえるものがあるだろうが、私としては以上の点に注目して、これからの議論を進めていきたい。まず、それを一点一点整理しておく。

――過去に何度も津波が襲来した土地であり、今回も大地震と津波が生じることが十分に予告されていたにもかかわらず、避難行動が遅れる傾向があった。とりわけ高台に住んでいた人の多くが避難しなかったり、避難行動が遅れたりして、津波に巻き込まれて亡くなっている。

――車で避難した人が多く、徒歩で逃げたのは一部にとどまった。車で避難した人の一部は渋滞で停車しており、そのまま津波に巻き込まれて亡くなった人が大勢いる。

――大槌町では津波後すぐに火災が発生したために、直後の救助活動を十分におこなうことができず、死者・行方不明者の数が増大した。

――被災直後に停電が発生し、ほとんどの地域で災害放送や携帯電話が不通となったこともあり、情報が混乱して正確な情報が伝わらず、避難行動や緊急救助活動が阻害された。

――役場で勤務していた職員や、水門を閉めようとして亡くなった消防団員など、勤務中・職務中に津波に巻き込まれて命を落とした人が多かった。

 これらの点はいずれも防災上・基本的かつ致命的な点というべきだ。それゆえ、今後に予想される災害に備えて防災・減災を考えていくには、その一点一点について原因を究明し、対策を検討していくことが必要なはずだ。

<地震後の避難が遅れたのはなぜか>
・以上のデータから何が理解できるのか。確実にいえることは、今回の地震がきわめて大規模であり、しかも三陸沿岸のような津波の常襲地帯で、大規模地震の到来が予告されていた土地であるにもかかわらず、多くの人が自宅から逃げずに亡くなっているということだ。理由はさまざまだろう。自宅が高台にあったために、ここまでは津波がこないと過信して巻き込まれたか。あるいは高齢その他の理由で、そもそも逃げることができなかったか。貴重品やペットを取りに戻って流されたというケースがかなりあることも、私が聞いた話から明らかになっている。その理由はどうであれ、多くの人が地震の直後に逃げないで亡くなっているという事実は、基礎的事実として確認されなくてはならない。

・では、彼らはなぜ逃げなかったのか。くり返し述べてきたが、高台に自宅があったために、ここまでは津波がこないと過信して津波に巻き込まれた人が大勢いるのは事実だ。その意味では、津波の恐ろしさを周知徹底して、迅速な避難を呼びかけていくという作業はどこまでも必要だろう。

・制度的な問題として第一にあげられるのは、気象庁が発表した大津波警報の過ちだ。気象庁が最初に発表した3メートルという数字が住民の意識のなかにインプットされてしまい、避難行動を遅らせていたことは私が集めた証言からも明らかだ。何人もの人が、3メートルの津波であれば6.5メートルの防潮堤でふせぐことができると考えて、避難しなかったと証言しているのだから。これは早急に改善されるべき点だが、これについては情報の課題の箇所で検討する。ここで取りあげるのは、津波の浸水予測図、いわゆるハザードマップの問題だ。

・岩手県と大槌町が発表していたこのハザードマップが決定的に間違っていたこと、そのために多くの死者を出す一要因となったことは明らかだといわなくてはならない。間違いの第一は、今回の地震の予測をあまりに低く見積もっていたことであり、第二は、事実の誤認が多く含まれていることだ。たとえば大槌町のハザードマップでは、町方の避難指定場所であった江岸寺は明治と昭和の津波の浸水区域の外側に記載されている。しかし明治の大津波では、浸水が寺の庫裏の根板から1メートル20の高さに達していたことが過去の記録に明記されている。にもかかわらず、それが浸水区域外として記述されていたのはなぜなのか。間違っていることが明らかであるとすれば、誰が、あるいはいかなる部局が、なにを根拠として、このハザードマップを作成していたのかが解明されなくてはならない。それがおこなわれなかったなら、今後もおなじ過ちがくり返されるだろうからだ。

ベーシックインカムは究極のセーフティーネットであり、まさに税と社会保障の一体改革そのものなのです。(5)



『低欲望社会』
大前研一  小学館   2015/4/23



<飯を食うスキル>
・シリコンバレーは、日本では生まれない。となると、やはり日本はドイツやスイスと同様に、日本の昔の制度でもある「職人の育成」で勝負していくしかない。
 ところが、アメリカの真似をして大学を、“乱造”した結果、高校生の2人に1人が大学に進学する実質的な「大学全入時代」となり、これまで中学・高校で町工場に入った人々が支えてきたモノづくりの技術力が維持できなくなっている。日本の職人技術は、いずれ消えゆく運命にある。
 しかし、国家を支えているのは人であり、国家にとって最も重要なのは人材育成である。にもかかわらず、何で飯を食っていくのか全く考えないまま20代半ばで社会に出ていく若者を量産している。自分の人生で何をやりたいのか思案しながら30代にまで突入する人も少なくない。「飯を食うスキル」を伝授できない日本の大学は、一度すべて潰すぐらいの大改革を断行しないと、この国は遠からず滅びてしまう、という危機感を抱かずにはいられない。

<「統治機構改革」>
<今こそ「国の仕組み」を変える>
<今日の閉塞は予言されていた>
・世界に先駆けて「低欲望社会」が進む日本は、新たな経済・社会に対応すべく、国の仕組みを変えていかねばならない。
 しかし現在、日本の大きな課題とされる超・高齢化、人口減少、経済の縮小……といった問題は、すべて予想されていたことだ。
 私が『平成維新』(講談社)を刊行したのは、ベルリンの壁が崩壊する直前の1989年6月だから、今からもう4半世紀も前のことである。当時すでに私は、「リクルート事件でつかまったのは、これを許してきた国民自身」と書き、さらに「中央集権国家の終焉」と「世界の地域化」を今後の大きな潮流とした上で、中央官庁が利権まみれになっている国の仕組みを批判。バブルに浮かれている日本への警鐘とともに、成熟社会の変化への対応の難しさまでを“予言”した。

<自民党主導の“超肥満体”国家の末路>
・なぜ、日本は政権交代が難しいのか?端的に言えば、自民党が「正統ではない」からだ。自民党には政党としての筋の通った政策がないのである。
 たとえば、アメリカの場合、共和党は小さな政府で経営者寄り、民主党は大きな政府で労働者寄りと政策の対立軸がはっきりしている。イギリスやオーストラリアの保守党と労働党も同様の構図である。
 一方、自民党はどちらかというと経営者寄りと言いながら、実際にやってきたことは「大きな政府」で、北欧にもないような高度福祉社会の実現と弱者・敗者の救済だ。そういう矛盾した状況になったのは、もともと自民党が自由党と日本民主党の寄り合い所帯の根拠薄弱な政党で、アメリカで言えば共和党に近い派閥も民主党に近い派閥も丸ごと抱えているからだ。これは他の国にはない政党のキャラクターである。
 つまり、自民党というのは、いわば商業ビルの「PARCO」や「109」スタイルで、右から左まで何でもござれの“よろず陳情受付所”“すべての票を取り込むための総合デパート“なのである。各議員は自民党という商業ビルの中にスペースを借りて営業しているテナントのようなもので、個々が我田引水で自分の地元に利益を誘導し、清濁併せ飲みながら声の大きい少数派(ノイジー・マイノリティ)に手厚く財源(税金)を使っていくことによって政権を維持してきたのである。
 だから、世界で最も競争力のない農業が守られ、日本中の海岸と山肌がコンクリートで固められ、ありとあらゆる分野でカネのかかる大きな政府になってしまったのである。
 これに対抗するには、「小さな政府」しかない。財政均衡を目指し、国民に自助努力を求めるという対立軸だ。
 しかし日本人は、財政均衡の必要性は知りながら、おらが村への地方交付税交付金や補助金が減るのは嫌がる。年金問題も、デモグラフィ(人口統計学)によって、このままでは2035年に国民の3人に1人、60年に2.5人に1人が65歳以上の高齢者になると推計されているのだから、どう考えても国が破綻してしまうということは、小学生が学ぶ「鶴亀算」「旅人算」でもわかることだ。にもかかわらず、国民は政府が受給開始年齢を引き上げ、次世代の負担を重くして問題の根本的な解決を先送りしていることを容認している。

・私が長年提唱している(中央に依存しない自立した地域を作る)道州制こそがその大手術なのだが、それを先頭に立って推進していた大阪維新の会代表の橋下徹・大阪市長は迷走していて先が見えない。橋下市長の躍進に擦り寄ろうと道州制を検討していた自民党も民主党も、今はすっかり見て見ぬふりだ。
 着々と自己崩壊に向かう自民党“超肥満体”体質は日本人の映し鏡であり、自民党だけを非難することはできない。この快楽にふける日本をもはや誰も止めることはできないだろう。株なり国債なり市場の“制裁”が加えられるまでは……。

<「おらが村」の議員生む選挙制度>
・なぜ、これほど投票率が下がっているのか?果たして、これで有権者の意思は十分に反映されたと言っていいのか?私は、日本の選挙制度を今、改めて見直すべきだと思う。
 まず、本質的な問題は「小選挙区制」にある。衆議院の小選挙区比例代表並立制は、1994年に当時の細川護熙首相と下野していた自民党の河野洋平総裁が合意して導入が決まった。ところが、河野氏は14年に死去した土井たか子・元社会党党首を偲ぶ会で「あなたに謝らなければならない大きな間違いをした」と小選挙区制導入が今日の政治の劣化、政治不信を招いたと指摘し、小選挙区制に対して強い警戒心を持っていた土井氏(当時は衆議院議長)に詫びている。しかし、今さら反省しても遅い。

・なぜ私は小選挙区制導入に反対したのか?小選挙区制になると、1選挙区(=衆議院議員1人)あたりの平均有権者数が約35万人の“市長レベル”になってしまい、その結果、二つの弊害が出てくると考えたからである。
 一つは議員が「長居」をすることだ。小選挙区だと、新人が現職に勝つのは難しくなる。市長は4期以上の多選が珍しくないが、それと同じことが衆議院議員でも起きてしまう。実際、先の総選挙では当選者の85%が前職(再選)だった。
 もう一つは、市長レベルの小さい選挙区から出てくると、どうしても地元への利益誘導が政治活動の中心になり、天下国家を論じて外交、防衛、経済といった日本の長期的な課題に国政レベルで取り組む議員がいなくなることだ。中選挙区(定員3~5人)の時は、外交、防衛、経済などを専門にする政治家が3番目や4番目で当選していたが、小選挙区制になって以降、そういう衆議院議員はほとんどいなくなった。

<制度を変えられない致命的な矛盾>
・さらに、より大きな欠陥は、今の選挙制度を変えられない矛盾に陥っていることだ。なぜなら、小選挙区で地盤を固めて当選してきた295人の議員たちは、議席を失うリスクがある中選挙区に戻したり、大選挙区にしたりすることに賛成するはずがないからだ。

<“無用の長物”地方議会に意義はあるか>
・国会議員以上に改革が急務となっているのが、不祥事が続発している地方議員だ。政務活動費の不適切な使途に関する記者会見で号泣して辞職した兵庫県議、東京都議会で女性都議にセクハラ野次を飛ばして謝罪した男性都議、政務活動費73万円で知人女性に海外視察を委託した愛知県議、万引きで現行犯逮捕された上に覚醒剤使用容疑で再逮捕された山口市議………それぞれの事例はレベルが低すぎて言及する気にもならないが、なぜこんなにお粗末な地方議員がはびこっているのか?

・アメリカも各州が強い自治権を持っていて、条約・同盟・連合の締結や貨幣の鋳造などを除く大半のことを自分たちで決めることができる。だから州によって離婚、同性婚、ポルノ、麻薬、売春などが合法だったり非合法だったりするし、消費税率(売上税率)も異なっている。カナダも同様で、たとえば国は英語とフランス語を公用語と定めているのに、太平洋岸のブリティッシュ・コロンビア州の学校の多くはフランス語をやめて、英語および日本語か中国語にしてしまった。

<海外では「無給」議員も当たり前>
・ところが、機能も権限も定かでない日本の地方議員は、思いのほか高給だ。都道府県議や大都市の市議の場合、報酬と政務活動費の合計が年間2000万円前後に達しているところも少なくない。意味がない上、議員活動の実態がパートタイム型(議会の会期中以外は何をしていてもよく、他の仕事を持っている議員も多い)であるにもかかわらず、だ。
 一方、海外の地方議員は無給、もしくは少額の報酬や手当が当たり前である。
 たとえば、連邦よりも地方が強く、地方のことはすべて地方が自分で決められるスイスの場合、日本の市町村にあたる2889のコミューンでは、住民の代表者が無給で議員を務め、行政的な意思決定をしている。彼らは農民や職人や会社員や商店主などで昼間は普通に仕事をしている人たちだから、議会は平日の夜に開かれる。そこで決まったことに住民は必ず従わなければならない。文句は言えない。それが「コミューンの掟」なのである。
 アメリカの場合、地方議員の年間報酬は50万円くらいで、議会はスイスと同じく平日の夜に開催される。イギリス、フランス、スウェーデンなども地方議会は原則無給である。欧米先進国の地方議会は、いわばマンションの管理組合の理事会のようなものであり、地方議員は地域社会のため、住民のためにボランティアで働くのが常識なのである。
 日本は、アメリカの地方自治を形だけ真似したが、統治機構の実態は江戸時代の中央集権のままである。地方自治体に自治権がない以上、選ばれた首長が指導力を発揮し、その指針に基づいて行政サービスを行う役所さえあれば事足りる。フルタイムの議員から構成される議会は必要ないのである。

・実際、地方議員は条例の制定や予算の修正が必要な場合はそのための議案を、議員定数の12分の1の賛成があれば提出することができるが、議員提出議案件数は首長提出議案件数に比べて圧倒的に少ないのが実情だ。つまり、日本の地方議員というのは、その大半がまともに働いていないのである。それでも高級が降ってくる“気楽な稼業”なのである。 

・そういう地方議員になろうとする人間のレベルは推して知るべし、若いフリーターが“就活”代わりに、そしてリタイアした“サンデー毎日”の老人は“終活”として立候補しているケースも多い。彼らは「給料」「定職」「年金の補填」が目当てだから、おのずと地方議会は利権の巣窟になる。

・私自身は、かねてから道州制を導入してドイツ型やスイス型の連邦制に移行し、地方が三権と徴税権を持った地方自治を実現しなければ衰退する日本の復活はない、と主張してきている。だが、今後もこのまま「なんちゃって地方自治」が維持されるなら、せめて地方議員はすべて無給のボランティアにすべきだと思う。

<省庁こそムダの象徴である>
・私は1993年に出版した『新・大前研一レポート』の中で、国民1人1人の生まれた瞬間からの個人情報をすべてデータベース化し、それを国家が一括して管理・保護する「コモンデータベース」という概念を提唱しているが、そういうシステムを構築すれば、行政コストは100分の1、いや1000分の1以下になるはずだ。
 そればかりか、2013年度現在で約341万人もいる公務員(国家公務員約64万人、地方公務員約277万人)を大幅に削減し、役所の人件費も劇的にカットできる。



『復興増税の罠』
河村たかし    小学館    2011/12



<「増税せずとも復興できる」>
・政治家や経済評論家たちは毎日のように「財政難」を訴え、「日本は借金漬け」と繰り返す。果たしてそれは本当か?「市民税10%減税」「議員報酬の半減」の恒久化をマニフェストに掲げる名古屋市長の河村たかしは「増税せずとも復興できる」と断言する!

・東日本大震災から半年余。「復興増税」なるものが日本を跋扈している。政治家や経済評論家たちは毎日のように「財政難」を訴え、「日本は借金漬け」と繰り返す。新聞は「増税やむなし」論を書き連ね、テレビのキャスターは「日本人ひとりあたり700万円の借金」と危機感をあおり続ける。復興のために増税は避けられない――今では多くの国民までが、そう思い始めている。過去に浮いて消えた増税論との最大の違いが、ここにある。

・国民がまさに、政府と官庁による国家的詐欺に巻き込まれようとしている。私は市民税10%減税を公約に掲げて名古屋市長に選ばれた、根っからの減税論者である。もとより増税反対だが、今回の震災復興をかさに着た増税論は、なおいっそう許せない。同時に日本の民主主義がないがしろにされる危険性を非常に感じる。

・「借金漬け」は脅し文句だ。政治家や財務省をはじめとする官公庁の役人、その言い分を無批判に流す記者クラブのメディアたち。政治、行政、大マスコミの三位一体の罠に引っかかってはならない。そう願って、私はこの本を出すことにした。

・だから私は「財源が足りない」などと言って政治家や官公庁の役人たちが持ち出す増税策が許せない。何とあまちょろいことを言っておるのだろうか。価格競争する必要もない恵まれた立場で、自分たちの給料にはビタ一文手をつけず、庶民に「もっと税金を出せ」とは何様だ。町の中小企業の社長さんたちが日々行っているような血の滲むようなコスト削減を、役所も議員もやってみろ。増税話ができるのはそれからだ。

<増税しなくても復興できる3つの理由>
<1、 財源は復興税より復興債>
・私は国債を発行することが、よい政策だとは言わない。しかし、無条件に徴収される増税より、はるかにマシな財源である。わざわざ「復興債」などと名づけなくてもいい。ふつうに国債を発行して、復興に充てればいい。

<2、増税はGDPを下げ、復興に水を差す>
・増税をしてGDPが上がった例など世界にない。これを続けていくとどうなるか。経済成長が鈍化するのに、消費税だけは同じように取られ続ける。

・増税は確実に消費をむしばみ、税収が落ちて、さらなる増税を生む口実となる。増税は増税を必要とする。増税大好きな財務省の罠そのものである。

・今、復興に必要なのは増税することではなく、民間企業に金を回す策を講じることだ。「日本国株式会社」全体の景気回復である。復興を後押しするために、企業が投資しやすくなる税制措置を、今すぐ取るべきだ。政府は景気回復をはかり、個人と企業の所得を上げて、そこから税収を上げるべきなのだ。

<3、役所に自由競争を導入してコスト削減>
・仮に、本当に財源がないというのなら、支出を減らすしかない。こんなの当たり前の話でワーワー議論する時間がもったいない。復興に必要なものをカットする必要はない。今支払っているコストを見直し、ムダな事業をやめればいい。

・国がいつまでもコスト削減ができない本当の原因は、政府が独占企業と同様、コスト削減する必要がないからだ。地方自治体も同様で、赤字体質から抜けられない自治体も、いわば“地域独占事業”を続けていることの結果である。

・これ以上、政府や財務省の役人たちに、だまされてはいけない。権力者はスキを見て増税しようと言い出す。「復興増税の罠」は実に巧妙に張られている。これを暴く役目をするのは、本当ならジャーナリズムのはずだが、日本の大マスコミにその力はない。「復興増税の罠」はマスコミ自身が張り巡らせたものでもある。
 私が減税を主張するのは、単に庶民にお金を還元したいからではない。それがこの古びた国の増税ありきの罠をとき、本当の民主主義へ至る道筋をつけるからである。ひとりでも多く、政府・役所・マスコミの張った「日本は借金漬け」の洗脳から覚め、復興増税の罠に落ちないよう、この本がその一助になることを願う。

<「国債は悪」「増税は善」がセオリーの財務省>
・国内の投資先が不足して金が余るという財政史上、かつてなかったことが今、起きている。財務省も大蔵省の時代の官僚も、経済学者も経験したことがないから有効な対策を立てることができずに、20年が過ぎた。だが今あるのは、借金を減らすには増税しかないという昔ながらの古い経済理論である。経済は時代とともに変わり続ける。近代経済だろうとマクロ経済だろうと、万能な経済理論などありはしない。21世紀になって世界中で新しい経済現象が起きているのに、古い理論を後生大事に抱えていてもしょうがないのである。

・しかし、この古い理論が財務省にとっては非常に都合がよろしい。
 財務省という役所では、国債は少ないほどいいという理論を連綿と受け継いでいる。これを財政健全化論、均衡財政論などといって正当化している。国債は借金だから悪。増税は借金じゃないから善。そういう理論に凝り固まっている人が役所で権限を持っている。この理論で一貫しておけば、国は増税を続けていくことができるからである。

<政治家の経済オンチ>
・国会議員の中にも経済学を学んだ者はたくさんいるだろうが、財政の知識は財務省の官僚のほうが一枚も二枚も上手だ。国会議員も財務大臣も、財務省の出世コースに乗った偉い人たちから「日本は借金漬け」レクチャーを受ける。受けなくていいのは、少なからずいる財務省(旧大蔵省)出身の議員ぐらいではないか。
 民主党も政権交代当初、はりきって「政治主導」と言っていたが、けっきょくは官僚の言いなりになってしまった。1年目の大臣に陣頭指揮を執れるほど、霞が関は甘くなかった。それほど強固な組織なのだ。このように今、日本を覆っている不景気の元凶は、政治家と官僚たちが間違った経済理論を使い続けていることによる。

<日本は、みなさんが思うほど民主的な国ではない>
・本来、庶民の代表者である国会議員や地方議員たちは、本当に庶民のために仕事をしているだろうか?

・権力とは税金を徴収する力のことだ。それを容認する議員は、庶民の味方というより権力者そのものなのではないか。安易な増税を許さないために、本当の民主主義を今こそよく考えてみようではないか。

<「税金を取るなよ」が議員の仕事>
・18世紀のアメリカ独立戦争でも「代表なくして課税なし」はスローガンになっている。イギリス本国にアメリカの議員を送れないなら課税させないぞと反発したのだ。
 そんなわけだから議員というのは、本来、権力者の徴税権を見張るためにいるのである。税金を取るなよ、税金減らせよ、と言うのが本業なのだ。

・だが現代の日本の議員は、選挙で公正に選ばれた庶民の代表である。自分で票を入れた、住民の代表であるはずの議員が、減税どころか増税やむなしに加担する。いったい議員はだれの代表なのか。いつの間に財務省の手先になってしまったのだろう。

<民主主義の仮面をかぶった職業議員>
・日本には何十年も議員をしている人や、子どもや孫まで議員になる政治家一家が非常に多い。彼らは公務員と同じ、税金から収入を得る職業議員だ。
 私は衆議院議員時代から言い続けてきたが、議員の職業化、さらにあまたの二世議員が象徴する議員の家業化が、日本のすべての政治問題の根本にあると思う。なぜ議員たちは「増税やむなし」と財務省の言い分を真に受けた上、その片棒を担ぐのか。ごく平たくいうと、彼らは税金で食べている以上、増税はともかく、税収が減るのは困るし、既得権益である経費も削られたくないからだ。よって財源が足りなくなると、「増税が必要だ」と言い出す財務省に加勢する。それほど財源に困っているなら、自分たちが毎月もらっている100万円の経費をカットするなり、2200万円の歳費を減らしたらどうかと思うが、そんな提案は絶対に出てこない。
 日本ほど議員が厚遇されている国はない。少なくとも先進国ではない。

・本来、議員は国民の選挙で選ばれた国民の代表である。納税者の代表であり、税金の使い道を見張るのが役目のはずだ。その納税の見張り番である議員が税金でメシを食う。

<世界一住みやすい街バンクーバーの議員は市民並み給料>
・私が減税と並んで、ぜひ実現させたいのは議員のボランティア化だ。私は、政治家は本来、税金で生活の面倒を見てもらってはいけないと思う。
 日本では議員はれっきとした職業に数えられているが、そもそも議員という仕事を職業にしてもいいものだろうか。世界的な潮流を見ると先進国の議員のほとんどは、自分の本業を持ちながら、数年間議員を務めるというボランティア型だ。長くても8年、10年しかやらず、辞めたら自分の本業に戻る。私はこういう議員を「ボランティア議員」と呼んでいる。彼らは議員が職業ではないから、これで一生食っていこうなどと思っていない。まして議員年金をもらうために10年間は絶対にやるぞ、なんて考えていない。

・とはいえ議員をしている間は、本業の仕事が減って収入も減るだろうから、最小限の報酬はあってもいい。その場合の報酬は、一般の市民の給料並が妥当ではないか。

<市長が国会議員を兼ねるフランス>
・民主党政権にかわって2年あまり。今や日本国民みんなにバレてしまった。自民党も民主党もどこも人材不足だと。
 目を覆うばかりの人材難だ。親の秘書を何年か務めてから親の地盤を継いだ二世議員。親のコネで大企業にちょっと勤めてから議員になる二世議員。あるいはXX省の官僚上がり、XX政経塾出身――。そんな輩が半分以上を占める日本の国会。社会で商売したこともない、企業競争で揉まれたこともない。生き馬の目を抜くビジネス界の実態も知らなければ経験もない人たちに、どうして国の莫大な予算が仕切れるだろうか。血の滲むような経費削減ができるだろうか。
 ボランティア議員のもうひとつのメリットは、彼らが本業を持っていることだ。


<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より

<河村たかし>より引用抜粋
大学卒業後、家業に従事
名古屋市立桜丘中学校を経て、1967年愛知県立旭丘高等学校卒業。1年間の浪人を経て、1968年(昭和43年)一橋大学商学部入学、1972年(昭和47年)に卒業。大学1年次の途中まで一橋大学硬式野球部に所属。大学時代は第二外国語のロシア語クラスで山内進(法学者・一橋大学学長)と同級生だった。のちに河村支援団体の連合体「ネットワーク河村市長」の代表を務めた鈴木望(維新の党衆議院議員・元磐田市長・元厚生省課長)は大学の1年後輩。

大学卒業後は家業の古紙回収業・卸売業の河村商事株式会社に入社(家業からは2002年(平成14年)に退き長男が継ぐ)。河村商事株式会社は、河村入社当時従業員5名だったが、リサイクルブームの追い風を受け成長、2014年現在従業員70名の中小企業である。

河村商事では専務を務め、営業やトラックの運転手等などを行った。ちり紙交換業者に頭を下げて回り、古紙の回収先では、古紙回収業者が弱い立場にあるため、あごで使われ雑用も行わされた。また、業界でさきがけてプレス機を導入するなど、家業の拡張を図ろうとしたが、新工場の建設を「同業者の仕事を奪うことになる」と父に反対され頓挫した。大学で学んだ労務管理などの学問は役に立たなかった。そのような中で次第に業者のギルド的体質への反発を持つようになり、検察官への転身を志すようになる。

司法試験で挫折

大学時代に知り合った妻と1975年に結婚。その後、1977年(昭和52年)ころから検事を志すようになる。昼間は家族を養うため家業に従事しつつ、商学部出身であり法律の勉強をしたことがなかったため、仕事後に地元の法律学校(中京法律専門学校)の夜学に通って法解釈学及び行政学を10年間勉強し、旧司法試験を9回受験、当時合格率が10%から15%程度だった第二次試験短答式試験には初受験で合格するなど計4回合格し受験指導予備校での成績も良好だったものの、第二次試験論文式試験でいずれも不合格となり断念。人生再チャレンジをできる社会を実現するため政治を志すようになり、後に右派の政治家であり、反共の闘士であった民社党委員長春日一幸の秘書となったが、民社党を離党したため除名となった。



『松下政経塾とは何か』
出井康博    新潮社    2011/9/12



<「幸之助新党」の真実>
・百億円使うようなことで事が成るのやったら、安いもんですわ。――松下幸之助

・このころ、日本は混乱状態にあった。73年に第一次石油ショックが起き、翌年にはロッキード事件で田中角栄内閣が総辞職した。そして75年、不況が深刻化し、完全失業者は2百万人を突破した。こうした状況を前に、各界の幸之助人脈が集まったのだ。

<政経塾は、あくまで21世紀を見据えてつくられた政治家養成機関>
・「日本の生活人大連合を自民党で代表させる時代は過ぎています」。

・恐らく幸之助は、真々庵の密議から国民運動を起こし、その流れで新党結成を目論んでいたのだろう。しかし、誰も乗ってはこなかった。以降、幸之助の周辺で、極秘に新党設立への準備が進められていく。

<無税国家と国土創成>
・以前から幸之助は、政治に経営感覚を導入せよ、と繰り返し述べていた。つまり、税金の無駄遣いをなくせ、ということだ、国を企業に見立て、総理大臣にも経営者としての意識を求めた。強いリーダーシップや行政の効率を求めるという点では、「脱官僚支配」にも通じるだろう。
 同じく立党宣言には、「日本国民大衆党」という新党の名称も記されている。

・一方、新党の方針としては「当面の実現10目標」が以下のように掲げられた。
(1) 所得税一律5割減税の実施――そこで現行のすべての所得税を毎年5%ずつ減税し続けて10年後には一律5割減税してもなおいままで以上に円滑な国家運営が可能な方策を早急に確立する。

(2) 建設国債の発行――わが国の財政は破綻寸前の危機に瀕している。これを救う道は思い切った行財政改革断行以外にない。その断行に必要な資金を調達するために利率2%の建設国債を必要に応じて発行し、財政を立て直し、わが国を永遠に発展たらしめる方策を早急に確立する。

(3) 無税国家、収益分配国家の実現――今日、多額の積立金をもち、そこから相当の金利収入を得ている民間企業があることからすれば、国家経営においても同様なことが可能と考えられる。現に世界には、税金をとらない国、とらないに等しい国もある。余剰金の積み立てによる無税国家、収益分配国家を実現する道を早急に確立する。

(4) 新国土創成事業の展開――現在の日本の“諸悪の根源”は、人口の割りに国土が狭すぎるということであろう。これを解決する道は、山岳森林地帯の一部をならし、海を活用して、人の住める新しい国土を創成する以外にはない。この新国土創成を今後2百年にわたるわが国の国家的大事業として、21世紀から展開する。

(5) 政治の生産性の向上――真の民主主義政治は、本来、金と時間のかからないもの。にもかかわらず、物価、賃金の上昇率に比し国費の伸びが極端に大きいのは、民主主義の本質が正しく理解されず、わが国における政治行政の生産性がきわめて低いからである。行政の抜本的改革など、人間の本質にのっとった実践的臨床的方策を講じ、早急に政治の生産性の大幅向上を実現する。

(6) 日本的民主主義の確立――現在の日本の民主主義は、各自が権利のみを主張して義務を果たさない勝手主義に陥っている傾向が強い。真の民主主義は、国民としての義務と責任を伴った、お互いの共同生活の調和向上に結びつくものではならない。わが国の風土特質に則し、伝統精神に根ざした真の日本的民主主義を早急に確立する。

(7) 多様な人間教育の実施と教員養成機関の設立――人間それぞれ顔形がちがい、能力がちがう。その千差万別の人間に画一的な教育を施しても人は育たない。“万差億別”の新しい人間教育こそ肝要であろう。

(8) 政治家及び官吏の優遇――言うまでもなく政治は国家の安定発展、国民の幸福を左右する重大な役割を担うものである。その政治に携わる政治家及び官吏の処遇は今日、必ずしも適切とは言い難い。社会がますます多様化し、政治が複雑化するなかで、政治家及び官吏の責任の重大さは倍加している。その責任の大きさにふさわしく、政治家及び官吏を優遇することが、よき政治が行われるために必要なことと思われる。その実現の方途を研究し、方策を講じ、早急に実現する。

(9) 生きがいを高める社会の実現――国民がそれぞれの仕事に天分を見出し、その特質を存分に生かしつつ喜びと感激をもって働き、しかもその成果が共同生活の向上に有効に生かされるところに真の繁栄社会がある。政治、経済をはじめ治安、国防、社会福祉その他、社会各面のあり方に再検討を加え、お互いの働きがい、生きがいを高める社会を構築する。

(10)国際社会への真の寄与貢献――世界の中の日本という広い観点に立って、国際社会に真の寄与貢献ができる精神大国、経済大国を実現する。

・最も目をひくのが税金の問題である。外交問題については最後の部分で抽象的な概念を提示しているだけだが、税金の話になると俄然、具体性を帯びてくる。

・「昭和38年から今日までの20年に、効率の高い政治、行政を行って、年々10%の余剰金を捻出し、それを積み立てつつ年利5%の複利で運用してきたとすれば」、当時の年間の国家予算を上回る50兆円が国に蓄えられていた。しかし、効率の悪い国家経営をしたばかりに、財政赤字は累計で100兆円にも膨れ上がってしまった――。幸之助新党の神髄は、国家財政の危機を救え、という点に集約されるのだ。

・しかし、常識的に考えれば、国家予算が余った場合、政府は国民の支持を得ようと減税に動く。2百年後のために余剰金を積み立てることを、果たして国民が許すかどうか。また、仮に無税国家が実現したとして、納税の義務のない国民と政府の関係が健全なのかどうか、という疑問も湧く。無税国家と並んで政策の柱となった「新国土創成事業」にしろ、田中角栄の「列島改造論」を思い起こさせる、高度成長型の発想である。

<政経塾の選挙スタイル>
・この山田の戦いと共に、政経塾で「伝説」となっている選挙戦がある。87年(昭和62年)4月、野田佳彦が立候補した千葉県議選がそうだ。
 野田は、ちょうど山田が選挙活動を始めた85年3月に卒塾していた。それから選挙までの2年間は苦労の日々だった。選挙に備えて地元の津田沼駅前で「よろず相談所」をオープンしたが、訪れる人はほとんどいない。顔を売るため、政経塾の学科で覚えた「リングテニス」というスポーツのサークルをつくったりもした。
 家庭教師、タウン誌の営業、山登りのポーターなど、様々なアルバイトで食いつなぎながらの生活だった。

・そして迎えた選挙戦の最終日、津田沼駅前で行ったマラソン演説は、今も政経塾で語り草となっている。朝7時から夜8時まで13時間にわたってマイクを握り続けたのである。
 定数7名に14名が立候補するなか、野田は4位で当選を果たした。

<悲しい目をした男>
・幸之助が新党で打って出るはずだった89年7月の参院選で、自民党は大敗を喫した。消費税導入への非難とリクルート事件、さらには時の首相・宇野宗佑の女性スキャンダルも選挙直前に発覚したからだ。議席を66から36へと減らした自民党に対し、「マドンナブーム」に乗った社会党は改選前の倍以上である46議席を獲得して、参院で与野党の逆転が実現した。

・幸之助が亡くなって6年後の95年、『悲しい目をした男 松下幸之助』という本が出版されている。筆者は元毎日新聞社で、経営評論家の硲宗夫。巷に溢れる幸之助への礼賛本とは違い、第二夫人や三人の隠し子の存在にも言及した同書は、紛れもなく一級の評伝である。出版直後、反響を恐れた関係者が買い上げたため、書店から消えてしまったという逸話があって、今もなぜか絶版となっている。
 タイトルは1962年、幸之助が米「タイム」誌で表紙を飾ったときの記事から取られた。確かに幸之助の私生活に目を向けると、彼が成功を遂げてなお「悲しい目」だった理由がおぼろげながら見えてくる。

・松下電器がスポンサーを務めたテレビ時代劇「水戸黄門」が大好きだった幸之助は、印籠を手にした黄門様に自らを重ね合わせていたのではないか、と硲は思う。
「結局のところ、幸之助は自分流に世の中をつくり変えたかっただけ。崩れゆく日本をどう救うか、という問題提起はあっても、具体的な答えはなかった。対人関係では必ず臣下の礼を取らせ、対等の関係というのを認めない。家族に対してすらそうだった」

 幸之助が起業したとき、共に苦労したのが妻と義弟の井植歳雄である。戦後、幸之助と袂を分かち、三洋電機を創業する井植は、硲にこう漏らしたことがある。
「兄貴のところは新興宗教や」
 結局、井植が亡くなるまで、二人の確執が解けることはなかった。婿養子で、松下電器の二代目社長となる松下正治との関係もまた、冷たいものだった。
「右手にそろばん、左手に政治」をモットーにした幸之助は、片方のビジネスでは大成功を遂げた。しかし結局、政治という分野で思いを遂げるには至らなかった。国民運動は構想段階で挫折し、新党も結成には至らなかった。唯一、形となった政経塾にしろ、幸之助は行く末を見ずに逝った。

・政経塾は79年、世界でも珍しい「政治家養成機関」としてスタートした。「地盤、看板、カバン」を持たない若者を政治家にしてやろう、というのである。裸一貫から立身出世を遂げた「今太閤」松下幸之助らしい発想だった。
 しかし、その試みは容易ではなかった。最初の10年間で塾から誕生した国会議員は、祖父の代から政治家だった逢沢一郎(一期・自民党衆院議員)ただ一人。89年、創設者の松下幸之助が亡くなると志願者が激減し、政経塾は存亡の危機に直面した。それを救ったのが、細川と日本新党ブームだった。
 93年の衆院選の結果、一気に15名の塾出身者が国政に進出。日本新党の7名に加え、選挙後に誕生する細川政権で連立を組む「新生党」や「新党さきがけ」に所属、もしくはその応援を受けた者がほとんどだった。

<祭りの後で>
<近親憎悪と世代間のギャップ>
・落下傘候補の場合、有権者への知名度が低いため、候補者にとってのリスクは高い。その点で、政経塾出身者はタフである。知名度を上げるため、ノボリとマイク一本で朝の街頭演説をする姿は、山田宏や野田佳彦が選挙に立って以来の伝統である。政経塾で毎朝、「成功の要諦は成功するまで続けるところにある」という幸之助の言葉を唱和していた彼らには、一度や二度の落選を恐れない強さもある。また、20代、30代といった若さも有権者へのアピールとなるだろう。

・自民党関係者には、「塾出身者が民主党に多いのは、自民党から出たくてもすでに選挙区が埋まっているから」との声がある。確かに、国政選挙で自民党候補となる塾出身者は、身内に関係者がいたり、現職として移籍したケースが大半だ。だがそれは、自民党の候補者選定が硬直化している証でもある。小選挙区で自民党候補の空きが出た場合、公認されるのは相変わらず二世もしくは関係者ばかりで、前職とは縁のない新人候補が出馬できる可能性は限りなく低い。その結果、塾出身者のみならず、最近では官僚出身者までも民主党へと流れている。

<政経塾が日本を悪くする>
・塾出身者に定着した負のイメージについて、塾出身者の一人からこんな指摘があった。「私を含めて、とにかく人に認められたいという欲求が強い。皆が『とにかく自分』なので、集団行動も苦手です。何度も新党の結成を試みながら失敗したのも、その辺りが影響していると思います」

・「幸之助さんが存命だった最初の10年は、政経塾にも革命集団志向があった。しかし日本新党のころからは、すっかりブランド化してしまった。今の政経塾は、権力を持たない者が成り上がるための装置に過ぎない」
 もちろん、成り上がりが悪いわけではない。「地盤、看板、カバン」なしでスタートした塾出身者は、自らの知恵で成り上がるしかなかった。とりわけ日本新党ブーム以前は、政経塾には実績らしいものがほとんどなかった。そんな状況では、「結婚」までが立身の手段となっても不思議はない。
 玄葉光一郎(8期・民主党衆院議員)は地元福島県の知事・佐藤栄佐久の娘と結婚した。小野寺五典の場合は、気仙沼市長(当時)の婿養子となって姓まで変えた。95年(平成7年)の参院選に新進党から出馬した高島望(5期)は、「武富士」創業者・武井保雄の長女と結婚。義父となった武井が2003年、ジャーナリスト宅への盗聴事件で逮捕されたのは有名だ。
 考えてみれば、塾出身者が憧れる幕末期、政略結婚など日常茶飯事だった。幸之助にしろ、一人娘を伯爵の孫である正治と結婚させている。
 しかし、スキャンダルとなると事の次元は違ってくる。クリーンなイメージが売り物の塾出身者にも、これまで刑事事件に関係したものがいる。
 2003年の衆院選では、自民党から立候補し落選した中本太衛(10期)の選対幹部が買収容疑で逮捕された。1999年には、参院選で復活当選した同じく自民党の小野寺五典が、有権者に線香を配ったことで公職選挙法に違反、議員辞職に追い込まれた。また、山崎泰(7期)は東京都議を務めていた2000年、中小企業向けの制度融資をめぐる出資法違反で逮捕された。金融ブローカーから融資保証を依頼されて東京信用保証協会などに口利きし、見返りに謝礼を受け取っていたのである。こうした犯罪もまた、持たざる者が必死に成り上がろうとした結末なのか。

ベーシックインカムは究極のセーフティーネットであり、まさに税と社会保障の一体改革そのものなのです。(4)



『病気にならない人の「考え方」』
「治す」から「守る」へー“予防医療”という選択
折茂肇  池森賢二     ダイヤモンド社  2013/2/16



<「100歳までの健康長寿」の人々の知恵に学ぶ>
・最近の日本では100歳を超えて長生きする人の数が急速に増えていて1963年には、その数がわずか153人にしかすぎなかったのが、2012年には5万人に増加しています。健康長寿の皆さんに日常生活の知恵を学ぶというのも予防医療の一つでしょう。

<老化は「未病」の一つである!>
・西洋医学の世界には「健康」か「病気」かという区分、つまり白か黒かの区分しかなく、通常は病気になって初めて医師の世話になります。
しかし、高齢者を診断していますと、健康か病気かをはっきり分けるのが難しいことがしばしばあります。白(健康)ともいえず、黒(病気)ともいえぬ、その中間のグレーゾーンがあるのです。
このグレーゾーンのことを、東洋医学では「未病」と呼んでいます。つまり、東洋医学の世界では健康と病気の間には連続性があると考え、両者を結ぶ境界線のことを「未病」と呼んでいるのです。

・いわば、侵入者や反乱者を押し返したり、そのいたずらを封じ込めたりしてくれる人体防衛軍が、いつも体内でスタンバイしているということ。これが、人体に備わっている「免疫機能」です。
防衛軍は好中球やマクロファージ、リンパ球といったさまざまな能力を備えた「白血球」で構成されています。
 若い頃はこの白血球の働きがとても活発なので、少々の無理はきくのですが、年を取ると全身の細胞が老化して人体防衛軍の力が衰えてくる。つまり、免疫機能が低下してきます。

・また、ガン細胞という体内の反乱者の脅威にもさらされます。こうした免疫力をはじめとして、人体に備わっている各種の「生体防御力」の総称をホメオスタシスと呼んでいます。
 前述したとおり、食事を取ると誰でも血糖値が上がります。しかし、上がった血糖値を下げるために脾臓からインスリンというホルモンが分泌され、血糖は正常値に戻ります。これがホメオスタシスの働きです。

<老化というのはこのホメオスタシスの機能を低下させる最大の危険因子>
・加齢とともに人体の機能には次のような変化が現れます。
心臓→血液を送り出すポンプの機能が低下する
血管→動脈硬化を引き起こしやすくなる
骨→骨密度が減少し、骨折を起こしやすくなる
関節→変形して痛みを伴い、可動域が少なくなる
筋肉→筋肉量が減り、筋力が低下する
脳・神経→脳細胞が減少するため、動作が緩慢になり、バランスも悪くなる
目→40歳を過ぎた頃から老眼が始まる
耳→聴力が低下し、老人性難聴という修復不能な病気になる人もいる
呼吸器→酸素と二酸化炭素を入れ換える換気能力が低下する

・病気とはいえないけれど、いつ病気になっても不思議ではない状態!
つまり、「老化」というのは、「未病」の状態にあるという言い方もできるのです。

<予防医療は、40代で意識しよう!>
<死の寸前まで働き、ボケる人がいない。まさにPPK(ピンピンコロリ)の大往生を遂げる>
・40代は、人間ドックやサプリメントを含めた予防医療を意識すべき年代だといえます。

<長野県が日本有数の長寿県になったわけ>
・長野県というのはもともと内陸部の寒い土地柄で、県民の多くは典型的な塩分過多の生活をしていました。そのため、脳血管系の病気が多かったところです。

・ところが、県ぐるみで「予防医療」を実践したことにより、2007年には沖縄を抜いて、「男性長寿全国第一位」の県になったのです。しかも老人医療費が全国最低の47位。つまり、長野県には健康長寿の老人が多いということです。その秘密は、「健康補導員」という聞き慣れない肩書きを持つ人々の活躍にあります。

<80歳を過ぎても元気な人が多く、「ピンピンコロリの里」として全国的に注目されている長野県佐久市>
・保険補導委員会は、市内の各地区を担当する保健補導員を任命、的確な予防医療の研修を受けてもらったうえで、住民の先頭に立って、次のような予防医療を普及させたのでした。

・減塩運動
・一部屋暖房運動
・食生活改善運動(ピンピンコロリ食)
・体を動かす(ピンピンコロリ体操)
キーワードは「食」「運動」「癒やし」。

<健康長寿とPPK(ピンピンコロリ)は決して不可能ではない>
<元気な老人は肉を食べる!>
・1963年には、全国でその数がわずか153人に過ぎなかった「100歳超え」の長寿者が、2012年には5万人を超えました。まさに1世紀を生き抜いてきた超エリート!

<「長寿の秘訣は何か?」というアンケート調査>
1位→物事にこだわらず、くよくよしない
2位→暴飲暴食をしない
3位→幸せな家庭に恵まれている

<長寿者の食習慣>
・腹八分目で、食べすぎないようにする
・完全に米にかたよるのではなく、魚介類などタンパク質も充分に取り、肉類も積極的に摂取する
・野菜や海草を好んで取る
・薄味の料理を好む
・規則的に食事を取る

<今、フィトケミカルが注目されているわけ>
・一般的に、摂取すべき食品の種類は1日30種類が目安だとされています。朝昼晩に少量でもいいから、できるだけ多種類の食品の摂取を心がけることです。なかでも最近注目されているのが「フィトケミカル」という成分です。フィトは植物。ケミカルは化学の意味。つまり植物が含有している化学物質のことです。付帯的には野菜や果物などの植物が紫外線や害虫から身を守るためにつくり出す物質のことで、「色」「香り」「苦味」などの基になっています。

・わたしたちが心がけるべきは、なるべく多くの色の野菜をいただくこと!
野菜や果物の色は「赤」「黄」「橙」「緑」「紫」「黒」「白」の七色に分類されますので、サラダをつくる場合には、できることなら「七色サラダ」を心がけるといいのではないかと思います。つまり、見かけが派手で、華やかなサラダを意識するといいということです。

<早歩きの人ほど死亡率が低い!>
・ここでいうスポーツとは本格的なスポーツではなく、ウォーキングやジョギング程度の軽い運動を習慣的にしているかどうかを質問しているのですが、おわかりのように特に男性では、スポーツを習慣にしていない人は早々と自立機能が低下してしまうことが明らかにされています。改めていうまでもなく、運動習慣は健康に直結しています。

・具体的には、各種の調査によって、運動が虚血性心疾患の死亡率を減少させ、血圧を低下させ、血清脂質を改善させて動脈硬化性疾患の予防に役立つことが明らかにされているのです。特に注目されているのがウォーキング。

・最近、年齢に関係なく早朝ウォーカーが増えていて、「ちょっと早起きして、出勤前に一歩き」というOLの姿も目につくようになりました。

<ウォーキングは、散歩とは違い、普段歩く速度よりもやや速めに歩くのがコツ>
・調査結果によると、速く歩く人ほど死亡率が低く、遅くなるに従って死亡率が高くなるというものです。「遅い→やや遅い→やや早い→速い」と、速くなるに従って明確に死亡率は低くなっています。

<早朝ウォーキングのススメ>
<朝日を浴びながら歩く!>
・サーカディアン・リズム(概日リズム)の法則とは、人体にはいわゆる「体内時計」が備わっていて、それが24時間のリズムで変動しているというもの。

・晴耕雨読。朝日とともに起きて、暗くなれば寝る。大自然の中で、そもそもそんな生き方ができたなら、健康長寿が約束されるのではないでしょうか?ところが、現実がそれを許しません。

<西から東に、東から西に向かって歩く>
・西から東、東から西。これは、太陽の軌道に沿った歩き方です。つまり、サーカディアン・リズム(概日リズム)の法則に従った理想的なウォーキング・コースだといえるでしょう。

<最低でも20分間は歩く>
・理想をいえば最低でも20分。トータルで40分程度は歩いていただきたいと思います。

<胸を張り、手を前後に振って、やや大股で、いつもより速足で歩く>
・あくまでもマイペースで歩く。無理をすると、三日坊主で終わってしまいます。



『100歳』
日野原重明   NHK取材班  NHK出版 2011/9/27



<99歳の健康診断>
・2011年1月19日、ライフ・プラニング・クリニックにて、99歳の日野原先生の健康診断が行われた。

・日野原先生は、通常の健康診断に加え、体力測定や認知症の検査、生活状況についてのアンケートなども含めたさまざまな検査を受けた。

・医師というのは聴診器を使う仕事だから、やはり聴力も大切です。聴力検査では計ってくれた担当者が、その場で「30代と変わりませんね」とほめてくれました。

・今日行った検査は、加齢とともに体力が低下する勾配を診るためのものです。一般的には、身長が縮む、肺の機能が落ちる、肝臓の働きが落ちる、大脳の働きが落ちるなど、すべてにおいて下降カーブをたどることがわかっています。

・まず、先生は大きな病気をお持ちでありませんし、血液検査でも特別な問題は見つかりませんでした。気になるところは、血圧が少し高いというところでしょうか。ただ、今回は降圧剤を飲まれていますので、上が107、下が56ということでしたし、よくコントロールされていて脈波速度も正常ですので、健康状態は極めて良好だと判断できます。

・脆弱化の5つの指標では、体重の減少、握力の低下、歩行速度の低下、日常生活の活動低下、そして気力の低下を評価します。これらがすべてなければ脆弱化なし、3つ以上あれば脆弱化、1~2であれば中間と判定します。

・しかし、細かい点では下肢の蹴る力と歩行速度がやや落ちてきていること、そして眼をつぶった際のバランスが不安定であるという変化が見られますので、つまずいて転ぶなどの危険性もあります。くれぐれも足下に気をつけていただきたいと思います。よく歩くことはもちろん重要ですが、足首に軽いおもりをつけて、仰臥位(あおむけの姿勢)で下肢を持ち上げるなどの簡単なトレーニングも試みる価値はあると思います。脆弱化が進行しますと元へ戻すことは難しくなりますので、予防的にトレーニングされておられることは大変よいことだと思います。

<ヘルス・リサーチ・ボランティア>
・とにかく今、高齢者の医学的なデータが不足しています。75歳以上の食事のカロリーはどれくらいが適切かさえエビデンス(検証結果)となるデータはありません。現在のところ、85歳でも90歳でも、75歳のデータを使うしかないのです。長生きをする人が増えていますから、ぜひ調査していかなければなりません。

・私が解明したいのは、「老い」の本当の姿です。認知症にならず、社会生活を送る限界がどこにあるのかを調べたい。現在、遺伝子の働きが大きいということはわかっていますが、認知症の遺伝子を持っていても認知症にならない人もいるのです。例えば、認知症の発症因子の遺伝子を持っているにもかかわらず、認知症を発症していない方がいれば、発症を抑える外的な環境因子があるのではないかと仮定することができま
す。聞き取り調査から、それが食事か、運動か、社会活動か、趣味かを分析し、特定していきます。

・一人一人がどういう環境で過ごしているかということはこれまで調査されたことがありません。ボランティアの仕事をする、勉強をする、今までやったことがないことをする、新しい人と出会う。日々の暮らし方や活動も含めて環境因子といいますが、それらによって老化を遅らせることができるという結果が実証されれば、みなさんが目標を持って生きることができるようになるでしょう。

<99歳からのトレーニング>
・2011年3月以来、月に4回くらいのペースで自宅に経験豊富なトレーナを呼び、ストレッチや簡単なトレーニングを行うようになった。次男の妻、眞紀さんの勧めだった。トレーナーの吉沢剛さんは、「日野原先生は、99歳の体としては、本当にスペシャルな体だと思います」と驚く。

・日野原さんは我々が持っている百歳のイメージを吹っ飛ばしてくれた人物である。今も現役の医師であり、本を次々と執筆し、講演も年間、100回を超える。海外にも頻繁に出張するし、記憶力は抜群にいいし、ステーキも食べるし、好奇心は若者以上。いちいち驚いていたらきりがない。百歳にしてなぜ、このように生きることが可能なのか?この疑問に迫るべく取材を始めたのが2010年10月、日野原さんの99歳の誕生日パーティだった。そこでの驚きの言葉、「不思議と、老いるという感覚がない」。

・そして、以来1年間にわたり密着取材を行い、さまざまな場面で比野原さんやご親族、関係者などに話をお聞きしてきた。そのインタビューをもとに構成したのがこの本である。



60歳からはじめる
『認知症にならない脳にいいこと』 
周東 寛  コスモ21     2012/12/5



<これが脳を元気にする食生活の基本>
<糖・塩・油・酒の摂りすぎは認知症リスクを高める>
・アルツハイマー型認知症の原因物質として、近年「アミロイドβタンパク」が注目されています。アミロイドβタンパクは、加齢とともに脳にたまってくる「ゴミタンパク」の一種です。

・ところが、このアミロイドβタンパクを掃除する能力が加齢とともに衰えてきて、掃除しきれなかったものがしだいに脳内にたまっていきます。それがあるところまでくると脳の機能に障害がでてきて、認知症になるといわれます。

・私の考えでは、糖・塩・油・酒の摂りすぎると、体の細胞がしだいに糖化・塩化・油化・酒化されていきます。この状態になると細胞からは水分が抜けていき、細胞の代謝機能にも障害が起こります。その結果起こる現象の一つがさまざまなゴミタンパクが体内にたまることです。

・ゴミタンパクは「ラクナ梗塞」という小さい脳梗塞の原因にもなります。

心筋の血管にゴミタンパクがたまって血栓になると、心筋梗塞が発症するリスクが高くなります。
 脳内の血管にゴミタンパクがたまって血栓になると、脳梗塞や脳内出血のリスクが高まり、脳血管性認知症になる可能性も出てきます。

・ですから、糖・塩・油・酒の摂りすぎに気をつけることは、生活習慣病はもちろん、認知症の予防のためにもぜひ実行してほしいのです。

<認知症予防には青魚がいい>
・認知症予防に有効な食事の基本は、一言でいうと「魚と緑黄野菜を多く摂る」ことです。なかでも魚に含まれているDHAとEPAは動脈硬化を予防し、血栓を防ぐ働きのある脂肪酸で、とくに脳によい効果をもたらします。

<血液サラサラ食品を摂る>
・豆乳、豆腐、おから、納豆、味噌などの大豆製品には、抗酸化作用がある大豆サポニンが多く含まれています。大豆サポニンには、コレステロールを低下させ、高血圧、動脈硬化、ガンを予防する作用があります。
 さらに大豆製品には多くの大豆レシチンも含まれています。大豆レシチンには、脂質代謝を高める働きがあり、肥満を改善させる効果があります。もちろん、こうした働きは認知症予防にもつながります。

・さらに脳の血液をサラサラにするものを加えた食事を摂れば、もっと効果的です。それが期待できる食物としては、キャベツ、タマネギ、らっきょう、にんにく、長ネギ、ニラなどがあります。キャベツ、長ネギ、ニラは便秘解消にもよいので、毎日食べるようにすすめています。

<緑黄野菜は認知症予防になる>
・ビタミン類は、ヒトが体内でつくることはできませんから、総合ビタミン剤を飲むか、緑黄野菜をしっかりと食べるしかありません。

<とくにビタミンB、C、E群が認知症予防に有効>
・緑黄野菜にはビタミン類が多く含まれていますが、とくにビタミンB群、ビタミンC群、ビタミンE群には脳の老化を防ぐ作用があります。もちろん認知症の予防にも有効です。

<カルシウムをしっかり摂る>
・なかでもとくに大切なミネラルが、カルシウムとマグネシウムです。体内にあるカルシウムの99%くらいは骨と歯に含まれますが、残り1%がとても重要なのです。
 もし、その1%のカルシウムが不足すると、骨のカルシウムが血液や筋肉に放出されます。その分カルシウムが減って、骨がスカスカになり、もろくなります。この状態が進んだのが骨粗鬆症です。

<認知症予防には肥満も気をつけよう>
・高血圧、動脈硬化、脂質異常性、糖尿病などの生活習慣病は認知症を呼び寄せます。それらは肥満とも関係しているので、認知症予防には肥満対策も必要です。

<認知症予防には一切飲まないにかぎる>
・アルコール依存症の人に高い割合で脳萎縮がみられることは、よく知られています。大量にお酒を飲む人に認知症患者さんが多いことも、地域や集団を調査した疫学調査によって明らかになっています。

<タバコにより認知症の発症率は2倍以上に>
・タバコに含まれる有害物質は数百種類といわれます。

・タバコを吸うほど脳の委縮進む。アルツハイマー型認知症に共通しているのは脳の委縮。

<受動喫煙も認知症の高リスク>
<認知症で失われるのは記憶だけではない>
<日本社会全体で10人に1人が認知症に>
<脳血管性認知症の予防は生活習慣病の危険因子除去から>
<脳は「怠け者」>
・筋肉は、まったく使わないでいると、1日に3%から5%ずつ低下していくといわれています。  

 お年寄りが1カ月も寝たきりの生活を送ると、ほとんどの方が歩けなくなるのも、それだけ筋肉が痩せて減ってしまうからです。寝たきりになると、筋肉のほかにも、骨や関節、皮膚、さらには心臓や肺臓などの内臓機能も低下します。

・しかし、いわゆる元気なままで「ピンピンコロリ」と亡くなる人は、おそらく10人に1人もいないでしょう。
 ほとんどの人がどこかで必ず寝たきり状態になるとか、認知症になって死を迎えているのです。とくに認知症は、今後日本社会全体で10人に1人の割合で発症するともいわれています。



『超高齢社会の未来 IT立国 日本の挑戦』
小尾敏夫・岩崎尚子   毎日新聞社   2014/12/27



<人類が経験したことのない少子・超高齢・人口減少社会>
・少子・超高齢・人口減少社会である日本は、いまだかつて世界が経験したことのない未知の世界が広がっている。日本では65歳以上の高齢者人口は過去最高の25%を超え、4人に1人が高齢者になった。増え続ける高齢者の質は大きく変わっている。8割は元気な高齢者と言われるアクティブ・シニアだ。

・2030年には約8割の高齢者が介護不要で自律的に暮らせるようだ。

・高齢社会が進む一方、今後日本の総人口は長期にわたって減少し、2060年には約8600万人にまで減少すると推測される。

・未曽有の人口構造の変化は、2025年がターニンフポイントとなる。戦後の象徴とされる1947年~49年生まれの“団塊の世代”が75歳以上になる年だ。

・世界に目を転じれば、高齢化率は世界規模で上昇しつつある。2060年意は世界人口の約5人に1人が高齢者になる。

<日本は2007年に国連で定められた世界初の“超高齢社会”に突入>
<国家財政破綻危機の2025年問題>
・高齢者の約8割は就業意欲があるのに、そのうちの2割しか仕事に就けない厳しい現状である。

・介護の面を考えると、厚生労働省の試算で、2025年に50万人の看護師、4~6万人の医師、100万人の介護職員が必要といわれている。

<高齢化と情報化が同時進行する新複合社会時代の幕開け>
・1980年代のICT革命以降、ICTは人々の生活に密接に浸透してきた。近年ICTは、財政悪化や労働人口の減少、地方の疲弊、企業統治などの成長の制約条件の社会課題を解決するためのツールとしてその地位を確立している。

・世界で唯一の超高齢社会に突入した日本の情報社会の将来は、ユーザー(消費者)がいかにICTを駆使し、供給側はいかにICTでネットワーク化された社会を構築し、ユーザーに優しいより豊かな情報社会を形成することができるかが課題となる。

・65歳以上のインターネット利用状況は、平成20年末から23年末で約1.6倍と年々増加傾向にある。

・また高齢者にとってオンライン・ショッピングも当たり前のものになり、行政手続きも役所に行っていたものが一部、自宅でオンライン申請ができるようになった。電子政府サービスの普及である。今後は、ICTサービスや商品が無用の長物とならないよう、高齢者はICTリテラシー(習得度)を身に付けなければならないということだろう。

・さらに医療や年金などの社会保障の負担が、現役世代に重くのしかかり、個人格差が広がり地域社会やコミュニティ意識が希薄化するおそれもある。こうした社会背景において、ICTはパラダイムシフトをもたらす原動力の一つとして期待されている。時間や距離といった制約を越えて積極的な利活用を促すことにより、将来的に高齢者の生活を変革し、活力を引き出すエンジンになるとも期待されている。いよいよ、情報化と高齢化が融合する人類史上初めての新複合時代の幕開けである。

<解消するか、デジタル・デバイド(情報利活用格差)>
・既に60歳代の団塊の世代は8割がインターネットを使える調査結果もあり、シニア世代の本格的デジタル経済が間もなく始まる。

<政府が超高齢社会対策に乗り出す>
・今後、特に2025年問題の解決策として、下記の諸点を重点分野にした対応が急がれる、と報告された。
1、 在宅医療・介護を徹底して追及する
2、 住まいの新たな展開を図る
3、 地域づくりの観点から介護予防を推進する

<高齢者雇用が地方創生の鍵>
・2020年には約8割の高齢者が介護不要で自立できるといわれている。つまり元気なアクティブ・シニア層が増えるということだ。このアクティブ・シニア対策が喫緊の課題となっている。少子高齢社会の中でますます生産労働人口が縮小する。経済成長の制約となっていた生産労働人口の減少を解消するのはどうしたらよいのか。

・最近多くの企業が導入し始めている取り組みは、
高齢者の退職年齢を上げる、
フレキシブルな働き方を提供し、働きやすい環境を作る、
クラウドソーシングなどを利用して、インターネットを使い、適材適所の仕事を依頼する、
テレワーク(在宅勤務)を推進する、などがある。

・高齢化に加え、少子化も深刻な日本では、今後の労働力が懸念される。地域の過疎化や就労機会が減少すれば、少子高齢化が進む地方では地域経済そのものが疲弊する。こうした問題を解決するのが、“テレワーク”だ。在宅勤務で日本を変えるというスローガンのもとで、さまざまな取り組みがスタートしている。

・テレワークのメリットは、満員電車に揺られて通勤する必要のない、働く時間や場所の制約がない点にある。もちろん会社に勤める他の社員や職員と同様の成果を挙げなければならないし、同等の拘束時間や仕事のクオリティも追及されるだろう。しかし、時間や場所に縛られないテレワークの働き方は、働く意欲があっても、体力的な理由から通勤が困難な高齢者や、出産、育児、介護に時間が必要な就業者が仕事をすることができることから、今後成長が期待される分野である。

・また、多くの人材を確保することが難しい中堅・中小企業にとっては、全国各地から人を募集できるので、有能で多様な人材を幅広い範囲で確保することができ、さらには生産性向上につながるともいわれている。この他、テレワークによって、家族と過ごす時間や自己啓発や趣味の時間が増える等、生活にゆとりが生まれ、ワークライフバランスの向上にも効果があるだろう。

・実際にはまだ大企業を中心に1割の導入に留まっているテレワーク制度であるが、高齢者の社会参加や社会貢献に加え、ワークライフバランスの観点から有効な施策となる。資本金50憶円以上の企業では25%の普及である。働き方だけではなく、新しい高齢社会モデルを構築するための地域振興や規則改革を同時に進めることも検討しなければならない。

・また高齢者の起業も盛んだが、数少ない成功事例の一つが福島県上勝町で行われている“いろどり“事業だ。高齢者の自立支援策、日本料理を飾り付ける草花を、地域の植物をよく知る高齢者が収穫し、全国の料亭に、タブレット端末を利用して販売する”葉っぱビジネス“が注目を集めている。

<総務省「ICT超高齢社会構想会議」>
・高齢者が自ら会社を興し、地域に還元し経済を潤す。高齢者は生きがいを見つけ社会貢献ができる。こうしたモデルが日本全国で展開できれば、地方創生は現実のものとなる。筆者の小尾が委員長を務めた総務省の研究会で視察した東京都三鷹市では自治体が高齢者の起業を応援しているケースだ。NPO「シニアSOHO普及サロン・三鷹」が中心となって活動している。この他、地域支援マッチングのアブセックや孫育て工房で地域ケアのBABAラボをはじめとする高齢者の自立支援地域プロジェクト事例は急増中である。
 問題は日本全国で展開される数多くのプロジェクトが政府の支援や特区モデルを離れた時、プロジェクトが自立し、独り立ちできるかが勝負である。

<人類は“シルバー・ツナミ(津波)”で滅亡するリスクがある>
・“シルバー・ツナミ”とはピーク時に24億人に膨れ上がる高齢者集団が津波のように押し寄せてくる、との比喩的な表現である。スピーチの続きだが、「世界で最初に“シルバー・ツナミ”に襲われるのは日本であり、我が国の対応次第で世界の歴史が変わるかもしれない」と述べた。

・全てを書き終え、次の四つの分野にわたる優先的課題解決の必要性を理解することができる。
第1に、雇用問題である。深刻な労働力不足が将来起きるが、高齢者、そして女性の活躍こそ日本再生の王道である。特に、アベノミクスが目指す“女性が輝く社会”の推進は超高齢社会において必要不可欠であり、一歩でも前進することを望みたい。残念なことに、日本の女性の社会進出は、先進国中、韓国に次いでランクが低いのが実情である。

・第2に、シルバービジネス3000兆円市場(2050年)への企業努力である。

・第3に、日本の経験や教訓を後に続く世界各国に紹介していく国際貢献の責務を忘れてはならない。

・最後に、電子政府など行政の役割である。今後の研究課題だが、高齢者に優しい電子政府の推進が経済活性化の鍵を握ることを証明する必要がある。

・電子政府がフルに活動すれば、日本政府は経費の3割をカット可能との試算がある。


ベーシックインカムは究極のセーフティーネットであり、まさに税と社会保障の一体改革そのものなのです。(3)


<最強のリーダーシップ 安倍・小泉・小池の比較で見えた、信望を集める人の特徴>
<時代遅れ⑦ リーダーに必要なのは絶対的なカリスマ性>
・生産性を高める法則⑦ 茶目っ気とパッション、包容力を持ち、多様性を受け入れるリーダーシップを目指せ。

<時代遅れ⑧ リーダーは「個人の資質が優れた個人商店」>
・生産性を高める法則⑧ 専門家が集まる「CPU(側近グループ)」を作れ。

<時代遅れ⑨ 経験値の高い年長者の言うことを聞け、という「上から目線」>
・生産性を高める法則⑨ 若者の想いに共感し、その自己実現をサポート。

<時代遅れ⑩ 何事にも完璧主義で、あらゆる合意に100点満点の理想を追求。>
・生産性を高める法則⑩ 優秀なリーダーは「リアリズム」で考え、プルーラルボイス(多数の声)で戦う。

<時代遅れ⑪ 沈黙を作らないための会話のテクニックを磨く>
・生産性を高める法則⑪ 根幹で共感できる会話が大切。

<高齢化社会2.0を生きる  生産性の高い高齢化社会のありかた>
<時代遅れ⑫ 勉強するのは学生時代だけ>
・生産性を高める法則⑫ リタイア後の期間のほうが長くなる時代。「生き残るリスク」に備えよう。

<時代遅れ⑬ 高所得者だけが、貧困高齢者を養うべき>
・生産性を高める法則⑬ 中間所得層への税と相続税を見直し、年齢に関係なく公平な負担を。
 高所得層から貧困層への所得移転はすでに進んでいる。中間層から低所得層への所得移転こそ進めるべき。

<時代遅れ⑭ 一律的に高齢者を保護する国民皆年金制度>
・生産性を高める法則⑭ 高齢富裕層への年金支給をやめ、若者への支援を増やせ。
 日本の若者支援の対GDP比はイギリスのわずか4分の1。富裕層への年金額引き下げや支給開始年齢の引き上げなどで、年金制度にかかるお金を若者支援へ振り分けよ。

<時代遅れ⑮ 不健康に老いる辛い老後>
・生産性を高める法則⑮ 健康長寿を全うするのに大切なのは、正しく食べ、正しく歩き、正しく座り、よく笑うこと。
 1日1時間の歩行と薄味の野菜食が免疫力を高める。座り方も見直せば、身体への負担が軽減される。多少無理してでも笑えば、脳が楽しいと錯覚する。

<時代遅れ⑯ メディアに出ている有名な医者を信用してしまう>
・生産性を高める法則⑯ メディアの医療情報を鵜呑みにせず、メディカルリテラシーを高める。
 怪しい自由診療は自由に宣伝できる一方、効果が証明されている保険診療の宣伝は、禁止されている。メディアでの医療情報は間違いだらけと心得よう。

<時代遅れ⑰ 医療免許を一度取ってしまえば、何十年でも医者でいられる>
・生産性を高める法則⑰ 医師免許を更新制にし、薬品や治療法の許可をスピーディに。
 知識や技術をアップデートしない医師でも治療できてしまうのが日本の現状。一方で最新の治療法や薬品の許可は非常に遅い。

<時代遅れ⑱ 苦しんででも、命尽きるまで延命するのが幸せだ>
・生産性を高める法則⑱ 安楽死の制度化について、真剣に議論を始めよう。

<時代遅れ⑲ 葬式はお寺、高額な戒名代や墓石が必要と思い込んでいる>
・生産性を高める法則⑲ 死に方、葬られ方も自分で選べる時代に。

<社会の生産性を高めるために 日本の生産性を押し下げる7大レガシーへの処方箋 談合・経営・法律・結婚・教育・自治体・メディア>
<時代遅れ⑳ 競争より既得権の保護が優先。企業の数が多くても競争は働いていない>
・生産性を高める法則⑳ 談合的体質を廃し、競争が激しいのではなく、談合の結果であることも多い。空港の民営化が進まないのもJALが救済されたのも、既得権保護や見せかけの競争の象徴。

<時代遅れ㉑ 社員の参加意識は高いが、最終責任者がいない>
・生産性を高める法則㉑ 責任の所在を明確にすれば、日本組織の生産性は上がる。
 大学に代表されるように、日本型組織にはマネジメントがなく、自治になっている。自治は調和によって成り立つから、新陳代謝が起こらず、生産性も上がらない。

<時代遅れ㉒ 目先の数字しか見ていない取締役会>
・生産性を高める法則㉒ 長期的な大局観を提供する「プロの取締役」が必要。
 短期のモニタリングの背景にある長期ビジョンが大切。社長の「見張り番」として、長期的な視野でモノを言う人材が必要。

<時代遅れ㉓ 明治維新の時代にドイツに学んだ法律レガシー>
・生産性を高める法則㉓ 法律が細かいルールを規定している成文法型だから、リスクを取りにくい。一方、ドイツでフランスなどの世界は成文法から判例法へ移行している。

<時代遅れ㉔ 一律で選択の自由がない、昔ながらの結婚制度>
・生産性を高める法則㉔ 多様な結婚の形を認めれば、結婚しやすくなる。
 離婚がしやすくなる結婚制度や、夫婦別姓など、多様な価値観やライフスタイルに応じた結婚の形を認めることが、結婚への障壁を低める。

<時代遅れ㉕ 暗記型の受験勉強、国が全国に押しつける学校教育>
・生産性を高める法則㉕ 「自分で決める」教育と地方への権限移譲が教育改革のカギ。
 押しつけから「自分で決める」教育へ。教科内容を時代に合わせ、地方ごとに権限を移譲して、正常な「教育の競争」が働く仕組みに。

<時代遅れ㉖ 明治にできた47都道府県の枠組みで、いまだに予算も中央から地方に配分>
・生産性を高める法則㉖ 道州制で地方分権・地方議会のスリム化・市町村数の最適化を。
 道州制で給付と負担を明確にし、地方議員の数を削減。多すぎる地方自治体を再編し、さらなる効率化を。

<時代遅れ㉗ 政治家の発言やメディアの報道を疑いなく信じる>
・生産性を高める法則㉗ 報道を鵜呑みにせず、誰が何のためにした報道かを考え、直接情報源にあたる。

<時代遅れ㉘ 上から与えられた民主主義を、無批判に享受>
・生産性を高める法則㉘ 金融や経済の社会教育で、国民全体のリテラシーを高めよ。

<「民主主義」の生産性を高めるために「変わらない政治」の戦犯は誰か?>
<時代遅れ㉙ 選挙時のマニフェストは嘘だらけ>
・生産性を高める法則㉙ マニフェストの評価・検証システムを導入。
 選挙が終わるたびに公約を破る政治家たち。国民は簡単に忘れず、スキャンダルだけを争点にしてはいけない。

<時代遅れ㉚ 政財官のトライアングルで政策が決まる>
・生産性を高める法則㉚ 強いリーダーが政治主導で改革を進める。
 官僚、財界、政治家、メディアが徒党を組んで、改革に抵抗している。しかし強い政治リーダーが政治主導で進めれば、「抵抗勢力」も従わざるを得ない。

<時代遅れ㉛ 政策は与党内でほぼ決まり、野党は国会で時間稼ぎに終始する>
・生産性を高める法則㉛  国会の期間を見直し、与野党で生産的な議論を。

<時代遅れ㉜ 大臣は国会での質問対応に忙しく、本質的な仕事ができない>
・生産性を高める法則㉜ 大臣が国会に出る頻度を減らし、コアな仕事に時間を割く。

<時代遅れ㉝ 議員内閣制では首相は与党議員から選ばれるため、大胆な改革が難しい>
・生産性を高める法則㉝ 首相公選制で、国民に選ばれる強いリーダーを。

<時代遅れの規制を変えよう  新規参入を阻む既得権益構造>
<時代遅れ㉞ 株式会社の参入や農地の自由売買の禁止など、規制尽くしの農業>
・生産性を高める法則㉞ 資本や企業のノウハウを入れ、新規参入を促して農業を成長産業に。

<時代遅れ㉟ UberやAirbnbなどシェアリングエコノミーへの規制が強すぎる>
・生産性を高める法則㉟ 地方首長は覚悟を決め、規制を緩和せよ。

<時代遅れ㊱ デジタル技術革新を無視したアナログな対面文化>
・生産性を高める法則㊱ まずは行政が第4次産業革命の遂行者を目指すべき。
 ブロックチェーンや電子取引、ネット選挙などを政府が率先して導入することで、第4次産業革命への弾みとなる。

<時代遅れ㊲ 現状を過大評価して満足>
・生産性を高める法則㊲ 今持っている技術の使い方や使う場所を変えるだけでも、大きなイノベーションは起こせる。
 フルーガル(安上がりの)イノベーションやリバース(逆)イノベーションなど、イノベーションの種類は多様。世界に目を向け、リープフロッグ(飛び跳ねるカエル、蛙飛び)級の躍進を目指そう。

<時代遅れ㊳ 時代遅れな既存秩序をあきらめて受け入れ、我慢>
・生産性を高める法則㊳ 外野の炎上を恐れず、信念をもって自由に生きる。政・財・官・メディアの既成権益を理解し、時代遅れの規制や思いこみにしばられず、自由に生きよう。



『歩く人。』 長生きするには理由がある
土井龍雄、佐藤真治、大西一平  創英社/三省堂書店   2013/6/20



<健康に長生きする人>
・正しく歩きつづけることで、いつまでも健やかに暮らせます。歩くことは、健康増進や生活習慣病予防に役だちます。

<歩くことの大切さを科学的に検証する>
<データが示した「よく歩く人は長生きする」>
・私が積極的にみなさんに、歩くことをすすめるようになったのは、ある論文との出会いがきっかけでした。
 それは、私の恩師(矢野勝彦先生)が関わった論文で、ハワイに移住した日系人707人を対象に12年間、彼らの健康状態を調査したものでした。驚くことに、日ごろからよく歩いている人と、あまり歩いていない人の死亡率に、なんと倍以上の差が出ていたのがわかったのです。
 1日に歩く距離が、1マイル(約1.6キロ)未満とほとんど歩かない人と、1~2マイル歩く人、2~8マイルと比較的よく歩く人の3タイプに分けて、12年間追い続けて調査した結果が表1です。
 2年目を過ぎるあたりから、ほとんど歩かない人の死亡率は高くなり、4年目を過ぎると、よく歩いている人の死亡率が明らかに低くなっていることがわかります。

・1マイルを歩くのに20分かかると考えると、1日に20分以下しか歩いていない人の死亡率は、6年目で約18%、12年目で約43%でした。一方、1日に40分以上歩いている人は、6年目で約9%、12年目で約21%と、あまり歩いていない人とは2倍以上の差があることがわかったのです。この結果は、歩くこと以外の因子を加味しても同じだったと述べられています。
 論文では、死亡率に大きな差が出た要因として、よく歩いている人は動脈硬化の進行が抑制されていたことを指摘しています。動脈硬化の進行が抑えられると、心筋梗塞や脳卒中などの慢性疾患である生活習慣病が予防できます。その結果、死亡率が低く抑えられたのです。

<動脈を鍛えて動脈硬化の進行を抑制する>
・私は、心臓病や糖尿病の運動療法に長くたずさわっています。この経験から確証を得たことは、“運動は動脈硬化の進行を抑制し、生活習慣病を予防できる”ということです。
そしてそこには、3つのメカニズムが働いています。
 ひとつは、「動脈そのものに対する効果」、それから「筋肉に対する効果」、そして「自律神経に対する効果」です。
 ひとつずつ説明しましょう。まず、「動脈そのものに対する効果」です。
 もともと運動が動脈硬化の危険因子(糖尿病、高血圧、肥満等)を改善することは知られていました。最近になって、これらに加え、血管内皮細胞に対する効果が注目されています。

・動脈硬化の進み方にはいくつかのパターンがありますが、いずれの場合もファーストステップは血管内皮細胞の機能の障害です。すなわち、血管内皮細胞の障害を抑え、その機能を保持することができれば、動脈を動脈硬化から守ることができるのです。
 血管内皮細胞の機能を鍛え、保持するのに効果的だといわれているのが、歩くこと、運動することです。
 その理由を、具体的に説明しましょう。
 運動をすると血流が盛んになります。この血流の変化により、血液が血管をこする物理的な力が働きます。この力を「ズリ応力」というのですが、この「ズリ応力」が血管内皮細胞を刺激し、その機能を鍛えるのです。
 
・若いうちは、血管内皮細胞の機能は運動をしなくても保たれています。歳をとるごとにどんどん機能は低下していきますが、定期的に運動をすることにより、血管内皮細胞の機能は若者と同等に保たれます。歩くことで、血管内皮機能が若者並みに保たれるというのは、とても魅力的ですよね。
 この「ズリ応力」、血管内皮細胞を鍛える以外にも、別のメカニズムを介して動脈硬化を改善します。
 血管内皮細胞の機能が弱まると、血管内に脂の侵出を許してしまいます。血管内に入った脂はプラークという炎症を伴う固まりになり、これが破たんすると血栓が生じます。心筋梗塞や脳梗塞は、この血栓によって動脈が詰まることが原因です。

・実は、運動によって生じる「ズリ応力」は、この血管内のプラークを小さくすることも期待されています。ある糖尿病患者さんは、ほぼ毎日4キロメートル歩くことで、プラークを小さくすることができました。同様の効果は、心筋梗塞後の患者さんでも観察されています。
「ズリ応力」は、血管内皮細胞を鍛えるだけでなく、血管内の脂の掃除もしてくれる頼もしい味方です。

<ミトコンドリアを活性化させ糖尿病を予防する>
・次は「筋肉に対する効果」です。
 ご存知のように、運動は筋肉の形態や機能にさまざまな作用を及ぼしますが、ここでは筋肉細胞内に存在するミトコンドリアに対する効果について解説します。
 ミトコンドリアというのは、われわれの身体の60兆の細胞一つひとつすべてに存在している小器官で、発電工場のような働きをしています。そして特に、筋肉細胞内には多く存在します。
 われわれは酸素を取り入れて、脂肪や糖質からエネルギーを得るのですが、そのエネルギーを生みだす役割を果たしているのがミトコンドリアです。生命活動を維持するのに、なくてはならない存在です。
 このエネルギーを生みだす発電機能がしっかり働けば、充分な活力が生み出されますが、機能の働きが悪くなると、さまざまな弊害が生じます。
 
・例えば、ミトコンドリアの機能が低下すると、エネルギーの素となる脂肪が消費されにくくなります。
 消費されない脂肪は行き場を失い、筋肉の中に留まりはじめます。脂肪が蓄積されてくると、筋肉は本来の機能である、糖質を蓄えるという機能が鈍くなってきます。
 すると、筋肉に取り込まれなかった糖質が血液中に長くとどまることになり、それが高血糖、ひいては糖尿病の原因となります。

・このようなエネルギーの流れの停滞が起こらないように、ミトコンドリアの機能を高めるにはどうしたらいいのでしょう。実はこれも、歩くことや運動することが有効なのです。
 より効果的にミトコンドリア機能を高める運動の方法(歩き方)についても研究が進んでいます。
 なかでも、強い運動と弱い運動を交互に繰り返す、インターバルトレーニングは、有力な候補です。研究成果がまとまるのは、しばらく先ですが、ブラブラ歩くのではなく、ゆっくり歩いたり早足で歩いたり、高低差のあるところを歩いたりすることは、試してみる価値があると思います。

<歩くことで自律神経のバランスも整う>
・そして3つ目は「自律神経に対する効果」です。
 自律神経は、交感神経と副交感神経から成り立っています。自律神経はこのバランスをとることが大切だといわれていますが、歩くこと、運動することによってバランスが整えられます。
 イライラが続いたり、ストレスを強く感じたりすると、交感神経が優位な状態になります。適度に運動をしてリラックスした状態になると、副交感神経が優位にシフトします。副交感神経が優位になると、心拍はゆっくりとなり、心拍数が減ると、心臓にかかる負担も減ります。
 哺乳類は、どの動物も一生涯に打てる心拍数は20億回という説があります。副交感神経が高くなり、心拍数が下がると、長寿に繋がるかもしれませんね。
 また、われわれの心拍というのは一定の秩序をもってゆらいでいます。心臓は、安静時「ドキン・ドキン・ドキン」と一定に打っているようですが、厳密には早くなったり遅くなったり、規則性をもってゆらいでいるのです。
 この心拍のゆらぎは、副交感神経が優位な人ほど大きくなっており、交感神経が優位な人では小さくなっています。

・心拍のゆらぎは、よく運動している人は大きく、あまり運動していない人は小さいのですが、ゆらぎが大きいほうが長生きできることもわかっています。
 自律神経は免疫にも関わっています。副交感神経が高ければ、免疫力が増すことはよく知られていることです。
 太っている人は、自律神経のバランスが悪いことが指摘されています。メタボ傾向にある人は、エネルギー消費のためだけでなく、自律神経のバランスを整えるために歩くこと、運動することも意識してほしいですね。

<認知症の予防にも期待>
・冒頭で紹介した、ハワイに移住した日系人を調査し続けた同じグループが、同じ対象で認知症を追跡したデータが、近年報告されました。これをみると、よく歩くことが、認知症の予防にもなることがわかります。
 脳血管性認知症とアルツハイマー型認知症をあわせた認知症全体では、0.25マイルとあまり歩いていないお年寄りよりも、2マイル歩いている人のほうが、約2倍リスクが低いことが示されています。興味深いことに、その傾向はアルツハイマー型認知症において顕著でした。データからわかるのは、よく歩いている人は、歩いていない人よりも、2.24倍アルツハイマー型認知症のリスクが少ないということです。
 日本人にはこれまで、脳血管性認知症が多かったのですが、今後、アルツハイマー型認知症が増えるとの予想もあります。
 アルツハイマー型認知症になってしまうメカニズムも、最近やっと輪郭がつかめはじめていますが、予防することを考えると、歩くことの大切さが注目されることは間違いありません。

<身体に負担のかからない歩き方を身につけよう>
・歩くことの効能がいかに多くあるかを、運動療法の専門の立場から述べてきました。ただ最後にお伝えしたように、人それぞれ体力や状況が異なりますので、くれぐれも無理をしないで、歩いてほしいと思います。ずっと歩き続けることで、みなさんが健康になり、長生きをしてほしいと心から願っています。



『100歳までの健康の知恵』  賢い生活と食
中村雅美   日本経済新聞出版社    2013/5/23



<世界一の長寿国>
<野菜や魚を中心にした低脂肪食>
・日本人の平均寿命は80.9歳(1998年)で世界一の長寿国である。しかし、単に長命というだけでは十分ではない。たとえば、寝たきりでではない、社会活動ができる寿命がどれだけあるかが大切だ。

・日本が健康寿命で世界一である背景としては、衛生教育の普及や生活環境の改善など多くのことが挙げられる。中でも大きいのは食生活だ。野菜や魚を中心にした低脂肪食が健康につながったといってもよい。

・3つのことを頭に置けば健康を増進することは可能だろう。3つとは休養、栄養、美養(美容ではない)である。
 休養は、単に「ぐーたら」を決め込むことではない。きちんと運動をすることだ。それも散歩など軽い運動でよい、続けることが大切なのである。栄養は、バランスのよい食事を規則正しく取ることだ。
 それに加えて美養を挙げたい。美は美しさと同時に清潔さもあらわす。美しくなることに気を使い、身の回りの清潔さに配慮すれば健康の維持・増進にもつながり、生活も充実する。

<ジャンクフードに要注意>
・『40代から始める100歳までボケない習慣』(朝日新聞)の中で同意できるのは、第2章にある「ジャンクフードは危険」の項だ。ジャンクフードは体を痛めつけると指摘している。それだけでなく、ジャンクフードをやめられない人の脳の中はドラッグ中毒者と同じ状態だとまで言い切っている。

・米国はいろいろな意味でお手本としてよい国のひとつである。ただ、私は「日本として、絶対に米国のまねをしてはいけないものが2つある」と思っている。ひとつは医療保険制度であり、もう1つは食生活(食事)である。公的医療保険制度が近くスタートするとはいえ、医療保健制度は民間主体であり、また料理もバラエティに富んでいない。食生活は健康の基本だが米国は食生活が非常に貧しい。国民はさまざまなジャンクフードに取り囲まれている。そのためか、健康を害している人の割合が高く、平均寿命も先進国の中では短い部類に入る。

<「歩く」が運動の基本>
・食事と並んで気をつけたい健康のキーワードは、「運動」である。といっても、「今さら運動などやる気にならない」という人は多いかもしれない。
 かつて、「まなじりを決して運動をする必要性はない」と書いたことがある。生活上のちょっとした工夫が運動になりうるからだ。加齢研究の第一人者である順天堂大学の白澤卓二教授の著書『40代から始める100歳までボケない習慣』(朝日新書)にも、こう書いてある。
「まずは『なるべく歩く』を心がける」

<肥満防止、食事回数より量>
・「医食同源」という言葉がある。日本で生まれたとされるこの言葉は、健康の基本は「食」にあることをうまく言い表している。

・ほとんどの生活習慣病は肥満がきっかけになっており、症状を悪化させる要因にもなっている。肥満を防ぐには、「食事は1日に3回を規則正しく取り腹8分目を目安にする」ことがよいとされる。最近、寝坊のせいなのか、ダイエットのためなのか、朝食を抜いて出勤したり登校したりする人が増えているようだ。

<健康維持、まずは生活習慣>
・健康を維持することは、バランスのよい食生活と適度な運動、十分な睡眠でかなり達成できる。要するに、ごく当たり前の生活習慣の改善で済むことなのだ。特定の健康食品ばかりを取り続ける必要性はほとんど感じない。
「これを実行すれば、病気や痛みなどがみるみるうちになくなる」。こうした奇をてらった健康法とは、そろそろおさらばしたいものだ。

<糖尿病の予防、血糖値に配慮>
・糖尿病は今や「国民病」といわれる。2007年版「国民健康・栄養調査」によると、国内の患者は推定で約890万人、予備軍も1320万人いる。合わせると2210万人で、日本人の5人に1人は糖尿病か、その予備軍となる。
 患者が増えているのは日本だけではない。国際糖尿病連合によると、11年に3億6600万人いた世界の糖尿病患者は、30年に約5億人、場合によっては約10億人になると見られている。

・糖尿病には1型と2型がある。いずれも血糖を分解するインスリンが分泌されなかったり、働きが悪くなったりするために起こる。1型糖尿病の人は、インスリンを作る膵臓の細胞が自己免疫疾患などで破壊されることで発症する。若者によく見られる。
 2型は生活習慣病といわれ、食生活の乱れや運動不足などが原因とされる。人種による差があるが、日本では圧倒的に2型が多い。

<カフェインで抗ウイルス>
・コーヒーと健康について考えてみよう。コーヒーにはカフェインが多く含まれている。このカフェインに、ある種のウイルス(JCウイルス)の増殖を抑える効果が期待できるという。

<コーヒーに脳卒中予防効果?>
・コーヒーと脳卒中の関係を調べた論文は少なく、はっきりしたエビデンス(科学的証拠)があるわけではない。ただ、コーヒーを飲む習慣のある人は、脳卒中のリスクが下がるという報告がある。  
たとえば、スウェーデンでの調査では、コーヒーを毎日1杯飲んでいる女性は飲まない人よりも脳卒中になるリスクが25%低いという結果になった。

・「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」というように、コーヒーや緑茶に脳卒中の予防効果があるらしいというだけで、がぶ飲みするのは避けたい。脳卒中リスクを下げるのはカフェインの働きによるものと見られるが、このカフェインをたくさん取ると、思わぬ「副作用」が出るからだ。

<「カフェイン中毒」要注意>
・1日にコーヒーを100杯以上飲まない限り、何ら問題はないといえる。

・大きな副作用としては、「カフェイン中毒」がある。個人差はあるが、コーヒーから離れられなくなったら要注意だろう。顔面紅潮になりやすく、落ち着かなくなり、集中力の低下やけいれんを起こしやすくなる。悪くすると動悸や不整脈につながる。
 やはり、コーヒーは「体によいから」といって一度に大量に取るのは避けたい。カフェインを含んでいるとはいえ、コーヒーは医師や薬剤師が扱う医薬品ではなく、素人が誰でも簡単に口にすることができる食品なのだから……薬は「もろ刃の剣」で、作用があれば副作用もある。ほどほどにというわけだ。

<ポリフェノールの合理性>
・「フレンチパラドクス」という言葉がある。フランスの逆説という意味だ。1990年代の初めごろから世界中で広まった。
 フランス料理は肉料理が主体だが、それにクリームやバターがたっぷり入ったソースをかける。食べ物に動物性の脂肪が多いから、当然フランスの人たちは動脈硬化になり、心筋梗塞など心臓・血管系の病気が多いと予想される。
 ところがフランス人が心臓病で死亡する割合はほかの西欧諸国に比べて少ないといわれている。脂肪分が多い食事を取っているにもかかわらず、心臓病の死亡率が低いというのが、フレンチパラドックスの由来である。
 
・パラドックスの理由としていわれるのが、赤ワインに多く含まれるポリフェノールだ。実際、フランスの人たちは赤ワインを多く摂取する。これで日本でも赤ワインブームが起きた。ただ、赤ワインを多く飲むことによる肝臓病の増加といったマイナス面もある。

・ポリフェノールには抗酸化作用がある。植物(食物)に含まれる抗酸化物質としてはビタミンCやビタミンEなどが有名だがポリフェノールもその1つ。フラボノイド、クマリン、ヒドロキシケイ皮酸の代表的なものとしては、コーヒーポリフェノールがある。

・体の中では活性酸素ができる。活性酸素は細胞にダメージを与え、シミやしわを作るなど皮への悪影響のほか、老化や動脈硬化、糖尿病、がんなどの引き金になるといわれる。活性酸素は常にできているが、普通はカタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼといった酵素や、植物由来の抗酸化物質が生成した活性酸素を消している。

・酵素がよく作られ、食事などから植物由来の抗酸化物質を摂取できる若いうちはいい。それが高齢者になると・・・。ポリフェノールを取ることは、ある意味では合理的なのかもしれない。

・日本人が飲料から取るポリフェノールとしてはコーヒーの47%が最も多かった(緑茶は16%で第2位)

<睡眠時間足りない日本人>
・ひとりでパソコンに向かって黙々と仕事をするのが日本のビジネスパーソンの姿なのだろう。このワーキングスタイルが日本人の睡眠の質の低下や、慢性的な睡眠不足状態を招いているのだろうか。

<たばこを「断つ年」に>
<禁煙で脳も長生き>



『逆転の発想で悪の罠を見抜き人生の悩みを裁つ』 弁護士50年の法力
松枝迪夫    アドスリー   2010/7



<私の健康長寿法十則>
・私の健康長寿法を十ヶ条にまとめてみた。便宜的に私の健康長寿法十則と名づける。古来多くの実践者、研究者が唱えていたものをいわば現代の着想法をもって然るべき順序をつけてわかり易くまとめたものである。重要点はすべて網羅した。
 またこの何々が少なく、何々が多くという表現は、貝原益軒の用語やたまたま愛用している湯呑茶碗に健康長寿法として書かれていた用語を借用した。
 どうかこの十則は、東西の大家の養生法をいい塩梅に整理したものです。まず箇条書きにし、その後で解説する。

一則 食を少なく 噛むことを多く
二則 肉を少なく 野菜を多く
三則 塩・甘糖を少なく 酢・果実を多く
四則 欲を少なく 施しを多く
五則 憂い悩みを少なく 眠りを多く
六則 怒りを少なく 笑いを多く
七則 言葉を少なく 行いを多く
八則 乗物を少なく 歩みを多く
九則 衣を少なく 入浴を多く
十則 エアコンを少なく 風と太陽を多く

<十則の解説>
<一即 食を少なく 噛むことを多く>
・これは腹八分目にすること、食生活の最も重要な原則を宣言。かむことは消化にもいいし、八分目でも満腹感をもたらす。噛まないでいい柔らかい食品が増えたので噛むことが減ってきた。そのため頬がふっくらせず、やせた顔付の人間が多くなってきた。

<二則 肉を少なく 野菜を多く>
・最近の洋風化の食事の欠陥は、肉が多いことにあるから、もともと日本人が好んできた魚を中心として野菜、大豆を原料とする豆腐を多用するのがよい。

<三則 塩・甘糖を少なく 酢・果実を多く>
・塩の多用は色々の病気を引き起こすとされているので注意すべきであるが、大変神経質になって塩分を少なくし過ぎる傾向がある。これも過ぎたるは及ばざるが如しで、子どもがそのため元気を失ったり、労働者が力をなくしたりするので、ほどほどにする。病気だと思って医者に見せたら、その先生はベテランの名医で一目で病気でない、塩分不足と見破って塩を与えて間もなく快癒したという。未熟な医者だったら、すぐ注射とわけのわからない投薬をしただろう。
 糖分はこれまたとり過ぎは病気のもとであるが、運動をしたり、頭を使って疲れた感じのときは速効性があり大切な栄養である。

<四則 欲を少なく 施しを多く>
・精神の平静が一番大切なことである。そのためには欲望を少なくし、欲を抑えることである。食と色の欲望は本能であるから、これを抑えるのは難しいことであるが、それをすることが修養である。本能のままに振り回される人生を送っては身の破滅、仕事でも成功は覚束ない。反社会的な欲望はもちろん抑えなければならない。むしろ他者に対する愛、慈悲の心をもって行為することが大切である。その善行は、本人にも気持ちのよいもので、まして他人から感謝されたりすれば嬉しいし、後に満足感が残る。

<五則 憂い悩みを少なく 眠りを多く>
・人は色々なことを憂い悩み、夜も眠れないということが多い。現代人はあまりにも多くのストレスに悩まされ、心の苦しみを抱えている。これをできるだけ少なくし、明日のことは思いわずらわないでいること、過去のことをくよくよ後悔しないことである。杉田玄白も、明日を思い悩むな、後悔するなと言っている。
 すべての精神の健康法を説く説はこの項を最重要な手段と見なしている。心を平静に保つ最も大切な心持ちである。

<六則 怒りを少なく 笑いを多く>
・これもすべての精神の修養を説く人が一致してあげている実践上最も大切な処世術である。怒りのために人は他人を傷つけ、ついには己の身の破滅に至った例は枚挙にいとまがない。この修養こそ不断に若い頃から積まなければならない。
 
・笑いを多くとは、人生を楽天的に、前向きに生きることでこれは人間の生き方として成功に導く鍵である。前途を暗く、悲観的に考えるのはよくない。外国でも「プラス思考をせよ」というのはこのことである。笑う門には福来るともいうし、夫婦円満、家庭円満、その人の職場も明るく円満という、すべてに喜びと福の感情をもたらす。

<七則 言葉を少なく 行いを多く>
・これは寡言の徳をいうもので、不言実行の系譜にある。昔から「沈黙は金」という諺がある。もっとも欧米流の自己主張の風潮が入り、どんどん発言し、何でもしゃべるのがいいのだといわんばかりの時代になりつつある。程度問題である。
 無言では処世ができないから、要は冗舌をやめ、行動で示すということである。言葉遣いは社交では大切な武器で、軽々しい発言はせず、言行一致が望ましい。
 
・行いを多くとは、日常の暮らしで、身軽に身体を動かすことをいやがらないで、こまめに動くことである。これは大切なことで、相手にもいい印象を与え、尊大な人間だと思われないし、不精な人間と思われない利点がある。
 またこまめに身体を動かすのは健康にもいい。老人になってゴロンとしていると健康に悪く老化してぼけも早くくるという。
 女性が家事をやるのはこまめに動く典型だから、男性に比べて長生きである。いい報酬が与えられていて帳尻が合っている。

<八則 乗物を少なく 歩みを多く>
・身体の運動で歩くことは一番健康によいとされている。それと散歩をすることは特別の場所も相手も器具もいらない。しかも散歩先の町や風景をみて楽しむことができるから一石二鳥だ。

・必然的に車の利用者は歩くことが少なくなり、運動不足となる。色々な健康障害がでてくるなかで、ほとんど歩くことで直った例が多いし、その副作用で悪くなったという例はまずない。

<九則 衣を少なく 入浴を多く>
・皮膚の鍛錬には薄着がいい。

・私は一年中下着は木綿のシャツにステテコ一枚で通している。ニューヨークの冬もそれで、通し、その上にはワイシャツと薄手の背広だけである。慣れれば何でもなかった。

・身体を清潔にすること、皮膚をきれいにすることは新陳代謝によい。入浴はバスタブでもシャワーでもよい。

<十則 エアコンを少なく 風と太陽を多く>
・自然の大気と気温で暮らすのがその住民には一番健康的である。最近は暖房、冷房をする人が普通になった。

・お蔭で昔の日本人は、皆風もひかず元気だったのではないかと思う。

・北欧やドイツなど北部欧州の人は寒い冬が過ぎるのを待って公園で裸になって日光浴をしている。くる病になるのを防ぐには日光が必要なのである。日本人はあまりにも太陽に恵まれているので、その有り難さを知らない。


ベーシックインカムは究極のセーフティーネットであり、まさに税と社会保障の一体改革そのものなのです。(2)


<安倍政権は長期政権のレガシーをどう作る?>
・安倍内閣が発足して以降の日本は、第1章で述べたように「もっとも失われた5年」から「再挑戦の7年」に移行し、経済は明らかによくなった。とりわけその成果は、株価上昇や失業率の低下に現れている。これらの点は、高く評価される。また安倍首相は、G7のトップのなかでもいまやドイツのメルケル首相の次に長く政権を維持しており、国際的な信頼も厚い。しかし平成の末期において、次のような二つの問題を克服する必要に直面していよう。
 第1は、政策の実施がともすれば安倍首相・菅官房長官によるリーダーシップだけに依存しており、経済財政諮問会議や規制改革会議に象徴される組織全体による改革になっていないことだ。もちろんこの点は、首相官邸のリーダーシップが強いという利点ともいえる。しかし、いわば改革が「点」にとどまり「面」に広がらないことを意味している。

・第2は、いわゆる「一強体制」の弊害で政策のチェック機能が弱まり、尖った政策を避けて安易な政策に流れる雰囲気が、霞が関の官僚を中心に広がってきたことだ。政治の一強体制は、それ自体決して悪いわけではない。政治が安定し長期政権になるなかで、外交面では大きなプラスの成果が出ている。ポピュリズムの台頭で政治が不安定化している欧米から見ると、日本の現状はむしろ評価されている。
 問題は、一強体制がもたらすチェック機能の低下だ。

<増税から財政再建を始める国は、必ず失敗する>
・財政再建は、リーマンショック時以降の歳出拡大のなかで、依然として大きな問題である。GDPの伸び率より債務の伸び率のほうが高く、グラフに描くといわゆる「ワニの口」となる現状は、持続可能(サステーナブル)ではない。
 ただし、財政再建をするためにデフレ政策、つまり経済を悪くする政策をとってはいけない。

・経済学者でハーバード大学教授のアルバート・アレシナは、戦後に各国で行われた財政再建を実証的に研究し、興味深い指摘をしている。財政再建に成功または失敗したケースを比較検討した結果、まず増税政策から財政再建に着手した国は必ず失敗している、というのだ。

<日本が北欧諸国を真似るのは非現実的>
・日本が、神奈川県や兵庫県ほどの人口しかない北欧諸国のように、「非常に大きな政府」を目指すことはほとんど不可能に思われる。
 日本は一部西欧諸国のような「大きな政府」を目指すのか。それとも、増税は一時的な措置にとどめて、やはりアメリカのようにできるだけ「小さな政府」を目指すのか。もちろん、政府の役割は財政の規模だけで測ることはできない。

<平成から読み取れる教訓とは>
・平成の第1の教訓は、あまりにも当たり前のことだが、「経済の健全な発展には基本的に『市場の果たす役割』がきわめて重要だ」ということである。

・もちろん雇う側と雇われる側では雇う側のほうが強いから、一定の配慮は必要だ。しかしこの国は社会主義国なのか、と思われるような行き過ぎた規制は、改める必要がある。社会人が就労のため学び直し、就労してはまた学び直すサイクルを繰り返す、いわゆる「リカレント教育」を充実させる必要がある。

・平成の第2の教訓は、産業の種まきをして育てる、不要な規制を緩和する、市場を健全に発展させる、といったプロセスで「政府の果たす役割」はきわめて重要だ、という点である。

・2018年に私はイスラエルを訪問したのだが、イスラエル国防軍には8200部隊と呼ばれるサイバー部隊がある。規模以外の実力は米国家安全保障局(NSA)に匹敵するとされ、イランの原子力施設にコンピュータウィルスを送り込んで破壊したともいわれている。
 徴兵制を敷くイスラエルでは、採用した兵士のうち成績のよい上位1%を8200部隊に配属するという。ここで技術を磨いて兵役を終えた者が、同国でも、米シリコンバレーでも、あるいは電子立国エストニアでも、続々とIT企業を起業する。その会社を、GAFAや日本のソフトバンクグループや楽天が買収するという事態が、世界でどんどん進んでいる。

<「コンセッション」や「PFI」の時代>
・「コンセッション」は、ある範囲を決めて事業者に独占的な営業権を与えておこなう事業方式をいう。

・第4次産業革命のもとで、じつは政府の役割は従来以上に高まっている。イスラエルや中国の事例は、象徴的だ。だからこそ政府は、本来の重要な役割を果たすために、いままでの仕事の一部を民間にゆだねる必要がある。

<政策とは、ことごとく「手順」である>
・平成の第3の教訓は、どの政策をどんなタイミングで打ち出すか、それはどのくらい効果があったのかなどを、優れた専門家が徹底的に検討し、検証する必要がある、ということである。
 すでに平成の愚策と指摘したが、90年代に連発された「総合経済対策」や、失敗の連続だった日銀の金融政策は、いま振り返れば、なぜこんなことがチェックできなかったのか、と不思議に思うほどの間違いだった。

・問題の一つは、役所に真の専門家がいないことである。日銀の専門性については触れたが、金融庁の幹部にも金融マーケットで取引した経験のある人はいない。官僚や日銀マンをエリート視する傾向は依然として強いが、同じ組織に長年いるだけでは、真の専門家は生まれない。

<バトルを恐れない強いリーダーよ、いでよ>
・平成の第4の教訓は、やはり強い「政治リーダー」が必要だ、ということである。改革はバトルだ、という話を思い出してほしい。

・ところが、政策を実現することは容易ではない。議会とうまく折り合って、もう1期やりたいなどと思えば、ほとんど何も実行できない。「これが実現できないのであれば、首長を辞める」というくらいの決意を持って、議会と喧嘩できるかどうか。バトルを恐れないリーダーでなければ、構造改革などできない。

<「明るい縮小戦略」が必要だ>
・平成の第5の教訓は、失われたものを冷徹な目で確認し、あるものは失われることを受け入れて喪失ダメージを小さくする方法を考え、あるものはいくらか取り戻す方法を考えるというように、「縮小戦略」や「切り捨て戦略」が必要になることだ。

・AIの進展で、いまの仕事の半分くらいは要らなくなるという説がある。これは暗い。しかし、日本は大きく人口を減らすわけである。ならば、仕事の多くをAIやロボットに置き換えていけばよい。むしろ人口減少社会は、AIを発展させる大チャンスを用意する社会なのだ。こう考えれば明るい。

<ハイパー特区「スーパーシティ」が未来の起爆剤となる>
<2050年に向けたキーワードは「非連続の変化」>
・現在の日本で働く人の数は6千数百万人で、うち約4400万人が第3次産業に従事している。一方、いまからおよそ30年たった2050年には、人口減少によって生産年齢人口が2700万人ほど減っている、と予測されている。
 ということは、いま第3次産業で働く人の約半分がいなくなるイメージである。
 電気・ガス・水道・運輸・通信・小売・卸売・飲食・金融・保険・不動産・サービス・公務といういずれの産業でも、働く人が半分になる場面を想像してほしい。商店街で働く人は半分、役所でも半分、テレビ局員や新聞記者も半分になる。これは非常に大きな変化である。

<「人口集約」という国土政策の大転換が起きる>
・10年後は毎年100万人の単位で人口が減る見込みで、毎年、和歌山県の人口が一つずつ日本から消えていくのである。

・ある人が計算したところ、日本の休耕田をすべて合わせると鳥取県の面積分があるという。その面積に太陽光発電システムを敷き詰めれば、日本の電力の50%を供給できるそうだ。話半分としても、そのような方向にエネルギーのシステムを転換させていかなければならない。これも「非連続」である。

<激動の昭和、激変の平成>
・本書でもっとも強調したかったのは、平成の30年間の日本経済には、よい面と悪い面が見事なほどに共存していた、という点だ。決して失われた30年ではなく、まだらな30年であったこと、政策面では改革と愚策が共存していたこと。この二点を冷静に認識する必要がある。



『最強の生産性革命』
時代遅れのルールにしばられない38の教訓
竹中平蔵 × ムギーキム   PHP研究所  2018/1/2



<「竹中先生は弱者切り捨ての自由競争主義で、もう旧い」と思っている人も多いです。>
<時代遅れの規制・既得権益の構造が、一挙に明らかに>
(キム)世間的に、先生はどうしても「弱者に厳しい」みたいなとんでもないイメージで語られることがありますから、これからは「負の所得税の竹中です」でいいんじゃないですか。名刺にもそう書いたほうがいいですよ。
(竹中)言っとくけど、私は弱者もがんばれる社会を目指しているからね。

・(キム)そして同時に、「新自由主義」「市場経済原理主義」「弱者切り」などとメディアで批判されがちな竹中平蔵氏に、「先生のお考では、もう時代遅れではないのか」「貧富の格差が拡大するのではないのか」「弱者にがんばれ、というだけで競争に放り込んでいいのか」という、多くの読者の方がお持ちの疑問を、面と向かってぶつけるのも私の役割だと考えた。

<ベーシックインカムで、低所得者に「負の所得税」を>
(竹中)それがベーシックインカムですね。要するに、一定以上の所得がある人は、その分について何割かの所得税を払ってくださいと。でも所得が一定額より少ない人に関しては、所得税を給付する。つまり『負の所得税』を課して、日本人として最低限の所得を政府が保障するということです。
 どんな改革をするにせよ、人は得るものより失うものを怖がる傾向があります。それに対してベーシックインカムというのは、究極のセーフティーネットなんですよ。

<生活保護とベーシックインカムの違いは「働くインセンティブ」の有無>
・しかしベーシックインカムの場合は、働かなくても給付されますが、働くほど豊かになれるんです。だから働く意欲を削がない。

<歳入庁の設立に、財務省と厚労省が猛抵抗する理由――「税と警察」こそ国家権力>
<非効率な公的機関のM&A(合併・吸収)>
(竹中)ベーシックインカムをやるとして、問題は財源をどうするか。これは国税庁と日本年金機構を合併して歳入庁で作ればいい。今の年金機構は保険料取りっぱぐれていますが、国税庁が入れば全部取れて数兆円が入ってくる。それでできますよ。

・最大の抵抗勢力は、税務署を管轄する財務省と、日本年金機構を抱える厚生労働省でしょう。歳入庁を作るとなると、いずれも切り離されて内閣府の下に置かれることになる。特に財務省は猛烈に反対するはずです。

<ネット選挙の解禁で選挙の生産性が上がる>
・だから、それぞれの候補者が過去にどんな政策を推進し、何を訴えているのかが一元的に見られるようなシステムがあればいいですよね。この程度なら、ネットで簡単にできると思います。その場で投票までできれば、さらにいい。これがネット投票のインフラというものでしょう。

・さらに、そこで選挙資金集めもできるといいですね。すべての政治資金はネットを経由することというルールにしたら、もうごまかすこともできなくなります。

<フランスも規制であふれている>
<日本もフランスも実質的には社会主義国家?>
<ドイツと日本は「遅れてきた近代化の国」>
(竹中)フランスの最大の問題は、実質的に社会主義国ということでしょう・
(キム)主な問題が三つあります。
一つは税金がすごく高いこと。そしてもう一つは、手続きにものすごく時間がかかることです。

・そして極めつきは、解雇条件の厳しさ。労働者の権利が強すぎて、解雇できないのでフランス人を雇いたくない、という企業がとても多いんです。

・フランスは、夢の国でも労働者のストライキが起こるくらい社会主義的な国なんです。

(竹中)フランスは日本と同じく規制だらけの国で、政府の規模がすごく大きいですからね。

<超高齢化する日本で、持続可能な社会保障の形>
<富裕層への年金支給は不要>
<日本は年金は手厚いが、若者への支援が圧倒的に足りない>
(竹中)日本の歪みは、数字で見ると明らかです。年金の規模の対GDP比を見ると、日本はイギリスよりも多い。医療もOECDの平均よりもはるかに上回っている。ところが、若い世代の社会保障、子育て支援なども含めた家族政策に向ける予算は、対GDP比でイギリスの4分の1しかないんです。

・今、例えば産休を取れるのは、基本的に会社の支援があるからです。自営業の人なんかは産休がない。しかし、本来はどのような働き方をしている人でも、ちゃんと社会で面倒を見るべきですよね。
 子どもを産み、育てる機会を増やして、その間はしっかり社会保障をしますよと。そういうことをやるために税金を上げるのなら、私は大賛成しますよ。
 ところが今は、高齢者に一律で年金が支給される制度になっている。私や財界のトップに年金が出ているくらいですから。

<年金支給開始年齢の引き上げは必須――1960年代の平均寿命を基準にするのは時代錯誤>
・(キム)では具体的に、年金制度をどう改めますか?まず、富裕層の高齢者に払う必要はないだろうと。次に支給開始年齢の引き上げ、そして給付金額の引き下げも当たり前じゃないかという気がします。この三本柱くらいになるわけでしょうか。
(竹中)それがマストですよね。国民皆年金制度が始まったのは、1960年なんです。その当時の日本人の平均寿命は66歳くらい。しかし、2016年の日本人女性の平均寿命は約87歳。その年齢まで生きるとすると、22年間も受給し続けることになる。
 こんな長期にわたって年金をもらえる国なんてないですよ。

・(キム)それにしても、先生が「ネガティブ(負の)所得税」と「若者の社会保障」をキャッチフレーズにしたら「カネ無き若者の味方・竹中平蔵」ブームが起きるんじゃないですか。世間からはずいぶんネガティブなイメージを植え付けられているようなので(笑)。

(竹中)小泉さんが言ってたんだけど、「竹中さん、悪名は無名に勝るんだよ」と。たしかにそのとおり、私は別に、世の中から誉められたいとか、いい人だと思われたいという目的で仕事をしていたわけじゃないですから。

<健康寿命を伸ばすための最強の習慣>
<野菜と1日1時間の散歩。シンプルだが名医が実践>
・(キム)高齢化といえば、健康に対するニーズがものすごく高いですよね。多くの人はただ長生きするだけではなく、できるだけ生産的で活動的な日々を送りたいはずです。社会全体の医療費を抑える意味でも、これはすごく重要なことだと思います。

・その取材で非常に数多くのお医者さんから伺ったのですが、結局は一人一人違うんだから、一概に言うのは間違っていると、それに尽きるとのことでした。
 確かにそうですよね。たんぱく質が必要な人もいれば、ビタミンが必要な人もいる。中には脂肪が必要な人もいる。人によって違うのに、「絶対にキノコを食べなさい」とか「納豆がいい」とか、万人に効くはずないですよね。

・で、「さすがにアンチエイジングネットワークのトップは違いますね」という話をして、その秘訣を伺ったのですが、きわめて簡単な答えでした。「1日に1時間歩くことと、ゆで野菜を調味料なしで食べること。これに尽きる」とおっしゃったんです。

<1日1時間歩く効用がすごい>
・(竹中)たしかに年を重ねると、かならず脚に来ます。それに歩くと肩も動かすし、ストレス解消にもなる。歩くことは本当に必要だと思います。
(キム)私も予想外だったのですが、歩くことがあらゆる病気の予防になるらしいんです。

・だから、免疫力を高めることが癌の予防にはものすごくいい。ところが50~60歳代になったらどんどん免疫力が落ちるんです。それに逆らう方法が、歩くことなんです。歩くことで、免疫力はすごく高まる。これだけ納得感があると、さすがに歩こうかなと思いますよね。

・それに、歩くことでセロトニンとかアドレナリンとかドーパミンとか、いわゆる興奮と集中を高めるホルモンが出る。つまり歩くことは脳を活性化するためにもいいんです。かつ、血糖値を抑えることにもなるので、糖尿病の予防にもなる。血流や血管の状態もよくなるから、脳梗塞や心筋梗塞の予防にもなる。
 だから結局、1日1時間歩くだけで、癌、糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞すべてに予防効果があるわけです。

<生産性を高める座り方とは>
・人の生産性を邪魔するのは、身体で言えば首と肩の2つらしいですね。たしかに首と肩が疲れると、集中力が下がる。そこで机に向かってパソコンを打つ時には、椅子やパソコンの高さを調節して、肘の曲がり方がちょうど90度になるようにすればいいそうです。
 そうすると、たしかに疲れないんですよ。

<笑うことで脳が楽しいと錯覚し、ストレスが消える>
・楽しいと笑いますが、あれは脳が楽しく感じて笑うんです。脳は身体の司令塔ですが、その脳も身体の一部。逆に言うと、多少無理してでも笑えば脳も楽しくなるんです。

<日本の政治が変わらない理由>
<政治家の嘘、変化を恐れる民衆、時代遅れの官僚制度>
<むしろおもしろいのが民進党で、民主党時代から党の要綱が存在しない>
・(竹中)まして先の政権交代のときには、歳入庁を作ってベーシックインカムをやると約束していた。ところがベーシックインカムにはまったく手を付けず、約束していなかった増税をやったんです。
 約束していたことをやらず、約束してないことをやったわけだから、もうむちゃくちゃですよね。これほど民主主義を馬鹿にした話はないと思いますよ。

<時代遅れの不要な地方自治体>
<道州制に再編して自治体の給付と負担を一体化>
<税の給付と負担が一体化していないからムダ遣いが発生>
・(竹中)そもそも道州制というのは、要するに自治体の給付と負担を一体化させるということなんです。

・例えば、私たちが払っている税金の約3分の2は国税で、残りの3分の1が地方自治体に入る地方税です。しかし国全体の税収額で見ると、国が使っている税収は約3分の1だけ、地方が3分の2を使っているんです。
 では国税の3分の1はどうなっているかというと、地方交付税や補助金という形で国から地方にトランスファーしているんです。

・つまり給付と負担が一致していないから、ここでムダ遣いが生じるわけですよ。

<地方議会は本当に必要なのか――週末の「民間兼業議員」で十分?>
・(竹中)道州制については国民はほとんど関心を示さないんですよ。理由は簡単で、これは国家公務員と地方公務員の権限争いだというふうに受け取られている。だから適当にやってくれという感じなんです。
 しかし大きなポイントの一つは、地方議会が本当に必要ですかという問いかけなんですよ。

・だから地方議会でやったらいいと思うのは「土日県議会」や「土日市議会」。そうするとPTAと同じです。ふつうに働いている人が、別の仕事をしながら自分たちが住む街のことを決めればいい。

<地方自治の生産性を高めるために、自治体の数を減らそう――基礎自治体の数は今の4分の1以下で十分?>
・さらに言えば、人口10万人じゃダメで、30万人くらい必要という説もあるんです。そうすると基礎自治体の数は300~400でいいということになる。

<日本社会の既得権益構造が一瞬でバレる!!>
<個人と社会の生産性を一気に高める38の教訓>
<個人の生産性を高めるために  働き方の生産性革命を起こそう>
<時代遅れ① いまだに大企業エリート信仰?>
・生産性を高める法則① 「好きなことをやる」のが一番生産的な人生。過労死したオタクはいない。仕事が楽しければ、成長のスピードも速く、生産性の高い仕事ができる。

<時代遅れ② 会社の「専念義務」は当然だ>
・生産性を高める法則② 働き方ポートフォリオを作り、「ハイフニスト」を目指せ。副業を禁止する「専念義務」は時代錯誤。スキルアップのため、人脈づくりのため、お金のため……。複数の仕事を試すことで、やがて自分に合った仕事も見つかる。

<時代遅れ③ 正社員こそ、目指すべき「正しい働き方」だ>
・生産性を高める法則③ 「正社員こそ正しい働き方」という概念自体が時代遅れ。パートタイムや派遣など、フルタイム正社員以外の働き方を選びたい人も多い。「正しい働き方」は政府ではなく、自分が決める時代遅れ。

<時代遅れ④ 終身雇用、退職金、強すぎる解雇条件のパラドクス>
・生産性を高める法則④ 退職金は給料に上乗せし、解雇のルールの整備を。社員を会社に縛りつけても、誰にもメリットを生まない。一刻も早く「解雇ルール」の設定をし、退職金は現行の給料に上乗せする形に。

<時代遅れ⑤ 労使対立に騙されていない?>
・生産性を高める法則⑤ 実際に起きているのは労労対立―—誰もが自由に働けるような制度が必要。
 正社員でなければ十分な厚生年金に入れないなど、正規社員が非正規社員を搾取する「労労対立」が起きている。働き方によって不平等が生じない仕組みが必要。

<時代遅れ⑥ 所得の最低保障がないから、働き方改革が進まない>
・生産性を高める法則⑥ ベーシックインカムは究極のセーフティネット。低所得者には「負の所得税」を。
 国民全員の最低所得を国が保障するベーシックインカム。しかしベーシックインカムを扱う「歳入庁」の創設には、財務省と厚労省の猛抵抗が必至。

ベーシックインカムは究極のセーフティーネットであり、まさに税と社会保障の一体改革そのものなのです。(1)




『ポストコロナの「日本改造計画」』
竹中平蔵  PHP  2020/7/30



<新型コロナウイルスのパンデミック>
<今後に向けた前向きの改革の大きなチャンスをもたらしている>
・歴史を振り返ると、このようなパンデミックは大きく二つの教訓をもたらしてきました。第一は、パンデミック後は従前とは大きく異なる社会が訪れること。第二は、混乱の中でその社会が持つ弱点が露呈される、という点です。
 今回の混乱で、二つの教訓から日本が考えるべき最大の課題は、世界が凄まじいデジタル資本主義の競争に向かうこと、そして日本が立ち遅れているデジタルシフトを急いで進めなければならない、ということです。

・本書の締めくくりとして、第6章ではまず「ポストコロナ構想会議」の必要性を主張しています。そして、この構想会議で取り上げられるべき重要な六つの政策項目を議論します。デジタル資本主義において重要性を増す無形資産の問題、デジタル時代のインフラとしてのマイナンバー制度の思い切った拡充、さらには究極のセイフティーネットとしてのベーシックインカム、などです。デジタル化は、効率的な社会を作る一方で、新たな格差社会を産む可能性を秘めています。

・ポストコロナの時代、日本は厳しいデジタル資本主義競争の強者を目指す必要があります。

<死者数、感染者数から見えてきたこと>
・しかし、特効薬となるワクチンや治療薬は開発中で、もっかの感染が一段落しても、やがて第二波、第三波が来るとも言われています。北半球では2020年の秋から2021年の冬にかけて、さらなる警戒が必要とされるでしょう。

・最初に申し上げておきたいと思いますが、私は政府と国会に対し、今の時点で「コロナ問題の検証」を是非してもらいたいと思います。

・以上、これらの数字から、当初いくつかの論点が浮かび上がってきました。一つ目は「これらの統計が、本当に正しいのか」というものです。

・二つ目の論点は、少なくともこの時点で、「日本のコロナ対策は素晴らしいかもしれない」というものです。

<懸念された医療崩壊の裏側>
・三つ目は、「日本は医療崩壊する可能性があった」というものでした。

・この医療崩壊について考えるとき、日本で忘れられがちな議論が、医師数の少なさという点です。
 人口1000人当たりの医師数は、OECDの平均が3.5人であるのに対し、日本は2.4人です。多い国ではノルウェーが4.7人、ドイツが4.3人で、日本はノルウェーやドイツの半分程度しかいません。2.4人という数字は、チリやメキシコと同じレベルです。

・2017年、国家戦略特区にある国際医療福祉大学の成田キャンパスで、医学部が新設されましたが、これは実質的に約40年ぶりのことでした。それぐらい日本では医学部を作らせず、医師数を抑えていたのです。

・もう一つ注目したいのが、日本では人口当たりの病床数が桁違いに多いことです。人口1000人当たり13.1床で、これはドイツの8.0床の約1.5倍、アメリカの2.8床の約5倍になります。
 一方、ICUは非常に少なく、人口10万人あたりの数がアメリカの35室。ドイツの29室に対し、日本は7室しかありません。医師数が少なく、ベッド数が多く、ICU数が少ない。つまり長く入院させて、治療代や差額ベッド代で稼ぐ。一方で、重症者のためのICUは十分に整っていない。そんな日本の歪んだ医療構造が見えてきます。

<イタリアと日本の死者数が大きく違う不思議>
<コロナ危機で露呈した日本の矛盾>
<7割の人は本来、在宅勤務が可能>
・俯瞰すれば、日本では医師数が少ないという問題点がクリアになりました。さらに、新型コロナ問題の解決において最も重要なことは死者数を減らすことにあります。にもかかわらず、日本の死者比率はアジアの中では高いということも明らかになりました。

・そしてもう一つ、今回のコロナ危機から見えてくるのが、非常時にはその組織が持っている矛盾が、すべて露呈されるということです。
「成長はすべての矛盾を覆い隠す」という、イギリスの名相チャーチルの言葉があります。経済が順調なときは、すべての矛盾が隠れてしまう。これは逆もまた然りで、パニックが起こるような非常事態のもとでは、その社会が抱える大きな矛盾が、すべて出てくるのです。
 わかりやすい例が、日本におけるデジタルシフトの遅れです。今回のパンデミックを機に、さまざまな国、さまざまな分野で、凄まじいデジタルシフトが加速することは間違いありません。残念ながら日本は、この流れに出遅れています。

・2018年には労働基準法が70年ぶりに改正されましたが、このとき導入された「高度プロフェッショナル制度」も、世論から猛反発を受けました。

<緊急事態宣言で反対した日本の世論>
・日本の国のかたちとして望ましいのは、「自由」と「統制」のスイッチングができる国にすることです。普段は徹底的に自由を認め、いざ非常事態となれば政府が厳しく統制する。今の日本はむしろ逆で、平時に多くの規制を敷き、有事、非常時になると統制ができない国になっています。

<日本が今後向き合うべき問題>
・本来、近代国家では、平時と有事のスイッチング機能があるのが当たり前です。実際、欧米のいくつかの国では、感染者の増大を受けて私権の制限と罰則を伴う、非常に強い経済統制を敷きました。
 理由は明白で、どの国でも戦争は「あってほしくないけれど、あり得る」という前提で、有事には平時とは違う社会体制を取る仕組みができているからです。

・また日本人の多くは国連に期待を抱いています。その時点で、国際感覚がずれています。

・日本やドイツ、イタリアはいつまで経っても敵国で、常任理事国になれないのです。世界平和のために国連の場で頑張ろうと考えても、現界がある。もちろんそのこと自体問題ですが、そういうパラダイムの中で、日本は生きているのです。
 それに対し、十分リアリスティックな議論がなされずにきた。それがここへ来て、いよいよ変容を求められているのです。

<ポストコロナ・四つの改革プラン>
<「国内回帰」で考えるべきこと>
・今回、新型コロナウイルスによるパンデミックを通して、グローバルに展開する経済が抱える、さまざまな問題が浮かび上がってきました。とくに、モノづくりにおける国際分業体制について、多くの人が、今後手を入れるべき課題と認識したのではないでしょうか。

・なぜなら、日本国内がつねに安全なわけではないからです。たとえば
大地震が起きれば、日本の製造業は完全にストップしてしまいます。
 2004年の新潟県中越地震では、新潟県小千谷市に集約させていた三洋電機の半導体の製造工場が大きな被害を受けました。この時、被った損害は500億円を超え、これが三洋電機の経営を大きく揺るがすことになったと言われます。

・新型コロナウイルスによるパンデミックが起きた時、香港やソウルにいた私の知人は、日本の自粛要請が緩やかなことを非常に心配していました。

<1920億円の協力金から見えてくる東京都の歪み>
・東京都が他の地域と比べ、桁違いに財源が豊かなことは、バランスシートからも明らかです。たとえば2018年度の東京都の総資産は約35兆円ですが、島根県は約1兆7000億円しかありません。
 収入も東京都の約8兆8000億円に対し、島根県は約3000億円です。しかもこのうち約2000億円が地方交付税です。両者を同じ「地方自治体」としてひとくくりにするのはもはや乱暴な話で、これまでの形を変える必要があるというのが、今回のパンデミックから明らかになったことです。
 この歪みを解消するため、私が以前から提案しているのが、東京だけ他の地方自治体と別扱いにするということです。

<東京はワシントンD.C.のような特別区に>
・東京都は別の意味からも、資産を売却すべきです。そうすれば資産市場が活性化し、東京は本当の意味での国際マーケットになれます。

・具体的には、東京を特別区にして日本政府直轄にする。

・そこで地方自治法とは切り離し、アメリカにおける「ワシントンD.C.」のような存在にしてしまう。アメリカの首都であるワシントンD.C.は、他の州とは異なる存在で、国が管轄する区域があることが、憲法1条に記されています。

<在宅勤務を続けるために必要なこと>
・必要なのは、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を明確にし、それに応じた成果を出させる仕組みです。

<官僚主導の復活か?>
・ここからわかるのは、この当時、政策の司令塔が非常に曖昧だったということです。本来なら政治のリーダーが司令塔になるべきところが、どうしても官僚ベースになり、司令塔としての政府が十分機能しなかったと考えられるのです。

<ポストコロナ構想会議」の六つのテーマ>
<「ポストコロナ構想会議」を作り、民間人と政治家で議論を>
・ポストコロナを見据えて、今後作るべきだと私が考えているのが、「ポストコロナ構想会議」です。今、日本に求められるのは、従来の縦割りという次元を超えた大胆な構想力です。それを担う存在として必要なのです。

・明治維新の時のように、どのような国作りをするのか、が重要です。ポストコロナの世界をイメージしながら、具体的な構想を持ち、それに向けて戦略と政策を作り上げ、実行していく必要があるのです。

<デジタル資本主義で求められる無形資産への投資>
・このポストコロナ構想会議で議論する内容は、大きく二つに分かれます。一つは以前から言われていた構造改革です。もう一つは、来るべき「ニューノーマル」を念頭に置いた構想です。

・このニューノーマルにおいて必要なことを、どこまで実現できるか。これが構想の重要なポイントになります。そのための一つ目のテーマは、無形資本への投資を強化することです。

<個人情報とビッグデータの扱いをどうするか>
・さて、ニューノーマルにおいて考える二つ目のテーマは、個人情報とそれに基づくビッグデータの扱いをどうするかです。

・これはアメリカ型でも中国型でもない、第三の道に基づく個人情報・ビッグデータの管理、活用の方法です。そのような仕組みを作ることができれば、日本の未来に対して、非常に大きな意味を持ちます。また、世界に対して新しいモデルを提供することにもなります。

<デジタル世界でのセキュリティに必要な生体認証>
・ここでもう一つ重要になるのが、生体認証です。今、日本では、個人認証は主に運転免許証や健康保険証を使って行いますが、これらはプラスチックに情報を印刷しただけのもので、偽造が容易です。とりわけ健康保険証については、それが言えます。最も間違いがないのが、指紋や虹彩、顔などで本人を確認する生体認証です。

・デジタルの世界では、セキュリティをしっかりとしたものとし、かつ個人の特定が確実にできるものでないと、大変な被害を受ける危険性があります。知らないうちに、誰かに個人情報が引き出されることにもなります。そのためにインフラをきちんと整える、という話なのです。

<米中対立の中、日本が国際協調をリードせよ>
・ニューノーマルから考える三つ目のテーマは、自国中心主義や反国際協調の流れと、どのように対峙するかです。今回のパンデミックによって国と国の出入りが遮断され、自国中心主義が激しさを増しています。

・国際機関などによるパテントの買い取りを実現させるべきでしょう。たとえばWHOが新薬のパテントを2兆円で買い取る。これをWHOは無料で世界に開放し、世界中で作れるようにする。これが今後、国際協調の非常に重要な一つのパターンになるはずです。

<アジア諸国との連携政策>
・そのための一つとして考えられるのが、アジア諸国との連携です。今回のコロナ禍で特筆すべきことの一つは、アジアの国々の死亡率が欧米と比べ、著しく低かったことです。

・近年、世界経済を引っ張ってきたのはアジアです。アジア経済の復活は、今後の長期不況が予測される世界にあって、好ましい材料になることは間違いありません。こうした呼びかけを日本が主導して行うのです。
 すでに述べたように、戦後の世界は勝者が作ります。相互連携によりアジア経済がいち早く復活すれば、ニューノーマルの時代において、日本をはじめアジアの国々が発言力を持つうえで、非常に大きな助けになります。
 1918年から20年にかけて猛威を振るったスペイン風邪は、結果的にアメリカが世界一の経済大国になることを後押ししました。
 当時世界で1億人の死者を出したと目される中、アメリカの死者数は50万人程度と言われています。

<新しい格差社会で必要なのがベーシックインカム>
・ニューノーマルから考える四つ目のテーマは、今後生まれるかもしれない新しいタイプの格差社会に、いかに対応するかです。
 先に述べたように、第四次産業革命が進行し、デジタル資本主義が加速度を増すと、今ある職業の半分ぐらいがなくなるリスクが生じます。

・学習も、デジタル環境が整っている人とそうでない人では、大きな差が出てきます。オンラインを上手に活用する人はそうでない人に比べて、さまざまな知識を効果的に得ることができるのです。家庭環境によって、さらに格差が広がる可能性があるのです。

・このように、あらゆるところで大きな格差が生じてくるのが、デジタル資本主義の社会と考えられます。そこで必要になってくるのが、ベーシックインカム(BI)の制度です。誰もが最低限の生活を送れるよう、毎月一定額を必要な人に支給するのです。

・ベーシックインカムは、「負の所得税」とほぼ同じ考えです。収入がある一定額を超えると税金を払ってもらい、そうでない人には現金給与する。ベーシックインカムは究極のセーフティーネットであり、まさに税と社会保障の一体改革そのものなのです。

<「非正規だからクビを切られる」という議論のおかしさ>
・一方で労働基準法を中心とした労働の法的枠組みを見直す必要があります。たとえばパンデミックによって経済が落ち込む中、非正規労働者がクビを切られるという状況が生じていますが、本来はおかしな話です。2020年4月1日から大企業には「同一労働・同一賃金」が適用されているはずです。2021年4月1日からは、中小企業にも適用されます。
 非正規だからクビを切られるというのは、これが守られていないことに他なりません。みんな「クビを切られてかわいそう」という話はしますが、法律違反ではないかという議論も、きちんと行う必要があります。

・2006年に発足した第一次安倍内閣が、ホワイトカラーエグゼンプション(脱時間給)の導入を唱えた時、リベラル系のマスコミは完全否定しました。「工場の労働者は時間で測れるけれど、ホワイトカラーの仕事は時間で測れない。長く働いたから成果を出せるわけではない」と、アナリストらが述べた正論にも聞く耳を持たず、寄ってたかって潰してしまいました。

・とはいえ、生産性の低かった人の生産性を急に上げようとしても、現実的には難しいことも確かです。そこで出てくるのがベーシックインカムです。生産性の低い人の給料は下がらざるを得ないかもしれません。その分をある程度、ベーシックインカムで保証するのです。
 そこでさらに考えるべきは、リカレント教育です。リカレント教育とは、社会人になったのちも就労に生かすために学び直すことです。それを経て、再び就労するというサイクルを繰り返すことで、あくまでも本人しだいですが、頑張れば、より高い給料をもらえるようになることができます。

・今後はさらに、デジタル技術を使えば、会社に勤めながらのリカレント教育もやりやすくなります。これまであまり進みませんでしたが、大変革が起こりだした今こそ目を向けるときです。

<ワーケーションで地方自治体を豊かにする>
・ニューノーマルから考える五つ目のテーマは、働き方が変わることで、都市と地方の関係も変化するという問題です。緊急事態宣言を受けて、軽井沢や沖縄など東京を離れて仕事をする人が増えました。これは都市と地方の考え方を大きく変えることになります。

・「田園都市」という発想は、都市はリスクが高いから自然の豊かな土地に住みたいという発想から生まれました。

・ワーケーションの拠点を誘致できる地方自治体は、豊かになります。

・このようにして、東京から人が動くようになれば、東京一極集中も緩和され、東京で暮らす人たちも暮らしやすくなります。同時にこれは、テールリスクへの備えでもあります。東京で大震災が起こる可能性はあるわけで、今回のようなパンデミックが再び起こる可能性もあります。
 そのときに備えた体制も必要で、多くの地方に人が分散して住んでいることは、一つのリスクヘッジにもなるのです。

<全国の小中学生にiPadを配付する>
・ニューノーマルから考える六つ目のテーマは教育です。教育で必要なのは平等です。それには「結果の平等」もあれば、「機会の平等」もありますが、とくに大事なのは、機会の平等です。

・デジタル教育における「機会の平等」は、それほど高くつく話ではありません。たとえば全国にいる約1000万人の小・中学生にiPadを配ったところで、1兆円以内で済みます。

・今後は、デジタルリテラシーの高い人材を、旧来の教員免許の枠にとらわれず、積極的に採用する。

・過去を振り返ると、教育改革を前面に掲げた内閣は中曽根内閣以降ありませんでした。パンデミックの今こそ、遠隔教育の実現、教員の資格制度見直しなど、長年進まなかった改革を進める大きなチャンスです。

<「バルコニー」からの視点で構想会議を>
・デジタルシフトに向けて、中国やシンガポールは国家が中心に動いてきました。日本の場合、企業レベルでいろいろな取り組みを進めていますが、構想という意味ではやはり国家レベルで取り組むことが重要です。

・その意味で日本は、徹底した超現場主義の国と言えます。現場主義自体は否定しませんが、問題は現場から何を抽出するかです。

・よく「鳥の目」「虫の目」と言いますが、鳥の目で全体を俯瞰して眺めつつ、現場を虫の目で見る。両方が必要なのに、日本では鳥の目が希薄になっています。

<パンデミックの検証>
<今回の危機が、日本の飛躍の機会となることを念じて>
・この本では、まず冒頭で「コロナ検証委員会」の設置を訴えました。そして後半では、「ポストコロナ構想会議」の設置を提唱し、そこでの議論の方向性を私なりに示しました。

・「ニューノーマル時代のITの活用に関する懇談会」の報告書では、世界の凄まじいデジタルトランスフォーメーションの中で、日本が「世界に取り残されない」よう、そして世界をリードするような大胆な改革が必要なこと

・この流れに「誰もが取り残されない」よう、「デジタルミニマム」を設定すべきこと

・行政のデジタルデータが活用できるような、政府主導の改革が必要なこと



『平成の教訓』       改革と愚策の30年
竹中平蔵    PHP      2019/2/16



<「平成とは『まだらな30年』だった。>
・それは、数々の改革と愚策がまだら模様を繰り返した時代だった、と。

・平成の30年を動かしたダイナミズムとは何だったのか。平成を検証することは、次の時代への正しい道標へとつながるだろう。

<平成の教訓を汲み取り、未来へつなげるために>
・そのためにも、冷静に平成という時代を振り返るべきであろう。この瞬間には何となく認識していることであっても、やがて違った記憶に変わっていってしまう恐れもある。

<平成に横行した「10の愚策」を検証する>
・たとえば、平成という時代を、「失われた30年」という一言で総括してしまってよいだろうか。
 昭和の戦前を例に挙げれば、ただただ「暗黒の時代」とだけ見るのも間違いであろう。庶民の目線で見ると、本当に暗黒になったのは、戦況が厳しくなってからのことで、昭和12年くらいまでは、世間でも明るい歌謡曲がどんどん歌われていた。

<平成に横行した「10の愚策」を検証する――どんな愚策が、成長を鈍らせ、改革を阻んだのか>
<第1の愚策は、90年代に連発した「総合経済対策」>
<第2の愚策は、住専に対する公的資金の注入>
<第3の愚策は、日本銀行の金融政策――不況の最大責任者>
<「日銀は世界最強の中央銀行だ」という皮肉>
・ある日銀関係者が「どの程度の物価上昇が望ましいかは、私たちが決める」といったときは、私は徹底的に批判した。
「政策目標を自分だけで決めることができるなら、日銀は世界最強の中央銀行だ。世界最強の力を手にしながら、日銀は無責任なことをやっている」と私はいった。
 政府に相談もせず目標を決めることができる(しかもそれを公表しない)中央銀行は、どの国にもない。だから世界最強である。そして、目標を示せば、それを実現できないときに責任が生じる。
 では日銀は、95年に物価上昇率がマイナスになったとき、責任を取っただろうか。もちろん誰も責任を取らなかった。

<メディアの論調が日銀に同情的だった本当の理由>
・日本の大手メディアでは、のらりくらり無責任な言い逃れを続ける日銀を問題視する論評は、いっこうに見かけなかった。どのメディアも日銀にきわめて同情的で、政府があれこれ注文をつけることは、日銀の独立性を損なうからよくない、という報道を繰り返していた。
 メディアがそんな姿勢に終始した理由は、推測するしかないが、一つには、記者が日銀記者クラブで徹底的な“教育”を受けるからだろう。

・もう一つは、すでに述べたように、メディアが何事も「強者対弱者」の構図で報じるからだろう。政府与党には、腕力自慢の政治家や、しばしば暴言を吐く政治家が大勢いる。日銀は、学者肌のおとなしいエリート集団に見える。

<重要な情報は、日銀からリークされた>
・日銀と付き合って強く印象に残っていることの一つは、日銀が「おしゃべり」だということである。重要な情報は、日銀から漏れて報道されてしまうことがしばしばあった。

・政治家や官僚に比べて日銀からのリークが多いと感じるが、それは大きな説明責任がないからだ。情報が広がってから、国会や自民党の部会に呼ばれて説明するのは私たち内閣の側だから、どうしても慎重になり、重大局面が近づくほど口をつぐむようになる。彼らは、そんな責任はないから外部にしゃべりやすい。この意味では、いかにも評論家然とした集団である。

<デフレ対策より、とにかく「非伝統的金融政策」をやりたくない一心>
<バブル経済と長期不況の検証作業を実現させよ>
・日本経済の長期低迷について、そんな検証作業をしようという問題提起は、与党からも野党からもあったとは聞かない。日本は「検証」という概念が、きわめて乏しい国なのである。

・その結果、日銀は、物価が下がりはじめた95年から、財務省出身でアジア開発銀行総裁だった黒田氏が総裁に就任する13年まで、じつに18年間も物価下落を放置してしまった。これは「平成の愚策」といわざるを得ないだろう。

・とりわけ、アベノミクスで日銀に「物価上昇率2%」というインフレターゲットが与えられたことの意味は大きい。インフレ目標が立てられたことで、初めて日銀に責任問題が生じたからである。

<第4の愚策は、中小企業を直撃した貸金業法の改正>
・平成の第4の愚策は、福田康夫内閣の07年12月に施行された「貸金業法の改正」による貸付制度の変更である。
 それまでは、「利息制限法」が貸出金利の上限金利を20%(正確にいえば10万円未満が20%、100万円未満が18%、100万円以上が15%)、「出資法」が上限金利を29.2%と定めており、その間の金利がいわゆる「グレーゾーン金利」とされていた。
 いわゆるサラ金(消費者金融)はじめ町の金融業者(街金)の多くは、このグレーゾーン金利で貸し付けていた。しかし、上限金利を低いほうの利息制限法の上限に合わせた。理由は消費者保護で、多重債務者がかわいそうというわけだ。しかし、この結果、いわゆるヤミ金が増えてしまった。

・しかし、世の中には、月末までに300万円がどうしても必要だというニーズはある。中小零細企業が運転資金に困って、来月には大きな入金があるから、そのときまで借りたいといったケースだ。ところが銀行は、社長の自宅をもう担保に差し入れてあるから貸さない。
 ならば年利25%でもよいから借りたい、という人がいる。2か月で返せば金利4%だから、300万円借りて312万円返すことになるが、それでよいという人は世の中にいるのである。 
しかし、グレーゾーン金利はダメということになった。ならばヤミ金に借りにいくのは当然だろう。

・ふつうの人は年利20%と聞けば高いと思う。しかし、それは5000万円の住宅ローンを20%の金利で借りれば高いという話であって、1週間や1か月という短期ならば年利20%でも問題はない。それを、きわめて情緒的な「多重債務者がかわいそう」という理由によって、一律禁止した。しかも、その金利制限が、さかのぼって遡及されるというルールになった。

・その結果、過払い請求が増え、貸金業はほとんど廃業となり、サラ金の多くは銀行に吸収され、銀行の個人ローン・カードローン部門となった。中小零細企業の倒産を招いた「官製不況」の原因となった、と見る向きも少なくない。

<第5の愚策は、民主党による経済財政諮問会議の廃止>
・平成時代に目立った愚策は、民主党政権によるものがいくつかある。
 平成の第5の愚策は、民主党政権が経済財政諮問会議を事実上、廃止してしまったことである。
 私以外にあまり指摘する人がいないが、内閣設置法には、経済財政諮問会議を必ず置かなければいけないと書いてある。それを廃止したのは実質的に法律違反であって、政府が堂々と法律違反をやっていいのかという話なのだ。
 民主党で経済改革に前向きな何人かの政治家は当初、首相の知恵の場として調査・審議をする経済財政諮問会議は、決定権がないから弱い。もっと強く、さまざまな問題を決定していく場が必要で、それが「国家戦略局」だ――と主張した。

・11年10月には野田佳彦内閣が、既存の18の会議を統廃合する「国家戦略会議」を設置したが、法的根拠もなく、「日本再生の基本戦略」「日本再生戦略」をまとめただけで終わった。小泉内閣では明らかに機能していた、目の前にある経済財政諮問会議を使おうとはせず、もっとよい国家戦略局を無理やりつくろうとして果たせず、結局、元も子もなくしてしまったのが民主党政権であった。

<第6の愚策は、民主党の「子ども手当」>
・民主党は、15歳以下の子どもがいる世帯に毎月手当を支給することをマニフェストに掲げていた。09年9月に誕生した鳩山由紀夫内閣では、翌10年4月から、それまでの「児童手当」に代えて支給を始めた。
 児童手当は12歳(小学生)以下の子どもが対象で、所得制限がついていたのに対して、子ども手当は15歳(中学生)以下の子どもに対象を拡大し、所得制限もはずした。
 10年度と11年度前半は一律1万3000円が、11年度後半は年齢や第何子かによって1万~1万5000円が、毎月支給された。

・しかも、子ども手当には初年度で2.3兆円、翌年度以降に4.5兆円が必要とされ、財源不足の問題が大きな壁となった。民主党は、霞が関の埋蔵金を掘り起こせば、10兆円やそこらの資金は簡単に捻出できるといっていたが、実際は違っていた。

・さらに、11年3・11東日本大震災が起こり、その復興財源の確保が優先されたため、子ども手当の支給は頓挫。12年4月以降は、旧来の児童手当に移行することになった。
 子ども手当の財源不足が典型的であるが、経済財政諮問会議を廃止した民主党政権は、よりどころとなる政策のポリシーボード(政策決定の場)をなくし、マクロ政策の指針をまったく失ってしまった。だから、全体としてちぐはぐな経済政策を打ち出すことになってしまう。

・その結果、東日本大震災以降には、企業経営者らが日本の諸制度やビジネス環境は各国と比べて非常に不利な状態にあるとして、「企業の六重苦」ということを指摘するようになった。①円高、②高い法人税、③経済連携協定の遅れ、④製造業への派遣禁止など労働規制、⑤温暖化規制の強化、⑥電力不足や電気料金値上げ、の六つである。
 放置された円高をはじめとする六重苦のなかで、日本を脱出する企業が急増し、民主党政権下で国内の空洞化が一気に進んでしまった。

<ポリシー・トゥ・ヘルプ(救済)かポリシー・トゥ・ソルブ(解決)か>
・じつは、政府は圧倒的にポリシー・トゥ・ヘルプをおこなう傾向がある。それが選挙の得票に直結するからである。その結果、弱い企業がゾンビのように生き残ってしまう。企業の自助努力以外に生き残る道はないという厳しい環境が、日本では実現されなかった。

<第7の愚策は、JAL救済に象徴されるゾンビ企業の延命>
・日本では、ポリシー・トゥ・ヘルプが一企業に対して適用される例が少なくない。代表的なものがJAL(日本航空)の救済である。
 平成の第7の愚策は、JAL救済に代表される“ゾンビ企業の延命”である。

<第8、9の愚策は、東日本大震災後の復興構想と増税>
・平成の第8の愚策として、東日本大震災のあとの復興計画で、関東大震災のとき後藤新平が描いたような大風呂敷を描けなかったことを挙げておきたい。

・当初は、政府がカネをすべて丸抱えでつけ、復興庁を被災地に置き、地元にプランをまかせるという話もあったようだが、現実は違った。農林水産省は農水省の予算を温存して農道整備をする、国土交通省は国交省の予算を温存して必要なインフラを整備するというように、すべてが縦割りになった。だから大規模で魅力的な構想が出てこず、何も進まなかった。

・類似の事例にはこと欠かないが、平成の第9の愚策として、東北支援を名目とした大震災後の増税を挙げておく。復興増税の構想は、復興構想会議の第1回で示された。こんなことをやる国は、世界にはないだろう。米ニューヨークで01年9・11テロが起こったとき、ジュリアーニ市長は「みんなでおカネを使おう。経済を元気にしよう」といった。これが世界のやり方なのだ。
 日本ではイベントや祭りを軒並み自粛して、祈りを捧げた。祈りを捧げることも大切だが、もっと重要なのは、みんながカネを使い、東北のものをたくさん購入することだったはずである。増税は、明らかにそれに逆行するものだった。

<第10の愚策は、キャップ制の放棄による歯止めなき歳出拡大>
・平成の第10の愚策として、政府歳出のキャップ制が放棄され、予算の歯止めなき拡大が常態化したことを強調しておく。
 このことは、自民党・民主党政権の別とは関係がない。01年から07年あたりまで、政府一般会計の歳出規模は、82~83兆円前後から増えていない。
 ところが、麻生政権から増え始め(当初88兆円、補正後102兆円)、民主党政権で90兆円以上が常態化してしまった。第二次安倍政権も同様で、19年度の当初予算は101兆円と過去最高となった。
 まず、麻生政権のとき、キャップがはずされた。すでに述べたように、リーマンショックに対応する必要からやむをえなかったが、一時的なものとして、ショックの傷が癒えたときに元に戻すべきだったのである。しかし、その後は元に戻していない。

・歳出にキャップをはめて、少しずつでも経済をよくする政策をとれば、成長率1.5%で別にかまわない。実質成長率が1.5%で物価上昇率が1.5%ならば、名目GDPは3%成長である。
 景気回復期において、税収の所得弾性値(GDPが1%成長したとき、税収は何%増加するか)は、2~3になる場合がある。3であれば税収が9%増えると考えてよい。小泉内閣で基礎的財政赤字がゼロに近づいたのは、こうした効果が生じたからだ。

・彼らは「大きな政府」志向で、基本的に「小さな政府」を好まない。だからこそ、支出にキャップをはめることは後ろ向きである。
 平成の後期3分の1で、歳出のキャップ制をやめたことは大きな愚策だった。

<最初の2年半は大成功だった黒田日銀「異次元の金融緩和」>
・前章では日銀の愚策に紙幅を割いたが、13年の春に第二次安倍政権のもとで始まった、黒田東彦総裁率いる日銀の政策を、私は高く評価している。
「異次元の金融緩和」として、物価目標2%を掲げ、マネタリベースを2年で倍にするという、きわめて明快で強いメッセージは、クロダミクスとも黒田バズーカとも呼ばれた。その出だし――少なくとも最初の2年半は、成功だったと思う。

・以来2%の物価目標は、なかなか達成できそうな気配がない。物価上昇率がしだいに1%に近づき、その1%が1.5%になり、やがて2%をうかがうという道筋が、見えてこないのだ。日銀は目標を取り下げてはいないものの、達成の見込み時期をどんどん遅らせている。

・「逃げ水」は蜃気楼の一種で、遠くに水があるように見え、近づくとまたその先に遠のいて見える現象である。これと同じで、常に物価目標2%は1~2年先に見える、と日銀はいい続けている。「オオカミが来る」といい続けた少年と同じというべきか。中央銀行による物価の見通しがこんな状態で5年間も続くなかで、しだいに日銀に対する批判も高まってきた。
 インフレ目標については、黒田・日銀総裁は、自らでは避けようのない不運に見舞われてしまったといえる。というのは、そもそもインフレ目標は、短期決戦型の政策なのだ。